「ギリシャ神話を知ってますか」 阿刀田高 1981年 新潮文庫

 読み易い本なのだけれど、ギリシャ神話以外の話が多すぎるかな。でも楽しかったよ。以下はこの本の要約と引用です。*はWEB検索の結果と私の見解です。

=ギリシャ=  =ローマ=
 ゼウス    ジュピター
 ヘラ     ジュノウ
 アフロディテ ヴィーナス
 アポロン   アポロ
 アテネ    ミネルヴァ
 エロス    キューピィドウ
 ヘルメス   メルキュリウス
 ポセイドン  ネプチュナス


■ パンドラの壺

 プロメテウスとエピメテウスは兄弟。プロは「前の」、エピは「後の」、メテウスは「考える」。プロメテウスは先験の明、エピメテウスは後知恵。

 エピメテウスが留守番をしていると、美しい女が「私はゼウスからの贈物」と門に立った。プロメテウスから「ゼウスの贈物には気をつけろ」と教えられていた。エピメテウスは、人間として最初の媾合を体験し、官能に酔いしれる。

 パンドラは、神様がくれた「開けてはいけない」壺を携えていた。パンは「全て」、ドラは「贈物」。パンドラが蓋を動かすと怪しいもの、あらゆる悪が立ち昇り飛び散った。蓋を閉じたが遅かった。残ったのはたった一つ、「希望」だけだった。それまでの地上には邪悪なものは無かった。

 二人は結婚し、娘のピュラを得た。ピュラはプロメテウスの息子デウカリオンと結婚した。デウカリオンは、人類を滅ぼす大洪水を予測し箱舟を造った。夫婦は生き残り、ギリシャ人の祖となった。ギリシャ民族の祖となったヘレンはデウカリオンとピュラの子。古代ギリシャ人をヘレネ―と総称するのはこの名に由来する。

 プロメテウスはゼウスを畏れなかった。神々から火を盗んで人間に与えた。家を建てること、気象を観測すること、数を数えること、文字を書くこと、家畜を飼うこと、船を造ること、全てプロメテウスが伝えた。

 賢くなる人間を懲らしめようとゼウスが贈ったのがパンドラだった。女が誕生するとこの世の悪が始まる。艶媚な女には毒がある。

 ゼウスは、権力の神クラトスと暴力の神ビアに命じて、知性の神プロメテウスを捕えさせ、磔にし腹に杭を通し、毎日鷲に肝臓を啄ませる。

 プロメテウスは、ゼウスに予知を教える。ゼウスが見そめる少女テティスと交わり男児が生まれると、その子はゼウス以上に全知全能の神となりゼウスを追い払う。ゼウス自身が父クロノスを天界から追い払って大神の地位に座った。

 ゼウスはヘラクレスに命じて鷲を射ち殺し、鎖から解き放つ。プロメテウスはゼウスと和解し、オリンポスの神々の助言者として平穏に暮らした。

 テティスは人間界のぺーレウスと結ばれた。アキレウスはこの二人の子供である。テティスは「その父より優秀な息子を生む」子宮を持っていた。

 ゼウスは人口問題に頭を悩ましていた。人口を減らす方法として思いついたのが戦争。テティスとぺーレウスの結婚式の招待状が、争いの神エリスにだけは届かないようにした。エリスは黄金の林檎を宴席へ投げ込む。女神が取り上げると「一番美しい女神へ」と記してある。ゼウスの妃ヘラと、知恵と芸術の女神アテネと美と愛の女神アフロディテは喧嘩を始める。判定者に選ばれたのが羊飼いの少年パリスだった。

■ トロイアのカッサンドラ

 エーゲ海のまたの名は多島海。ギリシャとトルコが対峙している。トロイアの町はエーゲ海の北域を一望できた。

 ゼウスの子孫で6代目のプリアモス王の頃によく栄えた。王妃はヘカベ。子供の数は息子50人、娘50人。娘の一人がカッサンドラ。美しく聡明な王女であった。

 プリアモス王の王子パリスが誕生するとき、預言者が「この子は父親の国を破滅させる」と宣告する。プリアモス王は生まれた子を奴隷に与える。奴隷はこの子をパリスと名づけて育てた。

 パリスの前に三人の女神、ゼウスの妻ヘレナ、知恵の女神アテネ、愛の女神アフロディテ(ビーナス)が現われ、三人の中で誰が一番美しいか訊ねた。

 ゼウスが白鳥に化けてレダに近づき(ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、コレッジオ、モローなどが名画を描いている)、生まれた子どもがヘレナ。美人のレダよりもさらに美しかった。ビーナス丘は恥毛が生い茂るふくらみ、ビーナス病は性病のこと。欧州では「愛は肉体」。

