「市場を創る」 ジョン・マクミラン NTT出版

 事例を中心にしたマーケット・デザインの著書。先日読んだ本で、参考図書として挙がっていたのでアマゾンで入手しました。最近20年間に読んだマーケティングを含む経済関連の著作の中で、間違いなく最高のものでした。この本をベースに1回分の講義を行うことを「決意」した次第です(シラバス違反にならないギリギリのところで)。

 以下は、この本の要約と引用です。 講義のネタとしてにまとめました。本書の要約となっている「訳者あとがき」を最初に置き、各章の冒頭の要約も「訳者あとがき」を引用しました。*は関連事項の検索結果です。


■ 序

 市場は試行錯誤によって「進化」する。「自生進化」が市場の原動力だ。市場は適応可能性を持ち、絶え間なく再構築される。

 市場と政府の関係は不確定であるが、政府の助けも不可欠である。

■ 訳者あとがき

 市場は「人間の不完全性を伴った発明物」である、「全能でも全知でもない」が、人間の本性に根差した「唯一自然な経済」である。市場は自発するが、政府による「規則と制度と習慣による支えが必要」である。市場は、イデオロギーで肯定も否定もされない。

 市場設計の最重要な要素が財産権。但し、自由主義者のように自然権とは考えられない。実用に即した設計しなければならない。

市場が機能するためのプラットフォーム
・情報が円滑に流れる
・人々が約束を守ることを信頼できる
・競争が促進されている
・財産権が保護されているが、過剰ではない
・第三者に対する副作用が抑制されている

■ 唯一の自然な経済

《要約》
 市場は文明の歴史とともに古い制度である。古代アテネのアゴラから現代の電子商取引に至るまで、常に人間の経済活動と深く結びついて存在してきた。

 知られている限りの最古の文章は、粘土に焼き付けられた帳簿だった。算術も、売買活動の道具として、肥沃な三角地帯で発明された。

 「市」は、取引を目的として人々が集まる場所。交換への参加は自主であり、決定は自立である。交換は自発に行われる

 市場は、管理者なしに機能する。市場を導く「見えざる手」は、全能でも全知でもない。不完全性を持った人間による発明である。市場は、制度と手続と規則と習慣を通して機能する。

 交換は、「単なる個人の集合を超えて社会を創り出す」ゲオルグ・ジンメル。

 自由な意思決定を行う場なのだから、市場設計は、取引の制御ではなく、取引過程を形成し支えるものである。

 取引費用は、取引相手を探す、売手を比較する、売手を選ぶ。商品を評価する。交渉には時間もかかる。契約を実効あるものにするための手間もかかる。取引費用は市場を機能不全に陥らせる。

 情報不足は致命的だ。失業は、仕事が少ないだけでなく、情報不足が雇用者と求職者の出会いを困難にするからでもある。

 情報の遍在は交渉を困難にし、契約によって実現できることを制限してしまう。情報の伝達にはコミュニケーションの信頼性を保証する工夫が必要になる。買手に対して、商品の品質を保証する方法がなければならない。

 生物の進化は、目的の無い、非計画な漸進、自然選択(淘汰)によって「設計」されている。経済機構も、市場参加者の毎日の行動を通じて、試行錯誤によって発展している。市場は、イデオロギーに従って設計されてはならない。

 市場が機能するかどうかは、設計の「細部」で決まる。

■ 知性の勝利

《要約》
 市場は自然発生する。取引利益が存在するところでは、市場が創出され、改善されてきた。

 古本の市場は、インターネットによって転換を遂げた。情報収集とマッチングの費用が劇的に低下し、どんな本にも価値が生まれた。eBayは、それまで市場を持たなかった財の市場さえ作り出した。人々がしまい込んで忘れてしまったようなガラクタに価値を与えた。

 1792年、ジョン・サットンが証券取引事務所と呼んだオークションを作った。ニューヨーク証券取引所に成長した。集まったブローカーたちは、証券の売買のし方の規則をゼロから定式化し、契約の実効化と紛争解決の方法を確立した。

 1600年頃、日本の大阪の米商人は、世界で最初の先物取引市場を構築した。市場は自己規制で成立し、規則を破った者は追放された。毎日の価格信号は、手旗信号、伝書鳩、狼煙(のろし)によって日本中を駆け巡った。資金繰りの苦しい農民は収穫前に代金を得た。買手は将来の価格上昇に対処することができる。

