「もの忘れの脳科学」 苧坂滿里子 2014年 ブルーバックス
ワーキングメモリに関する本。研究者が、自身の専門分化した研究領域について、一般向けに解説しています。ですが、細分化された知識の紹介にとどまっていて、統合された知恵が無い ← この分野では無理!という意見もありますが。一般向けに分かりやすく知識をまとめる力量もやや不足・・・。一般の関心を惹こうと「物忘れ」をタイトルに掲げたのはいいが、その「もの忘れ」についての核心には触れていない。ブルーバックスにしては、ちょっとレベルが低いかな? とは言え、ワーキングメモリについて多くの知見が得られました。ありがとうございました。 以下はこの本の要約と引用です。
■ もの忘れとワーキングメモリ
「もの忘れ」は特別注意を払うことがない、日常の場面で起こる。
会話をするときには、相手が話した内容をしばらくの間だけ覚えておかねばならない。活性化状態におかれた情報は、必要がなくなれば消去され、新たな情報が活性化される。
ワーキングメモリは、情報を活性化状態において臨時に維持する仕組である。
■ 短期記憶とワーキングメモリ
短期記憶は、「リハーサル」が行われない場合には、20秒間に90%が忘却される。
ワーキングメモリの機能構造。音韻ループと視覚スケッチパッド。音韻ループは、音韻リハーサルと音韻ストアから成る。視覚スケッチパッドは、視覚表象(イメージ)を用いて保持する。空間の保持に関連するインナースクライブと、視覚象を保持する貯蔵庫=視覚キャッシュから成る。中央実行系は、記憶しなければならない情報に注意を向ける。処理と保持を調整するなどを行う。音韻ループも視覚スケッチパッドも容量は4項目(アイテム)程度。
エピソード・バッファーは、長期記憶を検索し参照する。情報を統合し、統合した内容を保持する。
■ ワーキングメモリを測る
ワーキングメモリの容量は、必要な情報を活性化し保持する限界。短期記憶のように絶えずリハーサルを繰り返すのではなく、必要な間だけ活性化しておく。
リーディングスパンテスト(LST)は、文を読むことと文中の単語を保持するという、処理と記憶の二重課題。文章を読む時には、理解するために必要な内容を、いつでも参照できるように保持する必要がある。
LSTの評価値は読解力と高い相関を示すが、短期記憶とは相関しない。保持と処理を並行-連続して行うことで、「文脈」が形成される。単語を保持する短期記憶とは異なる。低得点の人たちは、単語の再認成績は高かった。低得点群は、内容の理解とは関わりない文章や単語などをそのまま記憶していた。
中央実行系は、注意の焦点化、注意の分配、課題から課題への注意の更新、長期記憶からの情報の参照を行う。
空間課題のテスト結果は、空間処理能力と関連する。
中央実行系の注意の制御(何に注意を向けるか)が、スパンテストの個人差になると考えられてきた。
課題とは関係ないことを記憶しないように、注意を抑制する機能。文章の理解が低い人は、うまく注意を抑制できない。必要に応じた記憶の更新が困難である。
単語の意味をイメージに置き換えたり、意味に関連性を持たせたり、一連の単語をイメージの中で結びつけたり。高得点群は、LSTの遂行中にこれらのことを行う。また、どのような方略を利用すれば効率が良いか、自己モニタリングしている。
■ ワーキングメモリとその脳内機構
脳の表面には「溝」があり、溝と溝の間は「回」と呼ばれる隆起がある。
音韻ストアの神経基盤は、縁上回周辺。左半球で強い。視覚スケッチパッドは、記憶条件では知覚条件より、右半球の前頭葉を中心に広範囲な部位が活動する。中央実行系の機能は、前頭前野を中心として維持されている。特に、前部帯状回(ACC)の強い活動が見られる。
