「がん治療の常識・非常識」 田中秀一 2008年 ブルーバックス

 癌治療に関する良心のある本です。金儲けのための詐欺まがいの治療法や、功名を焦った売名ワクチンとは異次元の、科学であるばかりでなく、患者を命を想う人間性も感じられます。ホッとする一冊になりました。有難う御座いました。 以下は、この本の要約と引用です。


1. 癌は治るようになったのか

 検査が精密になり、治療の必要のない癌まで見つかる(過剰診断)。見かけ上の治療成績は良くなる。肺癌を治すという点に関して、40年間進歩がない。子宮癌の5年生存率も、改善が見られない。大腸癌の場合、過剰診断が少なからず含まれている。子宮頚癌の内、上皮肉癌は自然に消えるか、進行しないかのいずれか。大腸の粘膜癌は転移の恐れがなく命に関わらない。肺癌では早期発見の効果さえ表れていない。癌の生存率の向上は、事実誤認あるいは誇張である。

 癌による人口当たりの死亡数は、変わっていない。心臓病や脳卒中にでは激減している。肺癌の脂肪率が減少しているのは、禁煙対策の結果と見られている。胃癌が減少しているのは、衛生状態の向上で、ヘリコバクター・ピロリに感染する人が減っていることなどによる。

 癌研究者たちは、マウスを使った研究を発表しているが、癌の治療に結びついたものはほとんどない。

 手術件数が多い病院は、少ない病院位比べて、手術後の生存率が3倍高い。

 癌治療が難しい理由は、1)癌細胞は自分自身の細胞に由来する。抗癌剤は、癌細胞だけでなく正常な細胞も攻撃する。2)癌は転移する、からである。癌が増殖するためには大量のエネルギーを消費する。癌は、人体の免疫機構に悪影響を及ぼす。

2. 抗癌剤治療は有効か

 2004年に、前立腺癌の抗癌剤の新薬が「画期的な」発表された。だが、患者の平均生存期間を2ヶ月延ばしただけ。副作用に苦しむ期間が長くなるだけの場合も多い。日本の癌死亡率の上昇が止まらないのは、海外の薬が使えないからだ、という主張には根拠が無い。

 抗癌剤の有効性は、画像診断で癌の面積が半分以下になった状態が1ヶ月以上続いた場合に「有効」という。但し、数ヶ月すると薬が効かなくなり、癌が再び増大する。癌が縮小した患者が2割以上なら、治療率はゼロでも、薬として承認される。抗癌剤で治せる癌は、全体の数%に留まる。大腸癌の抗癌剤も、延命効果は数ヶ月で、副作用で苦しむだけだ。医師は、患者に対して、薬の効果を過大に説明しがちだ。

 抗癌剤には種類がある。1)アルキル化剤:マスタードガスから作られたものが代表。アルキル基が庵細胞のDNAと結合し、遺伝情報の伝達を阻害する。2)代謝拮抗剤:癌細胞の活動を阻害する。核酸に似せた物質を癌細胞に取り込ませ、DNAの合成を妨げる。3)抗癌性抗生物質:癌細胞を攻撃する抗生物質。4)植物アルカロイド:植物の毒を抗癌剤として利用する。

 血液の癌や小児の癌には抗癌剤が効きやすい。白血病など血液の癌は、一つ一つが血液の中を移動している。抗癌剤が癌細胞全体に作用する。胃癌・大腸癌・乳癌などは、癌細胞が集まって塊を作っている(固形癌)。塊の奥にある癌細胞にまで、薬が届かない。癌の大半を占める固形癌には、抗癌剤が効きにくい。抗癌剤は、細胞の増殖を妨げ、増殖の早い細胞に作用しやすい。白血病の進行は早い。増殖が遅い胃癌などは、抗癌剤が効きにくい。

 抗癌剤は、癌のDANに作用してアポトーシスを促す。癌細胞にはアポトーシスを防ぐ酵素を大量に作るものがある。

 抗癌剤も異物だから、細胞の表面に抗癌剤を細胞の外に吐き出そうとするポンプが現れる。その代表がP糖蛋白質。P糖蛋白質が多く出現する癌には、抗癌剤が効きにくい。P糖蛋白質は、脳や大腸や腎臓や膵臓にもあり、異物の排除に役立っている。

 癌細胞に特有な分子構造をターゲットに開発された分子標的薬は、副作用が少ないことが期待される。

 日本では、製薬会社から研究費をもらっている医師が薬の承認に関わっているために、効果のない薬が使用されている。

 手術で取りきれなかった癌を退治し、再発を防ぐために抗癌剤が使われる(補助化学療法)。癌が無いのに抗癌剤を投与され、副作用だけが現れることも少なくない。かえって生存率が低下する。手術後は、何もしない方が適切だ。こうした抗癌剤は、信頼性の低い研究発表が学会で繰り返された結果である。学会は、患者を苦しめるだけの治療がはびこる温床である。

