「第五 折々のうた」 大岡信 1986年 岩波新書

 折々のうたをもう一冊見かけました。勉強になります。以下は気に入った詩句などを引用しました。中には、短歌の「上の句」のみ引用したものもあります。悪しからず!


■ 春の歌

少年貧時のかなしみは烙印のごとき 坪野哲久
 ― 上の句だけ引用させて頂きました。
 幸福な思い出は大方細部を忘れてしまう。忘れることのできる時間をこそ、幸福な時間と呼ぶのであろう。

世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし  業平
散ればこそいとど桜はめでたけれうき世になにか久しかるべき よみびと知らず

■ 夏のうた

濁りたる川に花首揉まれいく 生方たつゑ
 ― 上の句だけ引用させて頂きました。

切られたる夢はまことか蚤の跡 榎本其角

来山は生まれた咎で死ぬるなりそれで恨みも何もかもなし 小西来山

子の蚊帳に妻ゐて妻もうすみどり 福永耕二

思いきやありて忘れぬおのが身を君がかたみになさむものとは 和泉式部
 あなたの愛を隅々まで刻み込んだ我が身、これだけは忘れることがのないものだけが、今はあなたの形見だとは。

行水の捨所なき虫の声 上島鬼貫

料理人客になる日は口が過ぎ 排風柳多留

世の中にまじらぬとにはあらねどもひとり遊びぞ我はまされる 良寛

なにとなく君に待たるるここちして 与謝野晶子
 ― 上の句だけ引用させて頂きました。

菊人形たましいのなき匂いかな 渡辺水巴

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲 佐々木信綱

■ 冬のうた

ルノアルの女に毛糸編ませたし 阿波野青畝

水枕ガバリと寒い海がある 西東三鬼

天に在らば比翼の鳥となり、
地に在らば連理の枝とならん 白居易「長恨歌」

咳をしても一人 尾崎放哉