「現代俳句の鑑賞101」 長谷川櫂 2001年 新書館

 五十嵐播水から五島高資まで、現代俳句人101人の俳句と鑑賞。俳句村の村民にしか理解不能な難解な句が多いのに驚きます。爺婆俳句と抽象俳句は完全に別のものですね。 以下は特に印象に残った句とです。*印はWEB検索結果です。

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 死のうかと囁かれしは蛍の夜 鈴木真砂女

 はるかまで旅してゐたり昼寝覚 森 澄雄

 夫婦老いどちらが先かまずな粥 草間時彦

 野にて裂く封書一片曼殊沙華 鷲谷七菜子

 香水をふとふりくよくよしてをれず 菖蒲あや

 まなぶたは今萬華鏡日向ぼこ 加藤三七子

 花杏汽車を山から吐きにけり 飴山 實

 青竹に空ゆすらるゝ大暑かな

 炎天へ打って出るべく茶漬飯 川崎展宏

 春雷は空にあそびて地に降りず 福田甲子雄

 吉野より電話の奥の蝉しぐれ 神崎 忠

 草木に風の象(かたち)を見たる夏 斎藤梅子

 虫の夜の星空に浮く地球かな 大峰あきら

 夜の向日葵踊り果てたるごとく立つ 宮津昭彦

 雪渓の水汲みに出る星の中 岡田日朗

 学校が平地の最後雪の峰 茨木和生

 草萌えに鹿の激しきながれかな 大木あまり
*萌え出たばかりの柔らかな青草の野を、鹿の一群が激しい奔流となって駆け抜けていくことよ。

 湧き水に脂ぎつたる鬼やんま

 まだ誰のものでもあらぬ箱の桃

 月明りにもコスモスの揺れやまぬ 西村和子

 われもゐし妻の若き日桜貝 大屋達治

 待つ人のゐる明るさの春灯(はるともし) 片山由美子

 禅僧とならぶ仔猫の昼寝かな 長谷川櫂

 さらしくじら人類すでに黄昏れて 小澤 實
*涼しげに皿に盛られた真っ白な「さらしくじら」。その漂白されたような無機質な白さを眺めていると、我々人類という種も、もはやピークを過ぎ、静かに終わりの時(黄昏)を迎えようとしているのだと感じられてならない。

 子燕のこぼれむばかりこぼれざる

 背泳ぎの空のだんだんおそろしく 石田郷子

 押し寄せて来ておそろしき流し雛 藺草慶子

 ぶらんこの影を失う高さまで

 みずうみのむかうの寺の除夜の鐘 高田正子

 春の水岩のかたちにふくれけり 日腹 傳

 禅僧とならぶ仔猫の昼寝かな 長谷川櫂

 全力で立つ空びんに薔薇の花 五島高資