「アジアのビジネスモデル − 新たな世界標準」
村山宏 2021年 日経文庫

 とても勉強になりました。日本感覚とは違うので … だからこそ、教えられることが多い本でした。ありがとうございます。 以下はこの本の要約と引用です。


■ アジア企業の実力

 世界の付加価値の3割以上がアジアで生み出されている。時価総額のランキングで、テンセントとアリババがトップ10にランクイン。TSMCが11位。トヨタは32位に留まった。

■ 受託生産

 台湾の受託生産企業。

・ファウンドリー 〜 TSMC

 半導体業界は、設計と生産を分離することが当たり前となった。

・EMS(電子機器の受託製造サービス) 〜 フォックスコン

 EMSの利益は少ない。低い利益率を大規模化でカバーする。

・ODM(相手先ブランドによる設計・生産) 〜 クァンタ

 米国IT企業のハード機器進出を支えている。

■ アジアのファブレス

・ブランド化 〜 エイサー

 エイサーは製造部門を切り離し、工場を持たないファブレス企業に転身した。ファブレス化はリストラ策だった。体力を伴わない企業が資金を分散すれば全ての事業が中途半端になる。

 後に経営危機に陥った日本の家電・電機メーカーも生産設備を手放し、持たざる経営に移行した。

・マーケティング重視 〜 シャミオ(中国)

 中国には工場を持たずに創業できる環境が整っていた。

 シャミオは、ユーザーとネットを通じてOSを改良していった。スマホ本体は、ネットで予約販売した。ファンとの交流会=ユーザーをプロモーションに利用するバイラルメーカティングでブランドの評価を拡散させた。

・半導体設計 〜 メディアテック(台湾)

 台湾にTSMCやUMCのファウンドリービジネスが生まれた。

 様々な半導体を一つのチップにまとめる=システム・オン・チップ(SoC)。集約されたチップセットを使えば、よりコンパクトな電子機器を作れる。スマホが電話から録音、撮影、ゲームまでできるようになった。

 ファーウェイ、オッポ、シャミオなどがメディアテックのチップセットを採用した。

 半導体は、他社が開発した回路情報(IPコア)を利用する。IPコア開発企業は、英国アームや米国シノプシス。

 チップセットを開発したら、TSMCなどのファウンドリーに生産してもらう。格安のスマホが完成した。

 パソコンでは米国IT企業の受託生産企業に甘んじた。しかし、スマホはこの構造を変えた。OSはAndroid。アジア企業がチップセットを設計し、生産する。分業体制が構築された。

 電子機器の分業は水平なのか垂直なのか判然としない。そのような定義づけはビジネスの現場では重要ではない。

■ 垂直統合 〜 シナジーを生み出す自前主義の復活

・サムスン電子の垂直統合

 不況時に巨額の設備投資を行って、好況時に巨大な生産能力でライバルを振り落とす。

 水平分業では、独立した企業の調整に時間がかかる。垂直統合は、ファストフォロワー(速やかに追いかける)を可能にする。

 垂直統合の欠点は、先例踏襲の官僚主義。分社化などを採用する企業も多いが、セクショナリズムを増幅させる。重複投資も多くなる。

 垂直統合では、部門ごとにそれぞれの目標を目指し、コスト意識が欠落しがち。部門ごとのコストが目に見える形で表れない。

 サムスンは、グループの情報を収集し、オーナーが判断を下した。

 垂直統合の企業では、製品開発の情報が[企画 → 設計 → 製造 → 販売]と順送りに伝えられ、時間がかかる。製品開発に関わる全ての情報をデジタル化し一元管理した。他部門からの連絡を待たずに同時に動きだせる。

