ずっと前からご案内を頂いていながら、女房と日程が合わずに行きそびれていたユーラシア文化館(神奈川県)。企画展示の最終日にやっと、数年ぶりに訪れることができました。

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 江上氏へのオマージュに溢れた騎馬民族中心の遺物の展示。そして、女房が4度目の訪問を果たしたいと願うウズベキスタン現在に思いを馳せる写真展。ユーラシア文化館は、地下鉄駅の真上。相互乗り入れで、時間はかかるけれど所沢から乗り換え無しで行ける場所です。

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 神官像頭部(イラク/シュメール初期王朝 BC2700~)。シュメール人の顔を表しています。5千年前にシュメール人が、メソポタミア南部に都市文明を築きました。

 楔形文字粘土板文書がたくさん展示されていました。楔形文字はメソポタミア南部においてシュメール人が発明した文字。紀元前3200年頃から古代オリエント全域で使用された。
 メソポタミアで粘土板に文字を書いたのは、粘土が入手しやすかったからです。メソポタミアは、ギリシャ語で「2つの川の間」を意味します。

 江上波夫氏は、東京大学イラク・イラン遺跡長団の団長として1956年から10年にわたり発掘調査を行いました。

20230212Ps007鳥獣文浅鉢
 鳥獣文浅鉢(イラン西北部/パルティア時代 BC3~4世紀)。中央に山羊が、周りに鳥が描かれています。

20230212Ps010鳥文双注口付壺
 鳥文双注口付壺型土器(北シリア/BC2千年紀)。翼を広げた鳥(鷲)が描かれています。注口は2本並び、その下に鳥の頭部が立体的に表されています。

20230212Ps012石製容器
 石製容器(イラン/BC2500~)。2匹の龍蛇が尾を三重に絡めた姿を中央に据えています。体にはウロコ、口には歯も表現されています。

20230212Ps015動物文金具
 動物文金具(イラン-ルリスタン地方/BC1千年紀前半)。山羊の頭部を正面から捉え、左右には首を伸ばした猛獣の横顔が、角の先端とつながっています。

20230212Ps021鏡板
 鏡板(イラン-ルリスタン地方/BC1千年紀前半)。江上氏は、大きな角を持つ山羊の背に子供のような神像が乗っていると解説しました。

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 銀製矢筒(イラン/BC1000年頃)。6段の精緻な打出装飾で構成されています。通常は革製だが、矢筒そのものを銀で作った珍しい作品。

20230212Ps031銀製牛頭飾リュトン
 銀製牛頭飾リュトン(イラク/BC600~)。器と動物部分がほぼ直角に結合しているのはアケメネス朝ペルシャの特徴。リュトンは、飲酒用の容器。金属器、土器、陶器などで作られました。

20230212Ps035奏楽人物大皿
 奏楽人物大皿(イラン/19世紀)。イスラーム世界では、食事を分かち合うために大皿が好んで用いられ、宴の際にはバラ水がもてなしとして招待客に振りかけられました。

 西アジアではイスラームの時代になると、中国陶器が交易品として輸入され影響を与えました。イスラーム陶器は、セルジューク朝時代になると、ガラスの粉や石英の砂などを年度に混ぜることで白い陶土ができました。

20230212Ps039マーシュアラブの敷物
 マーシュアラブの敷物。イラクの湖沼に暮らす人々の作品。ティグリス川とユーフラテス川が合流するクルナを中心として湿地帯があり、古代メソポタミア文明発祥の地として有名。エデンの園があった場所とも言われます。この地に暮らす人々が作り出した敷物です。

20230212Ps041彩陶双耳壺
 彩陶双耳壺(中国-甘粛/新石器時代 馬家窯文化)。彩陶とは顔料で文様を施した彩文土器のこと。彩陶は中国の新石器時代を代表する土器。

 江上氏はユーラシアの騎馬民族を中心に、遊牧騎馬民族を探求し続け、「騎馬民族制服王朝説」を構想しました。

 モンゴルオロンスム遺跡出土の文物は、江上氏が発掘したもの。オロンスム遺跡は、内モンゴル自治区オングド族の都の跡。キルスト教を信じたオングド族の本拠地モンゴル帝国〜元朝時代に栄えました。16世紀にはチベット仏教が導入され、仏教寺院が建てられます。オロンスムは、多くの寺を意味します。

