「日本のマクロ経済政策〜未熟な民主政治の帰結」
熊倉正修 2019年 岩波新書
(炎天下では萎れる白粉花) 久しぶりの岩波新書。科学の事実に基づいて、近い将来、日本はハイパーインフレに陥ることを予想しています（記述には、ちょっと偏向しているところもあるけれど、それは予想の正確性とは無関係でしょう）。日本の国民の水準の低さは、そのまま政治の出鱈目さに直結していく。その通りだと思います。
日本の財政破綻に対して、米国はどう対応するのか。そこに触れられていないのが残念でした。 以下はこの本の要約と引用です。＊はＷＥＢ検索の結果です。
■ 漂流する日本のマクロ経済政策
アベノミクスを評価する声が少なくないのは、失業率が下がった（人出不足になっただけ）。日銀の異次元緩和による円安を、輸出産業の影響力が強い経団連が歓迎した。
日本の経済政策の問題点は、客観分析を軽視し世論受けるする場当たり政策を運営する。目先の政治上の軋轢が少なければ、後に問題を引き起こす政策でも実施する。それを批判しても、情報を歪曲したり隠蔽したりする。どの国においてもこうした傾向は見られるが、日本ではそれがあらゆる政策に蔓延し徹底している。
日本の経済政策の質が悪い原因は、政府や官僚、中央銀行に対して責任ある政策運営を求める仕組みが欠如していることである。例えば、政府が経済や財政の長期見通しを示すことを義務付けられていない。
過去20年間に多くの先進諸国が為替介入から卒業したのに対して、日本政府の為替政策は前近代的な状態にとどまっている。
過去の円売りドル買いの為替介入の結果、外為特会には百数兆円の公的外貨準備が累積している。外貨資産に関してリスク管理や情報公開を義務付けられておらず、いつのまにか外貨準備が投資ファンドになってしまった。外為特会自体が政府の一般会計の歳入不足を補填するための装置とまり、放漫財政を助長している。
財政が再建されるか否かを決めるのは経済成長率ではなく、政府の責任感である。日本の財政事情は絶望的に悪化している。それは日本の民主主義が未熟なためである。政治家や官僚に対して、持続的で合理的な政策運営を促す仕組が必要である。
日本がまともな国に生まれ変わることができるか否かっは、国民の意思と行動にかかっている。
■ 通貨政策〜日本はなぜ為替介入から卒業できないのか
2013年から 日銀が実施している異次元緩和も円安誘導を強く意識したものである。
１＋自国の金利＝(将来の為替レート/現在の為替レート)×(１＋外国の金利) … ��
自国の貿易財の価格＝為替レート×外国の貿易財の価格 … ��
�，蓮峩睛�裁定式」。全ての金融市場参加者の行動の前提になっている。政府がドル買い介入を行うと、右辺の値が小さくなり、米国より日本で資金を運用した方が利益が出るので、資金が米国から日本に流入する。それに伴って円買いが行われ、為替レートは戻ってしまう。日本が円売り介入を行うと、民間部門の円買いが急増する。
市中の貨幣量の変化を伴う為替介入を「不胎化されない介入」と呼ぶ。
長期的な為替レートの適正値の基準は、国際間で貿易される商品の価格が一致する水準。�△隆愀犬鯔�たす為替レートである。
日本の場合、財務省が為替政策を含む全ての通貨政策を掌握している。日銀は財務省の指示に従って通過を売買するだけである。
日本政府の特別会計として外為特会が設けられている。財務省は、外為特会から政府短期証券(ＦＢ)と呼ばれる割引債券を発行し、売却用の円資金を調達する。為券を日銀で丸ごと引き受けてもらう。
日本政府の為替介入は景気対策の性格が強い。
日本と韓国の為替介入は、輸出促進を意識したものである。日本と韓国の為替レートは不安定になる。景気を不安定化し、産業構造の調整を阻害する。
円安期や好況期には、競争力の劣る企業でも業況が改善するので、産業構造の変化が進みにくくなる。円安が続くと工業製品メーカーの事業整理や海外生産移転が停止してしまい、後に大きな反動が発生するだけである。
日本の輸出依存度は低い。工業製品の方が価格交渉力があり、為替変動の影響を凌ぎやすい筈である。日本では不採算企業や低利企業が多く虚弱なので、円安が不況に直結しやすい。競争力を失った企業を円安によって存続させるのは望ましくない。
