「脳と時間 : 神経科学と物理学で解き明かす〈時間〉の謎」
ディーン・ブオノマーノ 2018年 森北出版

 時間を物理学からだけで探求していても、袋小路になることは予想がついていました。ですが、神経科学や認知科学や心理学は、学生時代から得意分野なので、後回しにしてきました。そして出会ったのがこの本。

 物理学の知識も得た著者の妥当な見識に膝を打つこと頻り。私の考え方に近いのが嬉しかった。こんな広く高い学識と、真っ当な感覚の持ち主がと考え方が近いなんて・・・嬉しい限りです。

 人間の認識の仕方≒物理法則の立て方は、外界(自然)と内界(神経網)の両方に依存しています。外界に実在していない「時間」は、人間の神経活動に多くを依存していることは明らかです。結果として、「動力学」(静力学は時間に関わらいので省きます)は自然そのものではなく、人間の感覚のあり方の表現ともなっています。それ以外に、理解する方法はないからです。私にとって、この本は「時間の探求」の中間地点になります。自分の考え方が妥当性が確認できたので、これを深めて形にしていく作業が始まります。

 この本は、「現在のみが実在する」という我々の直感を素直に認め(筆者の言う「現在主義」は、他の論者のものと若干ニュアンスが違うようだけれど)、その上で、神経科学に基づいた時間認知論を展開しています。

 そこで疑問として残るのは、アインシュタインの相対性理論が出鱈目なのは当然のこととして、少なくとも特殊相対性理論が「場の量子論」にも応用され、その計算結果が一部の現象に合致しているのは何故かということでしょう。それは以下のように簡単に説明できます。

 ピタゴラスの定理は三次元の空間で「数理」とて成立します(三平方の定理)。これを四次元に拡張したのが「ミンコフスキーの四元時空」です。謂わば、四平方の定理です。この四平方の定理は計算上は間違っていないので、一定の現実説明性を持っています。時間は実在せず、距離の認知と共に出てくる計量概念(実体概念ではない)ですから当然です。

 四元時空については、アインシュタイン自身も「変だ」と感じていたのですが、ローレンツ変換を説明できることから受け入れたようです。

 むしろ、四元時空を華々しく喧伝したのは、アインシュタインではなく、彼の数学の先生であったミンコフスキーの方です。数学者は、現実の物理がどうであろうとお構いなしに、抽象論を展開する傾向があります(逆に物理学者は、数理上の厳密性を無視して現実に無理やり適用しようとする傾向があるのですが)。対して、アインシュタインは、「空間と時間は異なる性質のもの」「時間を空間化すればタイムマシンが可能になる」と悩んでいたそうです。

 四平方の定理が一定の現実妥当性を持つのは、この宇宙が平坦だからだと考えられています。一般相対性理論の数学=リーマン微分幾何でも、大雑把に言ってしまえば、空間が平坦だと見做せることが微分可能な条件となっています。本当にグニャッと曲がった空間では、微分幾何は成立しません(それどころか、微分それ自体自身も、曲線や曲面がある程度「平ら」であることが前提条件です)。つまり、アインシュタインの「曲がった空間、歪んだ時空」なんて、計算上の辻褄合わせの結果の妄想なんです。

 例えば、A地点からB地点への曲がった経路の微分幾何上の長さ(短い直線を繋いだ長さ)が100メートルだったとしましょう。ですが、A地点からB地点への本当の測地線の距離(直線距離)が1メートルだったとしたら、微分幾何も変分原理も …、それどころか、ニュートン以降のほとんどの物理学が成立しません。(上記の議論自体が変態なのですが、そこは譬え話なのでご容赦を!)

 著者や私の想定が現実妥当だとしましょう。そうすると、時間を空間化して、行ったり来たりできたり、過去も未来も現在と同時に現在するなんて支離滅裂なブロック宇宙論なんて邪教を、物理学者が信仰しているなんて …。人間の愚かしさって凄いな〜とつくづく思う今日この頃です ← な〜んてね (*_*; 。とにかく、物理学も「信仰(宗教)」の一種であることは明らかです。他の学問は、もっと宗教かな …。

 自然哲学を目指している私としては、計量科学や実証科学を超えたところの「真理≒信仰」を目指していることは間違いありません。それは、敬愛するファラデーと同じ道なんだと思われます。