 レンブラントは、17世紀のアムステルダムで、美術市場を確立することに尽力した。芸術家たちは後援者に依存していた。美術品バイヤーによって支えられる市場を築いた。

 18世紀、ドイツの作曲家たちは、パトロンから雇われる立場から、譜面を出版社に売り、コンサートのの料金を徴収する起業家になった。

■ 地獄の沙汰も金次第

《要約》
 薬の開発を促したのは経済利益。エイズに苦しむアフリカの人々にエイズ薬が手に届かないものになったのも利益動機。
 知財産権の規則を変更するという市場の再設計で問題の一部分は解決された。

 どのような人道的な基準から見ても、製薬市場は機能していなかった。「エイズに感染しているほとんどの人々にとって、抗レトロウィルス薬の価格は、別の銀河系の話だ」2000年、コフィ・アナン国連事務総長。製薬市場の再設計は、世論の影響を受けて進められた。

 製薬会社は儲かる薬しか作らない。ジョン・ル・カレの「ナイロビの蜂」は、製薬会社の役員を「二枚舌で偽りに満ちた偽善者」であり、その会社は「危険な薬を売り歩き、非倫理的な治療を行い、官僚に賄賂を贈り、科学者を脅迫する」存在だと活写した。

 マラリアの治療薬には収益は無く、勃起不全の治療には膨大な収益が約束されている。儲けが無ければ薬は存在しない。

 米国国立衛生研究所(NIH)などの政府関係の保健機関の研究への2000年の支出は180憶ドル。大学や基金は100億ドル。米国製薬会社の研究投資額225憶ドル。医薬品特許のほとんどは、政府が資金提供した研究から派生している。製薬会社の研究は、政府の資金に依存している。

 特許による独占は、消費者に害を与えている。特許による高値の設定は、製薬産業で際立っている。医薬品の購入量は、価格に対して非感応である。患者にとって必要性が大きく、意思決定は医師によってなされ、支払は保険会社や健康保険による。需要が非弾力なとき、独占企業は高い価格で利潤を最大化する。

 知財産の規則を改めて、いくつかの発展途上国は、製薬市場を再設計した。インド政府は、食料と医薬品に対しては特許を認めない。インドには多くの製薬企業が価格競争している。米国の1/10以下で売られている薬も少なくない。

 1997年ブラジル政府は、エイズ薬品の無許可コピーを奨励した。エイズによる死者は急減した。

 南アフリカは1997年に、一方的に特許を使用して、医薬品のコピーを製造・輸入し、事後に特許使用料を支払う「強制ライセンス」を法制化した。

 米国政府も、独占を終わらせるために特許の強制ライセンスを命じ、反トラスト措置をとることがある。

 アフリカ諸国が特許を侵害しても、アフリカではエイズ薬は販売されないので、製薬会社の利潤を減じることは全く無い。西洋への逆輸入によって高価格を是正させるかも知れないが、多くの命が救われるという便益はその損失を上回っているだろうう。

 国境なき医師団や英国の慈善団体が世論を呼び起こした。クリントン政権は、エイズ薬品の特許を無効にした発展途上国に対する制裁を中止した。世界銀行と国連は、基金を設立した。EUは貧しい国が低い価格で医薬品を輸入できるよう特許制度の改革を始めた。

*EUは、貧困国が低価格で医薬品を輸入できるように特許制度改革を2022年に開始しました。2023年6月には欧州議会で改革案が可決されましたが、まだ加盟国間の協議が続いており、最終的な合意には至っていません。

 39の製薬会社が、南アフリカに対して訴訟を起こした。エイズで暴利を貪る製薬会社に対する抗議運動が米国内でも起こり、製薬会社の広報活動を破壊した。製薬会社は告訴を取り下げた。世論は製薬会社の不道徳を改めさせることができる。

 原価で薬品を販売するという解決策(ソリューション)は、多くの病気には適用しにくい。また、熱帯病に対する研究を促す方法は存在しない。それには、より深い変革が必要とされる。

