「マイノリティー・マーケティング」 伊藤芳浩 2023年 ちくま新書

 目を惹くタイトルだったので手に取った本。聾者の現実について認識を新たにさせて貰いました。少数者が暮らしやすい社会へ!目的のためには手段を選べない政治の世界。薄暗い面もし方ないか〜。 以下はこの本の要約と引用です。*印はWEB検索の結果です。


■ プロローグ

 私は、生まれつき耳は聞こえない子供として生まれた。

 当時は、口の形を読み取る口話教育が重視されていて、幼稚部において手話を使用することはなかった。手話は聾者が自由に表現できる言語なのである。

 障害者などが情報を入手しづらさを解決するNPO法人インフォーメーションギャップバスター(IGB)の理事長を務めている。

 聞こえない学生は、ノートテイクの実施など、大学などの環境によっては苦労を強いられる。入社した企業次第で、聴覚障害者の働きやすさは左右される。口話だけでは、適切なコミュニケーションはできない。

 政治に関わって、法律や制度を変えていく必要がある。

 障害者は、少数者であるがゆえに不利な立場にある。

■ 聴覚障害という見えない障害

 情報というのは目に見えないので、障害・障壁があることに気づきづらい。情報格差は、あらゆる面で不公平を生み出している。

 2015年、国連で採択された持続可能な開発目標は、「誰一人取り残さない」ことを」誓っている。

 医師法は2001年まで、視覚・聴覚・言語などの障害者に対しては医師免許の交付を制限していた。理系の学部では、実験上の安全の確保のため、入学を制限していた。現在では、聴覚障害者も医療の一翼を担うことができる。

 障害者の権利を奪う欠格条項。運転免許、税理士、公務員、会社役員などの欠格条項も削除された。

 学びの上での情報格差は、心理的な負担も大きい。聴覚障害者は給与が低く、職場定着率が悪い。

 障害の社会モデルは、2006年に国連で採択された障害者権利条約で「障害の新たな定義」として示された。障壁を作り出した社会は、それを解消する責務がある。

 障害者に特別な権利を付与するのではなく、障害のない人と同じように包摂され、同じように生活する生活することができる社会を目指している。

■ 社会の課題×マーケティング

 マーケティングは、顧客が求めているものを探索し、価値を生み出し、届ける。

 非営利事業の顧客は、不利益を被っている当事者と、寄付や奉仕(ボランティア)などで事業を支えてくれる支援者。

 エンゲージメントは「約束」。マーケティング用語では「つながり」や「関係」を促すという意味で使われている。

 無関心・無理解・思い込みは、多数派が少数派に対して持っている。

 少数派は障壁を政治や行政に解決してもらう必要がある。問題を明らかにして、解決を要望しても難しい。行政側は、問題点がもたらす社会への影響がどのくらいあるのか分からない、具体的な政策が分からない。問題を具体的な数値で表し、エビデンス(証明するもの)として示す必要がある。プロボノなども活用して、具体的な政策を示すことも有効な場合もある。

*プロボノは、専門的なスキルや知識を無償で提供し、社会貢献を目的とした活動のこと。弁護士や医療従事者などの専門職だけでなく、ITやデザイン、マーケティングなど多様な分野の専門家が参加し、NPOや地域団体などで社会課題の解決に貢献することを指します。

 世論・議員・政府に働きかける。議員や政府に働きかけるには、筋の通ったストーリーを組み立てる。キーパーソンを探す。面会して署名や要望書を提出。記者会見を行いメディアに取り上げられると追い風となる。

 世論形成。オウンドメディア(自前)、ペイドメディア、アーンドメディア(SNSなどのユーザー発信メディア)をどう使うか。アーンドメディアは、共感を得やすい反面、反感を買いやすい。

 change.orgなどのオンライン署名サイトで署名活動をするのも有効。

 著名人や専門家を招いて、講演・セミナー・ワークショップなどで、問題を説明する。

 取材な協力してくれるメディアの協力者を探す。

 当事者の生の声としてのエピソードを捜し、エビデンスを集める。一般市民が関心を持ってくれそうな切口を探す。「最近は〇が注目されています。〇に関しては〇という問題があるのです。それは〜」というような流れの中で世の中とつなげていきます。

 「多数派の意見(世論)」が人を動かす。我々の意見が多数派となるようにする。

 環境が変化し不確実性が高まっている現代は、[計画-準備-管理]よりも[対処-対応-変更]に力を入れる必要がある。柔軟・機敏・協調が求められる。

■ 聾者にも電話を

 リアルタイムでやりとりする必要があり、電話しか手段が無いことがある。緊急事態のときに電話できないと命にかかわる。

 日本財団が「電話リレーサービス」を2013年から試行を開始。G7で始まっていないのは日本だけだった。

 聴者が聾者に連絡をするときにも必要だ。電話の仲介は支援者の負担も大きい。

 社会的に大きなインパクトを与えるエピソードは、世論形成に大きな影響を与える。事故に遭った当事者の思いを前面に出すことがキラーコンテンツの重要な要素だ。

 電話リレーサービスの法制化には、人命が救われた事件とオンライン署名が後押しした。オンライン署名をきっかけに、多くの企業が関心を持ってくれた。オンライン署名はSNSとの親和性が高く、多くの人にシェアされた。