為替レートの変化が企業の収益に直結するのは外貨建てで行われる取引。これらの取引に関する日本の貿易収支は常に赤字である。円安になると、輸出額が増える効果よりも、輸入額が増える効果の方が大きい。
日本では為替介入や外貨準備の担当者に規律を与える仕組みが無いので、どのような政策でも実施されていしまう。
1995年以降、諸外国は効果が不明瞭で副作用がある為替介入に頼らない経済運営に移行したが、日本は逆の方向に舵を切った。
黒田東彦氏は、財務官就任直後から円買い一本やりの介入を繰り返し、在任中に13.6兆円もの外貨を購入している。後に日銀総裁としての行動にも表れているように、外国の理解なしに、力で市場をねじ伏せようとする。
為替介入が行われると、政府の円負債と外貨負債がともに増加して為替リスクが増加する。
日本以外の先進国では、公的部門の情報公開が進み、政策の説明責任や財務管理に対する意識が高まり、為替介入を難しくしている。かつては、為替介入は秘密裏に行うことができた。日本では、情報を公開すると介入の効果が失われるという考えが根強い。
■ 通貨政策〜投資ファンド化が進む外国為替資金特別会計
当局が大量の外貨を抱えることは非効率な上にリスクが大きいために、欧米の先進諸国は少額の外貨準備しか保有していない。中国や韓国は日本と同様に多額の外貨準備を保有しているが、これらの国が適切な財務管理が行われていないからである。
一国の政策を網羅的に把握して財政の健全化を確保するためには、政府の全ての取引を単一の会計において記録することが望ましい。しかし日本の財政法は、一般会計から独立した特別会計の設置を認めている。
外為特会は簿価会計。外貨資産は時価ではない。
外為特会のバランスシートは無制限に膨張する。
外為特会が、一般会計の歳入不足の帳尻合わせに流用されてきた。
明らかに異常な経理が行われてきたのは、戦後の固定相場制時代に作った会計制度を改定せず、目先の都合を優先して運用してきたからである。
特別会計に関しては、公務の肥大化の原因や官僚の天下りの温床になっているという批判が絶えず、小泉純一郎内閣の下で改革が検討された。特別会計の余剰金を一般会計に吸い上げることに主眼が置かれ、制度改革には至らなかった。
外為特会が保有資産の含み損益を無視して毎年の利益を計算し、一般会計に繰り入れるために新たな借金を重ねるという、異常な仕組みに何ら制約が課されなかった。
日本の公債発行額のＧＤＰ比はどの国よりも高い。日本国債の大半は金融機関と日銀が保有している。民間金融機関の保有額は減少傾向にある。海外部門の保有高は、日本国債の格付けが低下しているにもかかわらず売買価格が高止まりしているからである。
異次元緩和以降、海外の金融機関は、日本の投資家に不利な条件でしか取引に応じなくなった。
日本から海外に富が流出してる。
為券を含む日本政府債の需給関係が崩れれば、日銀がそれを買い上げることを余儀なくされる。
外為特会の含み損は、特例法を制定して隠蔽された。
外為特会の資産は、2008年から貸付が開始された。国際協力銀行を通じて日本の海外進出企業にドル資金を貸し付けている。財界からの要請があり、増額が繰り返されている。
外貨証券の内訳を見ると、100兆を超える資金が、安全とは言えない運用が行われている。2014年に、外貨の民間業者への運用委託を開始した。
日本と韓国は、外貨準備の為替リスクを管理していない。両国は保有資産の内訳すら公表していない。外貨準備は国民の財産であるにもかかわらず。
財務省は、外貨資産の収益を再投資し続けている。恒常的に外貨買い介入を行っているのと同じ。結果、日本経済は円安という杖を突いていないと立っていられない老人のようになってしまった。
■ 金融政策〜デフレ対策という名の財政ファイナンス
黒田日銀総裁の下で異次元緩和が開始されたのが2013年。日本では、デフレが解消すればあらゆる経済問題が解決するかのような議論がまかり通ってきたが、そうした主張には根拠が無い。デフレに関心が集まり始めた頃から、物価上昇率を低めに出る手法が採用された。デフレ･トラップに陥ったという言説には根拠は無い。