 垂直統合では全体の利益を見ずに細部の設計や技術に拘る。マーケティング要員が開発段階から介入し、技術者の自己満足を防いだ。

 製造プロセスの改革で短期間での多品種少量生産が可能になった。新興国の好みの違い合わせて商品を投入した。

 インドでは家庭の冷蔵庫に鍵をつけた。携帯電話の着信音を大きくした。

 リーマンショック後に先進国市場が不振となった。サムスンは新興国で凌ぎ、米国の景気拡大期に一気に飛躍した。

 サムスン電子の地域専門家制度。国内で3ヶ月間、派遣先の語学を習得する。派遣先に6ヶ月〜1年間、韓国人社会と隔離された状態で滞在し、文化と生活を学ばせる。サムスンは、リーマンショック以降、アフリカや南米でもシェアを拡大した。

 垂直統合は、売れなければ巨大な生産設備の操業が停止する。とにかく、売らなければならない。

 シャープは鴻海の傘下になり早々に赤字から脱却した。余分なコストを省いて製品を売れば自前主義でも生存は可能なのだ。

 米国アップルは、2020年からパソコンのCPUを自社設計の半導体に切り替え始めた。独自のCPUでスマホなどと連携しやすくなる。

 サムスンやシャープの事例から、自前主義の長短を冷静に判断すべきだろう。

・サプライチェーン型垂直統合 〜 BYD

 BYDは2018年、リチウム電池の新工場を稼働した。世界のリチウムの1/3が青海省に埋蔵されていると言われている。リチウム電池の材料となる炭酸リチウムの生産も始めた。経営が行き詰った中国の自動車メーカーを買収し、電気自動車の生産を始めた。

 ビジネスチャンスがあれば、川上・川中・川下の各企業が独自に動いて事業を拡大する。グループ経営は、垂直統合と水平分業を融合していく。

・垂直統合と水平分業の収斂 〜 TCL科技集団

 多くの川中企業が成長とともに垂直統合に引き寄せられる。販売力が弱ければ、受託生産も魅力。

 TCL(中国)は垂直統合の発展から、水平分業の受託生産が出てきた。

 ホンハイはシャープを傘下に加えて、液晶パネルのリーディングカンパニーになるとともに、ブランドを手に入れた。ホンハイは、ソニーブランドのテレビの受託生産をしながら、シャープブランドのテレビを一貫生産している。

 事業ユニットごとに会社が独立させて、垂直分業と水平分業を併存させている。受託生産の発注先に安心感を与えるためには、垂直統合生産と水平分業生産の間に壁を築かねばならない。

 サムスンもファウンドリー(半導体の受託生産)事業は単独ユニットとした。

 ゆるやかにグループ企業が結びつき、垂直統合にも水平分業にも対応する。事業の柔軟性と開発期間の短さ。水平か垂直かは問題ではない。

■ 地方から都市へ、新興国から先進国へ

・地方展開 〜 ファーウェイ

 アフリカの通信インフラの7割はファーウェイ。優良企業が参入しない農村や新興国を開拓する。規模、技術、品質が向上したところで、先進国市場に参入する。

 中国は自国が新興国だった。ファーウェイの営業員は農村で自国の鍛えられ、新興国のビジネス環境にも対応できた。先進国出身者には真似できなかった。

・セカンドブランド 〜 オッポ(中国)

 インドではサムスン電子のスマホがトップシェアだった。シャオミが格安のホンミを投入した。

 新興国市場への浸透には廉価製品が必要。ブランド価値を保つためにセカンドブランドを立てる。

 中国企業は、セカンドブランド、サードブランドを持つ企業が急増している。多品種生産のノウハウを持っていなければ生産コストがかさむ。共食いも起きる。

・イスラム金融 〜 メイバンク・イスラミック(マレーシア)

 イスラム教徒は全世界で18憶人以上。2000年以降、教義に基づいた生き方が志向される。金融では利息が禁止されている。食品でもハラル認証が必要になる。

 ペルシャ湾岸のオイルマネーと東南アジアの経済成長が結びつく。メイバンク・イスラミックはその橋渡しに商機を見出した。

 転売、使用料金、配当の全てが禁じられているわけではない。戒律で許される金融取引と商行為で、利息と同様の利益を得られる仕組みを開発した。

 新興国にはモスレムが多い。市場開拓にはイスラム教適合型のビジネスモデルの構築が求められる。

■ ボトムとトップ 〜 所得階層別マーケティング

・低所得層マーケティングの難しさ 〜 タタ自動車

 新興国の低所得層向けビジネス(BOP)。タタは、低所得層をめがけてナノを開発したが失敗に終わった。格安の超小型車「ナノ」は、豊かさを求める消費者の好みに合わず低迷した。

