「脳を司る脳」 毛内拡 2020年 ブルーバックス

 人工頭脳(人工知能ではない)を考えるために、再読です。二度目だと理解が深まりますね。ありがとうございました。以下はこの本の要約と引用です。


■ プロローグ

 脳の広域の電気活動は、脳波として知られています。神経細胞の電気信号をバーコードに置き換えて解読すれば、コンピュータで再現できると考えられています。脳の電気の活動が脳の全てであるような気になっています。

■ 情報伝達の基本 ニューロンの働き

 脳は柔らかくて脂っぽい塊です。1本の樹状突起の上には、数百の棘突起(スパイン)が存在して、その一つ一つが他のニューロンの軸索と接続しています。

 グリア細胞は神経膠細胞とも呼ばれます。ミクログリアは、脳の免疫を担当しています。オリゴデンドロサイトの突起は、ニューロンの軸索を取り巻いています(髄鞘|ミエリン鞘)。アストロサイトは、」血管とシナプスの両方を取り囲んで、脳の中の環境を一定に保っています。

 殆どの薬も免疫細胞も、血液脳関門に阻まれて脳に届きません。脂に溶けやすい小さな物質は血液脳関門をすり抜けます。

 脳室で、脳脊髄液は作り出されます。血液から血球などが取り除かれた血漿から、脳脊髄液が作られます。

 細胞の内側のカリウムイオンの濃度が高く、細胞の外側のナトリウムイオンの濃度が高くなるように調整されています。イオンポンプは、ナトリウムイオンを細胞外に汲み出し、kリウムイオンを細胞内に取り込みます。静止膜電位は−70mVです。

 神経細胞に刺激が加わるとナトリウムイオンチャンネルが瞬間開き(膜興奮)、細胞内はプラスになります(神経インパルス|活動電位)。遅れて活性化したカリウムチャンネルが開き、カリウムイオンが外に出ます。次々に隣の膜を興奮させ、活動電位が伝達されます。やがて、ポンプの働きで元に戻ります。

 神経伝達物質と受容体は一対一対応をしていません。同じ神経伝達物質でも、受け取る受容体の種類が違えば、その後の応答が異なります。

 イオンチャンネル型受容体は、 素早く応答します。代謝型受容体は、受け取ったシナプス後細胞の中で化学反応を引き起こすシグナルを生み出します。その結果、シナプス後細胞の形が変化したり、性質が変わったり、シナプス後細胞の遺伝子の調節が行われます。

 強い刺激や持続する刺激に応答してNMDA受容体が活性化すると、ニューロンの中で化学反応や遺伝子の調節が生じてAMPA受容体の数が増えます。

 シナプス間隙から伝達物質を取り除く方法は、再取込と酵素分解です。

■ 見えない脳の働きを視る方法

 内部の構造が不明でも、その働きを類推できるものをブラックボックスと言います。

 グリア細胞は、活動時に電気が発生しません。蛍光法によって脳の生理現象が見えるようになりました。

■ 脳のすきまが気分を決める

 ニューロンの働きそのものは、生物によって大きな変化はありません。

 人体最大の器官は、皮膚ではなく。体組織と体組織のすきま=間質です。間質液で満たされ、老廃物を排泄したり、体の免疫機能を支えるリンパ液へと体液を運んでいます。

 脳の細胞外スペースは、緩衝材として、物質の通り道としての役割を持ちます。

 細胞外スペースの中で拡散して、脳の広範囲の活動を調節する神経修飾物質には、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミン、アセチルコリンなどがあります。

 広範囲調整系を担うニューロン(調整系ニューロン)は脳幹に集まっていて、神経装飾物質の産出と放出を行っています。調整系ニューロンの核は、脳幹や基底部に存在し、そこから脳全体に軸索線維を伸ばし、脳の広範囲に情報を送っています。

 調節系ニューロンの中には、不特定多数の細胞に対して信号を伝える(拡散性伝達)ものもあります。

 神経装飾物質は、調整系ニューロンの軸索線維上にあるこぶ状の膨らみの中に蓄えられ、シナプスを形成せず、細胞外スペースに直接拡散し、持続時間の長い調節を行います。アナログ的な伝達です。

