「記憶力を強くする」 池谷裕二 2001年 ブルーバックス

 かなり昔に評判になった本。ブルーバックスにそてもお手軽そうなので避けてきたのですが … 魔が差して?読んでみて、それなりに面白かった記憶があります。そして、K90に関連する治療法や薬剤の開発に向けた臨床研究が行われているという情報があったので、気になって再読してみました。

 以下は、K90の記憶力改善に関する臨床研究についての検索結果です。

 K90は、癌治療薬として開発された薬剤ですが、記憶力改善効果に関する臨床研究もいくつか実施されています。これらの研究はまだ初期段階ですが、K90がアルツハイマー病や認知症などの記憶障害の治療に有望な可能性を示唆する結果が出ています。
 2022年に発表された研究では、アルツハイマー病患者を対象としたK90の臨床試験の結果が報告されています。この研究では、K90を6ヶ月間服用した患者は、プラセボを服用した患者よりも認知機能の低下が抑制されたことが示されました。
 2023年に発表された研究では、認知症患者を対象としたK90の臨床試験の結果が報告されています。この研究では、K90を12ヶ月間服用した患者は、プラセボを服用した患者よりも記憶機能と日常生活能力の改善が見られました。
 K90は、記憶力改善効果が期待できる可能性がありますが、まだ開発段階の薬剤であり、安全性と有効性に関するさらなる研究が必要です。K90の一般的な副作用には、下痢、吐き気、嘔吐、疲労、発疹、手足症候群などがあります。K90は、心臓の問題、肺の問題、肝臓の問題などのより深刻な副作用を引き起こす可能性もあります。これらの副作用はまれですが、生命を脅かす可能性があります。

 細胞の増殖に関わるK90。「毒にも薬にもなる」というより「毒は使いようで薬」の典型ですね。これぞ薬剤というものです。今後の研究成果に注目していきましょう。

 以下はこの本の要約と引用です。



■ はじめに

 脳の神経細胞は千億個。シナプスの総数は千兆個。個々の神経細胞は、1分間に数百から数万回もやり取りしている。

■ 脳科学から見た記憶

 自然に死んでしまう神経細胞の殆どは、脳の中で必要とされていなかった神経細胞です。

 千億個の神経細胞の内、人が意識して活用できる細胞の数は1割もありません。

 海馬は側頭葉の裏側、耳の奥あたりに左右一つずつあります。

 「どうして君は他人の報告を信じるばかりで、自分の目で確かめようとしないのだ」ガリレオ・ガリレイ。

■ 記憶の司令塔「海馬」

 生命にとってその器官が必要であれば、下等な動物でも発達している筈です。

 海馬の神経細胞は、アンモン角-錐体細胞(CA1〜4野)と歯状回-顆粒細胞。海馬の神経信号は[側頭葉(嗅内皮質)→歯状回→CA3野→CA1野→側頭葉]の順で流れます。高等な動物ほどCA1野が発達します。歯状回が最も原始的で根源的な役割を担っています。

 神経細胞が増えるという現象は、歯状回の顆粒細胞に特有です。顆粒細胞が増えると記憶力が増え、減ると記憶力が低下します。

 歯状回の顆粒細胞は、増殖するだけでなく、死んでいくスピードも速く、4ヶ月も経てば全部の顆粒細胞が入れ替わっています。

 30秒から数分の記憶を短期記憶、それより長い記憶を長期記憶と呼びます。

 どんな知識でも何らかの「状況」のもとで脳に蓄えられた筈です。その「状況」が消え、知識だけが残り、意味記憶になっていきます。

 生れてから最も早く発達するのが「手続き記憶」「意味記憶」。遅れて発達するのが「エピソード記憶」。10歳以降は、エピソード記憶が優勢になります。生れた時の脳では、歯状回は完成されていません。「手続記憶」は、基底核の線条体や小脳で作られています。

 海馬に記憶が留まっている期間は1ヶ月。海馬は思い出すことには関わっていません。

 脳がリラックスするとα波を出します。1秒間に5回のリズムで打つシータ波が現われるのは、新しいものに出会って探索しているとき。興味をもって見つめているとき、記憶しようという意思があるときにθ波が出ます。

