「進化し過ぎた脳」 池谷裕二 2007年 ブルーバックス
有名な本なので気にはなっていたのですが、たまたまブックオフで見つけたので手に取ってみました。これがなかなか面白い。科学の域を脱線しているところもあるが、そこはご愛敬。著者の人間の良さも伝わってくる本でした。 以下はこの本の要約と引用です。
《1.人間は脳の力を使いこなせていない》
神経細胞の大きさは普通の細胞と変わらない。直径が25〜30マイクロメートル。大脳皮質には一辺1mmの立方体の体積あたり、2〜10万個の細胞が入っている。
脳が大きいほど、脳の皺が多いほど賢い、という通説は誤り。
大脳皮質の層は6層。6層の厚さは全部で1mmくらい。イルカでも鼠の脳でも、全ての哺乳類に6層が共通している。
視覚野に届いた情報は、側頭葉のWHATと頭頂葉のHOWの2つの回路に分けられて処理される。WHATの神経細胞には人参だけに反応する細胞が存在する。HOWには右方向に動いている時に反応するものや、赤色に反応する神経もある。
運動野には、口に手を持って行くとか、いつでも同じ場所に腕を移動させる運動プログラム系の神経細胞が見つかった。姿勢や表情がプログラムされている場所が見つかった。
機械を神経を通じて操縦する。米国では2004年に人間に応用することが許可された。脳チップを埋め込む手術が開始された。
目から入った神経は視床という中継点から第一次視覚野に行く。
脳の役割分担は決まっているけれども、かなり柔軟性に富んでいる。但し、代替は完全ではない。
指が4本で生まれた人は、5本目に対応する脳の場所が無い。脳は最初から指の数を知っているわけではない。脳の地図は後天的に体が決めている。生まれた後に分離手術をして、指を5本になったら、1週間後には5本目に対応する脳の場所ができた。
生まれ持った体や環境に応じて、脳は自己組織的に自分を作り上げていく。
小さいときに脳に水が溜まって脳の成長が妨げられる水頭症。大脳の体積が20分の1になることもある。多くの患者は全くの正常。人間はそんなに大きな脳は要らない。
動物の中で、人間の運動神経は悪い。鳥の小脳はとても小さいが、運動神経は抜群。
体と脳の関係。猿が棒を使うと、指の先で反応していた神経が、棒の先で反応するようになる(体の拡張)。
《2.人間は脳の解釈から逃れられない》
呼吸は、ある時は意識できる。もしかしたら、水に潜ったりする時のために意識して止められるようになっていいるのかも知れない。
人間の目は、片目だけでも立体感を感じる。両目で立体を認識している人は7割ぐらい。
錯視は、世の中が三次元なのに網膜が2次元。脳が三次元に解釈するために不都合なことが起こる。
光を感じる細胞で最も感度が高いのは光の強弱を感じる細胞。光子が2〜3個届いただけで検出できるぐらい。
人間の網膜は100万画素。デジカメに比べるととても少ない。世界は脳の中で作られる。
視覚の時間分解能は、最大で100分の1秒。ビデオレートは30コマ。
形、色、動きの情報は、解析にかかる時間が異なる。一番先に気づくのが色。その次に形。最後に動き。70ミリ秒ぐらいの時間差がある。
文字や言葉が目や耳に入ってきてから、情報処理できるまでに0.5秒ぐらいかかる。
人間は左半身を右脳で、右半身を左脳で制御している。例外もある、鼻は左側がそのまま左脳、右側は右脳に繋がっている。目は、左目網膜の左側は左側、右側は右脳に(半交叉)。左側の視界は右半球で、右側は左半球がカバーしている。
魚とか爬虫類は全交叉。目が正反対についているから両眼視する必要がないからだろう。蛙のようにオタマジャクシの時は全交叉、成長すると半交叉という動物もいる。
目の情報を処理するのは第一次視覚野だけではない。視神経は視床で乗り換えられる前、上丘にも情報が運ばれている。目が見えなくても、見えていることがある。
野球ではピッチャーのボールがバッターに届くまで0.5秒。球動を判断していたら間に合わない。上丘で見て判断していると考えられる。
盲点の情報は、脳が補完して補って見ている。視野の隅々まで色がついているのも、その色を脳が埋め込んでいるから。視覚の解釈は無自覚で行われる。
見ること聞くこと動くこと。人間の行動の中で意識してやっていることはほとんど無い。
ハブは赤外線を感じると噛みつく。蚊は二酸化炭素に反応する。判断しているというより、反射に近い。
「意識」の条件は、「表現(行為)を選択できる」こと。感情は意識して変えられない。美しいとか美味しいとか、生々しい感覚をクオリアと言う。クオリアは表現を選択できない。