 以下は、この本の予約と引用です。*印は私の意見と感想です。


吃 脳の時間

《1. 時間の特色》

 時間の定義についての見解は一致を見ていない。

 海馬の場所細胞は、外界の空間地図を作っている。音がどこからやってくるかも分かる。しかし、時間はそうではない。感覚器官は時間の流れを検出しない。あらゆる文化で、時間の表現に、空間のメタファーを用いる。

 ガリオレオ・ガリレイが振り子時計の原理を発見してから、運動を研究することができるようになった。ニュートンやライプニッツによってようやく、物事が時間変化する様子を捉える微積分が発明された。

 「過去についての情報が有用なのは、未来に何が起こりそうかの予期に使えるからである」リチャード・アイヴリー。現存主義は、直感に合致する。神経科学者は暗黙裏に現存主義をとっている。

 現存主義は、現在のみが実在する。永遠主義は、過去と未来も実在するとする。永遠主義では、今はとは空間で言う「ここ」のこと。時間は空間と同しで、宇宙は四次元のブロックである。時間旅行も許される。時間が「そこにある」ならば、「流れていく」ことはない。時計の時刻は、変化の局所の測定値で、すべての空間で共通なものではない。

《2. タイムマシンとしての最高の逸品》

 伝承の超自然的な説話の中にも、時間を行ったり来たりする説話は無い。科学革命によって時間旅行の扉が開かれた。「次元は四つある … 第四の次元、時間がある」(H・G・ウェルズ「タイムマシン」)。ミンコフスキーが四次元宇宙の枠組みを示した。但し、ワームホールは仮設上の存在でしかないのだが。

 1)脳は未来を予測するために過去を記憶する。2)動物の行動や認知の認知は時間を知る能力を要する。3)脳は時間の知覚を生み出す。我々には時間を検出する感覚器は無い。それでも、時間の流れが意識される。

 「未来を予測する最善の方法は未来を作り出すことである」エイブラハム・リンカーン。人類は自然を支配することで未来を創り出すようになった。

 事象間の時間関係は重要な手がかりとして、脳で利用される。古典的条件付は、時間の近接性と順序が基本となる。数ヶ月も隔てた事象間の関係性を理解するのは、より複雑な認知能力が居る。

 シナプス学習則。学習則の中でも特に、スパイクタイミング依存可塑性(STDP)では、原因と結果の時間非対象性がシナプスに組み込まれている。シナプス前ニューロンとシナプス後ニューロンの活動雨パターンでシナプスを強めたり弱めたりする(再帰結合)。この学習則はニューロンレベルでの原因と結果の検出器として動作する。STDPは、多数のニューロン集団に基づいた複雑な仕組みを様する。

 音が鳴っている空間内の位置が分かる。両耳間の時間差は、音速と頭部サイズの関数となっている。人では、検出可能な時間差は、10マイクロ秒。音速はほぼ一定であるために時間と空間は相補的である。数十ミリ秒から1ミリ秒の範囲では、音楽や発話の時間パターンを解析し解釈することができる、

 脳は変転する世界に生きながらえるべく設計された。何が未来に起こり、いつそれが起こるか、を予想できる。脳は時間の流れを定量化している。季節の流れを予期することができる。

 単一の肝細胞ですら今何時かを知っている。脳には複数の時計が備わっている。異なる時間スケールには異なる時計を用いる(多重時計原理)。

《3. 昼も夜も》

 「時間は定義不可能だ。大事なのは、いかに計るかである。」リチャード・ファインマン。

 日の出日の入りに由来する周期性を司る内的な時計=概日時計(サーカディアン)が存在する。人の隔離実験では、体温のリズムは24時間に近い周期であり続けた。我々には複数の概日時計があり、それらが揃っているとは限らない。睡眠と覚醒の周期が体温の周期と異なることもある。

 視交叉上核が概日時計のマスターだと想定されている。視交叉上核のニューロン小集団が、いつ寝ていつ起きるかを指図している。

 ほぼ全ての生命形態が概日時計をを有している。単一細胞でも24時間の周期性を持っている。そして、この周期性は遺伝子操作で可視化できる。シアノバクテリアには、日の出を予期する目覚まし時計がある。概日時計は、地球の自転による明暗周期に協調して細胞が機能する適応だった。

 UV吸収色素のメラニンを持たない単細胞生物は、日照の下で分裂すればDNAが傷つく可能性がある。夜間に分裂するように概日時計が必要だった。羽化は太陽光で起こる脱水を避けるために、露を帯びた朝になされる。また、自然環境では月が夜間の主たる光源である。満月では捕食動物の可視性が高まる。

