江戸博の常設展とレストラン。そして回向院のレポートです。

20210703NEXs011黒門
 寛永の大名屋敷-黒門。江戸城本丸大手門の前に建てられていた福井藩上屋敷の「黒門」。東博にある「黒門」は、この遺構です。

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 両国橋西詰。芝居小屋や見世物小屋や水茶屋が立ち並び、屋台や屋形舟や大道芸人も集まりました。江戸博に来たら必ず観るジオラマ。江戸博はやっぱりジオラマです。

・江戸町人の人口構成(男性比率)
 1721年 64.5%
 1832年 54.5%
 1867年 50.1%
 住民の多くが江戸出身者になると男女比が半々になりました。それまでは、女性は「貴重」な存在だったのです。ああいう場所ができる訳です。

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 中近東カフェレストラン-江戸博砂漠で昼食。食べたのは、エジプト料理の温玉炙りチーズコシャリと、サッブーサ(中近東〜中央アジアの料理:ラム肉を餃子の皮で揚げたもの。現地では餃子の皮は使わないそうです)。

 このレストランは、エジプト・イスラエル・トルコ・ペルシャなどの中近東料理を出しています。女房はおなじみですが、私には珍しいものばかりで嬉しかった。前はこの場所は、イタリアンだったのですが、中近東に変わっていました。前もそれなりにおいしいレストランでしたが、中近東も美味しい!次回もここで食べようと思います。

 鳩の丸焼きもありました。エジプトでは鳩はご馳走で、日本の寺社や公園に鳩が群がっているのを見ると「なぜ獲らないんだ!」と驚くそうです。

 昼食後に、回向院へ。女房が面白いお寺だからと案内してくれました。

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 回向院-山門の仁王様。回向院は、明暦の大火を契機に開かれた寺院です。

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 オットセイ供養塔と猫塚。

 両国の回向院の過去帳には,天保7年から嘉永5年までに犬猫の戒名が11例記録されています。全ての戒名には「転生」の表記がある、とのこと。動物の墓が人間の墓と同居しています。現代の動物霊園の先駆けというより、人も獣も同じく動物という考え方なのです。

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 犬や猫の供養塔。

 回向院のHPにも、猫の報恩伝説で知られる「猫塚」、火消しの頭が飼っていた「唐犬八之塚」や「オットセイ供養塔」、義太夫協会の「犬猫供養塔」、飼鳥獣商協同組合による「小鳥供養塔」、邦楽器商組合の「犬猫供養塔」など、さまざまな動物の慰霊碑、供養碑があると記載されています。「このように諸動物の供養が行われることになったのも、当院の成り立ちが、人間はもちろん、生あるすべてのものへの仏の慈悲を説くものであったことにより、その歴史は馬頭観世音菩薩像の紹介にも触れましたが、当院二世信誉上人の時代まで遡るのです」とのこと。

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 ねずみ小僧の墓とお前立ち

 墓を削って持っているとご利益があるということで、墓石が削られて小さくなってしまいました。作り直した後、本体ではなく「お前立ち」を削るようにしています。