中央実行系の機能は、前頭前野の中でも背側領域(DLPFC)と腹側領域(VLPFC)のどちらの活動が強いかで異なる。VLPFCは、保持すべき内容をリハーサルにより保持する音韻ループとして機能している。DLPFCは、方略の調整など中央実行系による制御と関わっている。
DLPFCとACCは、頭頂領域や視床や脳幹の基底核などの領域とともに、注意制御システムを支えている。ACCは、必要でない対象への注意を抑制する機能を担っている。
計算課題や空間課題のスパンタスクでは、DLPFCが強く活動する。二重課題では、DLPFCとACCのネットワークの活動が高まる。DLPFCは注意を向け、ACCが調整する。
後部頭頂皮質(SPL)、DLPFC、ACCのネットワークが中央実行系の脳内表現となり、高次認知機能を維持する。
動物のワーキングメモリー。表象として保持する領域は、前頭前野の外側領域にある。位置情報に関係するニューロンは、前頭前野の背外側部の主構領域。対象の形の情報に関与するのは腹外側部の下膨隆部に密集している。空間位置に関する情報は一次視覚野から頭頂連合野に至る背側経路により前頭前野に伝達され、対象の情報は一次視覚野から下側頭連合野に至る腹側経路を経て伝達される。
■ 加齢とワーキングメモリ
加齢による脳の構造変化については、前頭前野の萎縮が顕著である。海馬、小脳、尾状核の縮小も認められる。コリン作用性神経伝達物質やドーパミンの放出も低下する。
ワーキングメモリの中でも実行系機能の低下が顕著である。課題にかかわる情報の保持が難しくなり、妨害により容易に影響を受ける。高齢者は注意制御が低下し、先に記憶した内容が後に記憶する内容に干渉して、新しく記憶することを困難にする。
高齢者は短期記憶は維持されるが、ワーキングメモリの機能が低下する。必要な情報に焦点をあて、不必要な情報を抑制することができない。適切な方略が使用できず、全文を再生するエラーが増える。
高齢者の脳では、上頭頂小葉(SPL)が強く働く。高齢者では、左半球のみならず、右半球にも活動が認められる。ACCの活動低下を補っている。
■ ワーキングメモリの発達
小学校の入学年齢で、ワーキングメモリの基礎が形成されている。文章を読んで理解し、記憶することができる。10歳になると、スパン得点が急上昇する。
3年生では言葉の流暢性とスパン得点の相関が高かったが、6年生では抽象理解との相関が高くなる。3年生ではリハーサルを効果的に使用でき、言葉の流暢性にも影響を与える。高学年になると、より高次な言語の理解に関与する。
聴いた情報を一時的に憶えて繰り返し再生する働きは、4歳までに発達する。4歳の幼児でも、聴いた内容をそのまま報告するのは難しくない。注意制御は必要ない。幼児は、その表象を形成するのは困難。制御機能は、5歳前後に獲得される。
音韻ループの発達は、語彙の獲得に影響している。意味の理解や表象の形成を伴わない可能性がある。
4歳児は他社の心を推測することは難しく、6歳児で可能になる。6歳児では、心象の形成と維持が可能となる。
幼児期のワーキングメモリの形成は、神経細胞の「刈り込み」が背景にある。脳の神経細胞の密度がピークになるのは4歳。刈り込みが思春期まで続く。特に10歳前後の急速な刈り込みにより神経細胞の数は減少する。刈り込みにより、神経回路が形成される。
■ ワーキングメモリを強化する
目標行動を行うためには、目標を達成するまで記憶する。行動と記憶の二重構造である。
会話や読書は二重課題の典型。心の中にイメージとして描くことも有効。音韻ループは左半球、視覚スケッチパッドは右半球。描くことにより、一つの対象に目を向けさせる。
■ ワーキングメモリと情動
ワーキングメモリも情動の影響を受ける。ポジティブな単語はより多く記憶される。ポジティブな文章のテストは得点が高い。
脳幹の黒質はドーパミンの放出を制御している。黒質の活性化が、前頭領域のワーキングメモリの働きを高める。
■ おわりに
会話は、音声や表情、多くの情報の統合を必要としている。