 ピリオド遺伝子が産生するピリオド濃度が上昇すると、合成遺伝子の活動が止まり、ピリオド蛋白質が減少すると産生が再開される。これが概日時計の周期である。化学反応速度が温度で変わる問題をどう解決されているかは解っていない。フォードバックする多数の蛋白質や遺伝子との相互作用が体温依存性を補正しているようだ。

 ピリオド蛋白質濃度の較正信号。視交叉上核は時間同調因子によって同調される。日光は、最重要の時間同調因子だ。視交叉上核が左右の視神経の交叉位置にあるのは偶然ではない。時差ボケは、この同調が短期間で達成される難しさに起因する。

 概日時計には分針や秒針は無い(多重時計原理)。また、概日時計に意識が近づくことはできない。

《4. シックス・センス》

 生命を脅かす状況下では、まるでスローモーションのようになることがある。素早く状況を判断し、敏速に行動する(スローモーション効果)。時間についての主観は不正確である。

 変化に富み面白い体験に満たされた時間は、その最中は短く感じ、振り返るならば長く感じる。活動の時間長は、記憶に臍されている出来事の数を参考にして推定する。

 マリファナを吸引していると時間が遅くなったように感じる。これは、内部時計が速くなっていることと等価である。

 時間の受容器は存在しない。時間は実在しないからだ。我々の意識体験は錯覚なのである。四肢を所有している感覚も錯覚である。

《5. 時間におけるパターン》

 脳は、何が次に起きるか、いつそれが起こるかの予測を生成し続けている。

 時間は、運動の軌跡として計測できる。音楽は人類文化を通じてあまねく存在する。脳は数ミリ秒の未来に次の拍が時刻を予想し、自分の運動をそれに同期させる。だから、足拍子が可能になる。鳥は拍子を維持することができるが、猿は単純な拍子もとれない。

 多くの哺乳類が互いに鳴き声で交信している。発声学習ができる動物は、鳥類の一部(オウムなど)・クジラ目・象。脳の聴覚中枢と運動中枢の間の協調を要する。発話も音楽も、次に何が生じるかを脳が予期する必要がある活動である。音楽の場合、その期待が思った通りか違うかは、作曲者の目論見次第。歌う鳥はHVCニューロンを持っている。

 哺乳類では、小脳が運動タイミング計っている。殆どの神経細胞は、時間を知ることができる。数百ミリ秒の計時は、神経回路の内在的性質と見るべきだろう。動作・歌・発話 … これらの事象は時間的なオブジェクトである。これらの事象を検出し、表現するために、脳は時間順序やタイミングに感受性を持つ必要がある。

《6. 時間・神経ダイナミクス・カオス》

 「時計というのはなんでしょうか。二つの出来事の間の時間間隔が測れれば、時間の概念は客観的になります」(アインシュタイン&インフェルト「物理学はいかに創られたか」)。

 呼吸や心拍や歩行のタイミングは、生体発振器に依拠している。ニューロン集団ネットワークには、周期の数え上げをする回路はなく、その記憶装置も無い。累積器回路は、実験結果からは支持されていない。

 波紋のパターン=再現性を持って繰り返す物理現象は、時間を知るのに利用できる。波紋の空間パターンから、時間を推定することができる。コオロギ・ラット・電気魚などの脳内で、異なる時間間隔に選択的に応答するニューロンが見つかっている。

 視覚皮質や聴覚皮質の神経応答は、先行刺激によって強く影響される。状態依存ネットワークでは、複雑な時空間パターンが弁別できる。

 ある種の計時は、ニューロン集団が次々と交代していくダイナミクスに依拠する。100ミリ秒の時間経過が判別できる。事象特異的なタイマーは、現在進行中の記憶としての機能も果たす。

 たくさんのタイマーを脳が必要とするのは、特定の瞬間に様々な物事をこなすことが必要だからだ。

 連鎖的に活動するニューロンが観察される。これらが、時間認識能力に寄与していると考えられている。再帰性結合をしているニューロン集団では、連続的に時間発展してゆく活動パターンをを生み出せる。

 カオスは、非線形物理系でかつ自己フィードバックのある系で観察される。ニューロン群のネットワークも同様に動作することがある。ロジスティック方程式は時間発展していく様子を記述する。各ステップの現在値は、その前の値によって決まる。その単純さにもかかわらず、複雑なパターンが現れる。皮質ネットワークはカオス性を持つ。大脳皮質がカオス性を解決しているかは解っていない。理論上は、ニューラルネットワークモデルを適当に調整すればカオス性を持たない軌跡を生成できる。