 2022年に電話リレーサービスの運用が開始された。しかし、ルールが対応していないなどの理由により、受付て貰えない場合がある。金融機関、不動産会社、通販会社など、本人でないと断られる場合がある。

■ オリ・パラに手話通訳を

 日本語と日本手話は文法体系が異なる。手話を「母語」とする人たちは、日本語字幕だけでは十分に理解できない。

 聴者の手話通訳者が聞き取って手話に通訳し、聾者がそれを伝える。聾者の手話の方が自然に理解できる。

 字幕はリモコンボタンで切り替えることができる。手話通訳でも同様に切り替えることができる。IPTアクセシビリティ国際基準を適用すれば、電波で送られるテレビ映像に、インターネットで送る字幕や手話の動画を重ねて映すことができる。テレビ局や家庭のテレビがこの標準規格に対応することが必要だ。音声・手話・文字のいずれかから必要なものを選択できる画面こそ多様性を実現する放送である。

 2022年北京オリンピック・パラリンピックでは、開閉会式が聾通訳付きで放映された。

■ パブリックコメントに聾者の意見を

 パブリックコメントは、行政手続法で定められている意見公募手続である。

 ニュージーランドでは2006年に世界で初めて「手話言語法」が制定された。手話が公用語として認められている。公用語として複数の言語が定めらられた場合、政府は全ての公用語を用いて公的情報を国民に伝えなければならない。パプアニューギニアや韓国などでも、手話が公用語として認められている。

 日本では公用語が定義されていない。

■ 普通のあなたとマイノリティが社会を変える 対談:伊藤芳浩×駒崎弘樹

 当事者の多くは、生活するのでいっぱい。政策や制度を変えるためには、やり方を知る必要があります。代弁できる支援者を増やしていくべきです。

 世論が盛り上がっているときに動く。自分から世論を盛り上げる。

 「イクメン」という言葉を作って世の中に広げました。「男性の育休を義務化を目指す議員連盟」を作ってもらいました。

 短くてインパクトのある言葉。「ヤングケアラー」で問題を可視化すると、メディアが取り上げやすくなる。

 言葉を作り、世の中に広めて、人々を巻き込んで、ムーブメントを作って、法律や制度を変える。

 当事者が多くない場合は、かかるお金も大きくない。なので、政治は動かしやすい。

 官僚は、政策立案にはデータが必要。政治家は、感情的にやる気になってもらう方が大事。

 団体同士の意見が一致しない場合。政治家からすると「意見を一つにまとめてくれないかな」ということに。そうでないと他の団体からなんやかんや言われてしまう。往々にして何か揉めることが多いので、連携とまでいかないけれど、こちらの考えや動き方はお知らせするようにしています。

 自分たちでモデル事業をやる。成功事例になったらパッケージ化する。そうすると視察に行ってみようかとなる。そうして徐々に広げていく。複数の自治体でうまくいけば、政府に提案して、進んでいく。

 経営者も現場のスタッフも役割に過ぎないので、役割が違えば見ているものが違う。見ているものが違えば意見は違ってくる。これは当たり前。問題は意見が違うことではなく、お互いを理解できずに反目し合うこと。意見の違いはOKで、意見の違いが可視化されて、どうしてその意見になったのかが共有されれば、「意見は違うけれど言っていることはわかる」となる。なので、対話や情報の開示によって解決します。

 経営会議を録画して社内で共有しています。人事やプライバシーに関することを除いて、議事録も公開しています。

■ マイノリティが生きやすい社会にするためには

 物理的な障壁:建物の入り口の段差/道を塞ぐ自転車/…
 制度面の障壁:前例、慣習、内規、…
 情報面の障壁:情報入手ができない
 意識面の障壁:差別、偏見、無関心

 マジョリティに属していることは優位性。マジョリティ性を多く持った人たちが、自ら優遇されていることに気づかず、マイノリティ性のある人を抑圧している場合が多い。「気にせずとも生きられる」のは、マジョリティの特権である。

 家庭所得と学習時間と学力の相関では、家庭所得の方が相関が高い。

 意識せずに差別してしまう「アンコンシャス・バイアス」。自分自身では気づいていない「ものの見方や捉え方の歪や偏り」がある。

 少数派に対して、意識せずに、偏見や差別によって、悪意なく傷つける「マイクロアグレッション」。加害者側が意識していないだけに表沙汰になりにくく、受ける側は声を上げられず耐えるだけになりがち。

■ エピローグ

 覚悟を決めること。始めるなら、途中で止めることがないように持続可能な活動にする。社会的な活動は、色々な方からの意見が出てきて、調整の労力が必要になる。

 仲間たちと。自分一人では何もできない。