■ 情報は自由を求めている 〜 情報費用

《要約》
 探索費用の存在が競争を弱める。仲介者がそれを改善できる。市場には、情報が流れる仕組みが必要である。

 中東のバザール。価格も表示されておらず、商標は存在しない。買手は多くの時間を費やして買物をしなければならない。大きな「探索費用」と「評価費用」が発生している。それは、市場を機能不全をもたらす。

 競争が存在するためには、買手が様々な選択肢を容易に比較できなければならない。情報が流れなければ市場は機能しない。

 バザールの買物客は、特定の商人と関係を構築する。リピーターに対してはより低い価格が成立するからである。

 口コミは買物にヒントを与えてくれる。売手は継続取引から利益を得るために価格を吊り上げるのを控える。商標は探索費用を削減する。仲介者も、価値ある情報サービスを供給する。

 電子商取引は、探索費用を低下させる。買手が売手にロックインされることもなくなる。

 インドの田舎町では、村人が共同でPCを買い、作物の取引価格を調べて印刷し配布している。仲介人との交渉力は向上した。

 取引に関して取引量に関わらず発生する固定費用は、小規模な企業の参入障壁となってきた。インターネットによって、開業の敷居は低くなった。

 インターネットによる探索費用の低下は、商品価格の低下をもたらした。一方で、インターネットは価格のバラツキを縮小させない。商品配達や品質保証の信頼性が「タダ」ではないからだ。

 インドでは薄めた牛乳が売られていた。全国酪農開発委員会は、流通の各段階で品質を測定する仕組みを提供し、商標を開発した。品質は改善され、適正品質が確保され、消費量は増大した。

 豊かな国では品質保証は当然だが、多くの貧しい国では存在していない。品質保証機構の不在は市場が機能しない要因の一つである。

■ 正直は最善の策 〜 信頼を支える仕組み

《要約》
 商品の品質に関する不確実性を解消する必要がある。全ての取引は信頼に基づいている。取引相手を信頼できなければ市場は機能しない。相互に信頼される仕組みが工夫され、誠実な取引が報われるようにする。公的な契約法だけでなく、違反者に対する評判による制裁などが含まれる。

 人を信用できないところでは市場は機能しない。商品について不可実性が存在するときは、買手は売手を頼る。

 市場は正直者が得をすることを保証する。市場の信頼関係は、約束を守らせる規則と習慣を基礎としている。

 品質保証を提供する仕組み。商標、過去の実績、信頼できる保証(の宣言)、免許、信頼できる推薦や推奨、評判。確立された評判により、高い価格が可能になる。「広告は新聞の中で信用できる唯一の真実である」マーク・トウェイン。

 機能する市場は、品質について信頼できる情報を伝達する仕組みを備えている。

 正直が最善の策かどうかは、取引を継続することにいって得られる将来の利益と、約束を破ることによる一時の利益のどちらが大きいかに依存している。ブラックリストに載せられることで失う将来の価値が、誠実な取引に対する誘因を提供している。

 緊密に結びついた共同体では、制裁は自発に行使される。流動する社会では、評判は形成されにくい。信用調査機関は、情報の収集所として機能している。

 上手く設計された市場は、評判を追跡する仕組みを備えている。不誠実な行動を「晒す」ことは、殆どの人々を誠実にする。

 契約を破る利益が大きいときもある。法律は必要である。損害賠償の訴えを起こすことができなければならない。

 貧しい国では、法律は頼りにならない。裁判に訴えることが割に合わない場合もある。法体系は必要だが、市場が必要とする信頼を生み出すことはできない。

 公式の規則が、非公式の約束を反故にしてしまうこともある。行儀よく振舞う誘因は、公式の規則と非公式の規律の両方にある。市場の参加者は、自分たち自身の約束によって契約法を補っている。

 「商業活動の自由さとその範囲は、約束に対して忠実であるかどうかに依存している」1739年ディビット・ヒューム。「経済の後進性の多くは、相互信頼の欠如によって説明できる」ケネス・アロー。

■ 最高札の値付け人へ 〜 競争の効果

《要約》
 競争は交渉力のバランス変化させ、効率的な資源配分を実現させる。交渉よりも低い費用の取引を保証する。
 市場競争は、価値(価格)や費用に関する情報を明らかにする。競争のための条件を創出することが市場設計の重要な要件である。