 再帰性ネットワークには、今までしていたことを覚えていられるという性質がある。シナプス結合強度を調整すれば、再帰網を制御することができる。

 情報はあらゆるところにあり、そしてどこにも無い。パターンとは創発特性である。全体は部分の総和ではない。

局 物理の時間の本質と心の時間の本質

《7. 時間を管理する》

 クリスティアーン・ホイヘンスが世界初の振り子時計を開発したのが1657年。アイザック・ニューロンは未成年だった。その時計は、物理現象の検証に用いられた。

 炭素14は、計時の手立てとして使える。但し、単一の原子では時間を知ることはできない。放射年代測定は、確率過程に依拠している。

 紀元前4千年紀から、人類は日時計を使っていた。日の出から日の入りまで12等分する相対時間だった。13世紀に機械式時計が現れた。一定間隔で行う必要がある事とは、礼拝である。教会では鐘塔を造り、教会の時計により鐘を鳴らして時報とした。

 船では振り子時計は使い物にならない。温度を考慮したゼンマイ時計が使われた。空間は時間と速さの掛け合わせである。空間を計りたければ、時計を使うことになる。

 鉄道・電信・金融業の要請で、スイスのベルンの特許庁には、多くの時間工学に関する特許出願が寄せられていた。特許審査官だったアルベルト・アインシュタインの特殊相対性理論の論文には、絶対時間を否定すると同時に、遠距離の時間を同調する方法が述べられていた。

 1920年代に水晶時計が作られた。正確な時間が行き渡ると、「時給」が現れた。ウィラード・バンディーが出退勤時刻を記録する「打刻機」を発明した。この会社は、後に社名変更し、IBMとなる。コンピュータは時計なくしては存在し得ない。

《8. 時間とは何物か?》

 脳にはあまたの瑕疵と限界と歪曲がある。永遠主義では、時間は空間化されている。永遠主義は、時間が流れるという我々の主観と相容れない。

 時間とは抽象概念に過ぎないとする説もある。質量やエネルギーと異なり、時間は物理学の基本構成要素ではないというのだ。時間的でない物理測度を用いて時間を表現することが可能である。

 時計的時間(時刻)は、変化を標準化する約束事である。時間は、多様な物理系の変化率の間でに等価関係を確立する使い勝手の良い方法を提供する(関係主義)。「時間を用いて物事の変化を計るというのは我々の能力の埒外である。時間とは抽象であって、物事の変化という手段を用いることでのみ手が届くものである」エルンスト・マッハ。

 時間は、状態変化の測度であるという考え方は、脳科学の暗黙の前提であった。脳は神経網の動態によって内界と外界の変化の相関を確立できた。

 熱力学第二法則は、法則ではなく、統計的主張である。
*事象の時間発展の方向と、時間の流れは、直接の関係は無い。エントロピーは時間を表現しない。

《9. 物理学における時間の空間化》

 時刻は等しく流れるわけではない。ローレンツ変換は数学のみを用いて変換する。時刻は変化によって測られ、変化とは局所的な現象である。放射性同位元素の半減期は絶対零度付近でもほぼ同じである。原子時計の時刻と温度は無関係である。

 ヘルマン・ミンコフスキーが、時間と空間の関係について、教え子の成功に乗っかって、時間と空間を合体させて「時空」としてしまった。一般相対性理論では、重力は力ではなく、時空の歪みになってしまった。「アインシュタインは、現在という問題に悩んでいると言った」ルドルフ・カルナップ。

 時間の流れという自明なものが、脳がこしらえた錯覚ということがあり得るだろうか?映画のフィルムのように、ブロック宇宙のフレームの中に人は存在する。ジュリアン・バーバーは、時間の空間化仮説を支持している。「時空の中のどの時刻も、一本のフィルムの中の一コマのようなものである」(ブライアン・グリーン「宇宙を織りなすもの」)。永遠主義を支持する証拠は無く、証明もない。

 大方の神経科学者や心理学者は、時間経過の主観は錯覚だということに同意する。但し、「錯覚」という言葉は、物理学と神経科学では意味が違う。神経科学の錯覚は、外界に実在する現象を表現する心的構成概念だという意味となる。

 脳は、進化の能力検査に受かってきた。神経系は物理法則を計算に入れているということだ。色・音楽・臭の知覚は、主観的な構成概念=クオリアの例である。外界に存在しないという意味では錯覚だが、実在する物理現象と相関しているという意味では適応系である。