経験とか学習とか。可塑性は過去の状態によって脳の状態が変わるということ。これの意識の条件。
人間の脳には顔の表情を処理する部位がある。赤ちゃんも全部の表情ができる。遺伝子に書き込まれていると考えられる。
自由連想。単語は脳の中でグループになっている。
猿が実験椅子に縛られて、脳神経を測定されていた。休憩中に研究者がおやつを食べていたら、猿の脳で食べる神経が活動した。自分であろうと他人であろうと、あるしぐさに反応する神経=ミラー・ニューロン(鏡神経)。
狼の遠吠えは言葉というより信号。言葉は自由意志の表われ?反射に近いものもある。言葉も多くは意識ではない。
「好きな時にボタンを押して下さい」という実験。運動前夜で運動をプログラムしてから、1秒ほども経ってから「動かそう」という意識が現れる。脳が動かそうと準備を始めた後に、動かそうというクオリアが生まれる。自由意志というのは幻想だ。行動が生み出されようとすると、意識が生み出される。
最も原始の感情は恐怖。恐怖を生み出すのは偏桃体。偏桃体の活動には怖いという感情は無い。クオリアは別の経路で生まれる。偏桃体が活動して、その情報が大脳皮質に送られると怖いという感情が生まれる。怖いから避けるのではない。涙と悲しみも同じ。悲しいというクオリアは、神経活動の副産物でしかない。感情というクオリアは、脳の活動を決定していない。
偏桃体が無いと猿は犬に近づいて交尾しようとする。偏桃体を破壊すると性欲が剝き出しになる。動物の本能は偏桃体の活動で抑制されている。偏桃体が大脳皮質を制御して行動設計させている。
交配しても子孫ができないというのが「動物の種」を分ける基準。ラバ同士には子供ができない。ラバは種ではない。
《3.人間はあいまいな記憶しか持てない》
人間は見たものそのものを覚えるのではなく、共通している何かを選ぶ。鳥の写真のように記憶する。下等な動物ほど記憶が正確。しかも覚えた記憶はなかなか消えない。融通が利かない。
人間の記憶は、曖昧でいい加減。適応力の源泉になっている。その曖昧性を確保するために、物事をゆっくり学習する。汎化と帰納法は同義語。汎化の過程が抽象化。言語を操るようになって抽象思考が高まった?
神経細胞は、神経突起を介して他の細胞と連絡している。流れている電気の実体は、イオン。イオンが流れている。
自分が自分であり続けるために、神経細胞は増殖しない。脳は頭蓋骨の中に入っているから増殖できない。
金魚の記憶移植実験。記憶の場所を突き止めて、その部分を刺激したら記憶を植え付けることができた。
神経細胞にとって重要なイオンは、ナトリウムとカリウム。水は通り抜けられなくても、カリウムイオンは細胞膜を通り抜けられる。細胞はいつも内側にK+がある。あらゆる細胞は、内側がマイナスになり、外と電位差がある。
神経細胞には、細胞膜にナトリウムイオンを通す穴がたくさんある。そこからプラスのナトリウムイオンが入る(1/1000秒間)。隣のチャネルもそれを検知して開く。イオンの流れが次から次へと連鎖して伝わる(スパイク|活動電位)。
シナプスは一つの神経細胞あたり1万ぐらいある。シナプスの隙間は20ナノメートル。人間の記憶や思考が「曖昧」なのは、伝達物質の放出は確率的だから。確率に時間(連続性や回数)が関係しているシナプスも多い。電気信号から化学信号、そして電気信号へ。この工程を1000分の1秒でやる。
運動系のシナプスは、ほぼ100%の確率で出る。筋肉を動かす神経は、スパイクが来たら必ず伝達物質が出るようになっている。
脳の中で最もよく使われる伝達物質はグルタミン酸とγアミノ酪酸(GABA)。グルタミン酸はナトリウムイオン、GABAは塩素イオンを流す。塩素イオンが入ると、電位差が広がるから、スパイクが起こりにくくなる。
カリウムイオンは細胞全体の話。ナトリウムイオンは全体のK+のバランスには影響を与えない。
神経線維は末端近くでたくさん枝分かれして、別の細胞の別の細胞の太い線維に近づく。10000のシナプスのプラスマイナスのバランスで発火するしない(ON/OFF)が決まる。
全ての神経のスイッチがONになると痙攣が起こる(癲癇)。
アドレナリンやドーパミンやセロトニンを受け取ったセンサーは、イオンを流さない。ON/OFFの活動を強める。
個々の魚に群れを成す習性は無い。隣の魚に近寄る、近寄り過ぎた離れる、隣の魚と同じ方向に泳ぐ。この3つの行動だけ。全体として、群れができる。
