「ゼロからわかる量子コンピュータ」 小林雅一 2022年 講談社現代新書

 量子コンピュータに関するこんなに解りやすい本があるなんて … 見逃してました!この本で、沢山の単なる言葉だけだった知識の穴が埋まりました。本当にありがとうございました!!! 以下はこの本の要約と引用です。

■ はじめに

 量子コンピュータを機械学習技術に応用すれば、夢が実現できる。米国のビッグテックを中心とする量子コンピュータの研究開発は難航している。現在の量子コンピュータは試験機械で、現実世界の問題を解決する能力は無い。

 量子力学の二面性。シュレディンガー方程式の解となる波動関数の確率解釈を巡る哲学の側面。結晶体内の周期ポテンシャルなど、特定の物理条件下で電子の振る舞いを求めるシュレディンガー方程式を解き、電子技術開発に活かす実利の側面。量子コンピュータの開発には、量子力学の確率解釈を巡る哲学の側面が影響してくる。

 「量子重ね合わせ」は、「それを理解できるかどうか」というより、「それを受け入れることができるかどうか」という問題なのである。

■ 巨額の投資対象に変貌した科学の楽園

 1985年、デイビィッド・ドイッチュが、量子コンピュータのアルゴリズムを提案した。汎用の計算機基本素子である「量子ゲート」を量子力学の原理で再構成したもの。

 巡回セールスマン問題は、計算方法は解っていても計算量が組合せ爆発を起こして、実効な時間内で、計算を終わらせることができない。

 量子ビットを実現するのには、超電導や電子のスピンやイオンや光の変更など様々な物理現象が利用される。

 超電導量子ビットは、1999年にNECの中村泰信氏らが先鞭をつけた技術である。この電荷量子ビットを改良したのが超電導量子ビット。超電導型の量子コンピュータは、希釈冷凍機を必要とし、小型化できない。常温で動作する小型の量子コンピュータが実現される必要がある。

 1990年代に考案されたショアのアルゴリズムが考案された。IBMは2001年、核磁気共鳴(NMR)に基づく7量子ビットの量子計算機を開発。2016年に超伝導型の7量子ビットの計算機を開発。クラウドサービスとして一般公開した。2017年には、16量子ビットのマシンのサービスを開始した。2021年には27量子ビットのマシンが川崎新産業創造センターに設置された。東京大学と産業界で設立した「量子イノベーションイニシアティブ協議会が活用を促している。

 ビット列がマイクロ波から作れるパルスへと変換される。そして0と1の状態が重ね合わさった量子ビットへと変換される。量子ゲートによって、ベクトルの線形代数の演算に相当する計算が行われる。超電導量子ビットにおける波の干渉によって、並列に存在する無数の波を一つの波に絞り込む。

 量子コンピュータが古典コンピュータの性能を凌駕する「量子超越性」を達成するには、数百万個の量子ビットが必要とされるだろう。

 Dウェイブは1999年に設立された量子アニーリング方式の量子コンピュータ・メーカー。2011年に128量子ビット、2013年に512量子ビットの計算機を発表した。これをグーグルが導入して、脚光を浴びた。

量子アニーリングは、1998年に西森秀稔教授が考案した量子計算アルゴリズム。量子アニーニングは、一種のアナログ計算機。応用範囲が限られ、組合せ最適化に特化した方式になっている。

 量子ゲート方式では、量子ビットすぐに崩れてしまう。量子アニーリングは、安定したエネルギーの基底状態を扱うので、量子ビットを維持しやすい。そのため、2017年に2000量子ビット、2020年に5000量子ビットの計算機を発売した。対して、量子ゲート方式のIBMは、2021年に127量子ビットのプロセッサを開発した。

 グーグルは2014年には、量子コンピュータの自主開発を開始。超電導量子ビットに基づく量子ゲート方式を採用した。2019年、グーグルは量子超越性を達成したと発表した。