 痛みは脳内で生成されているが、四肢などに投射される。身体意識の錯覚は、外的事象を内的な主観体験に移したものである。我々が、時間が流れる世界に暮らしているなら、この流れを感じるのは適応的である。

 脳がどうやって意識を生み出すかは解らない。しかし、「物質は空間の中で拡張するが、意識は時間とともに存在する」(スティーブン・ピンカー「思考する言語」)。意識のよって語られるものは、出来事の連続記述ではない。むしろ、切れ切れに生み出されるものだ。

《10. 神経科学における時間の空間化》 

 ジャン・ピアジュの研究によれば、子供は空間と速さの概念を理解して初めて、時間を理解できるようになる。動物では、空間の理解の方が基本である。二事象間の距離は、それらの間の時間の量を判断する際に効果を与える。

 頭頂葉の中に、刺激の明るさや大きさ、その刺激の持続時間など、全ての量についての情報処理に特化した回路がある。海馬の場所細胞の火パターンなど、空間を表現するニューロン活動による空間測定の詳細は解っていない、それでも、空間と時間が神経回路の中で絡み合っていることは明らかである。

 空間の間隔と時間の間隔が相関する以上、脳は時間経過の最良の推定値を得ようとして距離を用いる。

 リー・スモーリンは、時間が空間化されたために、時間の概念が偏ったと示唆する。脳自体が時間を空間化する。脳が時間を概念化する仕方により、物理学での時間が空間化されたのだろう。人の心は永遠主義の世界に暮らしている。

《11. 心的時間旅行》

 現在の行動によって未来が変わる、という人間の能力。意味記憶には日付は無い。出来事記憶には時刻がある。子供では、出来事記憶より、意味記憶が先行して獲得される。

 外的な出来事を予期する能力は、全ての動物にある。しかし、人間でも9ヶ月後の未来に何が生じるかについては、考えなしだったりする。未来にどれだけの努力をするかは、個人差や文化差が大きい。我々の短期の思考は、長期の問題を引き起こす。

 我々の神経回路は、即時判断に適している。進化の大部分を通じて我々の祖先は不確実な世界に暮らしてきた。危うい状況下では、短期に生き抜くことが大切だ。未来のことを考えるのは贅沢なのだ。異時点間の意思決定課題で測定された時間割引率は、健康・経済的安定と相関する。「立ち止まって考える」ことが、衝動的な意思決定を回避する。前頭前野は、長期計画を立てる能力に関わっている。時間旅行は、多くの脳領域の協調による。

 動物が自然の周期を意識して、天敵・餌動物・交尾対象の行動を予期する能力は、進化適応だった。人間は、能動的に未来を想像することに歩を進めた。ダム・水路・灌漑を創り出した。それは、問題の解決でもあり、原因でもある。

《12. 意識 未来との結びつけ》

 初めて目を開けたとき、赤ちゃんには「解釈不可能な」光が見える。大人は、解釈され再構成されたもの=虚構を、現実として捉えている。

 現在のみが実在する世界を仮定する。無自覚な脳がたゆまずサンプリングした処理する一方で、意識では不連続にしか生成されない。発話の各音節は認識されない。語や句が形成された状態で心の中に実体化する。光の波と音の波は異なる時刻に到着するが、一体化して意識に届けられる。無自覚過程では検出しているが、意識には閾値以上でないと運ばれない。

 自由意思が存在するかどうかは、定義に依存する。ブロック宇宙論には、自由意思が入り込む余地は無い。自由意思とは、「人に生じる『気持ち』である」。「我々は意識を持つ自動機械なのだ」トマス・ハクスリー。自由意思は、無自覚神経過程が決定した後に生じる「気持ち」である。
*この「自由意思」の定義には、感動しました。我々は意識を持つ自動機械であり、自由意思は無自覚な決定の後の「気持ち」である!

 意思決定が無自覚だろうと意識だろうが、決定責任は決定した本人にある。

 量子力学では、時間パラメータが方程式から消えて、空間の三次元のみの宇宙になる。時間位流れがあると我々が知覚する事実が、ブロック宇宙論では説明できない。我々は、瞬間瞬間を意識する訳ではない。

《訳者あとがき》

 時間は物質やエネルギーではありません。他の間隔とは違います。物理の実体のない何物かを、生体信号に変換する感覚器官はありません。時間の「感じ」を持つことが優位な進化だったからこそ、脳が時間の表現を紡ぎ出しています。