 パリスは、アフロディテに「私を選んでくれたら、地上で一番美しい女をあなたの妻にしてあげる」と囁かれ、アフロディテを選ぶ。約束は実現されず、パリスは河の神の娘オイノネを妻に迎えた。

 プリアモス王の競技会。プリアモス王の第一王子ヘクトルとパリスは闘い、パリスが勝利する。パリスはトロイアの王子として迎えられる。

 パリスは、ギリシャに略奪されサラミスの女王となっているプロアモス王の姉ヘシオネを取り戻してくるように命じられる。パリスは艦隊を率いてエーゲ海を西へ進む。

 スパルタに着くと王のメラオスは留守。留守を守っていたのは絶世の美女ヘレネ。ヘレネもパリスの美貌に魂を奪われる。パリスはヘレネを抱きしめ、スパルタの地を立ち去った。

 メネラオスもゼウスの末裔で、兄のアガメムノンがギリシャ諸国の盟主。アガメムノンを総大将とするギリシャの艦隊がエーゲ海を東に向かった。オデュッセウスやアキレウスやネストル、名だたる武将が加わった。

■ 嘆きのアンドロマケ

 アキレウスが生れた時、母親が冥府の河で産湯を使わせ息子を不死身の肉体とする。足首を持ってつけたので、足首だけは水に触れずアキレウスの弱点となった。

 親友のパトロクロスがヘクトルに討たれたと知り、アキレウスはトロイアの城壁に走る。城門の外にいたヘクトルを殺す。残酷なアキレウスは、神々の怒りにふれ、パリスに身を変えたアポロンに足首を貫かれて死ぬ。

 トロイア戦争の末路をいち早く予測したのが、プリアモスの娘カッサンドラ。彼女に予言の力を与えたのはアポロン。カッサンドラに私に抱かれたら予言の力を与える約束する。カッサンドラは服を脱ぎながら、アポロンに捨てられる姿を見て逃げ出す。アポロンは、カッサンドラの予言を誰も信じないようにした。

 カッサンドラは木馬を場内に引き入れようとしたとき反対した。予言は誰にも信じてもらえず、火の海の中でギリシャ陣に犯される自分の未来の姿を見る。

 ヘクトルの妻アンドロマケは囚われ、息子のアスチュアナクスをアキレウスの息子ピュロス(ネオプトレモス)に殺される。ピュロスは、戦利品のアンドロマケを妻とする。ピュロスの正式の妻は、ヘレネの娘ヘルミオネだった。

 オレステスの父はアガメムノン、母はクリュタイムネストラ。クリュタイムネストラは夫がトロイア遠征中に不倫をし、帰国した夫を殺す。オレステスは母を殺す。

■ 狂恋のメディア

 紀元前12〜3世紀頃、トロイア戦争より少し古い時代。ギリシャ半島の東側にイオルコスの町があった。

 アルゴー丸はボスポラス海峡を抜けて黒海に入り、コーカサスあたりまで辿り着いた。古代いギリシャ人の武勇譚という名の略奪行為。アルゴー丸遠征の物語は、こうした古代人たちの体験をまとめ上げたものだった。

 テッサリアのイオルコスでは、国王のアイソンが弟のペリアスに謀られて王位を追われた。アイソンが老齢であるため、その息子のイアソンが成人するまでペリアスが王位につくと言うのである。母親の配慮でイアソンはペリオン山中に住む神人ケイロンに預けら、秀麗な若者に成長した。

 イアソンが王宮に着き、王位を譲り受けたいと申し出た。私たちの従弟のプリクソスは、ヘルメス神から金毛の羊を貰い受け、これに跨って空を飛び、遠くコルキスの国まで渡った。そこでアイエテス王に謀殺された。金毛の羊は皮衣となった。金の羊毛皮を携えて帰国したら王位を譲ると、ペリアスは言い放った。

 羊毛皮は不眠の竜が眼を光らせて守っている。イアソンは同志を募った。竪琴の名人オルペウス、千里眼のリュンケウス、豪傑のヘラクレスもやってきた。船は名高い船大工のアルゴスが設計しアルゴー丸と名づけられた。

