「世界経済入門」 野口悠紀雄 2018年 講談社現代新書

 野口さんの経済入門書なんですから読まなきゃ。野口さんは伝統的な経済学しか知らない経済学の専門化。つまり、無教養な人物。実際の経済政策を語る資格のない人物。だからこそ、教養うある人間にとっては、この偏った知識を批判的に検討することで、見識が得られる。とても便利な「非常識な学者さん」です。著者は立場がハッキリしているので、こういう本は読み易くて好きです。 以下はこの本の要約と引用です。*印は私の見解です。

《はじめに》
  現実の政策においては、消費者の立場よりは生産者の立場の方が重視されるため、輸入制限政策が取られることが多いのでう。TPPなどの措置が貿易を阻害するものであるにもかかわらず、自由貿易のために措置であると喧伝されます。
 現在の世界貿易は、中国の輸出と米国の輸入が中心になっています。中国の経済は、製造業だけでなく、高度なサービス産業が発展しています。
 日本は、貿易の面では他国とのつながりが強いのですが、外国の資本や移民の受入については鎖国政策をとり続けています。

《1.世界の中の日本》
 全世界のGDPは、2016年で75兆ドル、年平均5.5%で増加しています。日本のGDPは1994年には世界の17%に達しましたが、それ以降は下降を続けています。
 ヨーロッパの最貧国であったアイルランドが、国民一人当たりのGDPで日本の1.7倍になり、豊かな国になりました。
 米国と中国で、輸出入とも世界の1/4を占めます。中国は多くの国の最大の輸入国です。米国はどの国でも最大の輸出相手です。
 対外資産は、政府・企業・個人が保有している資産。2016年の対外純資産は世界一です。
 日本の農業は国際競争力がなく、高い関税障壁によって国内の農業を保護しています。
 経済を成長させるには、人口(労働力)が増えるか、資本の蓄積が進むか、技術が進歩することが必要です。

《2.貿易などを通じる国と国のつながり》
 経常収支は、貿易収支・サービス収支・所得収支・経常移転収支で構成されます。米国の過剰消費は経常収支赤字の要因です。
 経常収支の他に資本収支があります。国債や株式への証券投資と、工場などへの直接投資が区別されます。
 一国の経常収支は、貯蓄と投資の差額に等しい。人々は若年期には貯蓄し、退職後に取り崩します。人口構造が高齢化すると、貯蓄率が下がります。経常黒字は縮小します。日本が輸出立国を続けるのは不可能になります。日本企業の海外進出を背景に、直接投資収益が増加しています。日本は、成熟した債権国に移行しています。
 電気機器の輸出減少は、90年代からの長期傾向です。貿易黒字の減少は、電気機器の輸出減少だけでほぼ説明できます。
 生産拠点の海外移転は、企業の立地選択の結果です。工場の移転だけでなく、OEMやEMS(電気機器受託製造サービス)の場合もあります。
 産業構造の転換が進んでいないのは、日本が内向きの閉ざされた社会になったからです。海外企業による日本企業の買収を、日本を活性化するための手がかりと捉えることが必要です。
 日本企業は資本面で国際競争に晒されていません。日本では製品の競争はあっても、経営者や資本面の競争が無いのです。イギリスやアイルランドに脱工業化をもたらしたのは、資本開国です(ウィンブルドン現象)。イギリスの雇用を創出し、繫栄させました。
 日本は深刻な労働人口減少に直面しているのに、外国人労働者の受入が極端に少ないのです。日本は、先進諸国の中で例外的と言えるほどの深刻な人口減少に直面しています。
 英国が世界に向かって開かれた海洋国家であるのに対して、日本は海によって外国から遮断された島国です。

