ウズベキスタンの旅(4日目)。サマルカンド泊の二日目は、タジキスタンのペンジケント遺跡へ。女房が最も楽しみにしている遺跡です。

20240621Ps001
 バスの車窓から見える長閑な田園風景。川が流れ農業が盛ん、石油も含め地下資源も豊富。風景からもそんな様子が窺えますよね。

 国境越えが難題。ロシアとの関係が強いタジキスタンの入国審査が厳しくなっています。やっとこさ国境を越えると、バスを乗り換えてペンジケントへ。

 タジキスタンは、中国との親交を深めています。幹線道路は「中国製」。ウズベキスタンの道路が「ガタガタ」なのに対して、走りやすい新しい道路です。ウズベキスタンも道路整備を進めているようですが、ガイド氏の見解「10年はかかる」とのこと。

 ウズベキスタンに比べるとタジキスタンは、街に活気が無く、近代化も遅れています。というより、ウズベキスタンが中央アジアの国の中では特別に「豊か」なんです。「中央アジア」のイメージとはギャップが激しいんです。むしろ、タジキスタンの方が「フツ〜」の中央アジアなんだと女房。

20240621Ps024 20240621Ps072薬草
 ペンジケント遺跡に着くと出迎えてくれたのはこの花。これは薬草で、コロナ禍で価格が高騰し、見かけなくなったそうです。

20240621Ps07820240621Ps08020240621Ps083
 ペンジケント遺跡は、ソグド人の築いた町。ゾロアスター教の神殿が復元されていました。

 女房が「専門的な質問」をしてガイドさんを困らせていたので、「そういう質問は研究者にしなさい」と窘めてちゃいました。ガイドさんは専門家じゃないんだから可哀そうです。

*タジキスタンのペンジケント遺跡は、古代ソグディアナの都市。ペンジケントは、5世紀から8世紀にかけて栄えたソグディアナの都市で、ソグド人が住んでいました。
 ペンジケントは、商業と文化の中心地として発展し、交易、芸術、宗教が栄えました。都市は城壁に囲まれ、内部には宮殿、寺院、市場、住宅などがありました。特に、壁画や彫刻が豊富で、当時のソグド文化の繁栄を示しています。
 8世紀初頭、アラブ人によるイスラム教の拡大と共にペンジケントは征服されました。
 ペンジケント遺跡には、城壁に囲まれた都市の遺構があり、住宅や公共建築の遺跡が含まれています。建築物の多くは泥レンガと木材で作られていました。ペンジケント遺跡は、ソグド文化の研究において不可欠な場所です。

20240621Ps087
 モスクがあります。

20240621Ps09020240621Ps10020240621Ps101
 モスクの前はバザールです。ここは、庶民の活気溢れる市場です。観光客は殆ど居ません。狭い通路を商品を乗せた車が走ります。危険が危ない市場でした。でも、楽しかったヨ!

20240621Ps102
 昼食はタジキスタン料理。デザートのアイスクリームが美味しかった〜。

20240621Ps103 20240621Ps109
 ムクドリと綺麗なお姉さん。声を掛けようにも … 女房と一緒ですからね !(^^)!

20240621Ps113
 レストランの前に居た野良犬。日陰で休んでいました。野良にしてはお行儀が良いワンちゃんでしたヨ。

20240621Ps114ルダーキ博物館20240621Ps134
 ハダーキ博物館。5500年前の遺跡から出土したものを中心に展示していました。

20240621Ps165 20240621Ps144
  赤ちゃんの揺りかご。この中で2年ぐらいを過ごすそうです。

20240621Ps17620240621Ps18920240621Ps192
 サラムズ遺跡。ここは女性の骨が発掘されて有名になった遺跡。なんですが、展示物では、秤石が妙に印象に残りました。ソグド商人の原点の一つなんでしょうか?

20240621Ps196 20240621Ps211
 女性の遺骨の実物と発掘現場を再現した模型が展示されています。

20240621Ps202
 昔は農業が盛んだったのでしょうか?磨り皿があります。

20240621Ps226アプリコット
 アプリコット(杏)の実が、日陰で休んでいた女房のお胸を直撃しました。私の様に助平な木です ← どうしてくれよう ?(*_*)?

20240621Ps23320240621Ps24820240621Ps258
 発掘現場は屋根をつけて保存してありました。

*サラムズ遺跡は、ゼラフシャン川流域に位置します。この遺跡は、中央アジアにおける最も古い都市文明の一つです。中央アジアの先史時代の研究において極めて重要な遺跡です。
 サラムズ遺跡は紀元前3500年から紀元前2000年頃にかけて繁栄していたとされます。この時期は、青銅器時代に該当し、サラムズ文化として知られています。
 サラムズ遺跡は約100ヘクタールの広さを持ち、計画的な都市構造を示しています。住宅地、公共施設、宗教施設、工房などが確認されています。遺跡の建築物は、主に泥レンガと石で構成されており、住居や作業場の遺構が残されています。
 サラムズは、交易の中心地として繁栄しており、遺跡からは遠方から運ばれた品物が多数発見されています。これには、インダス文明やメソポタミアなどとの交易を示唆する遺物も含まれています。
 遺跡には複数の墓地が発見されています。宗教施設とみられる建物も発見されており、儀式や祭祀の場として使用されていた可能性があります。
 遺跡の発見は、中央アジアが古代の主要な文化交流と交易のルートであったことを示す証拠となりました。

 ウズベキスタンに戻って、シャーヒズィンダ廟へ。女房がウズベキスタンで一番好きという廟です。

20240621Ps334 20240621Ps342
 多くの廟が立ちならぶ死者の町です。

20240621Ps364 20240621Ps369
 美しい!という意味ではウズベキスタンで最も美しい街でしょう。

20240621Ps374 20240621Ps394
 名もない人ではないけれど、最高権力者ではない。威圧感の無い美。

20240621Ps414 20240621Ps422
 女房が好きな理由が分かるような気がします。

20240621Ps463 20240621Ps465
 夕食はマントゥ(ウズベキスタン風餃子)。ちょっとしょっぱかったナ。

20240621Ps473
 ライトアップされたレギスタン広場。ここでも記念写真を、ガイドさんに撮って貰いました。娘たちに送ったら「好きにしなさい」って … いつもの通りの反応です。