女房と待ち合わせてコンサートへ。

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 朝、所沢駅構内(埼玉県)のコーヒーショップ「タリーズ」でホットドッグのモーニング。着物を着た女房と合流しました。

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 秋葉原の乗り換えで、見たもの。流石に秋葉原です。駅構内にガチャのコーナー。面白い!オタクしか/オタクなら欲しがるようなものばっか。凄いな〜〜〜。

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 錦糸町(東京都)で電車を降りて、早めの昼飯。時間潰しができる店≒ドリンクバーがある店となると選択肢があまりなく、ガストへ。「鳥好し」の定食があったので試してみました。そこそこ美味しかったよ。

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 娘がコンサート・ミストレルで舞台に立ったこともある一橋交響楽団のOB・OGの楽団である「水星交響楽団」。そのご縁で、水星交響楽団を聴き続けています。

 今回の演奏される楽曲は、我が愛する「God=Zill」の作曲者である伊福部昭氏の「タプカーラ交響曲」。「God=Zill」は、「ゴッド=ジラ」であって「ゴジラ」ではありません。人間の意思とは無関係の、人間の理解を超えた『不条理』の存在という意味で『神』なのです。単なる破壊王や怪獣ではない。『不条理≒神』として存在する。その不条理を短いパセージをたたみかけ、その存在感を表現した名曲です。

 この名曲と同時期に作曲されたのが、氏の初めての交響曲である「タプカーラ」。もがいている。「純粋音楽」の交響曲にならんとしてもがいている、としか聞こえない。東京音楽大学の講師として交響曲を書かねばならないということだったのか。事情は解らないが、「God=Zill」を見事に表現した簡潔にして深遠な世界は消え、音だけが並んでいる。申し訳ないが、そんな感想を持ってしまう。とは言え、「God=Zill」だけでなく、伊福部音楽のファンとしては、この曲を取り上げてくれたのは嬉しい限りでした。

 演奏は熱のこもった出色のものでした。残念ながら、打楽器に僅かだがズレがあったのが気になりました。私は1/6の音程を聞き分ける耳は持っていません。だから、女房からは、子供の耳ができるまでは「子守唄」を歌うのを禁じられていました。一方、リズム感は信頼されていて、子供の首がすわると直ぐに、肩車をして3拍子でスキップし、子供に「変幻自在の3連音符」を叩き込んだものです。3拍子の3拍目は変幻自在。どこに行くのか分からない。その揺れるリズムを、3拍目に右に飛ぶか左に行くか、気まぐれにそしてワクワクするステップで教えました。

 後に、バイオリンを教えてくれた先生に「モーツァルトの三連音符が音楽教育の最初の峠なのに、何も教えてなくても易々と弾く」と言われた時、それを聞いていた女房は笑いを堪えるのが大変だったと言ってました。赤ちゃんの頃から、変幻自在の変拍子を体に染み込ませていたのだから当然だったのです。そんな私なので、音の出るタイミングはとても気になるのです。

 二曲目は、プログレッシブロックの雄、エマーソン・レーク・パーマー(ELP)の傑作「タルカス」を吉松隆氏が交響曲に編曲したもの。変拍子に乗せて、キース・エマーソンの変幻自在の独走(独奏の間違いではない)が、目も眩むような音楽。一人だからできる揺れと跳び。これを大人数でやるのは無理。しかも、騎馬民族得意の変拍子を、農耕民族の弥生人ができる訳がありません。音楽家としてELPの演奏に魅惑されたのは理解できるが、であれば、この曲にインスパイアされた楽曲を新たに創作した方が良かったような気がしてなりません。そんなことを感じながら聴き入っていました。面白かった。面白いという意味では、面白かった。

 三曲目は、ショスタコービッチの12番。前の2曲と比べるとフツーの交響曲に聞こえてしまう。つまらな?無駄に長いコーダも飽きるし … ← スイマセン。

 演奏会が終り、ホールの外に出ると、風が冷たい! マフラーと手袋が手放せない季節になってしまいました。この寒さに負けずに、熱く進んでいくぞ!という気持ちを新たにしました。