 競争の効果。買手は多くの売手がいる方が得をする。競争市場を実現する確実な方法は、市場への新規参入である。参入障壁は競争を減退させる。企業手続きの煩雑さと費用は参入障壁となる。

 「絵画の価値を示す唯一の指標がある。それはオークション会場である」ルノワール。

 活発な競争のための条件を作り出すことは、市場設計の課題の一つである。

■ サァ、いくらで買う! 〜 競争市場の設計

《要約》
 設計の細部の違いが大きな成果の違い生み出す。

 表示価格は、市場価値が確定している財に用いられる。オークションは、一つしかないような財について行われる。

 オークションは、双方向の価格設定を行うので、インターネットに適合する。公開オークションは、入札者がより多くの情報を入手できる。売手も公開オークションによってより高い価格を得られる。

 eBeyは買手に売手の格付けを依頼し、その格付けとコメントを公開した。鑑定会社は、財の鑑定を提供している。金融業者は、買手が満足な商品を受け取るまで、買手の支払を預かっている。

 1994年、米国連邦通信委員会(FCC)は、ポケットベルサービスのための周波数帯使用の認可をオークションで販売した。携帯電話などの周波数帯のオークションも行われた。採用されたオークションの方式は、同時上昇オークション。隣接する地域をカバーしたり、同じ周波数を確保したりするためである。市場に任されるのは誰がどこの周波数の権利を獲得するかだけ。周波数をまとめ、その使用を調整するのは政府である。著者はこのオークションの設計に参加した。

 周波数帯オークションは、メキシコ、カナダ、イタリア、ブラジル、オランダ、イギリス、ドイツが採用した。

 米国の医療インターン市場では、インターンが病院を、病院がインターンを求めて互いに競争する。アルヴィン・ロスはこの組合せの規則を設計し、マッチング・アルゴリズムを作成した。インターンは病院のリストを貰い、希望順位をつける。病院もインターンを順位付けする。両者の選好が合うように組合せを計算する。両者は独自に契約することもできる。

■ 自分のために働くときには 〜 財産権の保護

《要約》
 財産権の付与が、努力し危険を乗り越えることに動機付けを与える。必ずしも公式な財産権は不可欠ではないが、一連の制度整備によって実行化する必要がある。

 ベトナムのトラックはソ連製で信頼できなかった。政府はヤケクソになって、トラックの所有権をドライバーに与えた。すると突然、全てのトラックが走り始めた。所有者は、その資産を活用する誘因(インセンティブ)を持つ。

 「アッラーの神は、価格を設定し、繁栄をもたらす唯一の神である」「財産は侵害されてはならない」モハメッド。

 新薬の最初の2つの段階、応用化学と臨床試験はスタートアップ企業によって遂行される。第三段階の製造開発とマーケティングは医薬品会社によって行われる。

 革新には「執念」が求められる。官僚的な大組織は、執念を生み出すには不利な立場にある。

 公益のために働く仕組みは、利己心に基づく仕組みより素晴らしいものに見えるが、現実に躓くことになる。

 財産権を定義し、維持するには、制度が必要とされる。所有は、財産権を確保する確実な方法だが、唯一ではない。

■ 特許という困惑

《要約》
 技術革新などを動機づける知財産権も、過剰であれば利用を制約してしまう。知財産権保護は、この利害対立の下での妥協の産物であり、状況によって変わる。

 アイディア(考案)は、ある人が使っていたとしても、他の人がそれを使うことを妨げない。「考案は占有できない」「考案は自由に広まるべきである」トーマス・ジェファーソン。
知識は公共財である。「特許制度は、天才の火に利益という燃料を注ぎ込んだ」アブラハム・リンカーン。

 著作権には申込手続きは無く、自動で原作者の作品に適用される。著作権で保護されているものでも、支払いをせずに使用できる「公正な使用」の原則がある。

 特許は、法的に許可された取引の制限である。独占価格がつけられ、社会価値の完全な実現を阻む。理想では、革新者は考案の使用を阻害することなく、報酬を受け取るべきである。大事なことは、革新への動機づけと実現される社会価値のバランスである。

 ワールド・ワイド・ウェッブの発明者ティム・バーナード=リーは特許を得ていない。人々がソフトウェアをお互いに与え合い改善するために、所有すべきではないと信じている。

