「ハイゼンベルクの顕微鏡」 石井茂 2006年 日経BP社

 小沢の不等式に至る量子力学の根本「不確定性関係」の変遷を解説した一般書。とは言え、数式もそれなりに出てきます。好著として評価が高いので読んでみました。流石です!勉強不足な私にとっては、目から鱗がボロボロ。ありがとうございました。

 特に「無限小」の概念が量子力学の基礎になっていること。数学が捨てたはずの「無限小」を拾ってきて、量子力学ができてしまった。これは、リーマン微分幾何の「連続体」の概念と同様に危うい仮定である。数学の「仮定」は、物理の「実在」ではない。ましてや、数理上の困難のためrに捨てられた概念を復活させたのは物理の土台を揺るがすものとなってしまった。小澤の不等式も、その延長上の指摘と考えると、現代物理の混迷の根源が見通せるのではないでしょうか。

 以下はこの本の要約と引用です。


《はじめに》

 量子力学は、確率を持ち込んだ。ある状態から別の状態への遷移が確率的に起こっているのである。

 いったんはボーアとハイゼンベルグのコペンハーゲン解釈を支持したシュレディンガーやド・ブロイも、やげては反対する立場になる。

 小澤はハイゼンベルグ以来、混同されていた概念を明確に区別した。測定による擾乱とゆらぎによる不確定を書き分けた。

《1. 不確定性原理とは何か》

 1900年にプランクにより量子の考え方が導入された。不確定性原理は、1927年に発表された。位置と運動量を同時に測定することはできない、という単純なものである。

 ハイゼンベルグの「ガンマ線顕微鏡」の思考実験。顕微鏡の分解能と、ガンマ線のx軸方向における運動量の変化を掛け算すると、不確定性原理の同じ式になる。

 精度の限界はあるのだから、量子の世界に限らず測定は不確定なものではないのか。量子は、測定誤差とは異なる「揺らぎ」を内在している。

 かつての物理学は「実験物理学」だった。「理論物理学」は、。数理物理学に近い。理論物理学の存在感が高まるのは、相対性理論と量子力学が確立されてからのことである。

《2. 不確定性原理はどのようにして発見されたか》

 原子には定常状態(エネルギー準位)がある。それは電子の軌道に対応している。電子の軌道は実際に観測されるものではない。電子の位置として抽象的な表現方法を考えた。ある準位から他の準位へ遷移に対応する量を配列した。配列の各要素は、それを二乗した値が遷移確率に関係していると仮定した。古典力学の位置の概念を、ハイゼンベルグは不必要とした。ヴォルフガング・パウリもまた、古典力学的な描像を嫌った。自転などという古典的な概念を使って計算した電子スピンに反対したのもそれが理由である。

 行列の掛け算は非可換である。マックス・ボルンは、位置と運動量を行列で定義し、不確定性を導いた。古典力学では、いかなる場合でも可換である。この違いが古典と量子の力学を分けるものである。

 アインシュタインは、原子内部の法則が分かっていない時に、「観測した」と主張することができるのだろうか。原子内部の電子の軌道などというものは無いと前提しておきながら、観測した量については、従来と同じ概念を使うのは矛盾している、と指摘した。

 エルヴィン・シュレディンガーは、原子内の電子の軌道が波動を表す微分方程式の固有値問題に対応すると連想した。古典的なイメージをに近い波動の概念を使って、原子のエネルギー準位を説明できた。

 複数の波の塊によって複雑な波形の波が移動していくようにできる(波束)。波束は、振幅や振動数の異なる波を「重ね合わせ」たものである。

 シュレディンガーの微分方程式を波動力学、ハイゼンベルグの行列式を行列力学と呼ぶ。波動は、エネルギーが不連続になっていることを説明できなかった。

 ポール・ディラックは、行列を使わずに非可換な式を作り上げ、行列力学と波動力学を、抽象度の高い数学理論にした。ヒルベルト空間を設定し、その空間の中のベクトルが物理状態を表すと考える。空間の座標を回転することによって(座標を変換することによって)、その物理量の扱いが違っているように見える。

