女房が旅立つ前に、送ってくれたゴジラ様の写真です。羽田空港第3ターミナル3F出発ロビーに40mのゴジラが昨年の12月に設置されました。1年限定です。国際線だけれど羽田からだったので、女房はお会いすることができたようです。羨ましい〜〜 (^^)/

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「絶望の国の幸福な若者たち」 古市憲寿 2015年 講談社α文庫

 事実と向き合う覚悟を持ち、少しばかり冷淡な論者が登場した。若き論者として活躍するだろう。私好みの事実を事実として直視する慣性は好ましい。但し、文章はちょいと冗長。書くこと自体を楽しまないで、もっとシャープに書いて欲しい。 以下はこの本の引用と要約です。*印はWEB検索結果と私見です。


■ はじめに

 若年層の多くが非正規雇用者として不安定な生活を余儀なくされている。高齢化が進み現役世代の負担は重くなる。日本の社会構造が若年層にとって「不幸な」仕組みになっている。

 お金をあまりかけなくても、そこそこ楽しい日常を送ることはできる。

 身近な人々との関係や、小さな幸せを大切にする価値観が、若者に広がっている。成熟した社会にふさわしい生き方だ。

■ 若者の誕生と終焉

 戦争は、ある種の平等をもたらす。どんな生まれの人でも、平等に「兵士」となる。戦後の1950年代、消費主体としての「ティーン・エイジャー」を発見した。1960年代には高度成長が始まる。1964年には、「平凡パンチ」が創刊される。1970年代に「若者」は誕生した。

 世代論が流行するのは、階級論が現実味を持たなくなった時だ。

 自分が年をとって世の中に追いついていけなくなったから、「日本人が劣化した」と言う。

 「いい学校、いい会社、いい人生」。中流の夢が崩壊した時代に、今の若者は生きている。

■ ムラムラする若者たち

 スマホのゲームに没頭する「内向きな」若者。時代の閉塞感を受け止め、安全で確実な道を選んで生きる。留学生も減っているし、青年海外協力隊への参加者も減っている。若者は選挙にいかない。

 若者が地元化している。地方都市が発達したことにより、大学も働き口もない「田舎」が減った。

 東大入学者の出身地は変わっていない。「中央を目指す若者」と、「そこそこいきていく若者」に二極分化している。

 生まれた場所に愛着を持つ若者は増えているし、大都市圏への移動人口も減っている。しかし、学力上位の若者たちは、依然として都市部の有名大学を目指す。

 若者の嫌消費は、自動車・家電・海外旅行離れのこと。生活の関わるものは買うし、通信費など人間関係の維持に必要な費用はかける。

 「若者が流行を作り出す」は、1980年代に作り出された虚構。

 「国民生活に関する世論調査」2010年。今の20代の7割は生活に満足している。同時に「不安だ」とも思っている。

 コンサマトリーは、「今ここ」の身近な幸せを大事にする感性。彼らは「社会」という「大きな世界」に不満はあるけれど、自分たちの「小さなせ世界」には満足している。今始まったことではない。産業化が進展し豊かになると、人々はコンサマトリーな価値を持つ。オイルショックがにより経済成長がマイナスに転じた1973年に、一つの転機が訪れた。

 「ONE PIECE」を貫く思想は「仲間のために」。現代の若者がアイデンティティを身近な人間関係に求めるようになっている。テレビや雑誌が作る「世間」が瓦解し、若者は「仲間」と生きている。

 世の中をよくするために何かをしたい。けれど、どうしたらいいかわからない。わかりやすい「出口」があれば、その扉を開ける。震災ボランティアがその典型だろう。

 「貧困の文化」を持つ人たちは、希望を持たず、未来のためではなく現在のために生きる。

 「国民生活に関する世論調査」の生活満足度。20代の増減は全世代の増減と並列に生じている。1990年代以降、大学進学率が上昇し、就職や結婚というライフイベントを経験する時期が遅くなった。かつての20代は大人だった。若者の中身が変わった。*世間の風に当たっていない若者の幸福感は高くなる。

■ 崩壊する日本?

 我々が「日本」を意識する機会は、ワールドカップやオリンピックなどをのぞけば、海外に行ったときや大災害のときぐらいだ。

 所得税・住民税・消費税・・・税金と言う形で「日本に住むことにとによって得られるサービス一式」を買わされている。

 ナショナリズムは、この数百年の発明。「日本人」を教育するためには、「日本語」や「日本文化」や「日本の歴史」が作られた。

 戦争が王と王の戦いだった時代が終わり、国民どうしの戦いになった。日露戦争の従軍兵士の私信には、天皇や国家という言葉は登場しなかった。

 太平洋戦争初期の日本は景気が良かった。海水浴や国内観光も盛んだった。従業員の共同利益を優先する「日本型経営」は、1938年の国家総動員法によって株主の権利が制約されたから普及した仕組みだ。この体制は戦後も温存され、経済成長を支えた。

 多国籍企業にとって、国家は意味を失くしつつある。経済人から「国家はいらない」という声を聞く機会が増えた。ワタミの渡邉美樹は、市場というプラットフォーム(基盤)を維持する枠組み作りや、ベーシックインカムなどのセーフティーネットを政府の役割だと言う。無政府主義者の立場に近い。