 三日目には女ばかりのレムノス島に到着。女たちは大歓迎。男たちは女たちと … 男色好みのヘラクレスだけが危険を察して「明朝には出発しよう」と叫んだ。

*ヘラクレスの男色
 古代ギリシャでは、男性同士の関係は否定されず、教育や友情の一環として尊重されました。ヘラクレスも、イオラオスやヒュラースが男色の逸話として知られています。
・イオラオス
 ヘラクレスの甥であり、助手でもあるイオラオス。イオラオスはヘラクレスの多くの冒険に同行し、彼を助けます。古代ギリシャでは、年上の男性の指導の下で若者との親密な関係が育まれる、教育的かつ性的な側面を持ちます。
・ヒュラース
 ヒュラースはヘラクレスの従者であり、彼と共にアルゴ船の冒険に出かけました。ヒュラースが泉で水を汲んでいると水の精たちにさらわれ、ヘラクレスは彼を探しました。
・アブデロス
 トラキアでの冒険中に出会った若者アブデロス。トラキアの王ディオメデスを倒す際に協力しましたが、ディオメデスの恐ろしい馬によって命を落としました。

 船がキオスに寄港した時に、ヒュラスを失う。船はヘラクレスを残して出帆する。ヘラクレスは野山に少年を探すが見つからず、傷心のままギリシャに帰る。

 アルゴー丸の一行は、ピテュニアでは国王のアミュコスに拳闘の勝負を挑まれ、力自慢のポリュデウケスが受けて打ち負かす。トラキアのサルミュデッソスでは女面鳥身の怪物に苦しまられる国王ピーネウスを救う。国王は、海に漂うシュンプレガデスの大岩を通り抜ける方法を教える。白い鳩を放ち、鳩が通り過ぎたのを見た一瞬に力一杯櫓を漕いで難所を通り抜けた。

 アマゾン(女人)国に立ち寄り、プリクソスの息子アルゴスに出合って一行に加える。

 コルキスの王宮に到着した時、王女のメディアは神殿の巫女を勤めるため外出しようとしているところだった。姉のカルキオペに「男が来ている」と言われ顔を出した時、エロスの矢が胸を貫いた。広間ではアイエテス王とイアソンが言い争っている。

 軍神アレスの持ち物であった牡牛が厩にいる。青銅の足を持ち、口から火を吐く。この牛に軛をつけ、アレスの聖地を耕し、竜の歯を撒くと、大勢の武者たちが土の中から湧いて出る。武者をことごとく打倒したならば、金の羊毛皮返してやろう。

 メディアは、煎じた液を体に塗ると火傷をしないというプロメテウスの草をイアソンに与える。イアソンは火を吐く牛を抑え込み、畠を耕した。大勢の武者も打倒した。メディアはイアソンが眠っている船に行き、「金の羊毛皮が吊るしてある森へ案内しましょう」。二人の吐息が闇の中で白く交わった。

 一行はメディアの案内で聖なる森へ入り、大樫の木の幹に金の羊毛皮を見た。不眠の竜は唸り声をあげていきりたつ。メディアが香りの強い薬草を取り出し、それを振りながら近づくと竜は眠り込んだ。

 アルゴー丸はコルキスを離れた。アイエテスは軍団を組織した。指揮官はメディアの弟アプシュルトス。恋する姉は、弟を手紙で死地に誘い出す。アルゴー丸は、動揺したコルキス軍の隙をついて、海へ逃れ故国に戻った。

 ペリアスは王位を譲ろうしない。メディアは、ペリアスの娘たちに薬草を投じた湯の中に老いた羊を入れ、若返るのを見せた。ペリアスは釜ゆでになり最期となる。

 むごい復讐をやったイアソンとメディアは、一時コリントスに赴いた。世論を静めるには時間がかかる。

 イアソンがコリントスの王女グラウケと親しくなり、メディアと別れようと言い出す。嫉妬に狂ったメディアは毒を塗った衣装をグラウケに贈る。コリントス王も毒に犯されて死んでしまう。