 デルタ関数は、電子工学ではパルスの表現に使われていた。

 波束は空間の中に広がり粒子像とは相容れない。桐箱を使って電子の飛跡を捉えられることと、原子中の電子軌道を説明できないことの矛盾。ハイゼンベルグは、量子力学で許される現象だけが、実際に起こっていると考えた。

 新しい理論を作るからには、古い概念が新しい理論でも使えるのかを吟味しなければならない。位置や速度の概念は、量子力学でも使えるのだろうか。

 量子力学の特徴は、位置や運動量が交換しないことに集約されている。

《3. 物理学界との対決》

 ボーアは、粒子と波動の二重性によって解釈した。両立しない概念が相互に補い合うと説明した。ボーアは波の性質の中に不確定性が内在するとした。

 ソルヴェイ会議は、炭酸ナトリウムの製造法で財をなしたアーネスト・ソルヴェイが資金を提供して1911年に始まった物理学の国際会議である。

 粒子が二重スリットを通過する思考実験は、日立製作所の外村彰が実証実験を行った。

 位置という量は、ある平均値の周辺に分布した形でのみ知ることができる。ケナードは、その指標として標準偏差を用いた。運動慮についても同様に標準偏差を定義する(ケナードの不等式)。量子力学については「真の値」は無いと解説した。

 量子力学を批判していたアインシュタインは、ノーベル賞の推薦委員として量子力学の研究者を推薦し続けた。

《4. 再開された論争》

 別の問題が生じた。量子には遠く離れた場所にまで影響を及ぼす遠隔作用がある。相互作用の後、二個の粒子が反対方向に走っていく。Aの運動量がpならBの運動量は−pだ。Aのスピンの向きが上向きならBのスピンは下向きだ。これは、量子力学の原則と矛盾している。そして、遠く離れても影響を与えることが実験によって実証された。個々の粒子の知識以上のものが、粒子の合成系にはある(量子もつれ/量子絡み合い)。

 ERPの状態を利用すれば、粒子の状態を離れた場所から知ることができる。ERP状態にある二つの光子は、結晶にレーザーを当てることによって作り出すことができる。光の偏光状態について相関を持たせられるからである。光子Aが垂直なら光子Bは水平というように。

 演算子とは数学で言う「写像」の一種である。行列をベクトルに掛け合わせると、別なベクトルができる。行列という演算子がベクトルに作用して別のベクトルに移した(写像した)と見るのである。

 一つの量子系にひとつのヒルベルト空間が対応し、系の状態はそのヒルベルト空間で定義されるベクトルが表す。これは波動関数ψに対応する。位置や運動量という物理量には演算子が対応する。位置は物理量であるから、演算子として表される。

 位置Qがその粒子の波動関数ψに働きかける結果、位置qが決まる。その時、波動関数ψはQの固有状態にあるという。

 粒子の位置は、相互作用(測定)によって収束する。量子力学の混乱−マクロとミクロの境界についての混乱−をシュレディンガーは、「シュレディンガーの猫」の思考実験によって示した。

《5. 原子核物理の発展とハイゼンベルグ》

 ハイゼンベルグは、祖国愛のためにドイツの残った。

 シュレディンガーは妻の知り合いで数学を教えていた娘に恋をする。妻のアンネマリーは、夫の友人である数学者ワイルと恋愛関係にあった。ワイルの妻は、物理学者シェラーに熱を上げていた。シュレディンガーは、その後、後輩の物理学者マーチの妻と愛人見解になっていた。さらに、シュレディンガーは、妻が勤務していた会社経営者の娘と恋に落ちた。