 格安だったが、それでも年間所得が1000ドルに満たない層にとっては高すぎた。中間層にとっては魅力のないものだった。

 スズキは中間層になりたての人々の心をつかみ、インドでシャア5割を維持してきた。

 人口のボリュームゾーンと商品を購入できるボリュームゾーンは異なる。BOPビジネスは低所得者のニーズと人口規模を分析し、それに見合った製品の質と量の投入が求められる。

 上位低所得者層は中間層の求める商品に憧れ、下位中間層は上位中間層が求める商品を欲しがる。

 BOPビジネスでは、低所得層の手に届く販路の開発も必要。

 ヒンドゥスタン・ユニリーバのビジネスモデルの核心は販売手法。農村にはスーパーもドラッグストアも無い。電気も通じておらず、テレビも見られない。スマホも普及していなかった。シャクティ・アマ(活力のある女性)を組織した。農村に代理店を設置するよりコストがかからない。貧困に苦しむ農村の女性に仕事を与える効果もあり、政府の協力も得られた。農村に販路ができれば、様々な商品を売ることもできた。

・マイクロファイナンス 〜 グラミン銀行(バングラディッシュ)

 マイクロファイナンスはBOPビジネスとセットになって世界に広まった。インドでユニリーバが成功したのもマイクロファイナンスがあったからだ。

 低コストで資金を調達できなければマイクロファイナンスは成り立たない。

 マイクロファイナンスは、社会問題の解決策。ビジネスとは言えなかった。ITの発達によりビジネスに変化しようとしている。ネットで資金を調達し、小口の貸し出しができるようになった。

 P2Pによる融資は英国で始まり、米国へと広まったが、新興国で普及した。新興国の農村には金融機関が無い。低所得層は金融とは無縁だった。新興国政府は貧困対策鵜としてIT企業による金融包摂を後押ししている。

 アジアのビジネスモデルとして健全に発展できるかどうかは、もう少し様子を見る必要がある。

・富裕層ビジネス 〜 シャングリラ・ホテル(香港)

 2019年のクレディ・スイスの調査によると、100万ドル以上の資産持つ成人は4700万人。世界人口の0.9%が、資産の43.9%を保有している。

 富裕層を狙ったTOPビジネスは、新興国でこそ成立しやすい。東南アジアの富裕層は華人が多い。

 タタ自動車は、2008年にフォードからジャガー・ランドローバーを買収した。

 マレーシアのIHHヘルスケアは、シンガポールで1日の料金が180万円以上の病室もある病院を経営する。

 日本は中間層がボリュームゾーンだった。低所得層向けも富裕層向けのビジネスも苦手。かつての米国も分厚い中間層に支えられていた。

 日本以外の企業は所得階層に関してはドライだ。格差を与えられた条件として受け入れている。

 韓国LG電子の、貴族/文化/運動の3つのアプローチ。貴族マーケティングでは、一流ホテルのロビーやスィートルームに最高級のテレビを無償で提供した。文化(中間層)マーケティングでは、文化活動をする人々が集う場所にテレビを提供した。運動(低所得層)マーケティングでは、貧困から脱出しよとする子供たちに自社商標入りのサッカーボールを寄付した。

■ 先進国と新興国を橋渡し

・フォロワー・ビジネス 〜 CPグループ(タイ)

 CPはタイ最大の華人企業。7-11の「サラダチキン」はCPグループが日本に輸出している。ファミレスやファストフードでも使われている。7-11をタイに導入した。中国に進出し、飼料・養鶏・食肉加工を展開。スーパーなど流通業でも大手の一角を占める。

