「心の脳科学」 坂井克之 2008年 中公新書
ブックオフで、タイトルに惹かれて買っちゃいました。情報は古いけれど、きちんとした科学の本でした。嬉しい (^^)/ 以下はこの本の引用と要約です。*印はWEB検索結果です。
■ 外の世界、内の世界
MRIの脳の断面図を組み合わせて三次元画像を描出し、脳の皺を展開して平面状に表示します[脳の開き]。
一次〜三次視覚野(V1〜3)。映像は、網膜の空間位置関係「網膜地図」を保持します。V1は、線の傾き。V2とV3はそのパターンを表現します。V4は、色の分析を行う領域。V5(/MT)は、運動を抽出します。高次の視覚領域では、形と色と動きの視覚刺激が異なった反応パターンを示すようになります。
位置情報を処理する頭頂葉。頭頂葉の情報は、網膜地図を持ったまま前頭葉に送られます。側頭葉の網膜地図ははっきりしません。
特定の空間に対する注意は、前頭葉や頭頂葉から起こります。その結果として一次視覚野の活動も重みづけを受けます。外界を単に見ているだけでは、前頭葉や頭頂葉はあまり反応しません。
中心視野には色や形に反応する錐体細胞が多く存在し、周辺視野には明暗に反応する桿体細胞が多く存在します。
脳座標は、前交連と後交連を結ぶ線を基準として表示します。
脳活動測定は「引き算」。何もしていないときと比べて、脳のどの部分に有意な変化があったかを問題にします。脳活動の広がりは、活動閾値で左右されます。脳画像デーで信用できるのは、活動の山の頂点です。
顔に対する反応は左右の側頭葉の紡錘状回に見られ、右側がより強く活動します[顔領域]。顔を想像する場合は、注意に関する前頭葉や、記憶に関する海馬からの情報が送られてきて顔領域が活動します[トップダウン信号]。海馬傍回には風景や建物を見たときに活動する建物領域があります。
靴や鋏に特有な活動分布パターンもあります。顔領域や建物領域でも、靴や鋏を見たときに活動する部分もあります。
顔領域も発達とともに次第に明瞭になります。このような神経細胞が、個人差はあれ、おおむね一致した部位にあることは、もともとその部位の神経細胞が、顔の情報処理に適した性質を持っていたことを示唆しています。
文字領域は、「発音できない」言語を見ているときは活動しません。子供が文字を学習するのに伴って、文字領域の活動が強く、境界が鮮明になってきます。
猿の脳にもある領域を利用して、文字の識別を行っていると考えられます。新しい脳領域ではなく、脳領域間の線維連絡の変化によって獲得されたのでしょう。
バードウォッチャーが鳥を見ると顔領域が活動します。鳥の区別があまりつかない人が鳥を見ても顔領域は活動しません。車好きな人が自動車の画像を見ると顔領域が活動します。顔領域は、個別事象の区別に関係しています。
顔領域の活動は、その「顔」に対する見る人の主観判断を反映しています。「もの」に特異な脳活動は、もの自体にではなく、ものが何であるかを認識する主観によって左右されます。目を閉じて想像しても顔領域は活動します。
「あるものが見えたから脳のある部分が活動した」とも、「脳のある部分が活動したからあるものが見えた」とも言えません。
前頭葉の活動によって、後方視覚領域のあるものが強化され、意識内容が切り替わると考えられます。常に一定の視覚情報の入力があるにもかかわらず、その視覚情報が「見えている」かどうかによって一次視覚野の活動が変化します。
高次領域に行った信号が一次視覚野に戻ってくることが、視覚意識の成立に不可欠です。どうやって私たちが体験する意識が成立しているかは、全く明らかになっていません。行ったり来た入りしている間に、視覚情報の内容が変化します。
周囲の世界が現実感を伴って「見える」ためには、「見ている」自分=「わたし」の存在が感じられることが前提です。
脳領域TPJは、視覚・触覚・平衡感覚が集まる場所。それぞれの情報を統合した上で、外界を見ている「自我」に位置が、自分の身体との相対関係の上で計算され、導き出されると考えられています。TPJへの電気刺激で体外離脱(幽体離脱)が起きます。
*TPJは、自己と他者・身体・視点を切り替えるハブ
TPJ単独ではなく前頭前野(IFGなど)や頭頂葉、
デフォルトモードネットワークとの広域ネットワークで働く。
IFG–TPJネットワーク全体の活動パターンが認知機能を支える。
TPJの機能
「自我の位置」→ 視点・自己他者の切替装置
自己 vs 他者の区別
視点取得 他人の立場で見る/自分を外から見る
