「俳句って、たのしい」 辻桃子 1944年(原著1988年) 朝日文庫
桃子さんの俳句論。おっしゃることには130%賛同するのだけれど、この人の言葉の感性は凄い!のは判るのだけれど、生禿の感性は鈍いので楽しめないところもある。才能が無いというのは哀しいことですね。 以下は、この本の要約と引用です。*印は生禿の所見です。
1. 俳句って、たのしい
下手な句でも、作者の感性が光る句。
セブンイレブン覗きおり冬の犬 不羅
馬市の味噌汁付きのカレーかな 桃子
*カレーに味噌汁は、生禿の教える大学の学食でもそうなんです。最初はビックリしたけれど、田舎の雰囲気があって最近は嬉しく受け入れています。
俗なものの中に「何か」を見つける(発見する)のが、私の詩だ(衝撃の詩性)。
子規は、平等に選ぶ互選によって句座を新しくした。
ぼくのだけ開いていない帆立貝 椋鳥
面白がって俳句を作るということは、楽しいことを題材にするのではなく、悲しいことだって面白がって、自分の悲しみも第三者になって笑って作るということだ。
五分だけ泣いて洗濯栗の花 酒音留
宵涼し妻の尿の番をして 雨露
梅雨ネオンカプセルホテルラブホテル とし
抱かれて葦簾(よしず)の影を顔のうへ 桃子
雪はげし抱かれて息のつまりしこと 多佳子
まつさをなシーツに春の湿りかな 桃子
2. 仲間がいたら、もっとたのしい
俳句はノリ。俳句はアドリブ。うまくハマると気持ちいいものである。
4. 歴史をたどれば、またたのしい
起きもせできヽ知る匂ひおそろしき 東睡
乱れて鬢の汗ぬぐひ居る 芭蕉
芭蕉は連句の名人であり、中でも恋句の達人だった。
「梁塵秘抄」は歌集十巻、口伝集十巻。後白河上皇は、この大著を生涯かけて撰述したほどの今様に熱狂し続けた。上皇は、遊女・傀儡子・白拍子を召し出し一緒に唄った。遊女(あそびめ)は歌手。上皇以上に堪能だったのが、監物源清経。監物清経は、西行の祖父だったのである。
最もよく知られている今様は、…
遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子どもの声きけば
わが身さえこそゆるがれる
恋ぎ恋ひて
たまさか逢ひて寝たる夜の夢は
さしさし きしと抱くとこそ見れ
などという、あけすけな歌もあってたのしい。
競べ馬一騎遊びてはじまらず 虚子
何かにつけて「…嬉しくてたまらぬ」と書き添えるのが子規の口癖だった。
5. 世界が広がれば、なお楽しい
「若い」ということは精神の問題。「美しい」ということは意志なのだ。
桃青と名乗っていた芭蕉が、門人から庵に芭蕉を送られて「芭蕉」を名乗るようになった。
五月雨を集めて早し最上川 芭蕉
6. たのしいだけじゃ、ないけれど
「どうすれば(十円玉ハゲは)治るんですか」「何事によらず楽しくやればいいのです。どんな嫌な仕事だって、楽しくやればストレスにはなりません。どんな好きなことだって、嫌々やれば禿げます」。