 錐体細胞は場所に反応して活動する「場所ニューロン」。特定の位置を記憶します。

 目・鼻・手・耳・舌…様々な感覚情報が海馬に入力され、統合され、関連付けられて「経験(エピソード)」記憶を作ります。

 穏やかに過ごした妊婦の子供、愛情豊かに育った子供は記憶力が良く、そうでない場合は生涯、記憶力が劣ったままです。社会性豊かな環境は、神経細胞を増殖させます。

■ 脳とコンピュータはどちらが優秀なのか

 神経細胞は互いに神経線維で結びつきます。神経突起の先端には「成長円錐」があり、どちらの方向に仲間の神経細胞がいるのかを感知します。

 電気回路では電子、神経回路ではイオンが流れます。神経細胞では、ナトリウムイオンが神経線維の外側から内側に流れます。海水中に最も多い金属イオンはナトリウムイオンです。

 ナトリウムチャネルが開くと、ナトリウムイオンが濃度勾配に従って、ナトリウムイオンが細胞内に流れ込みます。チャネルが閉じている状態では、プラス極の側面が穴の内壁に露出しし、ナトリウムイオンの流入を妨げています。開いている状態では、プラス極が内側になり、ナトリウムイオンは流れ込みます。このチャネルが1/1000秒開くことにより「活動電位」が伝えられます。神経細胞の伝導速度は1秒間に100mほどです。

 シナプス間隙で活動電位が乗り継がれることを「伝達」。活動電位が神経線維に沿って流れることを「伝導」と呼びます。伝達は、神経伝達物質による化学信号によって行われます。

 脳の神経伝達の殆どはグルタミン酸、筋肉を動かす神経細胞はアセチルコリンを使います。

 受容体は、それぞれ受け取る伝達物質が決まっています。受容体はそれ自体が「チェネル」なのです。特定の物質を受け取ると、チャネルが開いてイオンが流れます。作られたナトリウムイオンの流れが次の神経細胞を興奮させます。

 シナプス小胞を持っている繊維=軸索だけが神経伝達物質を放出できて、受容体のある繊維=樹状突起だけが受け取ることができます。シナプスでは信号は一方向にしか伝達されません。電気回路との異なる点です。

 樹状突起には、ナトリウムチャネルはありません。受容体チャネルが作る電気信号は「シナプス電位」。シナプス電位は樹状突起を伝わって細胞体に到達し、細胞体で活動電位に置き換わります。

 活動電位は、オン-オフのどちらかしかありません。神経回路の成分は脂肪と蛋白質と炭水化物。電気抵抗が大きすぎます。神経終末まで電気信号を減弱することなく届けるのが活動電位の役目です。ナトリウムチャネルは、オンオフの単純な信号にしています。

 信号を送るか送らないかを決定するのが、シナプス電位です。シナプス電位はアナログです。活動電位を作り出すか出さないかは、シナプス活動の強弱によって決められます。

 樹状突起には、シナプスを作るスパインがあります。一つの神経細胞に3万個。弱い電位が幾重にも重なって、シナプス電位ができあがります。少なくとも百個のスパインが活動して、活動電位を起こします。一つ一つの神経細胞が思考しているのです。

■ 可塑性 − 脳が記憶できるわけ

 人間の記憶は柔軟です。「似ているもの」を覚えるために、「似ていないもの」を削除する消去法が記憶には使われます。進化論的に下等な動物ほど、厳密な記憶の割合が高く、ファジーな記憶が少なくなります。コンピュータのような正確な脳は、脳としては役に立ちません。

 あるきっかけに従って変化を起こし、この変化を保つことを「可塑性」と呼びます。神経回路の変化が記憶の正体です(シナプス可塑性)。「記憶とは、神経回路のダイナミズムをアルゴリズムとして、シナプスの重みの空間に、外界の時空間情報を写し取ることによって内部表現が獲得されること」と定義されています。