 プログラマーの中には世界を変えることを望んでいる者もいるが、多くのプログラマーは生活をしたいだけだ。

 グレートフル・デッドは、コンサートの録音と配布を許した。作詞家のジョン・ペリー・バーローは、それによってレコードの売上を伸ばすことができたと認めた。

 革新を普及させることと、革新者に報酬を与えることは調整されなければならない。

 シリコンバレーの成功は、流動性と共有の分化による知識の集積にある。製造工程の殆どを下請けに出したことによる柔軟性があった。従業員同士のオープンな関係により考案は自由に好感された。エンジニアは転職し、知識を新しい企業で活かした。転職後の競業避止契約をカリフォルニアは禁止している。

 「最良の考案は共有財産である」セネカ。

 特許は考案の財産権を定義する唯一の方法ではない。政府などによる買上機構もその一つ。政府が革新に対する権利を買上げ、その特許を誰でも自由に使用させる。

 買上機構はコンテストによっても行われる。米国電気公益事業会社が、1993年にエネルギーを節約する冷蔵庫のコンテストを行った。その運用には、工夫が必要とされている。

■ 何人も孤島にあらず 〜 外部性

《要約》
 外部性による市場機能の低下の解決法。(もし存在すれば)共同体による規範が役割を果たす。課税や規制に拠る強制が必要なこともある。いずれの解決策も完全ではない。

 自動車の運転から生じる外部性を抑制し保障する仕組みは、交通ルール、ガソリン税など様々なものがある。

 影響を受ける人が少ないときは、友好的な解決策が可能である。大規模な外部性に対しては、その活動を非合法化することが唯一の解決法となる場合もある。

 シンガポールでは、道路の混雑時に課金ポイントを通過すると、プリペイドカード・ユニットから料金が引き出される。これにより、交通量は減少した。適切な料金を設定するデータは存在しないという困難がある。

 外部性は至る所にあり、全てを考慮することはできない。しかし、外部性が大きい場合には、対処しないわけにはいかない。

 海洋エコシステムの管理は失敗している。「漁業の歴史は、魚を獲り尽くすまで問題を先送りする歴史である」クリストファー・ニュートン(国連食糧農業機関)。魚は移動し、海は囲うことが難しい。財産権が上手く定義できない。乱獲を止めることはできない。

 日本では漁師の共同体が解決策を共有していた。しかし、外部者が参入できる場合は機能しない。

 数量割当で財産権を作り出すことができる。オーストラリアは軍用機で漁船を監視している。ニュージーランド、カナダ、アイスランドでは、数量割り当ての権利を売買できる。しかし、数量割当による乱獲の防止は不完全である。財産権の監視は困難で見落としを防げない。国際協定の合意は困難であり、実行はさらに困難である。

■ 公衆に対する陰謀

《要約》
 政府と市場の間に存在する緊張関係。政府は市民から賄賂などを収奪する。市場参加者は、談合などで適切な資源配分を妨げる。

 政府が市場を妨げとなることは珍しくない。国民を収奪する政治家や官僚は多い。「貴方が役人で賄賂を取らなかったとしても、貴方は誠実だとは思われないだろう。貴方は馬鹿だと思われるだけだ」セルゲイ・マルコフ(ロシアの政治アナリスト)。企業は役人だけでなく犯罪組織にも「保護」のためにお金を払う。役人と犯罪者とは区別がつかない。「反社会的勢力は役人を通して経済に浸透する」。

 汚職指数・国民所得・投資の関係を分析すると、汚職の多い国では投資の水準が低いことが分かる。汚職が市場の機能を低下させ、国を貧しくする。

 スハルト大統領政権下のインドネシアは、広汎な汚職にも拘らず、30年間にわたって高い成長率を実現した。独占の形成、国家の契約の操作、国有企業の私物化、権力の乱用が行われていた。汚職水準はロシアと同程度。スハルト個人で全ての高級官僚・裁判官・軍将校を任命していた。全ての大規模な余剰は確実にスハルトの一族に流れ込んだ。官僚に対する規律は市場を機能させた。無制限の汚職をスハルト個人が制御していた。末端の汚職は酷いものだったが、それは小さなことだった。

