「人間行動の不思議」 北原義典 2009年 ブルーバックス

 著者は、「日立製作所のIT技術者として、消費者にとって使いやすい製品をするために、人間の行動原理を研究することから始めました」としています。結果として、この本は、神経科学や認知心理学などの文献をまとめたものになっています。IT技術者としての知見があまり開示されていないのは、そのような知見が少ないからなのか、企業秘密だからなのか? 初学者にとっては便利な本だとは思いますが、ちょっとがっかりかな。


 「オレンジを赤色の網に入れて売っているのは、オレンジが網の色に近づきより濃い美味しそうなオレンジに見えるようにするためです(明るさの同化)」。

 立体の奥行き認知は、両眼視差、輻輳(物体と両眼を結ぶ角度調整のための筋肉の動き)、陰影(凹凸の認知)などによって行います。「左右の目に、少しだけ視点のずれた図形を別々に提示すると、その図形は立体に見えるようになります」。ご存知の3D映画の原理です。

 「計器の並びが、異常が無ければ、針が整然と上向きに並んでいる」「一つでも異常値を示す針があると、即座に知覚される」のは、『良い連続』を利用したものです。

 「自分が聞いたとおりに立体的に再現する」には、「2つのマイクを自分の前方1メートルくらいと、後ろ1メートルくらいの位置に置いてステレオ録音し、ステレオスピーカーで再生します」。明瞭な音源定位のためには、「人形(ダミーヘッド)の両耳にマイクロフォンを設置し、右耳で録音した音は右耳に、左耳で録音した音は左耳にのみ聞こえるように再生します(バイノーラル録音−バイノーラル再生)」。

 「駅の案内放送ではマスキングを起こりにくくするために、上りと下りを男性と女性の声で分け、高さが大きく異なる声を選ぶなどの工夫をしています」。

 音の風景(サウンドスケール)についての、「エピソード記憶として感情とともに記憶されていて情景が再現されるもの」という言説には、異論がありますね。

 「刺激が増えたかどうかの感じ方は、元の量の刺激の量に依存し、[△S/S=一定 S:もとの刺激の量 △S:刺激の増分]の関係が成立します(ウェーバーの法則)。但し、刺激の強さがある範囲でのみ成立します」。また、ウェーバーの法則から、フェヒナーの法則[R=klogS R:感覚量 k:定数 S:刺激量]が導かれます」。「対数尺度に近いものとしては、音の強さを表すデシベル、音の高さの感覚を表すメル尺度などがあります」。

 これに対して、スティーヴンスの法則は[R=kS S:刺激量 R:感覚量 k:刺激の種類で異なるベキ指数]で、「音量や光量の場合は0.3 温度の場合は1.6 電気刺激の場合は3/5」です。「温度や電気刺激など量が増えると人体に危険をもたらす刺激に対しては、強く反応するようにしています」。

 「道のりを思い浮かべる場合、三次元空間で思い浮かべる人が多い(心的回転:メンタルローテーション)」「カーナビでは、進行方向を上方向として表示し、メンタルローテーションの負荷をかけないようにしています」。

 「取っ手があればそれを引っ張ろうとするし、つまみがあればそれを握ろうとします」「物が構造として持っている情報が、その物をどう扱ったらよいかについてのメッセージをユーザーに対して発しています(アフォーダンス)」。

 脳の構造について、とても簡潔な図が描かれたいたので、引用しておきます。

大脳の構造

 「落語の『落ち』は、声を小さく、低く、速く話す」と効果的です。これは、ホントウですね!

 「吊橋を渡っている恐怖感からくる生理興奮が、性興奮として認知されます」「遊園地でジェットコースターに乗って、恋を実らせましょう」。これは実践すべきことです!

 「最初は評価が低いけれど、だんだんに評価が高くなる方が、その相手に強く好意を抱くようになります」。これも役立ちそうですね。