「QOLとマーケティング」 高橋 昭夫 2008年 同友館

QOL(クオリティ-オブ-ライフ)をマーケティングするための研究書 … なんですが、とんでもない本を読んでしまいました。ここまで、出鱈目の限りを尽くした本に出会ったことはありません。日本の人文系の研究者のあまりの水準の低さにあきれるばかりです。


「QOLの多義性は、質という概念自体が多義的であることに由来する」「マーケティング戦略論や諸費者行動論では、品質の主観的側面である知覚品質が重要視されている」「(生活)満足は認知的なプロセスである」などの常識的な知見については問題はありません。

問題はこの本の中心をなす職務満足と家庭(生活)満足、そして生活(全体)満足の関係についての実証研究です。ここからは、皆さんもひっくり返らないように、心静かにお読みください。

この研究のための調査は、其々の満足を説明する項目を設定し、それらについて5点尺度で回答を求めています。調査業界では、本質的には序数であるSD法尺度について、乗法性は無いが加法性は有る(等間隔尺度と見做すことができる)ということになっていますが、それが出鱈目であることは数理に明るい人間なら誰でも理解しています。学生時代にSD法尺度の加法性についての議論を横目で見ていましたが …、便宜的にでも、SD法尺度に加法性を認めないと、調査業界が困るので必死になって誤魔化した、というようにしか理解できませんでした。ともかく、この調査では『足せない』尺度で調査をしたということは厳然たる事実です。

そういう『足せない』説明変数を、この研究では主因子法-バリマックス回転の因子分析を行い、得られた因子得点を独立変数としたステップワイズ法による重回帰分析をSPSSで行っています。反吐が出るぐらい非科学的なやり方です。これが日本の大学教授の水準です。慌てふためき、驚き呆れ、ただ呆然と立ち尽くすのみです。生禿も、大学の先生の端くれになる者です。気をつけねばなりません。

調査した職務満足と家庭満足は、上述のように『足せない』のですが、たとえ加法性があったとしても正規分布を為していませんので、相関係数をとるのは不適切なのです。つまり、50譲って、100歩下がっても、出鱈目の限りを尽くしていることは明らかです。

数理として妥当な処理は、各項目について変曲点や閾値、分岐点(カタストロフィー点)などを境界として2つの区間に分け、2変数の4分割表について4分点相関係数を以て測度とします。計算として美しくなく、理論としても荒っぽいものですが、数理としてはタフで、現実妥当性もあります。

境界の設定のし方には、1)項目ごとに境界を定める、2)個人ごとに境界を定める、の2つの考え方があります。境界を項目ごとに定める場合には、項目による違いが反映されます。一般に、項目ごとの違いは大きいと想定されます。一方で、個人ごとに境界を定める場合は、物事を肯定的に捉える人や、何事にも敏感に反応する人など個人差を取り除くことにができます。但し、実証研究によれば、個人差を取り除く効果は小さいといいます。

4分点相関の妥当性は、境界の設定に依存します。2変数間の関係を適切に表現する境界を、散布図などで確認し、その境界の現実の意味を識別します。このように導かれた4分点相関は、相関測度として適切なものです。何故なら、ピアソンの積率相関係数は、2変数が正規分布を成している場合にのみ適用されるというだけでなく、線形な相関関係を前提としています。一方、4分点相関は2変数がどのような分布でも適用でき、かつ、2変数間の関係が変化する(線形でない)ところを境界としますので、大局的な2変数間の関係を破綻なく表現できます。また、境界点を特定し、2変数間が線形な関係にあることを確認できた区間については、ピアソンの積率相関係数を適用することが可能です。

この分析に用いられた分析ソフトも問題です。まともな学会なら「SPSSを使って分析しました」なんて言ったらせせら笑われます。SPSSは、根本的に出鱈目です。バグがあるとかいうのではなくて、データクリーニングもできない素人にも使えるように、欠落データをテキトーに自動処理するなど、数理として初めから破綻しています。勿論、実務的には、時間を掛けずにいい加減な結果が出せるので、価値のあるものです。だからこそ、研究向きではありません。そういう常識的な認識さえ、著者たちには欠落しています。

この分析の最後の、「Amos」の共分散分析による生活構造モデルの抽出は、この限りの処理としては適切です。しかし、これ以前の処理結果を受けてのものです。ですから、出鱈目なインプットからは出鱈目な結果しか出ないことには変わりはありません。