 談合は、利益を分配する方法と、協定に実行性を与える方法、新規参入を制御する方法を必要とする。共謀を不安定にする誘因を無くすものでなければならない。

 談合に参加している企業集団は、特定の案件を最も低い費用で受注できる企業が落札者となることを望む。分配される利益を最大化する。その案件に対して最も努力している企業に契約が与えられることもある。官僚は、役所が設定した上限価格を漏らす。暴力団が談合の実効性を付与していることがある。役所は入札価格を公表することによって。談合の結束を確認する。役所は、指名入札によって新規参入者を排除する。役人はカルテルの基盤を作ってくれる。

 談合による超過利潤の多くは、政治家の手に渡る。建設業は日本における政治献金の最大の源である。米国でも、反トラスト法で立件される事件の大半は、建設業による入札価格操作に対するものである。

■ 草の根の努力 〜 市場と政府の役割分担

《要約》
 市場は、分権化による局所知識の利用や多様な予測による並行した実験を行い、妥当性を担保する。全知全能ではない限り、そのような計画は誰にも不可能である。政府は、市場を支える土台を構築しなければならない。地下経済は違法なものであっても栄えるが、取引を単純で小規模なものに限定してしまう。

 地獄への道は善意で敷き詰められている。「資本主義社会の無政府性こそ、悪の根源である」アルバート・アインシュタイン(「なぜ社会主義か」)。

 計画経済の落とし穴は情報の問題である。計画者は、計画に必要な知識を結集できない。経済全体の最適配分を計算することは不可能である。そして、権力は腐敗する。計画者は経済に対する絶対の権力を持っていた。

 市場は人々の間に分散している情報を集め、価格が経済を制御している。市場は、問題に対する解決策を見出す権限を全ての人々に賦与する。

 市場経済の計算と決定は小さな部分に分割される。価格は自己修正機構として作用する。市場が起こす間違いは、計画者が起こす間違いよりも小さいし少ない。市場経済が機能するのは、個々の参加者の予想が正しいからではなく、誤った予測が素早く検証され修正されるからである。

 インターネットは、分権機構の利点と限界の両方を示してくれる。

 インターネットには全体管理者が存在しない。インターネットはモジュラー構造で、個々のネットワークは独立に変えることができる。従って、インターネットは常に改善され「進化」している。システムを改善する良い洞察は現場の人たちが持っている。インターネットの成長は「個々人の創造性が持つ力を解き放った帰結である」クリストファー・アンダーセン。情報の流れ全体を理解している人は居ない。無数の相互接続の地図も存在しない。

 インターネットは管理されている。中央当局は、補助金によってシステムを立ち上げた。1995年に米国政府は、インターネットの直接管理をやめた。ドメイン名を管理する民間機関を設立した。

 インターネットの活力は分権化の中に存在している。誰かが、インターネットを立ち上げ、基盤となる規則を設定しなければならない。

 Webに含まれる情報は、世界の総情報量の1/100000に過ぎない。電気通信やバイオテクノロジーは、政府の資金援助無しには発展しない。

 公共財は「非競合」。ある人が公共財を利用しても、他の人が利用する公共財は減少しない。綺麗な空気や警察の交通整理。公共財は「非排除」。誰でもタダで便益を受けられる。公共財に財産権は存在しない。公供給は公生産を意味しない。民間が生産し、政府が支払うことができる。

 市場は自生する。市場は政府の妨害があっても機能する。中央計画者は全てを把握できない。

 地下経済の起業家たちは、自分たち自身の規範を持っている。彼らは自分たちが評判を知っている人々とだけ取引をする。商売は小規模なままに留まる。地下経済には限界がある。取引が単純で企業が小規模なときだけ、自生の秩序は働く。

 自由放任は機能する。しかし、取引費用が高いので、多くの機会が失われる。

 繫栄している経済は、直接の利害を持つ人々に意思決定を分権化している。局所に知識を利用でき、価格がフィードバック機構として機能することで、市場システムは無数の人々の行動をコーディネイトする。

 自由市場か計画経済かという選択は、過度な単純化である。

■ 他人のお金を管理する人々

《要約》
 企業が効率的に運用されるのは、私的所有によって株主が利害関係を持っているからである。所有と経営が分離した企業においては、製品市場と金融市場の市場規律が必要である。市場仲介者の活動、法制度や官庁による規制など様々な補完が不可欠である。市場設計は、市場と政府の両方の課題である。