 量子コンピュータも、古典コンピュータと同じく、誤動作による計算エラーが発生する。

 量子コンピュータは、量子重ね合わせと量子もつれを組み合わせる。この二つを同時に実現する技術は困難。実現しても数マイクロ秒で破綻する。

 2015年、IBMは「射影量子計測」によって9量子ビットのシステムで誤り訂正に成功したと発表した。この方式では、実用の量子コンピュータを開発するには、誤り訂正用に非常に多くの量子ビットが必要になる。

 マイクロソフトは、マヨラナ粒子に基づく量子コンピュータの開発を決定。マヨラナ粒子は、自身と反粒子が同一。トポロジカル量子コンピューティングに適用する。

 マイクロソフトは2019年、IonQやハネウェルなどが開発した量子コンピュータを、クラウドサービスとして提供し始めた。IonQはイオン・トラップ方式の量子コンピュータ。

 量子コンピュータを扱い易くするAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)を開発。ユーザーがC++やパイソンなどの言語を使って、アプリケーションを開発できる環境を提供している。

 アマゾンも2020年に、IonQやDウェイブなどが開発した量子コンピュータをクラウド型の量子コンピューティングサービスを開始した。アマゾンも超電導量子ビットに基づくマシンを開発していく計画である。

 クラウドで業界首位のAWSのシェアは、2018年の48%から2019年には45%と低落傾向。マイクロソフトのシェアは、16%から18%へと上向いている。量子コンピュータは、顧客を招き入れる競争の道具となっている。

■ 現実離れした量子コンピュータのしくみ

 電子やイオンや光子などの量子によって、量子の重ね合わせ現象を実現する量子ビット。量子ビットを利用してほぼ無限の状態を作り出し、この状態を同時並列に処理する(量子並列性)。干渉や量子もつれによって計算プロセスを絞り込んで(波束の収束)、一つの状態(計算結果)に収束する。

 |Φ>=α|0>+β|1> ……

 量子ビットは状態を表すベクトル。係数αやβは、複素数で表される確率振幅。αの2乗が、量子ビットを測定したときに状態[|0>]になる確率。

 α^2 + β^2 =1 ……

 日常で使われる確率は、現実世界に対処するための便法。量子力学の確率は、根本原理としての確率。量子の場所や状態を確定できないということは、量子はあらゆる場所にいてあらゆる状態をとりうるということ。

 α=cosθ β=sinθ
 |Φ>=cosθ|0>+sinθ|1> ……

 計算を行っている最中に、量子ビットを直接観察してはいけない。量子ビットを取り巻く環境因子などのノイズも許されない。

・超伝導量子ビット

 超電導を利用して量子重ね合わせを成立させる。超電導量子ビットは、コヒーレンス(量子状態)時間が短くて不安定だが、集積化と操作性に優れている。

 2002年、磁束量子ビット技術が開発される。ジョセフソン接合(アルミニウムと酸化アルミニウムなど)を用いた微小リングを絶対零度まで冷やすと超電導に達し、左回りと右回りの電流が共存する量子状態が出現する。

 2007年には、荷電量子ビットを改良したトランズモン技術が開発された。トランズモン型の超電導量子ビットは、IBMやグーグルに採用され、主流となっている。

・イオン・トラップ量子ビット

 イオンの内部エネルギーは2つの状態に分かれている。基底状態を[|0>]、励起状態を[|1>]とすれば、量子状態を表現できる。イオンにレーザー光を照射してエネルギー状態を移行させたり、両者の状態を重ね合わせたりするビット操作を行うことができる。

 イオン・トラップ方式では、超電導量子ビットのような複雑な構造物ならではのノイズが発生しにくい。量子ビットのコヒーレンス時間が長く、計算のエラー率も小さい。常温で稼働させるので、小型化にも適している。