また、この分析の報告には、各項目の実際の設問のワーディングが示されていません。ですから、分析者の各項目についての解釈が適切なのかどうかが疑われます。定量的な解釈は、定性的な(論理的な)妥当性を前提に成立するものです。設問が意味しているのは何か?その回答は何に対する反応なのか?例えば、「あなたは親孝行をしていますか」と「 親を大切にしていますか」は同じ設問でしょうか、異なる反応を引き起こす設問でしょうか。

上記のように、この調査-分析は、マーケティング研究者の知的水準の低さを余すところなく表現するものになっています。残念ながら、これが日本のマーケティングの現状です。


このまま終わると、暗すぎるので・・・。小売業に関する記述は、常識的ですが、よくまとまっているのでご紹介しておきます。

商業統計によれば、個人経営の小売商店数は減少し続けています。一方で、法人経営の大型店舗は増加し、所謂「価格破壊」が継続しています。そのような中で、ディスカウント・ストアの経営破綻が続きました。スポーツ用品のオリンピック・スポーツ、パソコンのステップ。そして、コスト削減が円滑な店舗運用を損ない売れ行き不振を招いたダイエー。コストを無視して販売価格を引き下げる競争的なディスカウントは、商品の品質の低下や、サービスの低下をもたらしました。

そして、小売業が無見識なのは日本だけではないようです。「多くの小売企業は、顧客の要求に無関心であり、小売マーケティング戦略を策定することを煩わしく思い、かつ利益を犠牲にしても売上を増大させようとしている」Berman.B and J.R.Evans

「1980年代中頃以降においては、一般的に大規模小売業によって、製造業者の優越的地位を否定するような状況が生じ、90年代では、大規模小売業者が製造業者や卸売業者に対して、大きな購買力を背景とした優越的地位を利用して商的流通を行い、競争阻害的効果を生じさせていた。小売業者による優越的地位の濫用行為として、押し付け販売、返品、従業員などの派遣の要請、協賛金の負担要請、多頻度・小口配送の要請、事後値引き要請、などがあった」。

接客サービスについての記述は、膝を打つ名文でしょう。「機能サービスについて、消費者は価格の高低を基準として判断をするのに対して、接客サービスについては、主観的かつ感情的な印象を抱く傾向にある。例えば、消費者は「安いから包装して貰えない」ことは納得できるが、「安いから態度が悪い」ことは割り切ることができない。いかに低価格であっても、販売員の態度を赦す理由にはならない。そのような意味から考えれば、接客サービスを代替するサービスは存在しない」のです。




数学の1点と国語の1点は足せません。センター試験で配点が変わり当落が変わってしまうように、点数は「確定した値」を持ちません。つまり、足せません。もう少し厳密に言えば、「単位1が存在し、かつ、1意に定まる時に加法は成立する」のです。

東大出のお役人に足し算が出来る筈はありません(但し、研究職を除く。「俺は足し算ができる」と言う方がいらっしゃいましたらご連絡下さい。精査の上、足 し算が出来た場合には、土下座をさせて頂きます)。当時の文部省のお役人が、統計学者に「大学入試は出鱈目だ」と脅かされて、それを隠蔽するために言い成 りになって実施したのが「共通一次試験」。こうして、大学受験生をモルモットにする壮大な統計実験が行われます。世界中の統計学者が驚愕し、この非人道的 な人体実験を非難しました。

そして、共通一次試験による配点研究が終わり、その比類無きデータによる研究成果は「日本の統計学の金字塔」ともなりました。しかし、「共通一次試験」は 「センター試験」と名を変えて存続します。役人の利権を拡大する為です。国民がどんなに不幸になろうとお役人は知ったことではありません。必要なら殺しも します。それが、日本のお役人です。

さて、共通一次試験による「得点の足し方」は、数学の世界では「配点論」という領域になります。「数字(序数)」を「数値」にする方法(尺度化論)の一つです。

一般的な尺度化の考え方をいくつかご紹介しておきます。ご興味ある方は、専門書をご参照ください。

=配点の方法=

・全ての回答に対して同じ配点にする
成績について何もわからない採点前の状態では、問題-解答は無差別(同値)である

・回答可能性に順序(包含)関係があると見做し、無矛盾な得点順位を与える配点を定める
各問題の正解者の集合の包含関係から、解答力の無矛盾な(最も矛盾が少ない)順位をさだめる得点とする(「ここまで解けた人」は「これを解けなかった人」よりも順位は上位)

・正答率から情報量を導き、これを配点の根拠とする
問題の難易度を情報量で表し、この情報量を用いて難易度に応じて配点する(例えば、A問の正当率が10%で、B門が20%の時、配点はA>Bとする)。

・サーストンの一般因子(IQの一種)
因子分析の最尤法の一般因子の因子得点を総合得点とし、因子負荷より配点を求める