神経細胞も複雑系で動いている。神経は数式で記述できる簡潔な挙動しか示さない。これがたくさん集まるとどうなるか解らない。
神経細胞のスパイクが起きるタイミングで、運動になったり、記憶になったり、意識が生まれたり、そういうふうに変わる。
Aの神経に活動電位がやってくる、Bの神経から活動電位がでる、この二つが同時に起こるとシナプスは強化される。Bのスパイクは出口専用の線維を逆流して伝わることができる。同時に活動したことをNMDA受容体が感知する。すると、カルシウムイオンが流れ、グルタミン酸の受容体が増える。これが、シナプスの結びつきが強まったということ。Bの神経が先に発火すると結びつきが弱まる。NMDA受容体が無い鼠は記憶できなくなる。
《4.人間は進化のプロセスを進化させる》
神経の回路の結びついている形、脳の情報処理の重要な要因。フィードバック(反回性回路|再起型回路)によって、情報を分解したり、変調したり、統合したりできる。
1個の神経細胞が1万の細胞に情報を送っている。シナプスを3回も介せば、その情報は自分に戻ってくる。反回性の回路が密なのが海馬。その次に前頭葉、それから視覚野。
入出力に直接関係していない神経細胞(内部層)。ループ回路専用の神経など。内部層の神経が、人間では99.99%を占める。シナプスを100回ほど介せば脳の情報処理は終了する計算になる(脳の100ステップ問題)。
麻酔は神経の受容体を押さえつけて働かなくする。痛みの神経は特に麻痺しやすい。神経が全部麻痺させると死ぬ。一回着くと離れないのがフグの毒。ナトリウムチャンネルをブロックして、全部の神経を阻害する。睡眠薬はGABAの作用を強める。幻覚症状などはドーパミンが働き過ぎることで起きるらしい。
アルツハイマー病を特徴づける老人班。βアミロイドは神経細胞を壊す。アルツハイマーの家系で病気になる遺伝子=APPを特定した(連鎖解析)。APPの切れカスがβアミロイドだった。プレセニリンはAPPを切る。βアミロイドは直接の病因ではないらしい。
脳の細胞の9割はグリア細胞。グリア細胞は放出されたグルタミン酸を取り込んで、神経に戻す。グリア細胞のポンプの働きを盛んにして、受容体が感知する前に伝達物質を回収してしまうと、情報伝達が阻害される。
アルツハイマー病の患者は、アセチルコリンが不足している。アセチルコリンを切断する酵素がアセチルコリンエステラーゼ。
サリンはアセチルコリンエステラーゼを阻害する。目の瞳孔を開閉するのはアセチルコリン。サリンはアセチルコリンを増やす。昔の記憶が思い出されて収拾がつかなくなる。眼底検査をする前に瞳孔を開かせるアセチルコリンエステラーゼを抑える薬を使う。
子孫を残した後に、高齢になってから発症するアルツハイマー病は自然淘汰されない。
かつてなら子供を持つことができなかった人たちが子孫を残す。自然淘汰の原理に反している。人間は遺伝子的な進化を止めて、人間に合わせるように環境を支配している。
練習すると上達するのは、専用の回路ができたから。
《5.僕たちはなぜ脳科学を研究するのか》
入出力相関モデルで事象を分析する。科学はブラックボックスを想定して、その入出力を解明する。脳についてはこのアプローチは通用しないかも知れない。
脳の構造は自発的に変化する。神経活動のほとんどは自発発火。グルタミン酸をシナプス小胞にロードする過程に脳のエネルギーの8割が消費されている。
蠅ですすら寝る。睡眠の役割は不明。
蛭が這って逃げるか泳いで逃げるかを決めているのは膜電位。ニューロン208番目の細胞膜の偶然のゆらぎで決まる。意思は突き詰めると揺らぎに行き着く。根拠なんて無い。
人間が単語を覚えられるかどうかも、問題を出す前から分かる。脳の状態の差、集中力とかじゃなくて、純粋な脳の揺らぎ。
血圧を調整しているのは自律神経。血圧を測定して表示すると、血圧を上げ下げできるようになる(バイオフィードバック)。自律というのは、フィードバックが無いという意味。血圧計を本人に見せると、血圧は意識で制御できる。
網膜に入ってくる光刺激は、視覚を生み出す情報のごく一部=せいぜい3%に過ぎない。残りの97%は脳の内部情報。位置や光が変わっても机を机と認識する安定した認識は埋め込み処理。自発活動はランダムな揺らぎではない。一度Aを選んだら、ときどき揺らいでBを選ぶ。
科学を信じるという宗教。データの解釈によって結論が左右される。科学は解釈学だ。科学で証明できるのは相関。因果を説明することは不可能だ。