《3.自由貿易はなぜ望ましいのか》
 自由貿易が望ましいのは「交換すれば両方が得をする」からです。両国が優位性がある財を生産できる場合は、「各財について絶対優位がある」と言います。
 実際の世界では、国土が広く農業生産にも適しているが、技術力も高く工業製品も高効率で作れる国と、そうでない国があります。比較生産費の理論は、自由貿易の基礎理論になっています。個別に見れば、貿易の自由化によって駆逐される国内産業があります。
 日本の製造業における比較優位は失われています。
 日本の食料自給率は、カロリーベースで40%を下回ります。鶏卵は97%国内自給できていますが、自給率は13%。飼料原料の9割を輸入しているからです。食料全体について、生産額ベースで見ると、飼料輸入の影響が減少し、68%となります。英国の58%より高い値です。
 日本が食料供給国の全てと交戦状態に入ることは考えにくい。食料安全保障は、供給源を分散することで対処できます。「自給率向上」は、国内生産者(というより農林水産省〜農協)の保護です。
 地域統合/ブロック経済化は、経済学では関税同盟。関税同盟は域外との間に関税障壁を設けます。ブロック外との関係を阻害することがあります。また、EUのように、巨大な組織を運営するために、巨大な官僚システムを生みます。
 第一次大戦後に、ブロック経済化が進展しました。1932年、英国は自由貿易主義を破棄し、保護関税による国内産業の保護。イギリス連邦を形成しました。ブロックから締め出された日本は、満州などに進出し、大東亜共栄圏を形成しようとしました。ドイツは、南東ヨーロッパと南米で経済圏を確立しようとしました。こうした排他的なブロック化が、第二次世界大戦を引き起こしました。この反省から、戦後の1947年に貿易における無差別原則を基本ルールとするガットが作成されました。
 第二次世界大戦後、地域統合化が進められます。1993年にはEU。94年には、米国・カナダ・メキシコの三国でNAFTAが発足しました。
 94年のガットのウルグアイ・ラウンドでWTO(世界貿易機構)が設立されます。ところが、ドーハ・ラウンドで、各国の利害の調整ができず、FTA(自由貿易協定)=仲良しクラブが増えるようになりました。現在、世界には300のFTAが存在します。TPPに対抗して中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立しました。
 日本のメーカーは垂直統合方式でPCを生産していました。マイクロソフトとインテルによる水平分業化が進み、衰退しました。
 アップルのiPhoneは、世界的水平分業を確立。最終組み立てはホンハイの中国における子会社フォックスコン。アップルはファブレス(工場が無い)企業となりました。
 自動車がEVになると水平分業が主流となります。*製品の規格が安定した成熟産業では、水平分業が進展し易くなります。

《4.為替レートと国際課税の仕組み》
 為替レートは、ドルを基準として対ドルで表示します(基準レート)。
 実質レートに一つに購買力平価があります。ビッグマック指数がその例です。日本円の購買力は長期に低下しており、90年代の半分になっています。日本人の豊かさは半分になったということです。日本の物価や賃金が上がらず、外国では上昇したからです。
 日本経済は、資源価格の上昇によって輸入物価は上昇し、輸出産業の競争力の衰えによって輸出物価が下落しました。交易条件は悪化を続けてきました。
 19世紀に英国を中心として金本位制が国際金融制度として確立されました。金本位制度は自動調整機能を持っています。中央銀行による公定歩合の操作などによっても支えられていました。
 1)国際間資本移動の完全な自由、2)固定為替レート、3)独立した金融政策、の3つの条件の全てを選ぶことはできない(国際金融のトリレンマ)という関係があります。
 第二次大戦後の国際通貨体制は、ドルを基軸通貨として、その他の国の通貨がドルに対して固定レートで交換されるブレトンウッズ体制。国際通貨基金(IMF)が設置されました。
 1971年に金とドルとの交換停止(ニクソンショック)が起き、73年に変動相場制にに移行しました。
 2002年にユーロが発足。金融政策はヨーロッパ中央銀行が行い、財政政策は各国に任されています。
 所得税や法人税などの直接税(税を払う主体と負担する主体が一致している税)の課税方式は、外国で得た所得にも課税する全世界所得課税方式と、国外所得免状方式があります。日本では2009年に、国外所得免除方式に転換しました。
 米国は、2017年にドナルド・トランプの法人税改革により、法人税が引き下げられ、海外の子会社からの配当は、米国内で課税されないことになりました。
 間接税は付加価値税や消費税。輸出についてはゼロ税率が基本です。付加価値税の国境税調整は、この措置により国内産と輸入財の差が無くなります。
 タックスヘイブン(租税回避地)のヘイブンは「港」という意味。日本でも、税率20%未満の国をタックスヘイブンとし、そこに留保する所得は、日本の親会社の所得に合算して課税します。問題は、タックスヘイブンに開設した銀行口座の情報はその国の法律で守られていることです。それでも、配当となって日本に還元される時には課税されます。但し、外国子会社配当益金不算入制度では、課税されません。
 オフショアは、本土の沿岸から離れた地域のこと。金融では非居住者に対して金融規制や租税を優遇している国を指します。もともとは、本土に近くにある島、すぐに行くことができるが、本土の規制が及ばない、という意味です。
 1986年、英国のビッグバン金融自由化により、ニューヨークからロンドンに金融取引が移りました。これらはオフショアと機能は同じです。

