ウズベキスタンの旅(5日目)。サマルカンドからタシケントへ。旅も終りに近づいてきました。

20240621Ps01320240621Ps05120240621Ps072
 お兄さんは草を刈り、牛が道端で草を食む。このような風景は頻繁に出てきます。牛肉の消費量が伸びているからでしょうか?

20240621Ps019
 旅の初日にご紹介したように、ウズベキスタンでは、車の燃料は「メタンスタンド」で補給します。

20240621Ps029 20240621Ps040
 険しい地形もあれば、タワーマンションも立ち並ぶ。不思議な風景です。

20240621Ps106 20240621Ps141
 コウノトリが電信柱に巣を作っています。こんな巣を山ほど見かけます。

20240621Ps12020240621Ps11620240621Ps145
 水が豊富なウズベキスタン。川もよく見るし、田も多くはありませんが見かけます。何の田かは知りませんが。

20240621Ps12920240621Ps13220240621Ps134
 昼食はシャシリク(串焼き肉料理)。何故か?船が飾ってある店です。

20240621Ps147日本人墓地 20240621Ps152
 日本人墓地です。

 かつて女房は、人類学/考古学界の第一人者の一人である加藤九祚先生と僧侶を伴て訪れ、日本の地を踏むことなく死んでいった抑留者の供養をしたことがあるそうです。加藤先生も抑留者でした。仲間の死を忘れず、それを悼む心を持ち続けた。加藤先生らしいな〜と女房の話を聞きながらしんみりしちゃいました。

20240621Ps154 20240621Ps156
 これは日本から送られた桜の木だそうです。

20240621Ps15820240621Ps17020240621Ps180
 工芸美術館。ウズベキスタン歴史博物館に行く予定でしたが、急に休館になってしまい代わりに工芸美術館へ。

 女房の説明で、ウズベキスタンの宗教と美術の歴史を見るのを楽しみにしていたのでとても残念でした。

20240621Ps161壁掛 20240621Ps183
 サマルカンドの模様の「wall-embrodery」(壁掛:タペストリー)です。

20240621Ps186 20240621Ps201
 ソ連時代に入ると、肖像が取り入れられます。

20240621Ps21920240621Ps22820240621Ps230
 ナヴォイ劇場。日本人抑留者たちが作った劇場です。大地震の時でも被害が無かった数少ない建物の一つで、日本人の仕事の確かさを証明しました。

20240621Ps232 20240621Ps235
 綿花の噴水をよく見かけます。ソ連時代のウズベキスタンは綿花の一大産地でした。現在は上流での取水が激しくなり、果物などに作地変換しているようです。水をミスト状にして撒いています。涼しげで、人も集まっていました。

20240621Ps237
 このレンタル電動スケープボードは、どこでも乗り捨て自由。GPS発信機が付いていて、こういう軽トラが集めて周るそうです。

20240621Ps251
 アミール・ティムール広場。向こうの屋根にはコウノトリ。この国でよく見かけるシンボル的な鳥になっていますネ。

*アミール・ティムール(1336年4月9日 - 1405年2月18日)は、14世紀に中央アジアで大帝国を築いた征服者で、ティムール朝の創設者です。彼はサマルカンドを首都とし、広大な領土を支配しました。
 彼はモンゴルのチンギス・ハーンの直系ではありませんでしたが、自らをその後継者と見なし、モンゴルの遊牧国家の伝統を継承しました。
 ティムールは1370年代に自らの支配を確立し、ティムール朝を設立しました。彼は主に軍事力を用いて領土を拡大し、現在のイラン、イラク、アフガニスタン、トルコ、シリア、インド北部にまで及ぶ広大な帝国を築きました。
 彼の主要な征服活動には、ホラズム・シャー朝、オスマン帝国のバヤズィト1世、デリー・スルタン朝などが含まれます。彼はサマルカンドを中心に強力な中央集権国家を構築しました。
 ティムールはイスラム建築やペルシャ文化の大いなる支援者であり、彼の治世下でサマルカンドは建築的にも文化的にも大いに発展しました。特に、レギスタン広場やグーリ・アミール廟などが有名です。
 ティムールは1405年に中国遠征中に病に倒れ、カザフスタンのオトラルで亡くなりました。彼の死後、帝国は徐々に分裂しましたが、ティムールの血統は後のムガル帝国の創設者バーブルに受け継がれました。
 現代のウズベキスタンでは、ティムールは国家の象徴的英雄として広く尊敬され、記念碑や銅像が建てられています。

20240621Ps263 20240621Ps271
 何故か?このツアーでは、ウズベキスタン初の地下鉄を体験します。日本人には地下鉄は珍しくもない。しかも、2駅乗って戻ってくるんです。飛行機の時間までの時間調整なのかな?

20240621Ps273 20240621Ps274
 夕食は美味しかった〜。

20240621Ps276 20240621Ps277
 ウズベキスタン料理をベースにした創作料理でした。

 タシケントからインチョンへ飛行機は30分遅れ。インチョンでの乗り継ぎ時間は45分しかない。もう絶望的な状況だったのですが、乗り継ぐ便が同じアシアナで、10人を超えると次の便には乗り切れない。という訳で、飛行機を待たせていました。航空会社の係員から「ハリーアップ」と叫ばれ続け、走る走る。広いインチョン空港の中を全力疾走!杖を突いていた方も息を切らせて頑張る。という訳で、予定より15分遅れで成田に到着。ふ〜〜〜。

20240622AUs005
 女房は、成田空港の化粧室で手早く化粧して、身支度して、京成のスカイライナーに飛び乗って、ジャイカの会議に間に合いました。やれやれです。それにしても、トランジットが45分しかない旅程のパック旅行って凄いですよね。