 CVSは、一人当りGDPが3000ドルに達すると需要が高まると言われる。

 先進国からノウハウを導入し、成功したノウハウで新興国に進出する。導入と進出を活用したのは、タイ・韓国・台湾などの高開発の新興国。企業は、ロッテグループや台湾の統一グループなど。

・所得階層構造変化のリスク 〜 現代自動車グループ

 家電やオートバイは、一人当たりGDPが1000ドルに近づくと売れると言われている。スーパーマーケットのような小売形態も歓迎されるようになる。

 所得水準の上昇とともに、支持されなくなる商品もある。スーパーは一人当たりGDPが3000ドルを超えたあたりから勢いを失う。オートバイも5000ドルあたりで自動車に切り替わる。

 事業の拡大は容易だが、撤退の決定は下しにくい。CPもロッテも2000年代の中国でスーパーで成功したが、2010年代に店舗が閉店に追い込まれた。各社ともリストラが遅れた。

・アジアからの逆上陸 〜 ジョルダーノ(香港)

 SPAはギャップが言い出した造語。製造小売業と訳される。ファストファッションの実現にはSPAの業態が適している。

 ジョルダーノは、1970年代に衣料縫製に工場経営に進出し、ブランドショップを展開した。ファーストリテイリングの柳井正会長は、ジョルダーノのビジネスモデルを参考にした。

 米国がビジネスモデルを拓き、日本が導入し、韓国・台湾などが取り入れ、中国と東南アジアが続く。1980年代に入りと、このモデルが必ずしも通用しなくなる。

 ジョルダーノのジミー・ライ氏はジョルダーノの株を売却。メディア産業に進出した。1995年にアップルデイリーを創刊し、中国政府と対立し、2020年に収監された。

 1990年頃からアジア企業に先を越される事例が増えている。1989年に台湾にオープンした誠品書店。ゆったりしたスペース。フロア内で軽食も楽しめる。

■ リープフロッグ(蛙跳び) 〜 新興国が先進国を跳び越す

・アウトソーシング 〜 インフォシス(インド)

 インターネットを使って24時間、世界中の顧客にIT関連サービスを提供する「グローバル・デリバリー・モデル(GDM)」。

 ITソフトやシステムの業界では遠く離れた海外地域へのアウトソーシングをオフショアリングと呼んでいる。

 インフォシスは、「オンサイト-オフシェア」モデルへと移行。顧客企業に派遣されたIT技術者が必要なソフトウェアなどを確認し、開発はインドで行う。

 GDMは、地球上の最適な地域を組み合わせて作業を進めるやり方。製造業で発達した世界最適調達に似ている。

 インドのIT企業は、事業をまるごと代行する「ビジネス・アウトソーシング・プロセス(BOP)」にも乗り出した。

 ITはパソコンとネットがあれば地球上のどこからでも参入できる。産業が未成熟な段階でも、ITビジネスならばゼロからでもスタートできる。先進国から新興国に波及するわけではなくなった。

・モバイル決裁 〜 アリペイ

 中国のアリペイは、アリババグループの金融子会社アントグループが提供する電子決済サービス。個人の信用調査のサービスを始め、分割払いや無担保ローンを提供している。銀行振込・口座引落・クレジットカードなどを使わずに決済ができる。モバイル決裁により財布を持ち歩く必要が無くなった。テンセントのウィーチャットペイもモバイル決裁で猛追している。

 アリババは、AIを使った仕入・物流管理・無人配送を導入し、無人CVSや自動運転にも事業を広げている。

 アリババはB2Bの商品情報サイトとして1999年に誕生した。

 アリババのサイトで買手が商品を購入する場合、買手はアリババの口座に代金を振込む。入金を確認するとアリババは売手に通知し、売手は商品を発送する。商品を受取ると、買手は商品に瑕疵が無いことを連絡すると、アリババが売手に振込む。