《5.新しい産業で成長する米国経済》
 米国経済は成長を続けています。金融・保健・不動産と専門ビジネスサービスが成長の中心です。高度サービス業は、製造業よりも賃金水準が高くなっています。
 米国の製造業は、製造工程は低賃金労働で、販売は高所得国でというビジネスモデルです。
 米国は、フリーランスやダブルワークが増えています。様々な形態での就業を組み合わせる場合が多くなっています。雇用者の統計だけを見ていると、米国経済を見誤ります。
 シリコンバレーにIT企業が集積しています。シリコンバレーのイノベーションには、スタンフォード大学が重要な役割を果たしました。新しいアイディアは、非公式なコミュニケーションが重要です。また、ベンチャーキャピタルが、シリコンバレーにいくつも存在していました。
 トランプ大統領は2016年の大統領選において、ラストベルトの労働者に支持されました。ラストベルトとは、クリーブランド、ピッツバーグ、デトロイトなどの、錆びついた工業地帯という意味です。
 ジョン・D・ロックフェラーが、クリーブランドにスタンダード・オイルを創設します。クリーブランドは、医療機器やヘルスケア産業の企業が集積し、医療産業都市に生まれ変わった「復活の町」と言われています。1875年、アンドリュー・カーネギーがピッツバーグに鉄工所を創設。ピッツバーグも健康医療産業が成長し、世界中から研究機関が集まっています。この地域に貧しい人々がいることは間違いありませんが、それが平均像ではありません。デトロイトは自動車産業に固執しています。
 トランプ大統領は、中国からの輸入品に追加関税を発動。しかし、関税をかけたところで、生産が米国内に回帰することはありません。米国内の製品価格が上昇するだけでしょう。
 米国の先端技術開発は、インドや中国からの留学生が米国に留まることによって推進されてきました。米国の成長は、米国民だけによって実現されていないことに、米国の強さがあります。移民を制限すれば、シリコンバレーの先端産業には不利に働きます。

《6.中国経済はどこまで成長するか》
 中国は、人類の歴史の大部分において、世界で最も豊かな国でした。中国の経済成長は、78年の「改革開放、近代化路線」によって始まりました。国営企業を株式会社化し、経営不振の国有企業を破綻処理し、国有商業銀行に公的資金を注入し不良債権処理を行いました。中国の高成長は、投資支出に主導されたものです。
 2015年の中国の農業就業者の一人当たりGDPは、国民平均の1/3しかありません。賃金上昇は顕著です。中国経済は「ルイスの転換点」を迎えたと考えられます。工業化の進展によって、農業部門の余剰労働力が底をついた状態。出稼ぎ労働者を募集してもなかなか集まらない現象が生じています。
 消費財部門の自由化は進展しました。家電分野には、三洋電気を吸収したハイアールグループがあります。冷蔵庫と洗濯機の市場占拠率は世界一です。通信機器のハーウェイは、日本の高速通信用携帯無線ルーターの殆どを供給しています。
 中国では外資単独での自動車産業進出は認められておらず、合弁になります。中国への技術移転を促すという方針によります。
 中国のIT産業を支配する検索のバイドゥ(百度)、Eコマースのアリババ、SNSのテンセント。中国政府が外国のインターネットを遮断して、独自の市場を作り、米国のビジネスモデルのクローンが台頭しました。電子マネーのアリペイは東南アジアにも進出しています。日本ではATMシステムが普及していて電子マネーの需要がなく、立ち遅れています。
 中国の金融部門は立ち遅れています。中国の産業資金供給では、銀行による間接金融が主流。日本と似ています。直接金融が未発達なのは、遅れて発展する国の特徴です。間接資金では、資金配分に市場の仕組みがうまく働かないという問題があります。国有商業銀行が大きな占拠率を持ち、国の支配下にあるため、効率化が進みません。
 2013年に習近平主席が提唱した「一帯一路構想」。一帯=シルクロード経済帯と、一路=海上シルクロード(路)からなります。
 2015年に発足したAIIB(アジアインフラ投資銀行)。中国が29.8%を出資。重要有事項の決定は75%以上の賛成が必要となるため、中国が単独で拒否権を持ちます。
 「80後(バーリンホー)」と呼ばれる中国の世代は、高等教育を受けた世代。強い上昇志向があり、猛烈に勉強し仕事をします。世界大学ランキング2018年によれば、中国の大学が上位200校に7校入っています。日本は東大と京大の2校のみです。
 *中国の成長限界も、用水と土地と人口が決定すると思われます。