 ノルアドレナリンは、多くの脳機能に関与しています。ノルアドレナリンを生産する青斑核のニューロンは多くのシナプスと接触しています。

 ノルアドレナリンは、アミノ酸のチロシンから合成され、ドーパミンとなり、ノルアドレナリンに変化します。ノルアドレナリンは、さらにアドレナリンに変化します。ノルアドレナリンは脳で作用し、アドレナリンは全身に作用します。

 ノルアドレナリンは、脳の覚醒水準を高め、ストレスを制御します。記憶を活性化し、学習効率を高める作用もあります。ノルアドレナリンの働きが異常になると、外傷後ストレス障害(PTSD)を患うことになります。ノルアドレナリン作動性ニューロンが活発過ぎると注意欠如・多動性欠如(ADHD)になり、少なすぎると眠気が生じます。

 セロトニンは、血圧調節、体温調節、接触行動、性行動、睡眠覚醒のサイクルや概日リズム、攻撃性や不安など、多くの機能を制御しています。セロトニン作動性の核は、脳幹の正中線にある縫線核群にあり、ほぼ全ての脳部位に投射しています。

 ノルアドレナリンとセロトニンはノンレム睡眠時に減衰し、レム睡眠時には完全に消失します。鬱病では、脳内のセロトニン代謝物が減少しています。

 ドーパミンは、運動機能と情動機能を司る脳機能に関わっています。黒質緻密部から線条体に投射するドーパミン作動系ニューロンは、運動機能に関与しています。黒質からの放出が減少すると、随意運動機能が低下し、パーキンソン病となります。

 腹側被蓋野のドーパミン作動性ニューロンは、大脳皮質を含む広範囲に投射しています。情動や報酬行動に関与し、快感を得るために将来を予想した結果のやる気などと関連します。記憶に関与し、受けた感覚情報を過去のものと参照して評価することにも関わっています。報酬系では、刺激とそこから得られる情動との連合を学習し、予測に基づいて適切な行動を選択します。ドーパミンが作用する淡蒼球は、報酬の量を予想し、やる気を制御する「やる気スイッチ」とも呼ばれます。

 ドーパミンの伝達がセロトニンによって制御されている可能性があります。

 アセチルコリンは、筋肉を動かす末梢神経と筋肉の接合部で働く伝達物質。大脳皮質や海馬の情報伝達にも関与しています。核は、前脳基底部の内側中隔核とマイネルト基底核。

 内側中隔核のアセチルコリン作動性ニューロンは、脳波のペースメーカーとして働きます。探索行動時に出現するシータ波は、一時的な記憶が長期記憶として定着するのに関わっていると考えられています。

 青斑核のノルアドレナリン作動性ニューロンは、マイネルト基底核にも接続していて、アセチルコリン作動性ニューロンの活性化には、ノルアドレナリンが関与しています。

 大脳皮質や海馬の細胞外スペースにおけるアセチルコリンの放出や分解、細胞内でのアセチルコリンの再合成の異常などが、アルツハイマー病と関連します。

・まとめ
 細胞外スぺースは、間質液で満たされ、脳内物質の通り道になっている。
 神経装飾物質は、脳の広範囲を調節することで、心の働きに関与している。

■ 脳の中を流れる水が掃除をしている

 脳脊髄液(髄液)は、1日に3〜4回入れ替わっています。脳脊髄液が、脳実質に染み込んで間質液(細胞間質液)になります。間質液は、様々なイオンからなっています。ニューロンの活動は、細胞膜を隔てた細胞の内側と外側のイオンのバランスによって決まります。間質液はその恒常性を維持しています。

 脳脊髄液は首のリンパ節につながっています。脳脊髄液はクモ膜顆粒より静脈に排出されます。髄膜にリンパ管が実在します。このリンパ管を通して全身から脳への免疫細胞の輸送もされています。

 脳脊髄液と間質液が入れ替わることで、脳の老廃物を排泄していると考えられています。脳の血管の血管周辺腔のいくつかは脳組織内部へ潜っていて、このスペースを通って脳脊髄液がやってきます。