他人の意図・信念を推測する心の理論
他者の能力や状態を“経験則で予測し更新する”
「身体中心の自己」から「社会的・認知的自己」への拡張
自己=身体/視点/他者との関係/社会的文脈
TPJは、感覚+視点+他者情報を使って「自己をどう定義するか」を調整する
つまり、TPJは「自己・他者・視点を動的に切り替える統合ハブ」
自我は虚構です。でもこれがあるからこそ私たちは、「わたしが見ている」という実感を抱くことができます。
「見える」ということは外界の中から一部の情報を選択して、操作や改変が行われ、意識に上げること。「わたし」という虚構は、「脳」という実体を持っています。
■ 「わたし」と「あなた」
「わたし」の一貫性=自分が同一の存在であるという考えが成立するためには、過去の自分に対する記憶を持つ必要があります。
記憶の過程[記憶の書き込み → 記憶の保持 → 記憶の再生]。海馬は意図して覚えよとしているかどうかとは無関係に自動で働きます。
前頭葉の作業記憶。大脳基底核の手続き記憶。周囲の状況もまとめて思い出せるような記憶[エピソード記憶]。
人の顔を覚えるときには、顔領域にその人の顔の記憶が蓄えられます。その人と会った場所の記憶は建物領域に蓄えられます。海馬は顔領域と建物領域に蓄えられた記憶情報を結びつけエピソードが成立します。
海馬は記憶が正しいかどうかを判定することができません。その役割は前頭葉が担っているようです。
海馬は睡眠中にも記憶再生が起こっています。睡眠によって[潜在学習]が進みます。日中に起こったことを睡眠中に脳で再生しています。シータ波が見られるときには皮質から海馬へ、ガンマ波のときには海馬から皮質へ信号が伝えられます。このやり取りをして記憶が強固なものになると考えられます。
自分で撮った写真を見ているときには、前頭葉の内側部が活動します。その風景を見ていた自分の記憶も呼び起こされます。テレビのニュースを見ても、見ている自分の記憶は呼び起こされません。相手の身になっているとき=自己を相手の身に投影するときにも、前頭葉内側部が活動します。
あたかも自分が考えて行動しているような錯覚を引き起こす仕組みは不明です。
*なぜ主観が生じるかは未解明
脳は意思決定し、その過程を後から「物語」としてまとめている
「自分が考え行動している感覚」は、脳が“予測と整合性”から構成するストーリー
現在の中核モデルは、予測と照合(コンパレータモデル)
脳は行動のとき「こう動くはず」という予測(内部モデル)を作る
実際の感覚フィードバックと比較一致すると「自分がやった」と感じる
「自我感」は一致度の計算結果
関与する脳領域
補足運動野(SMA)
行動の「準備」
「意識より先に活動する」領域
前頭前野
意図・計画
「自分が選んだ」という認知
頭頂葉
身体位置・感覚統合
側頭頭頂接合部(TPJ)
自他区別
視点の切替
「自我」は単一の場所ではなく分散ネットワーク
意識より先に脳が決めている
行動の数百ms前に脳活動(準備電位)
意識はその後に「決めた」と感じる
意思は事後報告の可能性
主体感は簡単に操作できる
他人の手でも同期すれば「自分の手に感じる」
思考すら“自分でない”と感じることがある
統合失調症では「考えが外から入ってくる」
つまり、思考の主体感も構成物
現在の統合理論は、予測処理理論
脳は世界を受動的に受け取るのではなく、
常に予測し、誤差を最小化する
この中で「自分が原因である」という仮説が最も誤差を減らすとき自我が成立
なぜ「主観」が生じるのか、なぜ“私”として経験されるのかはわかっていない
前頭葉の最先端部、前頭極部が知能指数と関係してます。一人一人については語ることはできません。
ルーティン処理ではなく、新たな事、新たな水準で取り組まねばならないときは、前頭葉が活動します。
知能指数は、それぞれの項目の共通因子とされています[一般知能]。作業記憶課題の成績が知能検査の結果と相関します。
外部からの感覚情報と内部の記憶情報が神経インパルスとなって伝わって一つの神経細胞に収束し、そこで別のパターンの神経インパルスとして発信されるのが脳における情報処理です。情報操作は、神経網上で発散し収束するインパルスの流れです。
情報の流れの調整役が沈黙していると、情報は決まった神経網の筋道を伝わります(ルーティン)。いつもと違うことをしなければならないときは、前頭葉の調整作用によって神経網の流れを変えます。問題解決、推論、知識獲得。
