「児童相談所」 慎泰俊 2017年 ちくま新書
学習支援のボランティアをやっている関係で、こういうタイトルの本につい目がいってしまいます。実体を描写しているルポ。著者はＮＰＯ法人リビング･イン･ピースの活動をライフワークとしてます。何度も同じことを書いていて「くどい」という欠点はありますが、実態を知る上ではとても参考になりました。ありがとうございました。 以下はこの本の要約と引用です。＊はＷＥＢ検索の結果です。
■ はじめに
親の虐待･貧困･疾患、子供自身の非行などが理由で、一時的に保護する必要があるとみなされた子供たちは、児童相談所に併設されている一時保護所で生活します。
外出は許されず、学校にも通えない、籠の鳥のような生活。自分がどうされるのか、不安な日々を過ごします。良い一時保護所とそうでない所の格差は激しく、酷い一時保護所にいた子供達はトラウマになる場合もあります。
■ 一時保護所とはどういう場所なのか
ある都心の一時保護所は暴力が横行する場所でした。「一時保護所と児童相談所が、一番嫌な場所だった」と経験者は口を揃えます。10年前は、一時保護所にいる子供たちは非行･虞犯少年の比率が高かったのも一因でした。一部の一時保護所は、児童自立支援施設(非行･虞犯少年が暮らす施設)だったこともあり、そこでの厳しい規律を踏襲していました。
全ての子供は、自分の存在を認めくれる大人の下で育つべきです。
親の貧困･虐待･疾病等の理由で一時保護所に送られた子供たちは、その後家庭に戻せないと判断された子供は、里親･児童養護施設等(社会的養護)に措置されるか、特別養子縁組を受け、実親を離れて生活をします。
■ 一時保護所で子供たちはどう過ごしているか
多くの一時保護所での生活には、細分化された規律と日程があります。窓が５�僂靴�開きませんん。子供たちが脱走しないためです。一つ一つの仕組みが威圧的なのです。子供たちは靴下を履いて過ごします。職員はスニーカーです。子供が逃げにくいように、逃げたとしても捕まえやすいようにです。職員が部屋の外に立って監視をしています。男女が交流しないための仕組みは徹底しています。
ある一時保護所で、プリント学習にならざるを得ないのは、指導員(いわゆるケア職員)の８割が元体育教師だったからでした。腕っぷしが強く職員でないと、子供たちの集団を抑え込めないことができないからです。学業は大幅に遅れます。
誰かと愛着関係を築いていないことから起きる障害は愛着障害。第四の発達障害と言われるほど子供の成長の妨げます。やるべきことは、その子に愛情を注ぐことです。子供の利益を真剣に考えている里親や児童養護施設では、まずその子を毎日抱きしめながら眠って、三ヶ月を過ごすことから始めます。
神奈川県の中央児童相談所の所長「ここは子供を守るための場所だから、子供が逃げ出したがるのはおかしいと思います。子供が脱走するようであれば、自分たちのやり方を考え直すべきでしょう」。
子供たちが児童養護施設や里親家庭にやってきて最初に行うのが職員や里親に対する反抗です。
良い一時保護所では、福祉職採用をされた職員が過半数を占めていました。子供の権利に配慮している保護所ほど、一時保護期間が短い傾向があります。一時保護の後の行き先を入所時から議論しているからです。
■ 子供たちの生活環境
「子供たちの部屋には扉が二つあり、その両方に鍵がかかって刑務所のようでした」「何をするにも監視されているのが本当に嫌でした」保護所経験者。子供たちは閉じ込められ、明日もわからない不安な生活をしていました。外出できるのは３ヶ月に一度くらいです。
厚生労働省の指針には「子供たちが気持ちを出せるような機会を作る」と書かれているのですが、そんなことを行っている一時保護所は殆どありませんでした。
２･３人の指導員だけで小学校から高校生までの子供の学習指導をするのは不可能です。高校では、保護期間は欠席扱いとなり留年せざるを得なくなり、中退する子供が多くなります。
少なくない一時保護所では、やってきたとたんに服を含めた私物を全てとりあげられ、保護所内に置いてある服を選び、それを着ることから生活が始まりあす。携帯電話は没収。通信は遮断されます。唯一許されている通信手段は手紙、というのが殆どです。
入所率が100％を超えている保護所もあり、廊下に布団を敷いて寝ている状態になっています。
ルールを破った子供に対しては「個別対応」、別室隔離が行われます。個別対応が罰として機能し、規律を守らせる強制力となっています。