 買手は資金をアリババの口座に留めるようになった。アリババはこの仕組みを、自社サイト以外の決済にも使えるようにした。モバイル決済ではリアル店舗での決済もできる。

 アリババが電子商取引で成功できたのは、米国の技術とビジネスモデルを中国に合わせたからだ。幸運に恵まれただけではない。

・メッセンジャーアプリ 〜 LINE

 韓国のネイバーの関連会社、NHN JAPAN は2011年にLINEをリリースした。

 メッセンジャーアプリはチャットアプリ、トークアプリとも呼ばれる。英語圏ではWhatsAPP、中国ではウィーチャット。

 日本側では韓国資本の支援を受けて日本人が開発したと主張しているが、韓国側では基本の仕組みは韓国から日本に移植されたという見方をしている。LINEは2021年にヤフージャパンを運営するソフトバンクグループと経営統合した。ネイバーとソフトバンク。日韓にまたがる巨大ネットワークサービス企業となった。

 iPhoneが発売されたのが2007年。スマホ普及の波に乗れず、日本は出遅れた。韓国や中国の日本跳び越えを許した。

 日本の携帯事業は世界の先端を走っていた。普及した旧技術が新技術の普及を阻害した。中国では携帯もPCも普及しておらず、1台目の情報端末がスマホだった。

 自動車でも日本はハイブリッドで先行した。電気自動車(EV)の市場投入が遅れた。

■ ウィナー・テイクス・オール 〜 独占

・独占企業 〜 現代自動車グループ

 産業の育成には国内の独占企業を容認する方が有利だという見方がある。グローバル化した経済社会では巨大企業が世界規模で競争を繰り広げている。

 2020年の韓国、現代と起亜を合わせるとシェア7割だった。1998年に起亜自動車を傘下に収めた。国際競争力強化のための企業統合と認められた。現代は輸出攻勢に打って出た。韓国内の市場は190万台。海外市場の獲得に経営資源を集中した。

 自動車の部品や車台を共通化し、製品開発にかかるコストを削減する。4そのためには、400万台以上生産しなければならないと言われた。

 アジア通貨危機後に韓国では家電・電機業界の集約も進んだ。サムスンとLGグループが統合した。

 米国も1990年代からは、巨大企業を容認する。国際競争力を維持するためだ。

 日本の政府主導の産業再編は失敗に終わった。

・分割再集約 〜 中国中車

 中国は政府機関や国営企業を、複数に分轄し企業化した。

 中国政府が主導し、二大鉄道車両メーカーが合併して中国中車集団が成立した。競争力が無くなった企業がいくつ集まっても結果は望めない。分割企業家の失敗だった。

 中国政府の企業集約は供給過剰を解消する。価格低下で投資回収ができなくなることを回避する。

 政府が企業を成長に向けて集約する。自由競争の勝者が巨大化する。どちらがいいかは主観に委ねられる。

・スーパーアプリ 〜 テンセント

 一つでなんでもできるアプリを「スーパーアプリ」と呼ぶ。

 テンセントのウィーチャットは、中国人の共通プラットフォームになっている。ウィーチャットペイ、ゲーム、動画を揃える。

 テンセントは、米国同様にエコシステムを拡大。各社はテンセントの生態系に組入れられ、ユーザー維持獲得の道具になっている。

 テンセントが得意とするゲーム分野では、米国スーパーセルを傘下に納めた。世界中のコンテンツを集めている。

 2017年に「人民日報」がテンセントを若者をゲーム中毒に陥れていると批判。2020年に独占禁止法の運用強化を決定。アリババとテンセントを独占法違反で摘発した。巨大化したテンセントとアリババの影響力が共産党を超えることへの危機感がある。

 政府はどこまで巨大IT企業の独占を許すべきなのか。各国政府が抱える問題だ。

■ 国家資本主義

 市場経済と国家主義を融合させる試みは、新興国で繰り返されてきた。

 成功例はシンガポール。政府資金で企業を興し、株式会社化する。政府と政府系企業の橋渡し役は投資会社のテマセク。シンガポール財務省が株式の100%を保有する。「テマセク」はシンガポールの古い呼び名。