《6. コペンハーゲン解釈への挑戦》

 確率的な波動が収束して粒子にとして観測される。ハイゼンベルグは「因果律の不成立は量子力学にとって否定的に確立される」と宣言した。

 まだ見つかっていない仕組みを想定することを総称して「隠れた変数」の理論という。ディビット・ボームの登場によって、隠れた変数の議論が復活する。

 ポテンシャルは、力が働くときに、その背後に存在する「場」の形である。ポテンシャルを微分すると、力が導かれる。地図の等高線(ポテンシャル)の傾き(力)のようなものである。

 ERP粒子間の情報を伝える信号は、瞬時に伝わる。従って、ローレンツ不変にはならない。ベルの不等式は破れていたことが証明された。非局所的な関係が、量子力学に存在することが明確になった。

 波速の収束という概念は捨て去られ、波動関数は無数の実在する世界の重ね合わせを表している。エヴァレットに始まる「多世界解釈」には、様々な流派がある。

 ディビット・ドイッチェは、多世界解釈を実証する手段として、量子・チューリング・マシンを提案する。

《7. 不確定性原理は敗れているのか》

 1983年に東京国分寺の日立製作所中央研究所で、外山氏によるボーム効果の検証が成功したことを記念する国際会議「量子力学と基礎と新技術」が開かれた。

 重力波は、質量を持つ物体が加速度運動をするときに発生する波動である。1915年にアインシュタインが予想した、電子が振動すると電磁波が発生すのと同様の、物体が振動すると重力波が発生する。

 火星の近日点は、ニュートンの古典力学でも説明できるが、予測精度が高くなかった。

 現在は、時空の歪を検出する、レーザー干渉型の重力波検出器を用いる。マイケルソン・モーリーの実験と同じ仕組みである。

 ライプニッツの無限小解析の「無限小」の概念は、現代解析学の「ε・δ論法」による微分の定義によって捨てられた。無限小の概念が復活するのは、20世紀である。古典力学を無限小概念を加えた「超準モデル」を考えた。量子力学は、古典力学の超準モデルによる拡張である。無限小解析に関する研究は続いている。

 量子力学では、調和振動子のエネルギーを、不連続の量子数を含むモデルで表す。調和振動子は、バネに結ばれた物体の振動でイメージできる。

 レーザーが発見され、光による通信では、量子ゆらぎの発生が問題となる。

 観測者が測定値を知ることによって波束の収束が起こるのではなく、観測者は測定値から、対象とする系の状態を遡って知るだけなのである。

 波束の収束に関する考察を終えた小澤は、不確定性関係の新しい不等式を導き、不確定性原理が敗れている可能性を指摘した。

《8. 書き直された不確定性関係》

 ハイゼンベルグは、粒子の位置や運動量の「確率振幅関数=波動関数」を作れると主張した。

 コンピュータの設計が原子レベルに近づいたことと、重力波の測定によって不確定性関係は実験物理の問題となった。

 ハイゼンベルグは、測定の過程とは関係ない標準偏差σと、観測の際に生じる誤差ε及び擾乱ηを混同していた。

 小澤の不等式によれば、位置あるいは運動量を正確に測定したとしても、もう一方が不明になることはないことを示したいる。εは位置の測定に伴う誤差、ηはそれに9よって生じる運動量の擾乱、σは位置あるいは運動量の標準偏差。量子がもともと持っている不確定な性質を表す標準偏差と、測定の誤差や擾乱を別のものとして扱っている。ハイゼンベルグの不等式は破れているが、ケナードの不等式は破れていない。

 量子コンピュータの基本単位は量子ビット。複数の量子ビットが相互作用することによって計算が進行する。

 量子コンピュータが小さくできないとすれば、ユピキタス・ネットワーク社会は実現できない。量子コンピュータを設置したクラウドによる集中管理が発生する。

《あとがき》

 量子力学では突拍子も無い考え方が登場する。多世界解釈を信じる物理学者が考え出した量子コンピュータは、世界中の研究者が取り組むようになった。