「騎手の一分」 藤田伸二 2013年 講談社現代新書

 今は遠ざかたけれど、20年以上やっていた競馬。騎手の気持ちがわかる本なので、思わず手にとりました。通勤の暇つぶし本にはGood!でした。因みに、氏は2015年に現役を引退しています。


 「アブミを短くしたほうがカッコいいけど、突然の動きに備えて、安定させるために、返し馬の時はアブミを長くしている」。「馬は、真っ直ぐゲートを出る方が少ない」。「コーナーで遠心力がかかっている時に鞭を入れてもエンジンがかかることは無い。そもそも、馬は鞭を一発二発入れられればわかる」。「強い馬なら、隙間がうまれた瞬間、そこに入っていくだけの脚があるし、前が開かなかったら、それは『運が悪かった」と諦める。今は、無理矢理馬群をこじあけたり、周りの状況を見ることなく、急に進路を変える騎手が多くなった。競馬界がおかしくなっている背景には、『目先の成績重視」もある」。なるほど!です。実際に乗っていた騎手にしかわからない言葉が並んでいます。

 「残り600メートル(上がり3ハロン)から逆算して、レースの展開やペースを組み立てている」。「スタートが良くなく、外枠不利とされている中山競馬場の芝1600mや東京競馬場の芝2000mでは、中途半端な場所で競馬をするより、ケツから内ラチ沿いに走るのも一つの手だ」。これは!実感ですね。「南関東の小回りコースも、中央競馬で鎬を削っているパワーもスピードもある馬だったら、回りきるのが難しい」。「左回りの競馬場で馬が内にもたれれば、鞭を左に持ち替えて叩かなければならない」。「遅いペースを嫌って向こう正面でハナに立つ。出遅れたらそのまま控えて勝負する。それも肝の座った乗り方になる」。

 「こんな高速馬場にしたら、馬の脚の骨がついてこれなくなる」。「せめて、もっと芝を伸ばすことを要求したい」。日本の高速競馬の危険性についての警告ももっともです。

 「ディープインパクトのような『勝ちパターン』は、強い馬だけができる芸当。誰が乗っても勝てる馬だった。強い馬は、早めの先頭で押し切る競馬ができるし、したことがある」。「サンデーサイレンス以降、馬のフィジカルが違ってきたのは事実。ディープインパクトの子は、肌馬がいいから走るだけ」。「昔とは馬の食べ物が違う。今は、林檎やバナナ、サプリメント … 、厩舎が工夫をしている。馬は草食動物だから、乾燥したウンコは手でも触れるもんおだった。今は、食べ物が人間に近くなると臭い。寝藁も、おが屑チップを混ぜるとか、厩舎が総檜造りとか。夏はミストが飛ぶ、冷暖房完備のところもある」。

 「馬が右前足を先に出して走ることを『右手前』という。左回りのコースは『左手前』で走る一般的だ。馬は右手前・左手前の得手・不得手がいるし、ずっと同じ手前で走っていると馬は疲れてしまう。そこで最後の直線に入ったところで、騎手は馬の手前を替えようとする。調教の段階から馬に手前を替えることを教えている」。「道中では馬を『追う』んだけど、ゴール直前に限って言えば、馬は矢弓のイメージで『引き上げてやって放す』ものだ。馬の能力を引き出す騎手の役割は、背中で静かにして馬の邪魔をしないことだ。鞍上で暴れるように追うもんじゃない」。馬の乗り方を知っている騎手の言葉です。

 「毎週金曜日、その週末に騎乗する馬の厩舎を回って、レースの時に着る勝負服を取りに行く(厩舎周り)。勝負服をレースが開催される競馬場の調整ルームに持っていく。勝負服のデザインや模様は、オーナーによって決まっていて、出走機会のたびに、借りたり返したりする。そして、競馬が終わると、また厩舎を回って勝負服を返しに行っていた」。「朝の調教も含めて厩舎周りをするほど、いい馬が回ってきて勝つこともできた」。2006年に、エージェント制が導入されます。「エージェント制度は、騎手と契約したエージェント(競馬新聞の記者など)が、騎手に代わって厩舎周りをしながら、いつどの馬に誰を乗せるか、決める仕組みのこと。騎手が馬主や調教師とコミュニケーションをとる機会が減ってしまった」。

 「稼働しているエージェントは約20名。15人ほどは競馬専門紙の現役記者。残りは元記者」。「エージェントと有力馬主との関係は密接。エージェントは、契約した騎手の中で、どの騎手に一番走りそうな馬を任せるか、選んでいる」。「目先のレースを勝つことだけを考えて、外国人騎手に乗り換えさせるケースが続発している」。

 「この20年の大手クラブの成長は凄まじい。この10年で中小牧場の廃業や個人馬主の撤退が相次いでいる」。「競走馬が減少して、いい馬を預けて貰えるよう、厩舎間で争奪戦が始まった。乗せる騎手は誰にしろ、といった指示を出す大手クラブもある。今の日本の競馬界において、強い馬を数多く抱える大手クラブや大牧場の存在感は増すばかりだ」。

 「同馬主の馬が出ている方が有利になる」。「大手クラブの場合、同じレースに2頭出している時に、それぞれの馬の乗り方の指示を騎手に対して出してくる。その大手クラブは若手騎手ばかりに乗せている。豊さんとか俺とかは、そうした指示を聞かない」。

 「関西は、自分のところで騎手を育てる雰囲気が強かった。かつては、自分の厩舎に所属しているジョッキーを乗せることが多かった。最近は、外国人騎手にいい馬を取られてしまっている」。「2012年、約10人の外国人騎手がJRAから短期機種免許の交付を受けて、日本で騎乗している」。「1982年に252人いた騎手が、130人に減少した」。競馬人気の低迷により、「競馬学校の応募者が、最盛期の2割以下に減っている」。

 「今、競馬界で絶大な力を持っているのは、一部の大手クラブや一部の有力馬主。JRAのシステムが改善する必要がある」。