《7.アジアNIESとASEANの経済》
 1970年代、韓国・台湾・香港・シンガポールは急速な経済成長を実現しました。NIESは、工業化に必要な技術は既にあり、その使い方も先進国にモデルがあり、それを真似するだけでよいからです。50年代からの日本、70円台からのNIES、80年代からはASEAN、90年代からの中国と、高度成長が連鎖的に実現しました。
 リーマンショック以降、日本の実質経済成長率はゼロ。韓国や台湾は3%を維持しました。半導体産業で日本は韓国に敗れました。80年代、台湾はOEMとEMSによって成長しました。アップルのiPhoneを製造するフォックスコンは、台湾のEMSの最大手ホンハイの子会社です。薄型テレビは性能の差がなくなり、価格競争の時代になりました(コモディティ化)。一人当たりのGDPでも、日本はシンガポールや香港よりも低くなっています。現在の日本は金融やIT部門では後進国です。
 ASEANは、タイ・インドネシア・シンガポール・フィリピン・マレーシアの5か国が加盟して1967年に設立されました。人件費高騰のために、中国から生産基地を移転させる動きが出ています。中国に集中せず、リスクの分散を図る戦略です。人件費だけでなく、労働者の質や産業に必要なインフラも重要です。組み合上げたサプライチェーンを変えるのは容易ではありません。
 電子マネーや携帯電話の例に見られるように、遅れて発展する国の方が、過去の蓄積が無いために、一気に進展します(リープフロッグ)。

《8.ヨーロッパ経済とEU、ユーロ》
 EUは設立当初から、統一国家を作ることを最終目的にしています。EUは、議会・理事会・委員会などの組織を持ち、ヨーロッパ中央銀行と統一通貨ユーロを持っています。
 英国は2016年にEU離脱を決定しました。移民問題を回避するためだと言われますが、英国商工会議所はEUの法規制が英国の事業に悪影響を与えると指摘しています。規制を押し付けてくる巨大な官僚組織ユーロクラフトに対する不満もあります。EUの外に出ても貿易はできます。離脱すればEUの法規制に煩わされません。
 英国はユーロに加入していません。ユーロに参加しなかった英国の方が、経済パフォーマンスが良好です。EUがヨーロッパの発展に寄与したのかどうかは明らかではありません。ユーロの現状を見ると失敗だったと評価すべきでしょう。経済原則を無視して政治的な理念を求めても失敗する典型例です。
 付加価値税はEUの共通税。取引の各段階で売上高に課税する「多段階売上税」です。仕入れに含まれている消費税を控除する必要があります。このためにインボイスを用います。販売額と共にそれに含まれる消費税額が記載されています。消費税を納税しない事業者は取引から排除されます。
 1999年にユーロが導入されました。ユーロにはターゲット2と呼ばれる加盟国間の決済システムがあります。これにより貿易赤字が自動でファイナンスされます。そのために、貿易不均衡はそのまま残ります。
 ユーロの問題点は、ターゲット2により自動でファイナンスされるために貿易不均衡を是正する市場の圧力が働かない。国内銀行が破綻しても、当該国だけではそれに対処できない、の2点です。ユーロは財政統一無しに金融のみを統一した仕組みです。もともと無理な仕組みです。そして、ドイツやオランダなどの経済強国と、問題を抱える南欧諸国が含まれます。固定為替レートを守るなどの困難があります。強い国が支援し、弱い国が援助を受けています。しかし、第二次世界大戦を引き起こしたという歴史的な責任があるので、ドイツはEUを尊重せざるを得ません。
 1980年代、英米で新自由主義的な経済政策が採られました。ドイツは社会主義市場経済が支配的でした。IT革命において、米国・英国・アイルランドなど、市場を積極活用する経済に後れをとりました。英国の経済を支えているのは高度サービス産業です。米国と同様です。英国の一人当たりGDPはドイツより高くなると予想されます。
 英国は、海外から資金調達をして、それを投資しています。国際資金仲介を行っています。日本の場合は、過去の経常黒字を運用しているに過ぎません。ロンドンで国際金融業務を行っているのは、米国やドイツの金融機関です。