坪内稔典「季語集」と、角川学芸出版の「俳句歳時記」。二つの歳時記から「春」に載っている俳句の中で気に入ったものを拾ってみました。
外(と)にも出よ触るるばかりに春の月 中村汀女
春風や闘志いだきて丘に立つ 高浜虚子
水温む鯨が海を選んだ日 土肥あき子
朝寝して犬に啼かるる幾たびも 臼田亜浪
彼岸会の墓に文句のありったけ 林紀之介
亡き人の湯飲みと春の大空と 岩田由美
下着干す妻の鼻唄風光る 多田道太郎
笹船のほどけ流るる春の川 内山ギン
てのひらにかぞへて花の種を蒔く 長田 等
父がまず走ってみたり風車 矢島渚男
恋知りし少女の吹けるしゃぼん玉 尾花都北子
校庭に兎のあそぶ春休み 九尾三鶏
紅き糸通せしままに針供養 田口紅子
春の夢すこしぼかして妻に言ふ 後藤静一
新妻の頃のにほひす雛まつり 三島晩蝉
仕る手に笛もなし古雛 松本たかし
雛の間に通されて言い出せぬこと 東條未央
土不踏ゆたかに涅槃し給えり 川端茅舎
恋猫の皿舐めてすぐ鳴きにゆく 加藤楸邨
子雀の中の一つが親雀 竹田青江
天鵞絨(ビロード)のごとき夜が来る沈丁花 戸川稲村
曲り来て不意の明るさ山つつじ 八田八重子
藤ゆたか幹の蛇身を隠しゐて 鍵和田秞子
山葵(わさび)圃の水直角に直角に 小林洸人