運営のされ方は、ある県では職員が教員で占められ、ある自治体では児童自立支援施設が改変された、という事情と関係しています。学校では、規律に基づいた制度があり、子供たちはそれに従うことを学びます。
養育は、規律より自由、命令より受容が重視されます。養育の視点が不足している中で子供が育つと、発想が「弱肉強食」になるようです。「道徳は強者が作る」の世界観です。
一時保護所には、非行･虐待･精神障害の３種類の子供が入ってきます。虐待を受けた子どもたちは心に傷を抱えており、ちょっとしたことでそれが爆発することがあります。こういった子供たちを一ヶ所に集めて、集団生活を維持するのは大変なことです。「普通に生活すると、トラブルが絶えない」。
職員が、子供たちがどれほどの不安と抑圧感を抱いているかを理解していません。「子供たちに温かくて美味しいご飯と、子供と向き合って話を聞くという姿勢が必要」神奈川県中央児童相談所所長。
近年においては「疑わしきは保護」の原則を掲げ一時的に保護を行い、すぐに自宅に戻るケースも増えています。にもかかわらず、保護期間は増えています。長期になりがちなのは、虐待などにより傷ついた体験が深く、里親や施設が敬遠する子供たちです。そういう子供たちが、一時保護所で長期間を過ごさないといけないのです。
多くの子供たちは何も知らされないまま突然に一時保護所に連れてこられます。子供たちのうち、半分は家庭に戻り、約４割の子供は社会的養護に入ります。日本で里親の比率が低いのは、親権が強く親の同意なしに里親委託ができないこと。難しい精神状態にある子供や、中学生以上の子供については、施設で預かった方が子供にとって望ましいでしょう。
厚生労働省では、里親、施設、グループホーム(一軒家に子供が最大６人暮らしている)の比率を１：１：１にしようとしています。
■ 児童相談所と一時保護の現状
「児相相談所や民生委員は、私の家庭を引っ掻き回すだけの疫病神」「彼らが帰った後は親に二日間殴られた」。児相は支援対象となる人を追い込んでいるかも知れないのです。
一時保護所は、地域で中心となる児童相談所に置かれています。児童相談所の職員は、常に100ほどのケ−スを抱え、ほぼ毎日残業をしています。
施設内で性加害と暴力事件を起こした子供は行き場がなく、個室に隔離され１年間閉じこもって生活をしている少年がいました。
一時保護は、地域の里親家庭や児童養護施設などに委託する方が良いでしょう（一時保護委託）。里親やファミリーホーム(６人まで預かることができる里親)を拡大していくことが重要です。
児童相談所よりも地域の人々が子供の状態を把握し、地域が児童相談機能を持つことは一つの理想です。
職権による一時保護は、結果として家庭と児相の関係を悪化させます。「何かあったらどうする」というリスク回避の警察と学校と、可能な限り家庭にいられることに賭ける児相の立場が対立することもあります。米国では、判断を第三者機関に任せています。こうしたことにより、関係機関の関係が維持されます。子供を取り上げるのが裁判所や警察であれば受け入れるものの、児相だと納得しない親は多いのです。
児相職員の家庭訪問が近隣で話題になり、家庭が地域から孤立する「風評被害」も少なくありません。子供から引き離されて、アルコール依存症になった母親もいます。実際には、児相が親を追い詰めている側面があります。
＊現在は 児童相談所による強制介入に裁判所が関わることがあります。
児童の安全が脅かされる状況や、保護者が協力しない場合などに、児童相談所は家庭裁判所に申し立てを行います。家庭裁判所は、その申立てを受けて、児童の保護が必要かどうかを判断します。
日本の実質所得は、1990年代末にピークを迎えた後に下落を続けています。相対的貧困家庭の比率は16％にもなります。一人当たりの等価可処分所得(家計の可処分所得を家計人数の平方根で割ったもの)が中央値の半分以下が貧困家庭です。深刻なのは母子家庭です。日本の貧困率は世界的に高く、一人親家庭の子供の貧困率は、OECD加盟国で最悪です。貧困率は格差が拡大すると増加します。貧困の問題は、一般の人であればできることができないころにあります。貧困率とジニ係数には明確な相関があります。
格差拡大期では、政府が子供に対してどれだけお金を割くかによって格差の程度は変わります。貧困家庭にいる人々は、日々の生活の苦しさや、先行きに対する不安など、様々なストレスに晒されます。それが児童虐待の一因となります。
虐待通報をしやすい風潮が作られた結果、もっとも深刻なケースが避けられている可能性があります。