 市民の怒りが爆発。イアソンとの間にできた子供は市民に惨殺され、メディアはアテネに逃れる。既にイアソンは故国に帰って王の座に就いていた。

 メディアはアテネ王妃に納まった。テセウスがアテネに帰国した時、毒草を使って暗殺しようとしたが露見する。

■ 憂愁のペネロペイア

 オデュッセウス(ユリシーズ)は、ペロポネソス半島の西北の小島イケタの出である。少年時代、狩りで猪に襲われ膝に傷を受けた。

 知恵者のオデュッセウス。トロイア戦争でアガメムノンとアキレウスが戦利品の女の取り合いから仲たがいした時、アキレウス懐柔の使者に立った。

 木馬作戦を思いついたのもオデュッセウス。この危険な作戦に立案者自身が参加しないわけにはいかない。真っ先に飛び出して戦いの指揮をとった。

 戦いに勝ったオデュッセウスは、嵐にあい、あちこちを逍遥し、一つ眼の巨人ポリュペモスの島に上陸し、十二人の部下と一緒に捕えられ、一日二人ずつ食べられる。酒に酔った巨人に名を訊ねられると「誰でもない」。オデュッセウスはオリーブの木で槍を作り、先端を火で焼き巨人の眼を突く。巨人の仲間が駆けつけてくる。誰がやったと聞けば「誰でもない」「なんだ、誰もいないのか」と戻ってしまう。盲目の巨人が洞窟を出るのと一緒に飛び出し、船に逃れる。巨人たちが追ってくると、オデュッセウスは名乗ってしまう。ポリュペモスは父ポセイドンに「オデュッセウスに惨めを」と祈る。

 オデュッセウスは風神アイオロスの住む島に停泊。風の袋を貰う。たちまちイタケに向かう。部下の一人が袋を見つけ、口を開ける。船は他国の果てまで運ばれる。

 人食い島に流されて部下を全員失う。上半身は女、下半身は魚。素晴らしい声で歌うセイレンの住む島を通過。仲間たちは耳に蝋を詰めたが、オデュッセウスは歌を聴いてみたい。マストに体を縛って難を逃れた。

 ただ一人、美麗のニンフ、カリュプソの住む島に漂着。結婚を迫られるが「妻子がある」と断る。

 オリンポス山では神々も「そろそろ帰してやれ」。ゼウスは、カリュプソに使者ヘルメスを送る。ポセイドンは大嵐を起こすが、ニンフのレウコテアが助けてくれる。アルキノオスでは、ナウシカア王女に見染められるが断る。

 故郷の家ではペネロペイアが夫の帰りを待って20年。息子のテレマコスも成人した。美貌のペネロペイアのところには、若い貴族が大勢やってきて「妻になって欲しい」と申し込む。返事は、父ラエルテスの死衣装が縫い終わるまで待て。

 父が生きているという噂を聞いたテレマコスが探すと、かつての下男、豚界のエウマイオスの小屋で対面。オデュッセウスは乞食同然の姿で家を訪れる。乳母のエウリュクレイアは、足の傷で主人の帰還に気づいた。

 求婚者たちは、ペネロペイアの返答を待っていた。オデュッセウスの弓が取り出され、「この弓を引き得た人のところへ」と言う。オデュッセウスがこれを引き、たちまち客人たちを討ち殺した。

■ 貞淑なアルクメネ

 アルクメネ(アルクメース)は、アムピトリュオン(アンフィトリオン)の妻。ゼウスがこの人妻に横恋慕。従者のヘルメスを呼んでやり方を迫る。アムピトリュオンに身を変えて臥所に忍び込む。生まれたのがヘラクレス。ギリシャ神話の常識では、神の不貞は許されるべきものだった。

 ヘルメスの杖には二匹の蛇が巻きつき、上端に二枚の羽が開いている。一橋大学の校章になっている。ヘルメスは、商業の神であり、泥棒の守護神。

 ゼウスはアルクメネが孕んだのを知り、「この次に生まれるペルセウスの子孫が、ペルセウス一族の支配者となる」と宣告した。

 ペルセウスは怪物メドゥサを倒し、アンドロメダ王女を助けた英雄。アルクメネがペルセウスの孫娘だった。

 ゼウスの浮気に腹を立てていたヘラは、ヘラクルスの誕生を7日遅らせ、同じ血筋のエウリュステウスを先に誕生させた。エウリュステウスは、卑劣で愚かで臆病。エウリュステウス王は、ヘラクレスに命じる。ネメアの獅子退治。九つの頭を持つ水蛇ヒュドラ退治。黄金の角を持つ牝鹿ケリュネイアの生け捕り。エリュマントスの猪の生け捕り。三千頭の牛の小屋を一日で掃除する。青銅の翼と爪を持つ怪鳥を不思議な鳴子で退治したり、クレタの猛牛を捕えたり、人間を食う牝馬を捕えたり、女人族(アマゾン)の村を征服したり、三つの胴・三つの頭・六本の腕・六本の足の巨人ゲリュオンから牛を奪ったり。夜の娘たちヘスペリスが魔性の竜と一緒に守っている黄金の林檎を奪った。地獄まで行って冥府の番犬ケルベロスを生け捕りにした。ヘラクルスは自由の身となり、不死の資質を与えられ、その後も冒険を重ねる。そして、オイネウス王の娘ディアネイラを妻に迎えた。