8秒前の脳活動が、意思決定に作用します。行動を起こす動機=報酬は、脳幹部で作られるドパミンで表現されています。要求を引き出すもので、行動や思考の具体に結びついてはいません。
前頭葉内側部がどのように働くことによって、心の理論が成立しているのか、その仕組みは明らかにされていません。
*前頭葉内側部(mPFC)の役割はかなり具体化されたが、
その仕組み(どのように心の理論を実装しているか)はまだ完全には解明されていない
心の理論(ToM)はネットワーク機能
前頭葉内側部(mPFC)
側頭頭頂接合部(TPJ)
後帯状皮質・楔前部
側頭極 など
mPFCはその中でも「自己と他者の心をどうモデル化するか」を担う中核ノード
他者の心のモデル化
他者の内的状態を“仮想的に構成する”
この人は何を知っているか、何を信じているか、何を望んでいるか、を推定する
自己と他者のマッピング
自分の価値観・信念と他者のそれを同じ座標系で扱う
自己モデルを流用して他者を理解する
「他者の心の状態の確率分布」を計算していると考えられる
この人は怒っている確率70%、困っている確率20%のようなベイズ推論
(=状況に応じて更新される)
予測処理理論 × 社会認知
mPFCは、「心のモデル更新装置」
他者の心の状態を予測、実際の行動・表情と比較、誤差をもとに更新
TPJとの分担
TPJは、視点・自己他者の切替
mPFCは、その人の“中身(信念・意図)を推定”
mPFCは、相手ごとに別々の“心モデル”を保持
Aさんは慎重な人、Bさんは衝動的
mPFCは、好き嫌い、信頼度、社会的評価と心の理論を結びつける
「この人はこう考えている“はず”」だけでなく「だからこう行動する“だろう”」まで推定
mPFCは、デフォルトモードネットワークの中核
内省・記憶・未来予測と結合
心の理論は、“記憶+予測+自己”の統合現象
未解明な部分は、
どのように“心”を表現しているのか
ニューロンが「信念」をどう符号化?
「意図」はどんな形式?
「分かった」という主観は?
なぜ自己と他者が区別されるのか
心の理論課題では、ミラー・ニューロンがある腹側運動前野も活動します。相手の動作をシュミレーションすることで、その動作を行っている相手の意図や感情を推測することができると考えられています。
これまでやったことがない動きを見ても、自分の動作として頭の中に映すことはできません。
動作だけでなく、感情もコピーされます[共感]。共感度は、相手に対する気持ちによって変化します。
自閉症の患者さんでは、心の理論が働かず、相手の意図や感情を推察できないとされています。ミラー・ニューロンの活動が低下しています。
道徳は、論理判断ではなく、感情に根差すもの。感情が先行して、考え(論理)が生じます。
ミラー・ニューロンは、相手を自分の脳内に投影しています。自己と他者を区別する仕組みが必要になります。
■ 物質としての脳と心
「わたし」は、記憶をもとに時間軸上のアイデンティティを獲得します。「わたし」を成立させているのは、自伝記憶です。「わたし」は、リアルに認識され、ほとんど綻(ほころ)びを感じさせません。
一卵性双生児の研究によれば、遺伝の影響が強いという結果を得ました。脳の高次の領域の構造は、経験や学習によって変わります。その変わり方が遺伝の影響を受けるのです。神経細胞の可塑性の脳力を規定する遺伝子には個人差があります。高次の処理に関わる領域ほど遺伝の影響が強いようです。学習に伴う脳活動の変化が、一卵性双生児間で強い相関を示します。
現在まで、延べ1万人以上の双生児を対象とした研究は行われてきました。最も遺伝子要因が強い能力が「知能」だという結果が得られています。
何十年も楽器の訓練を続けると、左手に対応した右大脳半球の運動領域の体積が大きくなります。脳の運動領域から指に至るまでの神経線維の髄鞘も増加します。髄鞘の増加度は、6歳から11歳までの訓練時間と比例します。
ロンドンのタクシードライバーの海馬(の地図の領域)は、普通の人よりも大きくなっていました。生まれてすぐ(眼に原因があって)盲目となった人が点字を指で読むときには、視覚野が活動します。
脳活動を検出してコンピュータを操作して、意志疎通が可能となりつつあります。脳に長期に埋め込んだまま使用できる電極の開発が課題です。脳波を使ってカーソルを動かす方法も考案されています。
私たちが意識できる内容は、脳の神経細胞活動で表現された世界のほんの一部です。