 血管を取り巻いているアストロサイトの突起と、この突起に存在するアクアポリン4が水を通す通り道だと考えられます。

 アストロサイトの足突起が脳血管を取り囲み、バリアを形成しています。脳の中の主要な水チャンネルはアクアポリン4です。動脈側から静脈側に流れを作り出し、老廃物を排泄していると考えられます。睡眠時には、細胞外スペースが広がります。

 現在は、脳の中の水の流れを直接視ることはできません。ほとんどの全身麻酔薬がどうして効くのか解っていません。脳脊髄液は、脳と脊髄を広く循環し、脊髄から薬を投与しても脳に辿り着きます。

 脳脊髄液と間質液の交換が減少し、老廃物の排泄機構が低下することで、老人班が蓄積するのではないかと注目されています。老化によって睡眠時間が短くなり、アルツハイマー病の多くの患者が睡眠障害を併発しています。

 脳血管障害は、血管が詰まる場合を虚血性脳卒中(脳梗塞など)、血管が破裂する場合は出血性脳卒中(脳出血など)と言います。障害が生じると、脳脊髄液の流れが止まり、滞留し、脳浮腫が続きます。

・まとめ
 脳を浸している脳脊髄液は、常に入れ替わることで、脳の環境を一定に保っている。
 脳脊髄液はあ、間質液と交換することで、脳のリンパ排泄を担っていると考えられる。
 脳は睡眠中に、脳脊髄液の流れを利用して脳の中を洗浄しているのだろう。

■ 脳はシナプス以外でも会話している

 エファプティック(非シナプスな)・コミュニケーション。細胞外電場の影響による小さな電気応答は、ニューロンの活動に影響を与えます。

 ニューロンの樹状突起は、周囲の環境から特定の周波数(10Hzよりも低周波のシータ波など)に対して反応します。生物組織は、様々な周波数を持つ電流に対して、複雑な応答をします。

 電気的な性質は、電気の通しやすさを示す伝導率と、電気容量を決める誘電率で決まります。周波数によっては、生物は金属よりも大きな電気を蓄える能力を持ち得ます。

 覚醒時は、細胞外スペースを狭くすることで、低周波の細胞外電場に対する応答を変化させている可能性があります。

 樹状突起はまとまって存在しています。ワイヤレス伝送の効率を高めている可能性があります。

 発電所や高圧送電線で発生する低周波は、生体に与える影響が大きいため注意が必要です。

■ 頭が良いとはどういうことか

 IQが高い人ほど、神経突起の密度が低く枝分かれが少ない=神経回路が単純です。

 アストロサイトは、グルコースを取り込んで貯蔵し、必要な時に、ニューロンが使える使える形にして、エネルギー物質を与えています。また、アストロサイトは、カリウムイオンを取り込んで細胞外のカリウムイオン濃度を恒常化していると考えられます。

 グリア細胞のような支持細胞は、線虫やヒルの脳にも存在します。グリア細胞の密度は進化に伴って増加し、ヒトではニューロンとグリア細胞の総数はほぼ同じです。脳が大きい象やクジラでは、4倍以上です。

 アストロサイトは、ニューロンが放出する神経伝達物質を受け取る受容体を持っています。神経伝達物質を受け取ると、細胞内カルシウムイオン濃度を上昇させます。そして、アストロサイト自身も伝達物質を放出している可能性があります。グリア伝達物質は、グルタミン酸、グリシン、D-セリン、ATPなどが考えられます。

 D-セリンは、NMDA型のグルタミン酸受容体に作用します(作動薬|アゴニスト)。シナプス伝達の長期増強を促進します。

 神経装飾物質は広範囲調節系と呼ばれます。アストロサイトの活性化が学習効率を高める効果があると考えられます。アストロサイトを活性化させるには、ノルアドレナリンの放出が欠かせません。

・まとめ
 アストロサイトは、シナプス伝達の効率を変化させる。
 アストロサイトは、ノルアドレナリンの作用を通じて、心理や記憶にも関与している可能性がある。

■ エピローグ

 生理学は、外部環境からの刺激に対して個体がどのように反応するかを考えます。非ニューロンの伝達はアナログ信号だと言えます。

 知能とは、答えがあることに答える能力です。アナログとデジタルな伝達の相互作用が知性ではないかと思います。