秋葉原で打合せをした後、新橋(東京都)で大学の課外授業をやります。その間の時間があるので、九段の桜を観に行きましょう。

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神田児童公園の桜です。神田の古本街。沢山の本好きが集まる古本祭りをやっていました。

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花見の客で賑わう靖国神社です。焼き払うにしても、一度は見ておくべきでしょう。と言う訳で、生れてはじめて靖国神社を訪れました。

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遊就館で開催しているのは、日本を侵略した者どもが、売国奴を従えて他国を侵した戦を賛美する「大東亜戦争七十年展」。人殺しも出来ない日本の腰抜け士官は、進むときは最後、退く時は最初。慰安婦を抱くのは最初から最後まで。日本が戦争位に負けたのは、士官(軍人)の精神が腐った下衆の腰抜けだったからです。「物量で負けた」というのは恥ずべきいい訳です。イギリスに比べて士官の死亡率は6分の1です。英国軍人(士官)は、「高貴なる者」の務めを果し、進むときは先頭、退く時は最後。誇り高き軍人です。一方で、日本の士官の死因のほとんどは、その卑怯未練な行動が兵の怒をかって、横から撃たれたものです。兵を弾避けにして逃げ隠れする日本の士官は、前から撃たれることも、後から撃たれることもありません。兵も横から撃つしかなかったのです。

腐れた人間というのはどこまでも悪臭を放つものです。なんとしても始末しなければなりません。その決意を新たにしました。

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この腐り果てた薄ら笑いを見て下さい。薄ら馬鹿というのはこういう顔をいいます。でも、それとは知らずに桜は見事に咲いています。

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売国奴が列をなしています。私も他国を侵したいと願う亡者が熱心に祈りを捧げていました。今すぐ丸ごとガソリンをかけて焼却したい衝動に駆られます。← そこは一応、我慢です。

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靖国神社に合祀されない諸外国などの人々を慰霊する鎮霊社に続く道。鎮霊社は、昭和40年(1965)に建てられました。戦後まもなくよりも、売国奴たちの厚顔無恥な行動は、この頃から活発になります。中曽根、小泉、安倍・・・、人殺しもできない腰抜けどものやることは卑劣です。この者どもも始末しなければなりません。

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靖国神社は狛犬も梁型です。空っぽです。こんな惨たらしい狛犬さん。可哀そうに。

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千鳥ヶ淵の桜です。江戸城の内堀でボートを漕ぐ長閑な風景。ホッとしますね。

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木蓮も咲いていました(低価格なコンパクトデジカメは、花などを撮る時は、広角側で接写した方がいいんですね)。

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咲き始めの桜は、穢れの無い美しさです。桜吹雪もいいけれど、生禿は魁(さきがけ)の桜が好きです。

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千鳥ヶ渕戦没者墓苑。中学に入学してから、通学路だったこともあり、毎年桜の季節に訪れて、お参りしていました。太平洋戦争で亡くなられた方々の無念に想いを馳せ、平和の為に命をかけて戦う決意を新たにする生禿でした。その気持ちは今も変わっていません。むしろ強くなりました。売国奴が闊歩する今の日本に我慢がなりません。先の戦争で命を落とした国内外の人々に申し訳がなくてし方がありません。

民主主義の愚衆政治がもたらした、国民対国民の大量殺戮を再び起こさない知恵が、人間にはあると信じたい。そう信じたい生禿ではありました。

生禿の学生には、知恵のある人生を歩んでほしい。そう願いつつ、課外授業に向かいます。