 世界の中で、日本よりTOEFLの点数が低い国は少ない。

 テレビ・ナショナリズムにより、「日本人意識」を身につけることができた。インタネットは、どんなサイトを見るかによって、そのリテラシーによって得られる情報は違う。

 「日本に生まれてよかった」と考える若者も増えている。「戦争が起こったら」-「国のために戦う」割合は、若者では10%以下。戦争が起こったら逃げる。

 江戸時代は「前期近代」。全国に道路行政が行き届き、教育施設が普及している。書籍が流通していた。

 狩猟採集型社会では、男性の15%から60%が争いによって命を落としていた。部族間の戦闘よりも、国家間の戦争の方が死亡率は低い。

*狩猟採集社会における暴力による死亡率
1. 高い死亡率を主張する説(「過酷な自然状態」論)
 進化心理学者のスティーブン・ピンカー(著書『暴力の人類史』など)や考古学者のローレンス・キーリーらは、未開社会の方が現代の国家社会よりもはるかに暴力的であったと主張しています。考古学的な発掘調査で見つかる人骨の損傷(矢尻の埋没、頭蓋骨の陥没など)の割合から算出。多くの先史時代の遺跡や近現代の非国家社会のデータから、男性の死因の約15%〜30%、極端なケース(部族間抗争が激しい地域など)ではそれ以上の割合が暴力によるものだったと推計しています。「国家」という暴力装置(警察や軍隊)による統治がない社会では、報復の連鎖が止まらず、結果として人口あたりの死亡率は現代の戦争を上回るという考え方です。
2. 数値に慎重な説(「平和な野蛮人」再評価論)
 多くの人類学者(ダグラス・フライやブライアン・ファーガソンなど)は、上記の数字は「特定の例外的な事例」を一般化しすぎていると批判しています。発掘された「暴力の痕跡がある骨」は目立つため記録に残りやすく、平和に暮らしていた集団のデータが過小評価されている可能性。非常に高い死亡率を示すデータの多くは、定住型で資源を蓄える「複雑な狩猟採集民」や「初期農耕民」のものであり、移動を繰り返す「純粋な狩猟採集民(遊動型)」は本来もっと平和的であるという指摘。
 狩猟採集社会は人口密度が極めて低いため、一度の小さな小競り合いで数人が亡くなるだけで、統計上の「死亡率」は跳ね上がります。資源が豊富な場所では争いが増え、過酷な環境(砂漠や極地など)では協力しないと生き残れないため争いが減るなど、地域や環境によって数値は大きく変動します。
 現代の研究では、環境や社会構造によって暴力の頻度は劇的に変化するという見方が一般的になっています。

 企業福祉から社会保障へ。国家の役割は高まらざるを得ない。国家が全てを担う時代は終わった。

■ 日本のために立ち上がる若者たち

 デモは、ウェッブサイトでの告知やSNSでの口コミを通じて集まる。インターネット経由の活動は、穏やかでフラット(平坦)なつながりを可能にする。参加者の「楽しさ」を重視する「新しい社会運動」「ネットワーク組織」。利用者の属性に合わせて「興味ある筈のニュース」をリコメンドするのはWEBサービスの得意とするところ。

 社会に不満を抱いていても、誰かが社会を変えてくれれば、自分は何もすることはない。

 いつの時代も、知識人と民衆には大きな隔たりがある。民衆の規範は、「モラル・エコノミー」。「身近な世界が変わってしまう」という危機感。買占めによる値上げにより、モラル・エコノミーが侵されたときに人々は怒りだす。

 「友達がいなさそうな人」が「仲間ができたような気がする」。社会運動は、「居場所」を提供する。

■ 東日本大震災と想定内の若者たち

 社会との回路の具体の不在。震災では「震災地支援」というコミットす(関わる)べき対象が、わかりやすい形で出現した。インターネット上では、「善意のお祭り」が目撃される。

 社会系企業で働く若者の多くが、震災が社会貢献に興味を持つきっかけになったという。

 震災で明らかになったのは、マスメディアの力と、ソーシャルメディアの脆弱さ。メディアリテラシーは、役に立たなかった。

 多くの人が欲しいのは「より間違いない仮説」ではなく、「たった一つの真実」。

■ 絶望の国の幸福な若者たち

 欧州では、若者政策が充実している。若者に対するセーフティーネットに資源の再配分がなされている。日本国は、高齢者には欧州水準の、現役世代には低い保障。

 バブル崩壊前でも、福利厚生が整った企業の正社員は少なかった。

 スウェーデンやフランスでは婚外子の割合が5割を超えている。どんな状況であろうとも、「子供を産んでも何とかなる」環境の整備が出生率向上に寄与している。

 若者の貧困が顕在化しないのは「家族福祉」があるから。未婚の若者の多くが親と同居している。非正規社員雇用でその割合が高い。

 若者の貧困が問題になるのは、若者が高齢化した時だ。

 「貧しさ」よりも「寂しさ」の方が切実な問題。承認欲求を満たすには、恋人がいればいい。若い未婚者に恋人がいる割合は低い。童貞や処女も少なくない。

 「友達がいない」に言い訳は無い。「血縁」「地縁」「業縁(社縁)」。実利から離れたコミュニティ(共同体)が増えることで、アイデンティティが保障される。

 中国には、「都市戸籍」と「農民戸籍」という身分の壁がある。農村で生まれた人は都市に居住できないことになっている。

 日本国債暴落により経済破綻し、IMFに入れば、社会保障費は削減され、医療や教育などの公サービスの質も下がる。

 我々は軍事社会に生きている。戦争の脅威も広まっている。日本がなくなって、何が問題なのだろう。大切なのは人々がいかに生きられるかだ。