● 習うより慣れろ − やり方の習熟から全ては始まる
日本人は、マニュアル(手引書)が書けません。手引書とは、標準的なやり方と、何故そうするのかを説明したものです。日本人には、何故そうするのかを、相手に伝わるように説明することができないのです。逆に、得意なのは、心構えを説いた「心得」、やり方を記した「読本」です。結果として、日本人が教えるのは「一つ覚え」になります。現在の業務研修やOJTに至るまで、この事情は変わっていません。
業務の標準化の遅れが、日本企業が世界に後れをとった要因でもあります。だからといって、「一つ覚え」を脱して世界標準の手引書が書ける人材の育成が必要である、ということにはなりません。
知恵は外部化(形式化)が困難なものです。言語で表現できるようなものなら、固有の価値を持った優位性にはなりません。つまり、手引書で書けるようなものには、大した価値は無いのです。
言語で表現できないので説明はできませんが、人間は、一般的な業務は、良好な人間関係と職場環境さえあれば、先達を『(見よう)見真似』することで習得することができます(師弟制度)。言語による外部化は不能でも、動画が画像によってその手順や感覚の一部を伝えることも可能です。
特定の技芸については、体得のし方を指導する導師=出来るきっかけや目安の教え方を理解している人によるコーチングなどによる伝承『知恵-手習』が可能です。
導師(マイスター)は、高い水準の技芸を持つ達人(熟練者)の中から、職務経歴と脳力測定(脳機能イメージング)などを評価して、標準化し易い経験と認知能力を持つ者を選びます。師匠(先達)と違って、導師は技能で選ばれます。(先達は人物本位。共感-協調-同期誘導の能力の高い人物を選抜し、やり方を習熟させて育成した方が適切です)
*知恵-手習の方法論とやり方は、「MPSの枠組」をご参照下さい。
知恵は、言語化はできませんが、標準化は可能です。前述したように、標準化には、見え方と感じ方(入力)の較正が必須です。そして、共通の手続による活動は、協調行動(協働)とそれによる効率的な業務遂行が可能になります。協働を先導する者(先導者/管理者)は、熟達した技芸と同時に、高い共感能力が求められます。
業務手順は、行動は観察できますので比較的容易に記述できます。様々な環境に応じた決断や判断(意思決定)は、評価の規準/基準(尺度/モノサシと評価/計量方式と参照値)と、探索的な手順として学習的な枠組みとして体系化することができます(学習計算)。
*『学習計算』については後述します。
◇手引書の書き方 基本動作と応用のし方の標準化
かつて、全日空の搭乗員の手引には「有名人が搭乗してきても、嬉しそうな顔をして馴れ馴れしくしてはいけない(他のお客様の失礼)。しかし、知らん顔をするのも有名人に失礼なので、『驚いて差し上ましょう』」と指導していました。ナルホドです。これを元に、私は顧客接点要員に、顔に見覚があるお客様には『驚いて破顔一笑、会釈する』ことを指導しています。これも、非常に有効な接客であることが実証されています。
さて、問題はこれからです。どこが問題かと言うと、何故その基本動作で正解なのかの根拠が説明されていないからです。それでは、(応用しようと言う気構えが無い限り)なかなか応用が利きません。「一つ覚え」に終わる手引になってしまいます。
「驚いて微笑む」根拠は、それが人間の挨拶に固有の生得行動だからです。「出会った時にはお互いに目を見つめてから、1/6秒ほど眉を上げ、それから微笑む」「人間はこの行動によって相互にその攻撃性を弱められる」ことが、認知科学によって確認されています。
手引書に記述する基本動作の根拠は、実証された科学による根拠であることが必要です。心構えや理屈は削除し、応用する時に役立つ考え方や、練習のし方だけを掲載します。
◇作業訓練のやり方
一連の動作を伴う業務の訓練では、
1) 認知:目標(課題)についての知識を得る
2) 連合:部分的な技能に分解して訓練し、練習によって一連の動作にまとめていく
3) 自律:個々の動作の遂行が自律的になるまで繰り返す
の手順が有効と考えられます。
一般的には、短期に集中して練習より、長期に少しづつ分散して練習した方が上達が早いものです。効率的な訓練日程を示し、結果を師匠に報告させます。また、メンタル・プラクティス(イメージ・トレーニング)のやり方や、ロール・プレイングの方法も詳細に解説します。
また、師弟制度の教育訓練は、『模倣』が基本なのです。OJTが職場での訓練の基本と言われますが、師匠(先達)の『言う事とやる事が違う』のでは、OJTは逆効果どころか百害あって一利なしなのです。古来から行われている近座伝承(ウパニシャッド)は、心理学で言う『自己強化』に当り「観察の対象となるモデルの行動を見ただけで学習が生じる」のです。師匠として、大切なことは『言動一致』です。技能よりも人間力であるのはこの為です。見られていることに耐えて、一貫した適切な行動を身につけた人間であることを求められます。このことを師匠となる人間に自覚させることが必要です。
◇問題解決の方法
問題解決のやり方は、理論的には3つに分類されます。
1) 試行錯誤(ランダム試行)
発達レベルが低い個体ほど、試行錯誤による解決方法を採る
2) 系統試行(実験計画)
特定の仮説(試案)を立て、それをもとに系統的に行動を変化させ、仮説の検証を試みる
3) 洞察