 ディアネイラは、大河を渡す半人半馬のネッソスに凌辱されそうになったとき、矢をつがえてネッソスの背を射抜いた。ネッソスは己の血を「ご主人の愛を繋ぎとめる妙薬」と言う。

 ヘラクレスはかつて結婚を申し込んだ娘イオレの父の城を攻め、イオレを捕虜として手中に収めた。ディアネイラは、かの血を夫の下着に塗った。それは毒薬だった。ヘラクレスは帰らぬ人となり、ディアネイラは自害した。

 ヘラクレスの死後、エウリュステウス王はヘラクルス一族を滅ぼそうとするが敗れる。アルクメネは、エウリュステウスを許さなかった。

*ヘラクレスの出自
 ヘラクレス(Hercules)は、ゼウスと人間の女性アルクメネの子供。アルクメネはミュケーナイの王女。アンフィトリュオン将軍の妻。
 ヘラクレスには人間の父アンフィトリュオンから生まれた異父兄弟のイピクレスがいます。

■ 恋はエロスの戯れ

 キュプロス王のキニュラスは、姿をあらわさずに夜伽をしたいという女の申し出を受ける。女の歓びを知らぬ体は、愛のひたむきさだけが支配していた。

 ピュグマリオン王が、象牙の女体に恋をして祈り、生身として妻に娶る。キニュラスは、このピュグマリオンの孫。キニュラスには、ミュルラ(スミュルナ)という美しい娘がいた。

 キニュラス王の臥所に忍び込んできたのはミュルラだった。ミュルラは、アラビアの南サバの地に辿り着いた。ミュルラは没薬の木となった。

 男子が誕生すると、泉のニンフたちが駆け寄って草のしとねに寝かせた。母なる樹は没薬の樹液で我が子アドニスを洗った。

 聖書では、キリスト生誕の折、東方の三博士がもたらした贈物の中に没薬が含まれている。防腐剤は貴重だった。ミイラの語源もこのミュルラから来ているという説もある。

 美少年アドニスに目を留めたのはアフロディテ。その時、息子のエロスの持つハート形の金矢が彼女の乳房を傷つけた。

 アドニスは手負いの猪の牙に突き刺された。アフロディテは白鳥の車駕にまたがり天空を旅していたが、冥界の王のところへ行き「生き返らせて」と頼むが、命は戻らない。アドニスの地の滲んだ大地から芽が萌え、風(アメモス)の花「アネモネ」が咲いた。アフロディテの涙は薔薇となった。アドニスの前に猪を送ったのは、狩猟の女神アルテミスだと言う。

 アポロンはエロスの弓をからかった。金の矢に当たった者は恋焦がれ、鉛の矢に当たった者はどう愛されても好きになれない。アポロンに金の矢を、河の神ペーネイオスの娘の白い乳房の下に鉛の矢を当てた。

 アポロンはダフネの散策の道筋に待ち伏せる。アポロンは「私はデルポイの主、竪琴の名手、ニンフの心をとろかす歌声、病から人々を救う」と言い寄る。ダフネは父に助けを求め、ダフネは月桂樹に変わった。アポロンはアポロンの枝を輪にして冠とした。「戦場や競技場で勲しを立てた者の頭を飾ろう」と告げた。

■ オイディプスの血

 テーバイはアテネの北方、西には地峡を距ててコリントスがあった。国王ライオスは、「男児が父親を殺す」という神託を得ていた。王は酒に酔って妻イオカテスと交わり、男児が誕生した。その子オイディプスを山中に捨てさせるが、家臣は出会った牧人に委ねた。幼児はコリントス王ポリュボスの宮殿に運ばれ、王の実子として育てられる。

 オイディプスがアポロンの神託を求めると、「故郷に帰ってはならぬ、父を殺し、母を娶るであろう」と告げられる。オイディプスは故郷とは反対のテーバイに行く。途中で馬車に乗った老人と会う。言い争いになり老人(ライオス)を谷底へ突き落す。

 テーバイに入ったオイディプスは、顔は女、胴体はライオン、鳥の翼を持つ怪獣スピンクス(エジプトのスフィンクスと姿が少し違う)の問い「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、それは何か」に答えて退治する。

 オイディプスは、テーバイの国王に迎えられ、王妃イオカテスを娶る。二人の息子ポリュネイケスとエテオクレス、二人の娘アンティゴネとイスメネが生れた。

 「先王を殺した者を追放せよ」の神意。オイディプスは自らの罪を知る。両眼を潰し放浪の旅に出たオイディプスに同行したのはアンティゴネだった。

 弟のクレオンが摂政を勤め、やがてポリュネイケスとエテオクレスが1年おきに国を治めることにした。しかし弟は兄を国外に追放する。ポリュネイケス西のアルゴスに逃れ、王の娘と結ばれた。王に頼んで軍を組織し、テーバイに攻め込んだ。弟と兄は殺し合って絶命した。

