東村山ふるさと歴史館の講演会「下宅部遺跡の食料事情」を聴きに行きました。

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 東村山駅(東京都)から会場に向かう途中の諏訪神社。本殿は見世棚造。厚板を二枚重ねに葺いた「錣葺(しころぶき)」という古風なものだそうです。

 東村山市ふるさと歴史館。何年も前に訪れて以来、2回目です。その時のお目当ては「丸木舟」でした。

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 石囲埋甕炉(東久留米)。この展示、リアルに再現されていて嬉しい。

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 磨製石斧や打製石器の復元模型。これも、解り易くていいな〜。

 この資料館は、展示点数を絞って(前は展示点数はこれより多かった)、子供でも分かる説明に心がけているようです。良い試みだと感じました。

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 埋甕(笹塚遺跡)。子供を埋葬するための甕です。逆さにして埋めました。子宮の形を想像しちゃいますね。この展示だと、イメージできるので助かります。

 パネルの説明で面白かったのは「製塩」。縄文時代には、海水で煮詰塩を作る製塩が始まり、関東では茨木県の霞ヶ浦の近くで塩づくりが行われていました。製塩土器は霞ケ浦から狭山丘陵まで運ばれていたんですね。

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 丸木舟未製品(下宅部(しもやけべ)遺跡)。やっと、国重要文化財指定になりました ← 遅すぎたぐらいです! なので、ガラスケースに入っちゃいました。写真が撮り辛くなりました ← でも前回、いやっていうほど、詳細に撮ってあるので、私は困りませんけど。

 講演は興味深い内容で勉強になりました。「カゴと土器をセットにして蒸料理をしていた」「ハマグリは、土器の内部を磨くのにも使った」「栗の木は管理をされていて、見の小さな木は木材にされ、大きな木は残された」「結果として、長い間に実は大きくなっていった」「同様に、クルミも大豆も実が大きくなった」「実が大きくなったのは、集落の近くで、排泄物やゴミの栄養分の影響も考えられる」「冬は狩りの季節だが、猪十頭ぐらいでは、食料として『頼りになる』量ではない」「一頭から100圓瞭がとれるから、燻製にしたりして保存しただろう」「ウリボウは飼育して、儀礼に使われたのだろう。埋葬した跡もある」などなど。

 歩いても行かれる距離なので、東村山の資料館の行事はチェックしなくては!と思った次第です。