状況についての認知の体制化が行われて、問題解決のために手掛かりを獲得する
探索的行動が繰り返され、解決自体は突如出現する(ように意識される)
=洞察の留意点=
・数の保存概念は幼児期に成立するが、量の保存概念は成人でも難しいので、量は数えられるものに変換する
・具体事象を分類させる方が概念形成され易いので、具象で考察させる
・困難な課題を解く時は、下位目標を設定して、課題を分割する
・思考の道標(マイルストーン)を設定して、ヒューリスティック(発見的)に推論する
問題解決に動機づけられた人間は、「達成動機が強い時は、課題達成における成功の原因を、自分の能力とか努力といった内的要因に帰属させる」のでそれと判ります。もし、チーム員の動機づけが弱い場合は、「自分自身の情報を伝達することによって、より親密な人間関係を発達させることができる」ので、自己開示によって信頼関係を強化すると同時に、先人の『失敗に学ぶ』ことで目標を調整し、意欲を高めるように努めます。
◇意思決定のメタ解法
『言葉を考える』ことは出来ても、『言葉で考える』ことはあり得ません。前述したように、知恵ある思考は無自覚であることが神経科学で実証されています。では、流行している「ロジカルシンキング」は何なのでしょう。一つには、何でも言語化しようという訓練を幼少から受け、説明責任で鍛えられられた西洋人の高いレベルの理屈力です。これは、生まれ育ちが異なりますので、自助努力でなんとかなるものではありません。二つ目は、理論の枠組みを用いて現実を理解する『当て嵌め』です。これは、本来の意味で思考しているとは言えませんが、考えなくても済むために人気のある方法です。思考力とは無縁の今猿の常套手段です。経営やマーケティングの本を読んでいると出てくるSWOTなどのチャートがそれです。勿論、穴埋問題を解くだけでは、現実の問題は解決されませんが、取締役会議などでは充分に通用しますので、出世間違い無しです。さあ!出生して会社を潰そう!!!という訳で、ロジカルシンキング大流行です(数式も同じです。数式は、日常言語以上に形式的な符号ですからさらに事態は悪化します。現在の物理学の閉塞状況の最大の要因です)
意識化できない論理を科学として扱う方法の一つが、心理学者ワトソンの行動主義です。「刺激(入力)が与えられればどんな反応(出力)が起こるかを予測し、反応(出力)が与えられればそのとき有効な刺激(入力)は何であったかを指摘できるような、資料と規則とを明確にすること」。刺激(入力)と反応(出力)の関係を、事実に基づいて探求する。入出力の間にある作用が何によるか(因果)を問わないという意味で、物理学と同じ立場です。物理学全盛の時代ですからこの立場は理解できます。行動主義は、人間(意識)不在の心理学と揶揄されながらも、今のところ、これ以上に心理学を科学にする立脚点は無いでしょう。勿論、神経科学や認知科学も、『心理』はブラックボックスとして扱っています。
認知心理学は、[入力 → 情報処理 → 出力]の『情報処理』の部分を、理屈抜きに模倣(シミュレート)する『人工知能』を研究しています。データマイニングのニューロネットワークが、内部構造をブラックボックス化することで、理屈じゃなくて現実に妥当するモデルを得ようとするのと同様です。一部の人々は、この理屈抜きの人工知能を『情報処理モデル』として、逆に人間の情報処理に当て嵌めて理解しようとしています。本末転倒もここまで来ると倒れ過ぎです。人間は、ここまで不見識で無知蒙昧なものなのかと呆れるばかりです。
科学であるか邪教であるかに分岐点は、入出力の間にある関係(構造)や順序(機序)の理解に留まることに耐えられるかどうかです。そして、邪教は多くの信者を集めて権力を持ちます。科学は結果を出して、人々の現実を望ましいものにします。ですが、人間の幸福はカラスの勝手、気の持ち様なので、どんなに現実が悲惨でも満足なのかも知れませんが…。
人間の意思決定能力を科学として解き明かし、現実に役立てようとするなら、入出力関係のみに注目します。『何故そうなるか』の理屈を考え始めた刹那に、それは現実妥当性を失います(人間の思考の本質が解明したとか言って、大儲けはできるでしょうが ← 金儲けの上手い人は、そういう意味での現実の方を優先します)。
意思決定の入出力関係は、事実として記録することができます。『何が(入力)が、どうなったか(出力)』は、少なくとも現在進行形の状況なら、美化される/合理化される前の現実を留めています。この入出力の関係を、全体として解析すれば『こういう結果にする為には、どういう時所・条件を選んでどのように働きかけたら良いか』を体系を抽出することができます(この解析には、ニューロネットワークなどを用います)。
人工知能の研究者アレン・ニューウェルが開発した、GPS(一般問題解決システム)は、人間の問題解決の原理として、多くの認知モデルの基礎となっているものです。MPS(汎用問題解決器)も、GPSをベースにしています。
GPSの手段目標分析は、要素還元的な方法論であり、問題を捉える方法としては不適です。MPSは、この部分を[ブレスト → KJ法]で置き変えています。問題解決のためのヒューリスティックスを生成する手順は、GPSと同様に探査的な過程を採用しています。
まず、『知恵-手習』は、理屈抜きに『一つ覚え』のやり方の習熟(体得)から始まります。これを『一つ覚え』を超えた能力(知恵)にしていくのは、次の過程です。