 支配者となったクレオンは、ポリュネイケスを葬ってはならぬと命じる。アンティゴネは死骸に土をかけ捕えられる。彼女は、クレオンの息子エモンの許婚者でもあった。アンティゴネは生きたまま墓場に埋められてしまう。エモンは自害し、クレオンの妻も自殺する。

■ 闇のエウリュディケ

 オルペウス竪琴の名手、巧みな歌い手でもあった。木の妖精エウリュディケと結婚した。婚礼の最中、エウリュディケは毒蛇に足を嚙まれて死んでしまう。オルペウスは黄泉の国に行き、冥府の王に哀願してエウリュディケを返してもらう。「太陽の光を仰ぐ時まで妻の方へ振り返ってはならぬ」の掟を告げた。オルペウスが振り向くと、エウリュディケは悲しげな表情。姿は薄くなり、地の底へ落ちていく。

 歌声に惹かれて娘やニンフが言い寄るが、オルペウスはつれなかった。トラキアの女たちは、ディオニソスの祭りの夜に酔った勢いで、石を投げつけた。オルペウスは倒れ、魂は冥府への道を下った。

 ギリシャ神話の黄泉の国。タイナロンの岬の洞窟から地下に入り、五つの川を渡ったあたりが死者の国。冥府の門口には猛犬ケルベロス。頭は三つ、尾は蛇、首筋には何匹もの蛇、口からは火を吐く。地獄の一番奥深いところはタルタロス。シシュポスはゼウスの秘事を暴いてここに送られた。永遠に山に大きな岩石を押し上げなければならない。

 ハデスはゼウスの弟、地底の国を統治している。ゼウスは農耕の女神デメテルに産ませたペルセポネをハデスの妻にしようとする。ハデスはペルセポネを略奪した。デメテルは娘を探した。太陽神のヘリオスが真相を教えてくれた。デメテルは悲嘆にくれ大凶作に。使者のヘルメスを地下に送って、ペルセポネをいったん母のもとへ帰すよう説得した。

 デメテルとペルセポネは1年のうち2/3を母娘で過ごし、地上には花が咲く。ペルセポネが地下へ帰ると季節は冬となる。

■ アリアドネの糸

 アテネとクレタが戦いクレタが勝った、ミノス王の娘アリアドネは、人質の王子アテネの王子テセウスに一目惚れ。古代の恋愛は一目惚れから始まる。

 アテネ市は毎年、人身御供の少女7人と少年を7人を送ることになった。クレタ島には迷宮(ラビュリントス)があり、牛頭人身のミノタウロスが住む。少年少女の肉が大好きだった。怪物を閉じ込める複雑な回廊の城塞を設計したのは、クレタ島の発明王ダイダロス。

 ミノタウロスの退治を名乗り出たのがテセウスだった。王女は夜陰に紛れてダイダロスを訪ね「秘密の通路」を訊ねるが思い出せない。糸玉を持って入れと助言。王女はテセウスに教える。

 怪物を殺したテセウスは、王女と船で逃げた。エーゲ海の島、ディオニソス神の住むナクソス(バッコス)に立ち寄る。

 それぞれの民族がそれぞれに酒と収穫の神を持っていた。それらの伝承をまとめた。ディオニソスは、ゼウスの息子とされる。

 ディオニソスは、アリアドネの衣装を剥ぎ取り凌辱する。「女を置いていけば守護神になる」とダイダロスにもちかける。

 テセウスはアリアドネを置いてナクソス島を出航。テセウスは父のアテネアイゲウス王に「無事に帰ったら白い帆を掲げる」と言い残した。アリアドネを思って帆を取り換えるのを忘れた。老王は絶望し、断崖から身を投げる。テセウスはアテネの王となった。

 テセウスの出自は明らかではない。アテネ王のアイゲウスの子とされるが、海神ポセイドンの息子かもしれない。

 クレタ王の怒りを買ったダイダロスとその息子は、迷宮に幽閉されてしまう。二人は鳥の翼を作り空へ逃れた。イカロスは太陽に近づき蝋が解けて海に落ちた。

 アーサー・エヴァンスがクレタ島を発掘し、複雑な回廊を持つクノッソスの宮殿を発掘した。

■ 星空とアンドロメダ

 ゼウス    木星
 ヘルメス   水星
 アフロディテ 金星
 アレス    火星
 クロノス   土星(ゼウスやポセイドンの父)