 医療現場では、有効性の確立した標準治療が行われていない場合が少なくない。癌化学療法の専門家が少ないことが最大の要因である。欧米に比べ専門医が少ないことが、日本の癌患者の生存率の低い要因になってる。

3. 癌手術の落とし穴

 19世紀に麻酔法と消毒法が発明され、近代外科手術の夜明けとなった。癌手術では、可能な限り広範囲に切除することが試みられた。

 1970年に、乳癌の部分だけを切除する乳房温存療法とハルステッド法との生存率に変わりがないことが明らかになった。癌は血管やリンパ管に転移する。リンパ管が合流して膨らんだリンパ節を広範囲に切除してきた。膵臓癌の拡大手術の臨床試験では、苦痛が大きく、治療率はむしろ低いことを示された。胃癌でも拡大手術の生存率は向上しなかった。むしろ一度も退院できずに死んでいく患者を増やした。

 早期の前立腺癌の臨床試験が行われた。手術をするグループと手術をしないで経過観察をするグループに分けて、10年後の生存率を比較した。結果は、生存率に大きな差はなかった。進行が遅い前立腺癌は、手術の効果が表れにくい。

 70歳以上の男性を解剖すると、30%以上に前立腺癌が見つかる。高分化で微小な癌は、治療せずに経過を見るだけで構わない。高齢者の場合、体に負担の少ない癌との付き合い方を考えるべきだ。

 手術に伴う合併症は、臓器や血管や神経などを切除したことによって生じる。肺炎や気管支炎などが多い。腹部や胸部の手術を受けた場合、手術の傷口の痛みのために呼吸運動が制限され、たんを出しにくくなる。たんが詰まると、気管支が閉塞し、空気が届かなくなり、肺胞が無気状態となる。ここに細菌が増殖して肺炎を引き起こす。心筋梗塞や脳梗塞も置きやすい。前述の様に、血液中の酸素濃度が低下し、心臓や脳が酸素不足になることが一因となる。消化器系の手術では「縫合不全」により、消化器から食べ物が漏れ出ると、食物や腸管内の細菌が感染して腹膜炎を起こす。

 手術後の体は恐怖の状態にある。コルチゾールも増える。血液中のリンパ球を減少させ、免疫が低下する。全身麻酔で麻痺しているのは大脳皮質だけで、痛みの刺激は視床下部に到達している。

 リンパ管は静脈と合流して心臓に戻っていく。リンパ節を切除すると、リンパ液が皮下にたまる。手足がむくむリンパ浮腫だ。排尿を司る神経を切断してしまうと、尿意を感じなくなり、尿漏れを起こす。

 子宮頚癌では、手術でも放射線治療でも治癒成績が変わらないことから、欧米では副作用の少ない放射線治療が主流である。早期の子宮頚癌は、放置しても消滅したり、進行しなかったりする場合も少なくない。進行するかどうかを前もって判定することはできない。癌の部分だけを円錐状に切り取る手術(縮小手術)では、術後に妊娠し出産することができる。切除範囲が広いほど後遺症も出やすくなる。

 内視鏡手術の技術は難しい。未熟な医師が行うことで事故も起きている。肺癌の胸腔鏡手術は、開胸手術よりも生存率が高い。胃癌や大腸癌の腹腔鏡手術は、開腹手術に比べて治療効果が劣らず、副作用が少ない。

4. 軽視されてきた放射線治療

 喉頭癌や咽頭癌は、放射線治療なら声帯を温存できる。子宮頸癌も放射線治療の効果は手術と同等。後遺症は少なく、欧米では放射線治療が多く行われている。

 放射線を癌に集中させる技術(定位照射)が治療効果を高めた。コンピュータ制御のロボットアームが病巣を正確に捉えるサイバーナイフ、などである。早期肺癌の5年後の生存率は、手術に劣らない。三次元照射の始まりは、ガンマナイフで脳腫瘍を治療した。CTと治療器を一体にした。肺癌では手術と放射線治療の成績に差がない。コンピュータ制御により、癌を狙い撃ちする治療もある。

 真空管の陰極から出る陰極線(放射線)が、薄いアルミ箔を通り抜ける。宇宙は物質と放射線で成り立っている。放射線は粒子がバラバラに走り回っている。ベータ線は電子の流れ、アルファ線はヘリウムの原子核の流れ、ガンマ線は電磁波の流れである。放射線は、陽子・電子・イオンの形になった原子核など原子を構成する要素の流れ、あるいは電磁波の流れである。物質は、放射線の微粒子から見るとスカスカだ。放射線は物質を通り抜け、人体の内部の癌を攻撃できる。電離(/イオン化)とは。放射線が物質を通り抜ける時に原子から電子をはじき飛ばすこと。放射線が人体を通り抜ける時に電離を起こすと、DNAに影響を及ぼす。癌の知慮に役立ったり、副作用の要因になったりする。DNAが放射線の照射を受けると、塩基が吹き飛ばされ破壊される。放射線は癌だけでなく、正常な細胞にも同様の影響を与える。影響を受けやすいのは、骨髄や小腸だ。肺癌の場合、神経障害で脊髄が麻痺する。血管が障害を受けて、血液循環が滞る。