 江上氏は、オロンスムが、ネストリウス派キリスト教(景教)の信者であり、チンギス・ハーンと繋がりを持っていたオングド族の王府址であったことを明らかにしました。

20230212Ps047開元寺のヒンドゥー教神像
 開元寺のヒンドゥー教神像「川で遊ぶ牛飼い娘たちの衣服を悪戯心から木の上に持ち去るクリシュナ」。中国福建省の開元寺は、ヒンドゥー教神像の彫刻があることで有名。その石柱の拓本画像です。

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 観世音菩薩像(唐時代)。短冊に「女弟子九娘永為供養」と書かれており、亡くなった女性への供養の品であったことがわかります。

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 千手千眼観世音菩薩像。唐時代密教仏画の代表作。周囲を日光・月光両菩薩と、眷属の二十八部衆が取り巻いています。観音は、人々に現世利益を与え、往生へ導く存在として信仰を集めました。

 釈迦の没後数百年経って、仏教教団は分裂をとげ、出家せずとも菩薩となって仏となることを目指す大乗仏教が現れました。従来の出家修行を基本とする上座部仏教はアジア全域に広がります。仏教は後漢時代に、シルクロードを通って中国に伝わりました。仏教は中国在来信仰と結びつき、仏に利益を祈る信仰が生き続けます。オアシス都市敦煌は河西回廊最前線の街。1907年にマーク・オーレル・スタイン率いるイギリス探検隊が経典や絹布に描かれた仏画を買い取って本国へ送りました。イギリスで発行された図録「The Thousand Buddhas」には、敦煌莫高窟に残されていた仏画が収録されています。

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 アラビア文字入り七宝合子(中国/清時代)。中央には中国で発達したスィニー書体でアラビア文字が書かれています。この合子は、中国でイスラーム教徒からの注文で作られたものでしょう。

 中国とイスラーム世界の関係は唐の時代に遡る。中国から陶磁器、イスラーム世界からはガラス器などがもたらされます。イスラーム教が中国に広まり、イスラーム教徒が暮らすようになりました。福建省泉州や西安にはモスクである清真寺が建てられました。

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 彩文壺(タイ東北部/BC1千年紀)。バンチェンの土器です。タイ北東部のバンチェンの遺跡から出土した彩色土器。クリーム色の地に赤い色で渦巻き文様を描きます。埋葬用に作られたと考えられています。

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 山岳地帯の民族衣装。中国貴州省の山岳地帯に居住する苗族の女性用衣装には、刺繍布を藍染の上着の襟足、肩、袖などに縫い付けて装飾する伝統があります。苗族には、蝶が産み付けた12個の卵から人間や虎、龍などの神獣が誕生したという伝説があります。苗族はかつて揚子江に暮らしていたが、漢民族の南下によって山岳地方に移ります。一部の苗族は、ラオス、ベトナム、タイ北部の山岳地帯に移動します。彼らは、メオ族と呼ばれているが、自称はモン族です。

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 移動式羊頭付竈(中期青銅器時代/イラク)。宮崎アニメにこれにそっくりなものを見ることができる、とは女房の指摘。そうだっけ?!

20230212Ps081彩文壺
 彩文壺(BC1~/タイ)。縄文土器よりも深い味わいを感じる土器です。

20230212Ps084人面装飾壺
 人面装飾壺(11~12世紀/イラン-グルガーン)。こういう顔、中東〜東南アジアに広く見られます。

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 ラスター彩人物像(14~15世紀/イラン)。西洋の人形に通じるのかな?

20230212Ps090塑像頭部
 塑像頭部(2世紀/アフガニスタン)。髪型が興味深い作品です。

20230212Ps094印章
 円筒印章、スタンプ印章。西アジア、主にシュメールなどの楔形文字文化圏において、BC3300頃から、石や貝で作られた印章が用いられ、粘土板文書の記録や盟約内容の確認のため捺印されました。

 メソポタミアで最初に都市文明を築いたのは、ウル第一王朝(BC2500年頃)のシュメール人です。

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 青銅製矛(戦国時代/中国-四川)。鉾らしい見事な殺人器です。

20230212Ps103龍耳瓶
 龍耳瓶(初唐/中国)。卵型の胴に長い首、左右に把手を持つ形は、西方から伝えられたと考えられます。西方の形に東方の龍のデザインが組み合わされたものです。両側から首を突っ込んでいる姿が斬新ですね。

 続きはまた明日。