*クロノス
・農耕の神
 クロノスは、大地の女神ガイアと天空の神ウラノスの息子。オリュンポス十二神が登場する前の神々=ティーターン族の長。ティーターン族は巨人です。
 クロノスは、父ウラノスを倒し、宇宙の支配者となります。自分の子供を恐れて次々に飲み込んでしまう。息子ゼウスに裏切られ、タルタロス(深淵)に閉じ込められてしまいます。
・時間の神
 クロノスは、過去から未来へと続く時の「永遠」の流れを象徴しています。「時」を表す言葉には「カイロス」もあります。カイロスは「瞬間」「機会」を意味します。
 父を倒し、子を飲み込む世代交代や権力闘争の象徴。

 スパルタの北方にアルゴス国があった。王はアクリシオス、その娘がダナエ。アクリシオスは「娘の子によって殺される」の神託を受ける。娘を青銅の塔に閉じ込める。美少女を見染めたゼウスは黄金の雨となって降り注いだ。ダナエの膝に流れ込み交わる。英雄ペレセウスが生れる。ダナエとペルセウスは木箱に詰められて海に流される。

 セリポス島に流され助けられる。セリポス島の王ポリュデクテスは、美しいダナンを口説く。ペルセウスは「ゴルゴンの首を持ってくる」と口を滑らせる。ゴルゴンは海の果てに住む三人の怪女。醜悪な面差しは、見るものを石に代えてしまう。

 口に出した言葉は実行しなければならないが、勇者の掟。英雄であるためには、際立った冒険を試みなければならない。

 ゼウスの子供は神々の庇護がある。ヘルメスが、ペルセウスに「隠れ帽子」と「飛行靴」と「首を斬る鎌」を貸してくれた。女神アテネが道案内をし、ニンフのナイアデスが首を入れる丈夫な袋を用意した。

 ゴルゴンの居所を知っているのは、グライアイという三人の老妖女。目は三人で一個だけ、歯も三人で一つだけ。眼と歯を貸し合って暮らしていた。ペルセウスはゴルゴンの住処を聞き出す。

 ステンノ、エウリュアレ、メドゥサの三人のゴルゴン。頭髪は蛇、猪の牙を突き出し、背中には黄金の翼を持っている。不死身でないのはメデゥサだけ。アテネは「鏡代わりに」と盾を持たせてくれた。

 ペルセウスが大海を渡って死の国の洞窟に辿り着いた時、ゴルゴンたちは眠っていた。隠れ帽子で身を隠し、盾を持ってメドゥサの首を切り落とし、ニンフのくれた袋に隠し、魔境を逃れた。

 ペルセウスは、帰り道のエティオピアの海岸で、裸で岩に鎖に繋がれた美姫アンドロメダの姿を見る。

 アンドロメダは、ケペウス王とカッシオペア妃の娘。「海神ネーレウスの五十人の美しい娘たち(ネーレイデス)の中にも私くらいの美女はいない」と器量自慢。祖父のポセイドンに頼んで津波を襲わせ、怪獣に蹂躙させた。王は、「娘のアンドロメダを怪獣の人身御供に出す」という神託を受ける。

 ペルセウスはケペウス王の館に行き承諾を受け、怪獣にメドゥサの首を突きつけた。アンドロメダを助けて妻としたペルセウスは、セリポス島に帰る。ポリュデクテスはダナンに恋情を抱き続けている。ダナンは祭壇に逃げ込む。当時の風習として祭壇には兵を進められない。そこへペルセウスが返ってくる。メデゥサの首でポリュデクテスも兵士たちも石に変える。ペルセウスは、アテネにメデゥサの首を奉った。アテネは自分の盾のアクセサリィにした。

 ペルセウスがアルゴスに戻ると、祖父のアクリシオスは国を捨てて逃亡。祖父を探しに行ったペルセウスが、旅の途中の競技場でたまたま投げた円盤が見物の老人=アクリシオス王に当たる。

■ 古代のぬくもり

 ギリシャ神話の主要な部分は先史時代に作られていた。紀元前三千年頃から、地中海のクレタ島を中心ににして、クレタ文明が繫栄し、ギリシャ本土にも影響を与えた。北方からアカイア人が侵入してきて、ミケネー文化を創る。紀元前千年頃にドリス人が南下してギリシャを征服する。こうした諸民族の混合の中から生成発展淘汰された伝説群が、ギリシャ神話である。