 イオン・トラップ方式は、一つの真空容器内に閉じ込めることができるイオンの数が限られているので、量子ビットの数を増やしにくい。

 IonQの創始者は、クリストファー・モンロー。日本のソフトバンクもIonQに投資をしている。ハネウェルもイオン・トラップ方式の量子コンピュータを開発してきた。

・光量子ビット

 光量子ビットの代表が偏光を利用するもの。光子の偏光を利用し、横方向を[|0>]縦方向を[|1>]と定めれば、1個の光子で量子ビットを表現できる。光子の振動方向や位相を変えたり、2つの光子をぶつけて干渉させたりすることにより、量子ビットを操作できる。

 光量子ビットは、光子が外部環境からのノイズの影響を受けにくい、コヒーレンス時間が長い。安定していて、エラー率も低い。光ファイバーなど光通信との相性も良い。一方、光子は他の光子と相互作用する確率が低く、複数の量子ビットを連携させることが難しい。

 2020年に中国のチームが、光量子コンピュータで量子超越性を達成したと発表した。

 古澤明教授は、世界で初めて電子テレポーテーションを完全に実現した。電子テレポーテーションは量子もつれを応用して、量子情報を瞬間移動させる技術。2021年には東京大学のチームが、光量子コンピュータの中枢回路となるプロセッサを開発した。

 ザナドゥは2021年に、8量子ビットの光量子チップを開発した。パイソンなどでの開発環境とライブラリと共に、クラウドサービスで提供されている。

〇 量子ゲート方式

 量子ゲート方式は、ディビィッド・ドイッチュが考案した、古典コンピュータの演算素子であるゲート(論理回路)を量子計算用に改造したもの。汎用デジタルコンピュータは、ジョージ・ブールが開拓したブール代数に基づいて計算する。ブール代数を、コンピュータの演算素子に転化したものが「ゲート」。

 量子ゲートは、数学的には二次元のベクトル(行列)によって表現される。アダマール行列を作用させて量子重ね合わせを作り出す。n個の量子ビットに同時に[2のn乗]個の状態を取り得る指数関数的な「量子重ね合わせ」を実現できる(量子並列性)。CNOTは、同時に2個の量子ビットに作用する。2個の量子ビットが互いに作用しながら変化する「量子もつれ」を実現できる。量子ゲートを組み合わせて、2のn乗個の同時並列に広げ、収束させて結果を出力する。

 量子ゲート方式の量子コンピュータは、古典アルゴリズムも実行できる。

 1994年、ピーター・ショアが素因数分解の「ショアのアルゴリズム」を発案。この量子アルゴリズムを実行して巨大な合成数を素因数分解するには、数百万個以上の量子ビットが必要になる。

 RSA暗号は、1977年に発明された。RSAは、公開鍵と秘密鍵を使用する。公開鍵は大きな素数を掛け合わせた合成数。合成数を作り出すことは簡単だが、合成数を素因数分解することは難しい。

 1996年にロブ・グローバーが、未整序データベースを検索する量子アルゴリズム「グローバーのアルゴリズム」を発案した。

〇 量子コンピュータの汎用性

 量子コンピュータの適用範囲は、現時点の評価では、特定の問題に限られている。

 計算対象となる様々な問題を、計算量に応じていくつかの複雑性クラスに分類する。P問題は、多項式時間で解ける問題。NP問題は、多項式時間では解けないが、解を検証することは容易な問題。Nは「非決定性」を意味する。NP困難問題は、NP問題よりも難しい問題。グローバーのアルゴリズムはP問題。ショアのアルゴリズムはNP問題に属する。巡回セールスマン問題は、NP困難問題である。

 NP困難問題を量子コンピュータが解ける保証は無い。また、NP問題は全てP問題に帰着できるとする仮説があるが、現時点では不明である。

 非決定性は自由度が高いことを意味している。古典コンピュータは、決定性チューリングマシンである。量子コンピュータは、決定性にも非決定性にも属さない。計算量理論の対象外である筈なので。