物価が持続的に上昇するためには賃金の上昇が必要である。近年に日本において雇用が顕著に増加しているのは高齢者向けの医療･介護サービス業だけ。政府は医療･介護サービスの価格を抑え込み、従事する人々の給与も厳しく統制してきた。政府が価格統制を止めれば、価格は上昇する。
政府が価格統制を行い、高齢者の自己負担比率を低位に抑えているのは、高齢者の支持率が低下するからである。異次元緩和を行わなくても、価格と賃金を自由化すれば、医療･福祉分野の事業主が必要な人員を確保し、生産性を高めることができる。
異次元緩和は、要するに日銀が国債を大量に買い入れる政策である。公的債務の重圧に耐えられなくなった政府が仕掛けた政策である。政府の財政赤字と債務を日銀が肩代わりする財政ファイナンスである。
自民党は2012年の政権復帰前から中央銀行の独立性を否定していた。「日銀に国債を大量に購入させる」「それを決めるのは日銀ではなく政府だ」と宣言している。
日本の財政は破綻状態にある。それを政府は糊塗して、巨額の赤字財政を続けている。
貨幣の需要と供給のバランスを取り戻す唯一の方法は、一般物価が急激かつ十分に上昇することである。日銀が異次元緩和に乗り出した当初から、ハイパー･インフレーションを心配する声はあった。
国民も学者もマスメディアも日銀の独立性を支持しなかった以上、安倍首相のようにそれを否定することで自らの得点になると考える政治家が現われるのは当然だった。
均衡為替レートを超える円安を演出して一時的に景気が回復しても、大きな揺り戻しが発生する。異次元緩和に出口など無い。
異次元緩和は、ＥＴＦやＪ-ＲＥＩＴも継続して買い入れる。株価や地価を直接に下支えする。政府もＧＰＩＦのポートフォリオを日本国債から外貨資産にシフトさせ、株高と円安を煽ってきた。日本では、債券･株式･不動産･為替の全てが官製相場になってしまった。
「成長基盤強化を支援するための資金供給」は、政治性の強い政策金融であり、中央銀行の業務としてはアナクロである。
2019年の日銀の純資産は８兆円。長期国債の保有額は、460兆円を超えている。財務の健全性を守る意思は無い。日銀はバランスシートに巨大なリスクを貯め込みながら、一般会計の歳入不足を糊塗するための子会社になっている。
■ 財政政策
日本政府は、1975年から赤字国債を発行するようになり、債務残高はとどめなく増加してきた。
日本政府の財政運営のスローガンは「経済成長なくして財政再建無し」。
日本では総人口が減少し、住宅ストックが過剰になっている。既存の資本が効率的に利用されていない。そうした国で設備投資がＧＤＰを上回るスピードで増加すると、生産活動がますます非効率になり、設備の更新費用が膨らみ、国民の所得は減少する。
日本では他の先進諸国に比べて国民の労働時間が極端に長く、それがＧＤＰを押し上げてきた。国民が労働時間を減らせば経済成長率は低下する。それを経済停滞と見做すのは誤りである。
日本の労働生産性は低下傾向にあるが、それは他の先進諸国においてみ共通の現象である。
日本では出産･育児期のＭ字カーブが問題視されてきたが、他の年齢層ではもともと他の先進諸国に比べて就労率が高い。女性や高齢者の雇用促進によって労働力を増やす余地は大きくない。
近年の日本の労働生産性の上昇率が年率１％程度であることから、日本の持続可能な実質経済成長率は０％程度であろう。
近年の日本政府の財政赤字拡大の主因が、高齢化による社会保障関係支出の増加だったことは確かである。政治家が集票を気にして高齢者優遇政策の傾斜する「シルバー民主主義」。
将来の人口を予測することは易しい。適切な社会保障制度を設計すれば、財政赤字が膨らむ必然性はない。
「健全な財政運用には民主主義の成熟が不可欠」という仮説。日本の財政危機は、シルバー民主主義よりも、民主主義の未成熟の求める方が説得力がある。国民が政治への関心と参加を欠く国において無計画な財政運用が行わる傾向がある。［高齢化→政府債務の累積］の直接の因果関係は無い。
日本政府が増税や歳出削減を避けて公債を乱発するのは今に始まったことではない。自民党が政権党に復帰した2012年以降、その傾向は強まっている。リーマンショック後の不況の只中に下野を強いられた経験から、好景気を演出していないと自分たちの立場が危いという危機感が強まった。安倍首相は、ＰＢ黒字化を2025年度に先送りする。