一時保護児童の発達障害の多さには、発達障害のある子どもを育てる困難さで親が虐待してしまう、親からの虐待が発達障害の症状を誘発している、の両方の可能性があります。貧困の連鎖が痛感されます。一時保護される児童の家庭の親の４割が失業中です。犯罪歴の持ち主が１割、精神疾患保有者が３割、依存症を持つ者が１割以上。７割の親のどちらかに離婚歴があり、生活保護受給率は２割以上です。階層の固定化が深刻さを増しています。
「最近の世の中はおかしい」というのは、何時の時代も人々が口にしている言葉です。安易にこういった論調に流されるのは要注意です。一方で明らかなのは、虐待相談対応件数の急増で、児相の業務量が急増し、職員たちは激務を強いられていることです。
「ケースワーカー(児童福祉士)が、仕事をしている親に会おうとすると、仕事終わりがよる10時を過ぎることも多い」「自分たちの仕事について振り返る余裕も無く、毎日ケースを追いかけています」。とんでもないメチャクチャな親に毎日のように会っています。位置保護すると、親が児童相談所に押しかけます。動揺する素振りを見せてはいけません。「もはや神経が麻痺してきています」「休職する職員も出てきます」。「子供のためにやっていながら、子供からは憎まれる」「やっていられないと思うことがある」。鬱と診断される職員もいます。
生活保護においては、ケースワーカーあたりのケース数が国の基準として定められていますが、児相にはその基準がありません。
様々な報道の結果、児童相談所の仕事はハードで後ろ指をさされがちという印象が広がっています。
児相間の差は非常に大きい。行政組織全体に言えることですが、人々からチェックを受けない、ガバナンスが効かないことが要因です。行政組織において、人々が選ぶのは首長や議員のみ。実際に権限を持ち、実務を回している行政職員は終身雇用によって守られています。
児相悪者論は誤りです。声を挙げるのは親ばかりです。ある事業を一つの分野だけで見るようになると、組織がタコツボ化します。隠蔽体質になり、自浄作用が働きません。
社会的養護でのマッチングがうまくいかないことを「不調」といい、一時保護所にやってくる子供の3.1％がこれにあたります。一時保護を受ける子供の１割が不調になって戻ってきます。不調は子供の心に強い打撃を与えます。子供たちは、親に捨てられたと感じています。不調は、子供たちを再度打ちのめします。里親への支援を強化し、不調が起こらないような仕組み作りも必要です。
社会的養護において、里親とファミリーホームを推進すべきです。施設の存在意義は、難しい子供を経験豊かな職員のチームが受け入れることです。
■ より良い子供支援のために
日本政府の子供･家族向けの支出は、先進諸国の中で非常に低い水準です。日本の子供･家族向け支出はＧＤＰの0.7％なのに対して、高齢者向け支出は８％で国際的に一般的な水準です。
フィンランドは冷戦後に深刻な不況に苦しみ、失業率は20％に達しました。教育大臣は「教育で大切なのは機会の平等です。教育は投資です。国の競争力に関する問題です」と訴えました。瞠目すべきは、この教育改革案を、不況のさなかに満場一致で通したことです。その結果が、国際競争力の高さであり、子供の貧困率の低さです。
フィンランドの教育改革は、教師になるための要件を厳格化する、学校に自治権を持たせ自主性を高めた、教育の予算を増大した、です。勿論、人口５百万人の国と１億人の国とでは、政策施行の難易度が異なります。
良い児相の特徴は、福祉職採用の職員が多い、職員の勤続年数が長いことです。地方官公庁の公務員の職種は、一般職と福祉職があります。福祉職で採用された人々は、生活保護、保険、障害者支援、児童支援など福祉の特化した分野で仕事を続けます。
ケースをどれだけ積んできたかによって、支援の質は変わります。鳥取では、現場でケースワーカーを続けても、課長補佐までは昇給し続ける仕組みがありました。
外部監査の強化も必要です。児童相談所では、プライバシーに関する情報を扱っていて、業務内容を公開することはできません。監査が実施されても形式的なものになりがちです。
多くの都道府県では市区町村に児童相談機能がなく、都道府県に投げっぱなしです。
平塚では、学校･警察･児相･病院･民間団体が、児童支援会議を作り、協働して子供の支援にあたっています。最も重要なのは学校です。子供が家庭の次に多くの時間を過ごす場所です。
保護者も含めて守るべき対象であるという認識が必要である。子ども食堂の動きもその一つでしょう。