 長期の記憶には発芽や増殖なども関与しているでしょう。シナプス可塑性は瞬時の変化です。

■ 脳のメモリー素子「LTP」

 シナプス結合の増強が長期に持続する現象を「長期増強(LTP)」と呼びます。LTPを引き起こすための高周波数の(強い)電気刺激は「テタヌス」。歯状回だけではなく、CA3野やCA1野など海馬のほかのシナプスでもLTPが観測されます。テタヌスをθリズムで与えると、効率よくLTPを誘導できます。LTPは「興味を持っている」印であるθリズムの時に最も発生します。

 シナプスが持っているグルタミン酸の受容体には「AMPA受容体」と「NMD受容体」があります。どちらもナトリウムイオンを通すチャネルを持っています。シナプスに強い刺激が入ってくるとNMD受容体が反応します。NMD受容体はカルシウムイオンを通します。シナプス後側のスパインの中にはカルシウムセンサーがあり、カルシウムセンサーが働くとAMPA受容体が増えます。スパインの中のAMPA受容体がシナプスに移動します。この化学反応がLTPの実体です。

 記憶力の良い動物ほど、LTPが起き易くなっています。

 人工的に、金魚に記憶を植えつけることができました。

 LTPには飽和=上限値があります。LTPを消す作業が必要になります(長期抑制LTD)。LTDを消すのは周波数の低いテタヌスです。LTDは、LTPを際立たせます。

 ストレスを与えるとLTPが形成されにくくなります。アルコールを飲ませ得ると「アルコール性健忘症」が起きます。

 偏桃体が活動すると、海馬のLTPが大きくなります。情動が絡むと記憶され易くなります。動物は危険な思いをした経験を覚えます。

■ 科学的に記憶力を鍛えよう

 10歳以前は、無意味な記号に対して大きな記憶力を示します。中学生になるころにはエピソード記憶が完成され、論理だった記憶力が発達します。

 絶対音感を体得する臨界期は3〜4歳。言語を覚える能力は6歳ぐらいまで。

 好奇心と探求心が記憶を促進します。「やる気」がなければ記憶力は増強されません。

 物事を関連付ければ覚えやすくなります(連合学習)。理解して覚えるのです。経験に結びつけて覚えます(エピソード記憶)。

 声に出して覚えます。目の記憶より耳の記憶の方が心に残ります。古代では、歌に託して伝承していました。

 エピソード記憶も歳をとると意味記憶になります。物忘れが多くなる理由です。

 意図して忘れることはできません。

 海馬に記憶が補完されているのは長くても1ヶ月。早くしないと復習の効果は無くなります。

 夢には日常が再生されています。普通の夢は覚えていないだけです。新しい知識や技法を身につけるためには、覚えたその日に6時間以上眠ることが欠かせません。

 脳が記憶するときには、記憶の対象を記憶するだけではなく、事象の「理解のし方」も記憶します(手続き記憶)。

■ 記憶力を増強する魔法の薬

 NMD受容体の活動を増強する化学物質が「K90」。K90は肝臓に多く存在します。肝臓を増殖させます。K90は海馬にもあります。K90は、NMD受容体のカルシウムイオンの流量を3倍以上も上昇させました。

 アルツハイマー病で最も死にやすい神経細胞は、アセチルコリンを持つものです。アセチルコリンを阻害するとLTPが小さくなります。サリンは、アセチルコリンの働きを増強します。過去の記憶が戦列に蘇り、患者は苦しみます。アセチルコリンは、覚えることにも思い出すことにも作用します。LTPは覚えることだけに関与しています。思い出すことには関わっていません。

 夢もアセチルコリンで作られます。レム睡眠の時には、脳内のアセチルコリンの働きが活発になります。

■ 脳科学の未来

 スポーツ選手のドーピングが問題視されるのは、ドーピング剤の毒性が強いからです。

 記憶は[獲得→固定→再生]。現代科学は「再生」という現象をほとんど解明できていません。前頭葉から側頭葉に神経信号が送られると、記憶が再生されることが示唆されています。

 脳の血流が止まると、海馬の神経細胞は簡単に死んでしまいます。痴呆症の半分はアルツハイマー病、半分は脳血管性痴呆症です。

 [認知→学習→記憶→変成]の可塑性と恒常性。恒常性の高い脳の中で、海馬が可塑性を担っています。

 歯状回の軸索は、興奮性神経線維であるにもかかわらず無髄軸索です。