 大企業は現代経済で主要な役割を担っている。企業は集権計画によって運営されている。大企業には、不効率が伴う。

 「株式会社の経営者たちは、他人のお金を管理している」「怠惰と浪費がはびこる」アダム・スミス。

 株主は企業に利害関係を持っている。経営者を監督する取締役会の能力は限られている。所有と経営の分離は、計画経済を思わせる浪費をもたらすことがある。経営者の横領は少なくない。

 市場は外から企業に圧力をかけ、経営者の意思決定を制約する。規律は製品を売る製品市場と、資金を得る金融市場からもたらされる。企業は倒産することによって淘汰される。

 「お金を渡して下さい。そうすればそれを増やして返してあげますよ」は詐欺師が言うことだ。株式会社を信頼できるのは何故だろうか。金融市場は信頼があるところでのみ機能する。株主に信頼できる情報を提供する様々な市場仲介者が存在する。会計事務所、法律事務所、投資銀行。

■ 競争の新時代

《要約》
 公共政策に市場を役立てることができる。環境汚染対策では、汚染権を創出し、それを売買する市場を設けることで効率的に汚染を削減することはできる。

 米国環境保護庁(EPA)は1990年の大気浄化法において、二酸化硫黄の汚染権市場を創出した。排出許容量は、経済学者が長い間提唱してきた方法だった。環境主義者たちは、汚染を正当化するように見えると反対した。賛成したのは、この方法が機能するだろうという実用からのものだった。

 排出権市場は、市場をもって政府に置き換えるものではない。政府は市場を目的を達成する道具とした。政府は、全体の許容される汚染を評価し、順守を監視し、規則を破った企業に罰金を課す。排出権取引は、速く安上がりに、酸性雨を除去しつつある。

 オハイオ州の大気環境保護団体は、許容量を入札で取得し、公衆に販売している。許容量は、クリスマスの贈物に人気が高い。

 排出量市場が行っているのは、通常の市場と同様に、情報の生成である。汚染削減を最小費用で達成する方法と、その実際の削減コストを白日の下に明らかにした。行動は言葉よりも雄弁である。企業が市場で行うことは、信頼できる情報を提供する。削減費用は、EPAの予想した1/5だった。

 市場誘因を利用した環境対策は拡大した。二酸化炭素の排出量制限などにも利用されるようになった。

 2001年、電力市場が創設されたカリフォルニアで停電が発生した。規制緩和は発電段階と送電段階を分離し、市場を挟んだ。しかし、規制当局は送電会社が顧客への小売価格を固定したままだった。また、送電会社が将来の分まで発電会社から買うことができれば、価格変動を和らげることができただろう。中途半端な規制は失敗する。

 送電系統はその性質上独占である。小売電力市場と卸売電力市場は円滑に運営されても、送電系統は規制を必要とする。

 ノルウェーやオーストラリアでは、電力市場導入は成功している。電力の大半は長期契約で取引され、小売価格は変動する。市場が機能するのは、上手く設計されたときだけである。

 市場は試行錯誤で発展する。誤りから学び続けることが、市場を機能させる。

■ 空気を求めて

《要約》
 経済改革においては、トップダウンとボトムアップの両方が必要である。経済全体を上から設計することはできない。改革を行う者は、市場参加者による個別の多様な取組みを許容する必要がある。
 中国の改革開放は、漸進主義で行われた。企業の民営化を急がず、国有企業に市場での販売を許した。新企業の形成を促し、政府は「受身」でそれを見守った。

 経済全体の設計は、単一市場の設計とは異なるものである。経済全体の設計は、どこに向かおうとしているか、どのように進むべきかも分からない。

 1984年にニュージーランドは、最も規制の多い先進国経済から、最も規制の少ない先進国経済への転換を始めた。改革は攪乱をもたらした。失業率は急騰し、不平等は広がり、貧困問題は悪化した。

 改革の痛みの多くは、改革にではなく、それ以前の政策に帰せられるべきものだった。痛みは改革につきものだ。起業は輸入から保護されていた。労働者や企業は大きな調整を余儀なくされた。企業は無駄な人員を削減しなければならなかった。企業が新しい環境に適応するまでに10年を要した。改革は上手く設計されていたが、移行は緩慢であり、痛みは大きかった。

