「ソーシャルブレインズ入門」 藤井直敬 2010年 講談社現代新書
「社会脳」に関する本。この本、スルーしてました。時間ができたので読むことにしました。でも … ちょっとばかりがっかり。でもまあ、新しい分野なので、良しとしましょうよ (-"-) 以下はこの本の要約と引用です。
■ はじめに
「社会脳」は、脳が社会に直面したときにいかにふるまうか、よいう意思決定の仕組みです。
■ ソーシャルブレインズとは
ソーシャルブレインズは、たくさんの脳が集まって社会を作っている、その脳機能を表します。
大脳皮質には「カラム構造」と呼ばれる円柱(カラム)状の機能単位があります。カラムの中には、神経細胞が詰まっていて、六層のネットワーク構造を作っています。大脳皮質全体にわたって六層のネットワーク構造を持ちます。隣り合ったカラムは似かよった性質を持ちます。カラムは、必要に応じて異なる機能を持つようになったと考えられます。
個々のカラムを高度化するより、カラムを増やす方が、様々な状況に対応でき、組織としてロバスト(頑健)です。カラムを増やすために、皮質の層状構造を保ちつつ、皺を作って横方向に表面積が拡張されました。
ブロードマンの脳地図。脳を52野に分けました。脳の断面を見ると、ある部位には第六層が殆ど無いとか、第四層が厚いとか、様々な特徴が見られます。ブロードマンの分類は、機能にもとづいたものではなく、組織学的な分類です。
情報を伝え合う経路を、トレーサーという標識物質を注入し、道筋を可視化して伝達経路を辿ります。
fMRI(機能的磁気共鳴断層撮影)や電気生理学的手法などにより、神経科学は、モジュールごとの機能を明らかにしてきました。
社会適応能力は、個人が大人になるに従って獲得していく個別能力です。
文脈依存な現象の記述が科学は苦手です。
これまでの神経科学は、再現可能性を追求するために、人口制御された環境での研究を行ってきました。環境制御に邪魔なのは他者の存在です。
環境要素を除くことで実験の精度は上がっても、普遍性は失われます。
私たちの行動の評価は、相手が私たちの振舞いをどのように感じるかに依存します。
社会的な影響を与える他人や環境などの条件は、各個人がそれぞれ独自に持っているものです。社会と呼ばれる構造は、それを見る人の視点の数と同じだけあります。それぞれの人が持っている無数の社会が重なり合って、社会ができています。
他社とのつながりを欠いた人を「哲学的ゾンビ」と言います。主観的な内的状態を持たない人を想定しています。
「社会的ゾンビ」は、他者と自分との関係性に応じて、自分の行動を調整することはありません。
他社との関りによる影響で、行動の自由度が狭まります。
他人の評価、風評、ブランドは、考える努力を軽くしてくれます。メルセデスにお金を払えば、考えること、説明することの手間が省けます。
選択の自由は、脳が支払う認知コストと隣り合わせです。
ほとんどの日常生活は自動で行われています。ほとんど何も考えていません。自動化された処理で日常のほとんどは埋まっています。脳は認知コストをかけないために、」日常繰り返して行うルーチンを自動処理しています。
脳は、認知コストバランスと社会制約の両方からの制約を受けることで、自由度を減らしています。エネルギー効率という点で言えば、制約に従う生き方は脳のリソースを使わない生き方だからです。制約は創造性を奪う反面、イペレーションコストを下げています。
人と人の繋がりのソシオグラムには、ハブと呼ばれる顔の広い人がいて、社会ができあがっています。こういうハブを持つネットワークの性質を「スケールフリー性」と呼びます。
インターネットは、ネットワークのどこかが破壊されても迂回路を通じて情報伝達が可能な頑健性を目指して構築された、米軍ネットワークARPANETをベースにしています。ハブは欠かすことができません。
脳のネットワーク構造も、スケールフリー性を持つと考えられています。
脳の領域間にはハブとして、多くの領域から入力を受けて処理をし情報を伝える領域があります。基底核は、大脳皮質の広汎な領域から入力を受け、いくつかの皮質下領域を通じ情報処理を行い情報を皮質に返します。
ネットワークの構成要素(ノード)が異なる性質を持っていても、ネットワークを記述する視点から見るなら、ネットワーク構造のみで記述することが可能かもしれません。
脳の多くの領域から同時に脳活動を記録する方法、膨大なデータを解析するコンピュータも簡単に手に入るようになりました。