 紀元前八世紀のヘシオドスが書いた「神統記」、ホメロスの「イリアス物語」「オデッセイア物語」、古代ギリシャの三大悲劇「アイスキュロス」「ソフォクレス」「エウリピデス」などを中心に、「多分古い時代はこんな風だったろう」と推定された物語群がギリシャ神話。

・オリンポスの神々の伝説

 初めに混沌(カオス)があった。胸の広い女神ガイア(大地)が生れた。魂を和らげるエロス(愛)が誕生した。カオスから、エレボス(闇)とニュクス(夜)が生じ、この二つからアイテル(天井の光)とヘメラ(地上の光|昼)とが生れた。ガイアからウラノス(天空)とポントス(海)
が生れた。ガイアはウラノスと交わってティタン族という五人の男神と六人の女神を産み、クロノスを産んだ。

 クロノスは世界の支配権を得た。「自分の子どもによって権力を奪われる」と知らされ、妻のレアとの間の子、ヘスティア、デメテル、ヘラ、ハデス、ポセイドンを腹の中に飲み込んだ。母親のレアはゼウスを身籠った。クレタ島に行ってこっそり生み、石の赤ん坊を作ってクロノスに飲み込ませた。

 ゼウスは成長し、薬草の力でクロノスが飲み込んだ兄弟たちを吐き出させた。ゼウスたちはオリンポスの山にたてこもり、父のクロノスはティタンたちとテッサリアの山に陣を張った。争いは十年間続いた。ゼウス軍が大地の神ガイアの助力を得て父を滅ぼす。

 くじ引きにより、ゼウスが地上を、ポセイドンが海を、ハデスが冥府を担当する。女神のヘスティアは竈と火を司る神、デメテルは収穫の神、ヘラはゼウスの妻となった。ゼウスとヘラの間に火山と鍛冶の神ヘパイストスと軍神アレスが生れた。

 ゼウスはレトと関係して、太陽神にして芸術と医術を司るアポロンと、狩猟と出産の女神アルテミス。マイア、メティス、デオネと交わって、ヘルメス、アテネ、アフロディテを作った。ヘルメスはゼウスの秘書役で、商業と交通を担当。アテネは知恵と芸術の女神。アフロディテは美と愛の女神。

 オリンポスの十二神とは、ゼウスの兄弟姉妹と息子と娘たち。別格として酒の神ディオニソス。

 浮気者のゼウスにやきもち焼のヘラ。ゼウスはあちこちで女に手を出し子供を作る。ヘラは生まれた子供たちに罰を加える。

・アルゴー丸遠征の伝説

 イオルコスの王子イアソンが金の羊毛皮を探しに行く冒険譚。

・英雄ヘラクレスの伝説

 十二の冒険譚が軸。これらの冒険譚は、古代のそれぞれの民族が持っていた英雄譚を統合したものだろう。

・テーバイの伝説

 オイディプスが生れ、統治し、追われた国がテーバイ。オイディプスの娘アンティゴネの物語も含まれる。

・トロイア戦争の伝説

 ホメロスが歌い、ハインリッヒ・シュリーマンが掘った。シュリーマンは、はじめは自分の信念を頑な信じて行動し、発掘の途中からは専門家の意見に耳を傾けた。彼はその成功から生まれる富には興味を示さなかった。トロイとクレタの発掘は、ギリシャ先住民族の歴史を明らかにした。

■ 解説

 ギリシャに由来する言葉。美しい声の魔女セイレンに由来するサイレン、地名から来たスパルタ教育、レスボス島に由来するレスビアン(レズ)。

 現代ギリシャ語と古代ギリシャ語は別の言語。人間も大きな隔たりがある。

 古代ギリシャ人は、人間の本能・能力・衝動をありのまま受け入れ、「人間は万物の尺度」(プロタゴラス)は、古代ギリシャの人間観を要約している。彼らの神人同一型の宗教もそこに由来する。

 神ゼウスは北方から下ってきた男神。各地の天空神を吸収して最高神となる。生まれた土地もあちこちにあるし、性格や機能も複雑。都市などは神々の子に祖を求めたから、ゼウスには子供が非常に多い。

 ギリシャ神話は人間臭い。世界を創造したのも混沌から。神々は男女の交わりから生まれる。ギリシャ神話の神々は聖性に乏しい。

*ギリシャの民族交代
 北からやって来た武人が、男は殺し、女は犯した。男根は一つ、子宮は多数。チンギス・ハーンのような、多くの女に精液を流し込んで膨大な数の子孫を残した精力盛んな男がいたのでしょう。

*チンギス・ハーンのY染色体
 世界で1600万人がチンギス・ハーンのY染色体を持つ。アジアだけでなく、ヨーロッパにも広がっている。