 ロシアの民営化は、経営者の経営方法を変えなかった。ロシアは、必要な市場支援が発達する前に、企業を民営化した。ロシアは所得が激減した。

 ロシアは、西側の弁護士・経済学者・銀行家の助言に頼った。中国は、外国の今猿に頼らなかった。中国では多くの重要な意思決定は各地方においてなされた。

 中国は漸進改革を採用した。労働力が製造企業に移動できるようにした農業改革が、大きな成果をもたらした。中国は20年間にわたって高成長を遂げた。

 中国は民営化を遅らせ、密かに価格を自由化した。国有企業は生産物を国に売るが、計画を超えたものを市場で売ることが許された。二重価格制度の下で、国有企業が市場で販売する量は徐々に増加した。国有企業は市場志向になるよう促された。安定した土台の上に、新しい企業間関係を発展させることができた。

 新しい企業は、12年の間に工業生産量の半分を生産するようになった。新企業のほとんどは、村政府によって経営されていた。郷鎮企業は、村政府が地域で資金を集める力を持っていた。

 中国政府は受身であった。政府の役割は制限の撤廃であった。古いシステムを残しながら、新しい経済を構築することを許した。しかし、不充分な金融機構と法体系の改革は遅れた。

 中国の成功は、移行経済では全てを一度の正しくする必要は無いことを示している。試行錯誤を許容し、機能するのであれば、しばらくは非常識でもそのままで切り抜けることは賢明である。

 「郷鎮企業の成長を私は想定していなかった。同志も考えつかなかった。我々は驚いた」小平。郷鎮企業は、地方の共産党の役人たちに新興経済に対する利害関係を持たせた。彼らは改革を妨害する立場の人間達だった。

 我々は事前にどのような政策が機能するか分からない。改革者は解決策が現場で発生することを認め、先入観を捨てて解決策を受け入れる。制度が欠如していても、機能不全を起こしていても、人々は機能する代替物を考案する。

 旧経済の周囲に新経済を成長させ、安定性を維持しつつ、人々が新しい方法を創造するのを待つ。

 現場主義で代替できない制度は、財産権の保護である。いずれは、政府の決定が必要になる。

 財産権、契約法、金融市場が既に確立している国では、ショック療法が妥当であろう。

■ 貧困撲滅の戦士たち

《要約》
 貧困解消には経済成長が必要である。市場を機能させる制度と体制を持つことが必要になる。

 グローバリゼーションとは「貧しい人々に訪れた新しい企業植民地主義である」ヴァンダナ・シヴァ(インドの活動家)。抗議者は、発展途上地域の貧困化を問題にしている。グローバリゼーションは、貧しい国を貧しくも豊かにもしない。

 解決策は、貧しい国の経済成長である。通常は、貧困は経済成長によって減少する。中国でもインドでも、貧困の減少は農業の再構築と生産性の向上に続くものだった。台湾は1950年代に土地改革を実施し、農業資産を農民に再分配した。不平等が是正されると、経済は活性化し、成長は軌道に乗った。

 所得分配がより平等な国は、不平等な国より経済成長率が高い。機会不平等があるところでは、多くの能力が無駄になっている。男女間の給与格差も、豊かな国になるほど小さくなる傾向がある。教育に多く支出する国は、有為に速く成長している。

 国民所得に対する政府支出の割合が大きい国は、低成長になる。

 道路・鉄道・港湾、電話や電力を構築した国の成長は速い。

 政府が何をしたら経済が成長するのか。我々は多くのことを知らない。

■ 市場の命令

《要約》
 市場は万能ではない。上手く設定されたときにのみ機能する。市場は実用な手法を取ることが必要である。

 経済学の分析では、所得を再分配すべきかどうか、どの程度再分配すべきかという問題を解くことはできない。その答えは、何が公平で何が正しいかに依存しているからである。

 市場設計者は、ハイエクの主張を支持すると同時に緩和する。市場設計は、人々や企業が善であるという前提に立つことはできない。

 市場が機能するためには、人々は互いを信用できなければならない。取引相手への信頼は、法の制度と評判の仕組みの両方に支えられている。

 市場が上手く設計されているとき、そのときに限り「見えざる手」が、分散した情報を活用し、経済をコーディネイト(編成・調整)し、機能する。