「心理学(第二版)」 鹿取廣人、杉本敏夫 2004年 東京大学出版会

現在の生禿のテーマである、知恵の伝承と技能の継承をどうしたら良いのか?という課題に、どう取り組むか、それをどう説明するか、の方向を確認する為に、読んだ本です。

当書は、日本で最も標準的な心理学の教科書であった高木貞二氏の「心理学」の後継書。この本も、版を重ねて日本の心理学の標準を示す教科書になりつつあります。今回は、現実妥当性も大切ですが、説得力も大切です。日本で最も標準的で権威のある知的な所産に依存してみようと思ったのはその為です。

また、何故、生禿が得意な、より科学的な神経科学ではなく、やや非科学的で怪しげな言説も少なくない心理学なのかと言えば、その方が『大衆受け』するからです。

心理学は、フロイトの臨床心理学のように、その出自は治療と言う要請に基づき、その治療効果によって鍛えられた現実性を持つものです。しかし、そうやって出てきた理論はやがて独り歩きを始め、机上の空論に堕落します。臨床にあれば未だにその現実性を失わない持つフロイトの著作も、読み物として読まれる時には、そこいらの怪しげな民間療法と変わりはありません。ただの出鱈目です(それは言うでも無く、フロイトの責任ではなく、我々の問題です)。

それでも『心理学』は多くの人々を惹き付ける『面白い娯楽』です。この人気にあやかろうと言う訳です。 ← おいおい!今猿と変わらないではないか。今猿は解らないでやっているが、お前は知っていてやろうと言うのだからもっと性質(たち)が悪いぞ。そうです!でもし方ありません。それ程に、重大な課題なのですから。


● 心の在り処

心理学の歴史を概観すれば、「意識内容を内観によって捉えようとした心理学が(1879年ブント)、発達研究や動物研究、病理研究などを取り入れつつ発達した」「行動主義心理学は、行動を研究対象とし、S-R結合の関係を明らかにするもの」ということになります。

「信用できる内観報告をするためには訓練を受ける必要があり、その結果、訓練を受けた選ばれた被験者についての、そして内観に熟達した人々についての、限られた対象の心理学であった」「言語情報は、心の状態や働きを直接教えてくれる一次的な情報ではない」「主観的な体験=知覚内容などが何によって規定されているのかは、内観報告からはわからない」。

生命維持に関係する多くの反射行動は、「感覚受容器に与えられた刺激が、脊髄や脳幹から筋や腺の効果器へと興奮が伝えられて、行動が発現する」。対して、大脳の処理が介在する行動を、認知行動と呼びます。

人間の挨拶行動は、様々な文化に共通する固有の生得行動です。「出会った時にはお互いに目を見つめてから、1/6秒ほど眉を上げ、それから微笑む」「人間はこの行動によって相互にその攻撃性を弱められる」と言われます。生禿は30年前から、ANAの搭乗員の手引書を参考に、お客様に対する最初のアクションを『驚いて破顔一笑、会釈する』にすることを推奨していますが、それは、このような研究からも妥当性が傍証されます。

「外界についての心的モデル(世界の内部表象)と、自分自身の心的モデル(自分のの内部表象:自己意識)を持つ」こと、「他社の心や自己の心についての理解」によってメタ認知(共感)が生まれます。

「一般に、迷路学習の成績が良い雄ネズミは、性的活動が活発である。雌の交尾行動は、迷路学習の成績とは関係が無く…、母性行動との間には相関がある」。広義の性行動、性交と子育ては、元気な生き方に不可欠です。


● 心の働き

◇学習と記憶

運動技能/知覚運動の学習の3段階
1) 認知:課題についての知識を得る
2) 連合:練習によって部分的な技能が一連の動作にまとめられていく
3) 自律:個々の動作の遂行が自律的になる

最終的には、運動プログラムの学習は《思考する眼球と筋肉》を以って完結します。

自己強化とは、「観察学習は、強化を受ける必要がなく、観察の対象となるモデルの行動を見ただけで学習が生じる」ものです。

記憶過程は、[記銘 → 保持 →想起/検索(再生と再認と再構成)]。意識/自覚される顕在記憶は、下図のように宣言記憶(知識)のみで、決断や技芸などの知恵は、想起不能な/意識できないものです。

記憶

また、「潜在記憶(前注意記憶)は、顕在記憶に比べて長時間保持されている」のです。

◇感覚と知覚

諸説ありますが、この本では、深部感覚は、位置感覚などの運動感覚と深部の痛覚によって構成されるとしています。このように、深部感覚や皮膚感覚の体性感覚の多くは不明なままです。

「脳のどの部位が特定の感覚のために専門化されるかは、生育初期の環境条件や経緯に依存して大幅に変わる」「乳児は生後しばらくは、様々な言語で用いられている多様な言語音をふるい分けて受容する能力を備えている」「1歳頃に、母国語の音以外の弁別力は激減する」。

◇思考と言語

生禿は、[言葉で考える=言葉を考える]のであり、それは本来、思考などと呼べるものではない、と考えています。前述のように、意識される=言語化可能なのは知識のみ、決断したり、何かを達成する為の知恵は含まれません。

この本に書かれている「思考は、知識を再体制化(再編成)ないし再構造化する過程である」の『思考』が、意識的なそれだとすれば、大嘘です。

「数の保存概念は早期に成立するが、量の保存の概念は成人でも難しい」や「言語野は、ほとんどの右利き成人で左半球だけにある」「情動の認知は、右半球」は、この領域では数少ない実証されたものでしょう。

◇動機づけと情動

「哺乳動物の牡では周期性が明瞭ではないが、牝には周期性(発情期)がある。従って相互的な性行動は牝の周期性に依存する」のです。そして、性衝動だけでなく、人間の生活は、牝が支配しています。

◇個人差

3つの心理的な障害
1) 外因性精神障害:薬物など要因
2) 内因性精神障害:統合失調症、躁鬱病 脳の機能障害が要因
3) 心因性精神障害:神経症や心身症 心理/環境要因が要因

「フロイト、ユング、エリクソンの理論は、神経症の症状をどのように理論化し測定し治療するかという臨床的な問題意識から発展したといっても過言ではない」「治療者は、患者が治療者に向けてくる個人的感情を分析する」「精神分析における療法では、このように患者自身が不合理な抑圧を意識化して、それらを取り去ることによって性格の変容を図ろうとする」。対して、「条件づけの原理によって神経症の症状を消去しようとするのが、行動療法である」。

ロジャースの来談者中心療法
1) 治療者は来談者を共感的に理解しようとする
2) 治療者は来談者の思考、感情、行為などに対して無条件に肯定し受け入れるように配慮する
3) 来談者との関係の中で、治療者自身が自分に正直である

◇社会行動

帰属過程とは、本来は実在しない因果関係を妄想し、着目した結果を特定の原因に帰する過程のことです。


● 心理学の歴史

「古代の心理学は形而上学的な色彩が強く、哲学と不可分の関係にあった、近代的な心の考えは17世紀の哲学者(デカルト)に始まる」。

神経生理学は、神経を運動神経と感覚神経に分け、運動を随意運動と不随意運動に分けることで神経科学に見通しを与えました。

ワトソンの行動主義「刺激が与えられればどんな反応が起こるかを予測し、反応が与えられればそのとき有効な刺激は何であったかを指摘できるような、資料と法則とを明確にすること」を、生禿は高く評価しています。刺激と反応の関係の評価に専念する。[入出力関係]を見つめ続ける。そのブラックボックスに耐える。この本を読んでいると、ブラックボックスに耐えれない非科学的な『心理』の浅はかさを読むことができて楽しかったで〜す。