 テマセクは企業に株主利益を増やすように求める。政府系企業は予算の獲得に血眼になり、利益を無視した経営に陥る。企業の利潤は、税収を補うこともできる。

 テマセクが過半数の株を握っているのは、航空・通信・電力・情報・防衛など安全保障に関わる企業。

 シンガポールは優秀な子供を選別し、エリート教育を施す。エリートは、政府官僚となり、テマセク傘下の企業に出向する。企業で成果を挙げ、政府に戻って国家戦略を練る。

 シンガポールは法治主義の徹底で腐敗を防いできた。

 中国はテマセクモデルを模倣する。資本市場による監視と厳格な法治主義がなければ成り立たない。形だけのテマセクモデルが氾濫した。

・優良事業部門の民営化

 赤字の国有企業の資金調達の手段として始まった株式市場。北京上海高速鉄道もその一つ。頻繁に企業を合併したり分轄したりする。中国石油化工集団は収益性の高い部門のみを株式会社化した。

 利権を守ろうとする既得権益集団は、会社の利益を目的としない。

 外部の者にはうかがい知れない複雑な政府との関係がある。

・産業育成ファンド

 中国の半導体受託生産大手のSMIC。半導体産業の育成に取り組んでいる。2019年の半導体自給率は15.7%。2020年に米国がTSMCにファーウェイへの半導体供給を禁止すると、ファーウェイは困窮した。

 半導体産業は巨額の設備投資が不可欠。政府支援がなければ育成できない。台湾でも同様だった。

 新興国政府が自国産業を支援し、先進国の企業が競争劣位に陥る。韓国は半導体生産を支援するために電力料金を低く設定。電力公社の赤字は政府の補助金で補填される。中国は外国のネット企業の進出を規制する。

 日本は欧米からの批判を受け、産業育成を控えた。その間に韓国・台湾・中国が追い抜いた。米国ですら半導体産業に巨額の補助金を投じている。

 国家資本主義が望ましいか否かを論じる以前の問題。日本企業は政府支援を受けた有力企業と競わなければならない。

■ 不断のM&A

 インドネシアの華人財閥、リッポーグループの創業者モイフタル・リアディ。銀行を中心とするコングロマリットだったが、アジア金融危機後に銀行業務から撤退し、不動産開発業として再生した。

 事業がどんどん変わり、何をしているのかつかみにくいが、利益を上げ続ける。華人企業は、事業の将来性も見抜く目を持ち、決断が早い。拙速でもやってみる。商機は待ってくれない。利益が出なければ、祖業でも中核事業でも切り捨てる。

 華人企業はM&Aを利用する。M&Aが事業拡大とリストラの王道。オーナー企業だからビジネスの風を読んですぐに行動に移せる。

 フィリピンの最大財閥のサンミゲル・コーポレーションは、遅れたインフラ整備に取り組む。インドネシアのリッポーは、100万年メイカルタを建設している。サンミゲルはマニラに巨大空港を建設する。

 日本では預貯金が増えるばかりで投資しない。

 株主や従業員の立場では、ソフトバンクは望ましくないが、成長を基準にすれば孫氏の積極投資は一考に値する。

・キャッシュフロー経営

 香港の複合企業の長江グループ(CKハチソン・ホールディングス)は、キャッシュフローを重視する。他の華人財閥はキャッシュフローが赤字になっても事業を進める。長江グループは、常に豊富なキャッシュフローを手にしている。

 SKハチソンは、欧州で通信事業を買収してきた。ガス・水道などの公益産業は景気が落ち込んでも一定の現金収入がある。公益性を考慮して政府が規制を設ける場合も多く、新規参入の障壁が高くなる。

 長江グループは現金収入を減らしそうな事業の処分は速い。

 事業の現金収入を予測し、投資を決めるのは米国流。経験に頼らず計算し、M&Aを繰り返す。

 長江グループの李氏投資企業のホライゾンズ・ベンチャーズを設立。未上場のフェイスブックに投資した。投資家としては大胆。ZOOMの株を8.5%保有し、李氏の資産の1/3をを占める。