■ これまでのソーシャルブレインズ研究
これまでのソーシャルブレインズ研究は顔や表情やしぐさの視覚認知機能と、心の問題や他者との関係性欲求などの高次な社会情報処理の二つの流れがあろます。
人が顔の写真を見たときの目の動き。目と口と鼻を中心に視点を動かします。特に目に向けられる回数は多く、顔の認知機能は、目と顔に分かれているのかも知れません。
側頭葉は高次の視覚中枢。顔認知機能も点在しています(6つの顔領域)。
高次な認知機能の障害は、その感覚機能そのものが脳の中から存在しなくなることが多く、本人にはその機能が欠損したことが判らない(病識が無い)場合もまれではありません。
話をするとき、相手の目を見て話をします。目を合わせるのは一種の競合。目下の人が先に目線を外すことで両者の上下関係が確定します。相手の目の動きから情報を読み解きます。目の使い方によって様々な駆け引きが可能です。
上側頭溝は、人の目の動きに敏感に反応します。この部位が障害を受けると、他人の視線の動きを理解できなくなります。相手の顔は見えていて、病識はありません。
何かの対象に他者と注意を共有する共同注視は、他者と情報を共有する方法です。
偏桃体障害による恐怖失認状態。恐怖表現を認知できない理由は、相手の目を見ないからかも知れません。私たちは見開いた目を見て、相手が怖がっていると認識しています。
感情を表現するフォーマットがあります。世界中のフォーマットは同じでも、その表現の強度に関しては文化的な相違があるようです。
ミラーニューロンは、ジャコモ・リゾラッティによって1990年代に発見されました。他人が手を動かすのを見ただけで、自分の手を動かすような神経活動が観察されました。自分の運動を制御するF5の神経細胞が、他者の運動にも反応しました。F5はブローカー野の近くにあります。
ミラーニューロンは、他者の行動の目的に応じて反応する … 他者の行動意図を理解した反応だと、リゾラッティは主張しました。「心の理論」は、感情を他者と共有(共感)します。
他者の模倣を主体としや行動療法によって、自閉症が改善する臨床例が報告されています。
ミラーニューロンは、前注意で=自動で意図の推察をすると言われています。人のミラーニューロンは明確に実証されていません。猿のF5に存在するミラーニューロンの数も多くはありません。
しぐさを認知するのと、意図を理解するのは別の認知機能だと思われます。高次機能の殆どは、複数の脳領域のネットワークの中で動的に実現されると考えられます。
バイオロジカルモーションの認知。人の体表に小さな灯りをつけて、どのように見えるかを調べます。動き始めると、生物がそこにいるという感覚があります。人の動きを記録して、それをロボットで再現させると違和感を感じます。
自分と他者の違い、人の身体感覚には、「曖昧さ」や「間違い」が発生します。マネキンの腕を自分の体だと感じてしまう実験があります。仮想空間でも異なる自己身体像を獲得できます。スキーを履いたり、工具を持つと、それらを身体の一部のように感じます。身体イメージが拡張します。
自己と他者の境界は曖昧です。自己と他者を区別するのは、身体感覚と視覚刺激のタイミングが同期しているかどうかです。
この同期生=「間」は、コミュニケーションに影響を与えます。赤ちゃんとお母さんのコミュニケーションが成立するのは、時間の流れが同期しているからです。
リアルタイムの情報伝達には、文字化した時には抜け落ちてしまう、同時性に依拠した何らかの時系列情報が含まれているようです。
頭頂葉には身体イメージが統合的に表現され、ボディマップとして描かれています。この部位の神経細胞は、道具を使うことで身体イメージが拡張します。自分の身体から離れた空間すらも、自分の身体の一部として表象できます。
相手の身体の動きも、拡張された身体イメージとして表象されます。頭頂葉が、他者を自分の身体のように反応しています。相対する他者との関係に応じて、社会空間が構築されていると考えられます。
■ 社会と脳の関わり
行動規範を改変する。力の行使は危険を伴います。その危険を超える利益がなければ力を振るいません。行動規範を更新するコストは小さくはありません。
認知コストをかけることなく、最適な社会環境を維持することが、社会脳の第一原理でしょう。脳は構造的に保守的です。
脳内のエネルギー供給は潤沢ではありません。認知コストを削減したいという圧力は、人の保守性を説明します。
蟻などの社会性昆虫でも複雑な規則を持っています。人の規則は創発的で、適応側面が強いものになっています。