 量子コンピュータは可能性はあるが、実機ではなく(試作機でしかなく)概念上の存在にすぎない。

 量子誤り訂正理論は、ピーター・ショアによって1995年に考案された。古典ビットでは、情報を冗長化して誤り訂正を行う。量子コンピュータでは、量子ビットに記録される情報をコピーすることはできない。量子誤り訂正では、情報を記録する量子ビットをチェックして検証する8つの量子ビット=スタビライザー・コードを追加する。合計9個の量子ビットが一組として動作する(論理量子ビット)。論理量子ビットは、量子もつれの原理を利用することで誤りを検知し訂正する。論理量子ビットと「量子閾値定理」を組み合わせることで、計算精度が実用化レベルになるとされている。

 誤り耐性量子コンピュータが、いつ達成されるかは不明。今後20〜30年はかかるとする専門家が多い。

 NISQ(ノイズのある中規模な量子計算機)でも、化学や製薬など広範囲の実用化が可能だと考えられている。

■ 量子コンピュータは世界をどう変えられるか

 量子コンピュータの実用化を待ち望んでいるのが製薬業界。分子動力学計算によって薬効をシュミレーションしてきた。古典物理の法則に従って、分子の動きを計算している。古典力学で近似解を求めてきたが、これを量子アルゴリズムに切り替えれば、複雑な分子の相互作用をシュミレートできるようになある。

 2022年アルファベットは、量子アルゴリズムの開発グループをスピンオフして「サンドボックスAQ」を設立した。

 米国は2018年に、「国家量子イニシアティブ法」を施行した。米軍の中で最も量子技術に関心を寄せているのが空軍。宇宙を舞台にした戦争で大きな役目を果たすと期待されている。

 中国の光方式の量子コンピュータは、光ファイバーなど通信ネットワークと相性が良い。中国科学技術大学のチームは、1016年に、世界初の量子通信衛星「墨子号」を打ち上げた。2017年、量子鍵配送を成功させた。2021年には、量子暗号通信を成功させた。中国が光方式に注力するのは、量子通信ネットワークや量子暗号など、安全保障に直結する技術だからだ。2020年には、光方式の量子コンピュータ「九章」も開発している。

 公開鍵方式の暗号方式RSAで作用されている暗号化アルゴリズムは、整数の剰余系に関する計算に基づいている。巨大な合成数が公開鍵となり、それを素因数分解して得られる2つの素数が秘密鍵となる。

 ビットコインやイーサリアムなどの暗号通貨で使われている「楕円曲線暗号」も公開鍵暗号の一種。ブロックチェーン(分散台帳)に情報を書き込む際の本人認証に使われる。暗号通貨の開発者コミュニティでは、量子耐性台帳の(QRL)のブロックチェーンの開発を進めている。

 米国立標準技術研究所(NIST)は、2016年、格子問題や符号問題などを使った耐量子暗号技術の策定に着手した。これに量子技術を使う必要は無い。対して、量子暗号は、それ自体が量子技術に依存する暗号技術である。量子暗号は共通鍵方式で、ハッキングされない「量子鍵配送」を採用している。

 RSA暗号を破ることができる量子コンピュータが登場するのは、早くても10〜20年先。すでに量子コンピュータの登場を前提とした諜報活動が行われている。中国やロシアを後ろ盾にしたハッカー集団が各国の金融・健康・軍事などの機密情報を盗み出して蓄積している。将来登場する量子コンピュータで解読するためだ。

 量子システムへの移行には長い時間がかかる。あらゆる情報システム、Iotを含む様々な情報端末がネットワークで繋がっている。こらら全てをRSAから耐量子暗号へ切り替えるには、少なくとも10以上の歳月が必要になる。

 量子コンピューティングの分野では、量子論の学位や数学の技脳が求められる。これらを併せ持つ専門家は、世界で千人足らずと見られる。

 量子コンピュータは、本当に作ることができるのかどうかも誰も確証は無い。量子技術はデュアル・ユース(民生・軍事両用)技術である。AI技術は、自律のミサイルやドローンや装甲車や潜水艦が開発され、実践装備されている。