上野に来た主目的は、科博でフローレンス原人を見るためです。

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 東博を出て科博に向かう途中、噴水で遊ぶ可愛い母子。お友達になりたいな〜〜〜。

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 科博の企画展は「メタセコイア」。勉強になりました。

 三木茂博士が、1941年に新種のヒノキ科の針葉樹の化石を識別し「メタセコイア」と名付けました。三木博士の発見から五年後に中国四川省で生存していることが確認されました。この発見の背景には、戦禍の中でも研究成果を共有した国境を超えた研究者の交流がありまさした。現在の世界で見られるメタセコイアは、中国で植栽され、生きている化石として保存されたものです。

 メタセコイアの別名はあけぼのすぎ。針葉樹としては珍しい落葉樹です。1億年前の化石も見つかっています。メタセコイアは高さ40mにもなる高木。樹齢500年のものも知られる長寿の木です。メタセコイアという名前は、「後の(メタ)セコイア(北米のヌマスギの一種)」という意味です。三木博士はメタセコイアが落葉樹であると特定し、ヌマスギとは違う種だと見極めました。

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 メタセコイア樹幹(東京都八王子市)。

 メタセコイアは、ユーラシア大陸や北米大陸に広がります。ヨーロッパ大陸ではヌマスギなど、メタセコイアよりも温暖な地域に生息していました。新生代初め(25000万年前)のヨーロッパは気候は亜熱帯で、陸橋があってもメタセコイアが入り込むには暖かすぎたようです。しかし、4000万年前から始まった寒冷化によって姿を消し、500万年前頃には日本列島にのみ化石記録が見られようになります。大陸内部は乾燥化が進み、草原が広がっていきました。

 メタセコイアは日本列島では絶滅した種。それを保存することは良い事だとは思いません。不自然だからです。それでも、落葉する杉というのは見てみたいな〜。

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 世界館の1階。地球の歴史を概観する映像が展示されています。それを眺める恐竜さん。何を考えている?

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 ホモ・ネアンデルターレンシスの成人男性。厳寒の欧州で、剥片石器を使って大型動物を狩っていた。獲物に接近して槍で突く危険な狩りを行い、障害者を助け、死者を埋葬する習慣を持っていました。ホモ・サピエンスと違い「皆殺し遺伝子」を発現させていない平和な人類だったと考えられています。

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 ホモ・フロレシエンシス(ホビット)。インドネシアのフローレス島で発見され、1万数千年前まで生きていた小型の原人(フロレンス原人)。ジャワ原人との関係は不明。様々な起源が考えられます。ネアンデルタール人と同時代を生きた種です。ジャワ原人は、ホモ・エレクトスの地域集団。この地域には旧人は現れなかったようです。フロレンス原人は、ホモ・サピエンスによって皆殺しにされたと考えられます。

 フロレンス原人は、洞窟の中で集団生活をし、石器を使って、ステゴドンを狩って食べていました。100万年前には、古い石器が発見されており、この頃には渡来していたと考えられます。ユーラシアにいた原人や旧人は、3万年前までにはホモ・サピエンスによって絶滅させられたが、フローレンス原人は1.5万年前までは生き残っていたようです。

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 石灰岩製の女性像(25000年前/オーストリア)。旧石器時代の典型的な女性像である。この時代の人類は真っ当だったようです。

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 古代ポリネシアのダブルカヌー。東南アジアに由来する数千年前のカヌー文化は、南太平洋全域への拡散を可能にしました。南アメリカ大陸にも達していた。東南アジアの人々は、ホモ・サピエンスとは一線を画す?平和の民です。

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 この日の科博は、親子連れが少なく、若い女性が多かった。マスクしているからみんな美人 !(^O^)!

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 昼食を食べようと公園の下っていくと … 都響の荷物を運ぶ箱車が停まってました。その土手っ腹に「音楽監督 大野和士」と大書してあります。どんだけ自己顕示欲が強いんかい! … という訳で、呆れてランチを食べました。