「量子と情報」 小澤正直 2018年 青土社

 かの有名な小澤の不等式の、小澤氏自身による一般向けの解説書として名高い本です。量子コンピュータに関心を持つ私としては、読まなきゃの一冊です。目からウロコがポロポロです!凄い!!もっと早く書いて欲しかったし、もっと早く読むべき本だった。量子コンピュータの仕組みをイメージすることができました。本当にありがとうございました。 以下は、この本の要約と引用です。*印は私個人の感想と見解です。


《1. 量子情報技術と科学基礎論》

 1960年のレーザーの発見以降、大容量通信を可能にする光通信、量子コンピュータ、量子暗号 … 量子情報技術が発見されてきた。量子情報技術の展開は、存在論の量子力学から認識論の量子力学へと変貌した。

 情報技術は、伝送と処理(通信と計算)に分けられる。通信するためには、送る情報を変換する必要がある。情報を通信媒体の物理状態に変換したものである。電波通信では、情報を電磁波の振幅に変換するAM変調方式と、周波数に変換するFM変調方式が用いられている。

 周波数が大きな光を使えば、通信路容量が増加する。そのためには振幅や周波数が制御可能な光源が必要で、それがレーザーの発見により実現された。

 光と電波は周波数が異なることにより、エネルギーの量子性が現れる。光通信ではシャノンの通信路容量の公式が成り立たない。量子効果が無視されているからである。

 電磁波のエネルギーを細分していくと光子という粒子像が現れる。
*粒子の波動の二重性は、粒子として測定するか、波動として測定するかという観測側の問題に過ぎない。量子は、粒子でも波動でもなく、「何らかの場の振動」とイメージしている。

 量子情報の単位は、1量子ビットと呼ばれる。情報の量を測るには、状態という概念とそのエントロピーという概念が重要である。状態とは確定状態(純粋状態)の他に確率の記述を含む不確定状態(混合状態)も含まれる。エントロピーは、不確定な状態記述に平均してどれだけの情報が与えられれば、確定した状態記述になるかという、不足している情報量の平均値を表す。

 1ビットは、例えば、2つの状態しか持たない対象の状態のエントロピーの最大値である。これは、0である状態と1である状態が半々確率で記述されている状態に対応する。確定した量子状態は、内積を持つ線形空間のベクトルで表され、2つの確定した状態が確実に見分けがつくのはそれらが直交している場合に限る。1量子ビットは、互いに直交する確定状態が半々の確率で記述されている状態のエントロピーに対応する。

 フォン・ノイマンによる量子力学の公理系では、量子力学系の状態と物理量が基本概念で、それらはヒルベルト空間と呼ばれる複素数値の内積を持つ線形空間のベクトルと作用素(線形変換)で表現され。二つの公式が与えられる。一つは、ボルンの統計公式。もう一つは、シュレーディンガー方程式で、状態が時間の変化に従ってどう変化するかを記述する。これらの公理から予言できるのは、測定を1回しか行わない場合に限る。シュレーディンガー方程式は、孤立系に対しての法則である。

 複数回の測定では、一度測定したら、対象の状態がその直後にその測定値によって決まる新しい状態にリセットされると考え、その新しい状態を決定する理論が必要である。

 1994年にショアによって、因数分解を計算する量子アルゴリスムが発見された。量子コンピュータが実現すれば、公開鍵暗号の安全性が崩壊する。

 量子通信情報によって乱数表を送るワンタイム・パッドなどの、量子暗号プロトコルが開発されている。確率相関を生み出す状況を利用して、個人情報を明かすことなく個人情報が可能となる。二つの粒子を割符のように合わせ、二粒子の性質が確定して、それによって認証情報の照合が行われる。

 量子状態の重ね合わせ(線形結合)の原理により、全ての計算が同時に実行されることになる(量子並列処理)。重ね合わされた結果を同時に読み出すことは困難である。

 量子力学が記述している現象の背景にどのような実在像が描けるのか、(多世界解釈などがあるが)首尾一貫した描像を与えていない。

 測定相互作用後の測定値は、測定前の物理量が持っていた値と相関している。測定は非因果過程ではなく、測定前後の関係は因果過程である。測定以前に物理量の値は存在している。但し、物理量には文脈依存性があり、古典力学と同等に扱うことはできない。

 古典力学では、物理量とその値と測定値との間に区別は不要だったが、量子力学ではその三者を区別しなければならない。古典理論を捨て、量子論をルールとして認めれば、それらの区別は必要なくなる。