国民所得統計の基準改定が行われると旧基準の統計はアップデートされなくなる。統計の改定によってＧＤＰが6.4％増加し、債務･ＧＤＰ比は12％も低下する。国民を欺いていると言わざるを得ない。
■ マクロ経済政策と民主主義
日本のマクロ経済政策は、客観分析に基づかず、持続性の無い政策が行われ、公表する情報を操作し隠蔽している。無計画な経済運営の結果、為替政策や金融政策まで総動員して財政破綻を糊塗している。
実質金利マイナスは、実質の利益を生まない企業でも資金を借り入れて操業を続けられることを意味する。
政府や日銀が国内の金融機関を統制することはできても、外国に政府や投資家を操作することはできない。海外の格付け機関による日本国債の評価はすでに投資適格ランクの下限近くまで下落している。国債の格付けは企業の社債の格付けとも連動している。日本企業の資金調達に支障が生じる。
＊日本の国債の格付けの推移
日本の政府債務（ソブリン格付け）は、主要先進７か国（G7）のうちイタリアに次いで低い２番目に位置するA1と評価されています。
ムーディーズ: Ａ１（2023年3月格下げ）
S&P: Ａ＋（2023年5月）
フィッチ: Ａ＋（2023年5月）
日本のソブリン格付けは、2000年代後半から低下傾向にあります。特に、2011年の東日本大震災とそれに続く金融緩和の影響で財政赤字と公債残高が急増し、格付け会社による懸念が高まりました。2023年3月には、ムーディーズが日本の格付けをＡ１へ１段階格下げしました。格下げの理由としては、以下の点が挙げられています。
財政赤字と公債残高の膨張
経済成長率の低迷
人口減少による将来的な財政負担の増加
政府が抱える債務と財政赤字があまりにも大きく、微調整によって解消できるようなものではなくなっている。過去の借金の返済のために増税することを国民に認めさせることは至難の業である。
過剰債務を整理する唯一の方法は、物価を一気に引き上げること。ハイパーインフレは不可欠である。それは忌避すべきことではない。
合理性や持続性を欠く政策を事前に排除する仕組みを構築し、監視する機関が必要になる。
最も重要なのは、財政の長期見通し。日本政府は長期見通しを示すことを義務付けられていない。
中立的な立場から将来の経済と財政の推計を行い、政策を審査する「独立財政機関」。ＯＥＣＤも設立を推奨している。Ｇ７の中で、独立財政機関が存在しないのは日本だけである。
日銀の幹部や政策委員会のメンバーの任命方法も再考する必要がある。情報の公開も進めなければならない。
日本の若者の政治参加意識が意識が低いことは知られている。中高年層の中でも社会の問題に関心を持つ人は減り、投票以外に政策に関与する意欲を持つ人は少ない。
日本が合理的な経済政策が行われる国に生まれ変わることは容易ではない。
自民党が2012年に発表した日本国憲法の改正草案を見ると、民主主義国家の基本単位が個人だという考えが明確に否定されている。
「日本国は、長い歴史と文化を持ち」「日本国民は、国と郷土を誇り気概を持って自らを守り」「和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」。
自民党を支持しているのは３割。無党派層が最も多い。地盤への利益誘導を続けつつ、バラマキによって都市部の浮動票を取り込もうとすれば、財政再建は遠のかざるを得ない。
朝鮮特需は日本にとって「干天の慈雨」だった。それにより太平洋戦争の責任も戦後の混乱の原因も総括されずに主権が回復し、戦争への道を邁進した人々が政治や行政の世界に返り咲いていった。その末裔にあたる人々が、個人の自立を否定する戦前社会の復活に執念を燃やしている。
■ あとがき
北欧やニュージーランドなどのガバナンス先進国は、過去に経済政策の失敗に学び、政策の骨組みを見直してきた。これらの国々はいずれも、海外との結びつきが強く、人口が少ない「解放小国」である。大きな失敗を繰り返すと国全体が転覆するという危機感があるのかも知れない。