 多量の放射線を安全に照射するには、1回に照射する量を2グレイ以下に抑え、30回に分けて照射する。癌細胞はDNAの損傷を修復する能力が劣っており、次の照射までに修復が間に合わない。癌に放射線を集中させる技術が向上し、安全性と効果を高めた。

 陽子より重い炭素の原子核などを使う場合を、重粒子線という。粒子線治療は、癌細胞を殺傷する力が強い。重粒子線は、狙った部位で放射線を止めることができる。難点は、装置に莫大な金がかかること。量子線でないと治療できない癌は、骨肉腫など多くない。

 放射線治療は、分裂速度の速い癌ほど効きやすい。胃癌や大腸癌には効果は大きくない。しかも、周りの正常な細胞も増殖が早く放射線に弱い。また、大きい癌には効きにくくなる。

 日本では、放射線治療の体制が不十分。手間がかかる割には採算が合わない。外科医の側に放射線治療に対する認識不足もある。放射線治療に投じられる費用は少なすぎる。

5. 免疫療法と代替治療はほとんど効果なし

 人体では1日に数千個の細胞が異常を起こし、癌化している。癌細胞に対する免疫の作用で癌にならない。抗癌剤で免疫力が低下すると癌が急激に広がることがある。

 癌は遺伝子の変異によってできた異常な蛋白質を持っている。この蛋白質が、癌の抗原である。免疫力を高めるとされるキノコの成分を含むアガリスク、メシマコブなどの健康食品も免疫療法の一つ。免疫療法剤は癌を縮小させる効果が認められない。

 癌細胞は表面にある抗原を覆い隠してしまう。癌細胞が、リンパ球の働きを弱めるサイトカイン(生理活性物質)を出す。癌細胞は、免疫を抑制する抑制性のリンパ球を呼び寄せる。

 効果がある代替療法は見つかっていない。癌を予防したいなら、煙草を止めるべきだ。それ以外の原因に頭を悩ませるのは意味がない。

6. 知られざる癌検診のデメリット

 癌細胞が生まれてから、症状が現れるほど大きくなるまでには、何十年かかる。早期発見で生存率の数字が良くなっても、検診が有効とは言えない。

 検診では、生命に影響しない、進行癌にはならない癌を見つける場合がある(過剰診断)。早期治療を重点に考えた場合、手術などの治療を行わざるを得ない。必要のない手術を受け、後遺症に苦しむ結果になる。

 前立腺癌で亡くなる人は年間1万人あたり1人程度。前立腺癌の早期発見は、前立腺癌による死亡を減らせない。生存率99%は、見つけなくてもよい癌を見つけたということだ。検診の効果は、生存率で判断できない。

 CTの導入で、癌かどうかわからない病変がたくさん見つかるようになった。効果が不明なまま、CT検診が広がり、検査に大金が費やされている。

 国内の研究で有効性が認められた検診は、肺の胸部エックス線検査と、たん検査、胃のX線検査、子宮頸部の細胞診、大腸の便潜血検査、乳房のマンモグラフィー、肝臓の肝炎ウィルス検査の6種類。

 日本で癌になる人の3.2%は、医療機関での放射線診断による被爆が原因発癌したと推定されている。CTは通常のX線検査より放射線量が多い。

 検診で見つかった癌のうち、7割には治療が必要ない。大腸ポリープが見つかると切除されてきた。そのほとんどは腫瘍とは関係ない。悪性の癌は、治療しても救命することが難しい。どちらにしても、治療する意味が無い。

7. 緩和ケアという選択

 緩和ケアの起源はホスピスにある。中世ヨーロッパの修道女たちが、旅人やや巡礼者、孤児や貧者のために始めた。限られた命を有意義に生きるために、尊厳あるケアを行う。

 モルヒネは痛みにない人が使うと依存を起こすが、痛みのある人が使うと依存が起きない。飲み薬で血液中の薬物濃度を一定にする使用法なら、急激に血中濃度が高まることがないのも理由だ。癌によって痛みが起きる要因の一つは、癌が痛点を刺激することにある。太い神経に癌が広がって起きる痛みは、鎮痛薬が効きにくい。

 骨には、骨を作る骨芽細胞と、骨を壊す破骨細胞がある。癌は破骨細胞の働きを活発にするサイトカインを出す。放射線は、破骨細胞の働きを抑える。

 癌はサイトカインなどを盛んに出す。代謝異常を引き起こし、食物が有効な栄養にならない。末期癌の患者では、栄養補給をしても病原体を培養するような結果になる。

8. 癌とどう向き合うか

 「治療法が無い」と告げることは、患者から希望を奪う。効果の乏しい治療でも続けられることが多い。

 「グッドバイ」は「神のおそばに」という意味。仏教徒は「ブッダバイ」?だろうか。