《2. 量子力学の点検点 − 量子測定・不確定性原理・重力波検出》

*この章の内容を要約すると以下のようになるものと思われます。

・ハイゼンベルクの不等式 ← 誤
 ε(Q)η(P)≧h/4π
 (Δ×・Δp≧h/4π)
ε(誤差):測定に伴う誤差
→ *これが「量子揺らぎ」=「重ね合わせ」なのか?
η(擾乱):観測による影響
・ケナードの不等式 ← 正
 σ(Q)σ(P)≧h/4π
同じ状態の多数の量子を二つに分けてQとPを測定した結果の標準偏差
上式は、「量子揺らぎ」全体を表す
・小澤の不等式 ← 正
 ε(Q)η(P)+ε(Q)σ(P)+σ(Q)η(P)≧h/4π

 ハイゼンベルクの時代には、反復可能性仮説に普遍妥当性がなかったため、揺らぎに関する関係式と測定誤差に関する関係式の間に混同が生まれた。

 今日の理解では、標準偏差は量子状態の性質であって、測定装置の性質とは独立である。

 レーザーによって初めて量子状態の制御が可能になり、それを利用して、1970年代には大容量の通信を可能にする量子通信技術が研究された。1970年代後半には精密測定技術への応用が研究され、重力波検出プロジェクトが発展した。2016年干渉計型検出方式で、重力波が検出された。

《3. フォン・ノイマンと量子力学の数学的基礎》

 ゲーデルの不完全性定理によりヒルベルトの形式主義は頓挫した。しかし、チューリング機械の発見によって、計算可能性の概念が導かれた。ノイマンは、電子計算機の開発に関わり、「ノイマン型コンピュータ」にその名を残している。

《4. 情報技術と社会の変化》

 英国のEU離脱と米国のトランプ大統領の出現は、インターネットを通した「全体意思」の顕在化、ポピュリズムの実体化の結果である。

 量子コンピュータを実現させるためには、誤り訂正の技術が必要である。不確定性原理に基づく研究では、到達可能な精度は消費エネルギーに依存し、実現には大きなコストを伴うと予想されている。

《補章 科学の示す実在像について − ボーア・アインシュタイン論争の最前線》

 量子力学が描き出す自然像に関しては、奇妙であるとか不可解であるという言葉で語られることが多い。

 EPRの思考実験は、シュレーディンガーが「量子縺れ」と呼んだ遠距離相関を実現するするものとして再評価される。量子コンピュータや量子暗号などの量子情報技術の可能性を開いた。

*シュレーディンガー方程式は孤立した量子しか扱わない。熱力学の第二法則は、粒子間の衝突しか扱っていない。このような扱っている範囲によって、現実とは異なる法則が導かれてしまう。

 測定の擾乱は古典物理学でも存在する。温度計を溶液に入れて温度を測定しようとすれば、溶液の温度は温度計によって変化する。古典論でも測定上の擾乱はつきまとうが、無視しているだけだ。

*位置と運動量は同時測定できない。というか、量子には位置も運動量も実在しない。振動している量子に位置は不確定である。「瞬間」の位置とは、要は静止している位置である。その運動量は計測できる筈がない。運動量を測定しようとすれば、位置が測れないのは当たり前。古典力学でも本来は不確定性は実在した。

*人間の認知は、認知する対象と同時に、人間の認知機構によっても決定されている。その限界を超えるために、人間ではなく機械(人工知能を備えたロボット)の認知を利用する。その機械を作るのは人間だが、その機会は人間を超えている。人間より非力なパワーショベルを作ったら馬鹿者だ。人間より賢くない人工知能を作る人間は大馬鹿者だ。人間は人間を超えるために、道具を使うのである。未来の量子力学の発展は、人工知能が担うことになるだろう。人間の認知能力の範囲では、量子力学もカルト宗教に陥る可能性が高いが、適切に開発された人工知能は、人間を超えた知識を人間にもたらすだろう。

 状態ψにおいて物理量Aの測定値がaである確率が1であるとしよう。この状態ψを物理量Aの固有値aに対する固有状態と呼ぶ。この時、物理量Aはaという値を持っていると考えるのは自然であろう。全ての物理量が値を持っていると考えることはできないものの、こうした性質の物理量だけが値を持っていると考えることができる(ディラック=フォン・ノイマン解釈)。

 シュレーディンガーの猫が示した「波束の崩壊」の不合理を回避する解釈を「非崩壊解釈」と呼んでいる。物理量の変数は確定(存在)しているとするのである。

 ボーアは、観測装置との相互作用が無視できないと主張した(相補性)。時間・空間的な記述は、巨視的な剛体として表現される座標軸のような絶対的な基準に対する性質であり、量子論とは受け入れられない。