規則は行動を抑制する環境条件。脳内の意思決定は、可能性を絞り込む過程です。
社会の規則も、個人の脳がそれを受け入れ支えることで成り立っています。規則は、選択肢の幅を狭めてくれます。それに従っている限り、社会的な排除を受けることはありません。
環境文脈の変化による世論形成。2001年9月11日のテロ後のヒステリー状態。アラブ系住民への差別をメディアが正当化し、アフガニスタン侵攻にも、イラク侵攻にも疑問を口にすることが憚られました。
第一次世界大戦末期の1917年、英国によって行われた米国内で行われたメディア操作。たった一ヶ月で、米国世論は参戦に舵を切りました。
1960年代に行われたイェール大学のスタンレー・ミルグラムが行った「ミルグラム実験」。多くの被検者は、命令に従って最大電圧の450ボルトまでボタンを押し続けました。権威は判断を麻痺させ、倫理観を阻害しました。権威が与える責任放棄と思考停止は、誰にでも何時でも起こり得ます。問題を考えることがコスト的に無意味であるならば、人は思考を停止します。
1971年にスタンフォード大学のフィリップ・ジンバルトによって行われた「スタンフォード監獄実験」。看守役は看守らしく、囚人役は囚人らしく振舞うようになり、看守による囚人への暴力が日常化しました。実験の中止に対して看守役から強い講義があったことは、看守役が異常な状態であったことを示しています。
権威への依存によって発生する責任意識の喪失は、人の中に絶対的な倫理観が存在しないことを示しています。
■ ソーシャルブレインズの研究
脳内の神経細胞ネットワークから領域間ネットワーク、個体間ネットワーク、社会というネットワーク。ソーシャルブレインズには階層性があります。
ダイヤモンドの性質を作っているのは、炭素原子同士が繋がっている構造です。
ソーシャルブレインズを理解するキーワードは「関係性」です。ネットワーク構成要素間がどのように連絡しているか。その関係性全体を指して「関係構造」と呼びます。この関係構造は、行動選択の規則になります。
人と人の関係の総体が関係構造です。その関係構造が示す社会規則に従って、私たちは行動を選択しています。
関係構造は揺れ動き、一つの出来事をきっかけに崩壊することもあります。
多次元生体情報記録手法は、個体の計測可能な生体情報を同時に記録し、環境情報も同時に記録します。脳の神経活動情報、モーションキャプチャーを用いた身体の空間位置情報、撮影されたビデオ、猿の眼球位置情報、瞳瞳孔、視野画像、筋電図、呼吸、心拍。頭部を固定することなく記録できます。神経活動情報は、ECoGという脳の表面に置くシート状の電極を使います。てんかん患者の外科治療の術前検査のために用いられるものです。電極の周囲にある神経細胞集団の振舞いを反映した局所電位情報(皮質脳波)を記録します。
ブレインマシンインターフェイス研究では、手の位置情報をロボットアームに伝えると、思っただけでロボットアームを自在に動かせます。
ECoG電極は、長期安定性を持ち、脳活動をいつでも同じように記録できます。
神経細胞だけでなく、グリア細胞、ホルモン、神経伝達物質、イオン濃度の影響も注目されています。
関係構造の変化に対応して行動を選択する適応行動の仕組みを知ることが、ソーシャルブレインズ研究です。
■ ソーシャルブレインズ研究は人を幸せにするか
脳科学が個人を直接幸せにすることはできません。
宝くじに当たった人の追跡調査によれば、多くの人が破綻しています。
オキシトシンは、子育て行動に重要な役割を果たしています。
ルネ・スピッツの実験によれば、コミュニケーションの量によって乳児の死亡率が影響を受けます。乳児の生存に必要なのは、関係性欲求の充足です。
「人が人に与える、母子関係に源をもつような無条件な存在肯定」をリスペクトと呼びます。リスペクトが個人の幸せの根幹にあります。
リスペクトは、一方通行。男女間の愛とは異なります。愛の前提条件としてリスペクトは必須でしょう。
他者がリスペクトを示してくれたら、その人に割かなければならない認知コストは減ります。リスペクトが作る好意的な社会文脈は、認知コストを下げ、コミュニケーション基盤として重要です。
リスペクトが無い場合には、相手の利益優先で物事が進みます。
社会規則は、リスペクトを前提としない経済優先型の行動戦略の社会的リスクを和らげます。
リスペクトのない社会は、人々の心を荒廃させます。余裕のない人は他者へのリスペクトが少ないようです。