「イチローの脳を科学する」 西野仁雄 2008年 幻冬舎新書

生禿が関心を持っているテーマの一つ「イチローの脳神経」についての著述なのですから、読まないわけがありません。なのですが、このタイトルは詐欺です。脳生理学の素人向けの平易な解説を、自らも親しんだ野球の世界の頂点「イチロー」にかこつけて書いた、というだけの読者を馬鹿にした本です。

著者は、大脳生理学を専攻する学者で、名古屋市立大学の学長です。学長になると「上がって」しまって、研究もしないで駄文を書いて遊んでいます。それはそれで好い老後なんでしょうね。

拾ったのは、イチローの父親である鈴木宜之氏へのインタビューの内容です。但し、残念ながら、ストイックに突き詰めるサイボーグ、イチローが、自らを対象化する危うさをどうやって回避したのか、については何も触れられていません。一流の人間ではない著者には、そのようなことに思いを致すことはできないのかも知れませんネ。


「イチローが、野球をやりたいと、と言ったのは小学3年生のときだったそうです。この強い意志を受けて、父の宣之氏は立派な野球道具一式を買い与えました。そして、3年から6年までの4年間、イチローが帰宅する時分、寛之氏は自営する会社の仕事を中断し、マンツーマンで練習を休むことなく続けました。夕方になると家に戻り、夕食をいただき、学校の宿題を済ませた後、バッティングセンターに出かけました」。セーフコ球場の同僚たちも「あいつを見ているだけで疲れてくるよ」と評しているそうです。

「気持ちと体の準備は徹底してやらせました」と鈴木宜之氏は語ります。「宣之氏は元高校球児で、運動センスは豊かです」とは言え、著者をして「午後3時半ごろに会社を抜け出し、子供の野球の指導に没頭するという、会社の経営者としてはどうかと思われる行動を認めた周りの皆さんに心から敬服いたします」と言わせる宜之氏は、イチローさん以上にエクセントリックな人物なのかも知れません。

「遠征には、自分の枕を持参します」「かたくなに規則正しく、決まった手順で準備し、ベストの条件になるように心がける、イチローの几帳面さ、一徹さ」。イチローの頑固で几帳面な性格は知られています。

イチローが小学6年生だった時の作文には、「僕の夢は、一流のプロ野球選手になることです」と書いていたそうです。「イチローの負けん気と闘争心は相当なものです」。それは、あるインタビューでの「そうですか、一番目でないことにカチンときますね」のイチローの言葉でも窺われます。

イチローが何かの間違いで成功者になれなかったら、一体どうなっていたんだろうと考えると、ゾッとしますね。