「磁力と重力の発見 1 古代・中世」 山本義隆 2003年 みすず書房
大栗さんが「重力とは何か」で紹介していた本。山本氏は、真の教養の持ち主。科学の歴史を、物理学の範囲を超え、思想史の観点から説き起こしています。深い感銘を受けました。ありがとうございました。 以下はこの本の引用と要約です。どちらかと言えば、物理よりも歴史について知見を得ることができました。
■ 序文
遠く離れた天体が地上に及ぼす不可視の作用は、磁力を連想させるものだった。遠隔作用は磁力によって表象されていた。
磁力は近代になっても説明不可能の代名詞だった。磁石は、儀式や魔術の小道具に使用され、医療の効用まだ仮託されていた。「隠れた力」の存在は磁力によって例証されてきた。
天体間に働く重力という表象を獲得する際に、磁力からの連想が果たした役割は絶大だった。
中世社会の底辺では、実際には土着の信仰がキリスト教と共存していた。今日の土俗性が洗い流されたキリスト教とは異なる。
■ 磁気学の始まり ー 古代ギリシャ
イオニアの港町ミレトスのタレス(前624年生)。霊魂(プシュケ)の働きを説明するために、磁力を持ち出し、万物に霊魂が備わっていると主張した。タレスの根底にある思想は、自然万物に生命の内在を認める「物活論」を提起した。科学的な自然説明の端緒である。タレスは、自然の説明原理としての資源物質を考えた。
ミレトスのアナクシメネス(前6世紀)。宇宙を満たす始原物質に空気を措き、物質の変化はその密度の変化によるものと考えた。
タレスの「水」も、アナクシメネスの「空気」も、ヘラクレイトスの「火」もともに霊魂を有する生命的存在であった。この時代には宇宙全体が生きていた。そして磁力は、無生物も含む自然の事物の有する生命の印であった。
エレアのパルメニデス(前515年生)は、理性(ロゴス)だけが信じることができるもので、感覚は人を欺くと考えた。生成や消滅は見せかけにすぎないと論じた。
エンペドクレスは、「土・水・空気・火」の四元素を万物の根とした。水は液体、土は個体、空気は気体、火はエネルギーの原基である。様々な物質は、四元素の結合状態であるとした。
この時代には物理的なものと生理的なものの間に区別はなかった。
アリストテレスの「生成消滅論」には、全てのものが作用を受けるのは、作用素が入り込むためである、としている。
前400年頃トラキアのデモクリトスは、「空虚」の存在を認め、原子を想定する。世界は空虚(ケノン)の中の原子(アトム)からなると考えた。物質は、単一の原子の結合状態の違いによって別の様態のものになる。
デモクリトスは、似た者同士が集まる、類似のものが引き合う、とした。原子論の始祖、レウキッポスも同様のことを語っている。後世の人々も、磁力は親近性によるものとした。
「重力とは、類似の物体間の合体しようとする傾向のことである。磁気の作用もこれと同等のものである」ヨハネス・ケプラー。
ソクラテスの登場とともに、ギリシャ哲学の関心は自然から人倫へ移った。
プラトン(前427年生)は、根源粒子に正多面体を割り振る(火は正四面体)。正多面体理論は、素粒子の世界は三次元特殊ユニタリー変換に関する対称性を有し、素粒子はSU(3)群の既約表現で記述される現代物理学に近い。
プラトンにおいては、世界は「あるもの」と「場」と「生成」からなる。
プルタルコス(46年生)は、近接作用論。磁石と琥珀は異なる物質が放出され、その物質が空気を押すとした。また、琥珀現象の要因を摩擦それ自体に求めた。
アリストテレス(前384年生)にとっては、感覚で捉えられる世界こそが実在である。性質が基本で、元素は性質を物化したもの。感覚可能な性質=温冷-乾湿の担体として四元素を想定する。質が転化することによって元素自体が変化する。生成と消滅は避けられない。
アリストテレスの宇宙像は天動説。中心は地球。物体の本性に従った運動は、自然運動。強制運動は自然に反したもの。天上の世界には変化がない。恒星の配置は変わらず、天体は永遠の周回運動を続けている。天の物体は地上の四元素とは異なる完全な元素「アイテール」から成る。
強制運動の原因は「動力因」。例えば、投石器や風。何かによって動かされたのである。自然運動の例は、熱せられた水は蒸気となって上昇する、石が落下するなど。
自らは動かず他を動かす第一原因は「神」に他ならない。この運動の第一原因によって、天が動かされる。それらの動きによって地上での四季の変化が生まれ、大気の循環や気象の変化が生じる。
生物は、それ自身によって動かされる。動かすものはものは霊魂。霊魂は、生きている物体の原理である。
テオプラストス(前372年生)は、鉱物の分類基準の一つに引力の有無をあげた。引力は琥珀や磁石だけでなく、他にも引力を持つ鉱物があると認識している。
地球が磁石であることを発見したギルバートも「磁石は霊魂を有する」とした。
■ ヘレニズムの時代
プトレマイオス王朝は組織的な科学研究を推進した。
ヘレニズム時代の哲学は、ストア派とエピクロス派。エピクロス(前342年)は、原子論を唱道した。宇宙は空虚と原子より成り、物体は原子より構成される。原子は「重さ」と「落下運動」を属性に持つ。
ルクレティウス(前95年生)は、自然の原理として、始原物質としての原子の不生不滅を挙げる。何ものも無から生じることはない、いかなるものも無に帰することはない。
ギリシャ哲学者たちの言説を退け、物性を結合・運動・順序・配置・形状により説明する。これらの因子の組み合わせと配列で、物質の性質が説明される。原子の運動と結合の結果として宇宙が形成される。そこには神は無い。
原子には静止は許されない。巨視的な物体が静止しているときでも、原子は運動している。現代物理学の分子運動論を髣髴させる。
原子は形状を持ち、それによって味や匂いといった感覚器官に与える性質も決定される。
微視世界は巨視世界と変わりはない。近代原子論の原型である。
すべての物質が感覚されるのは、その物資から感覚に対応した原子が飛び出しているからである。全ての物体は粗でその内部に空虚を含む。
ガレノス(131年生)は、ヒポクラテスの思想を欧州中世とアラブ社会に伝承した。感覚と運動を動物特有のものとし、霊魂の働きの結果としている。病因を四体液のバランスの失調に求めている。有機体には自然力が備わっている。
ガレノスにとっては、磁力は還元不可能、説明不可能なものだった。
アレクサンドロスは、磁力と静電気力の違いから、原子論の磁力説明の弱さを見抜いていた。琥珀の引力は多様な物体に及ぶのに、磁石は鉄のみを引き寄せる。アレクサンドロスは、磁力を「近接作用」ではなく「遠隔作用」と判断した。
アレクサンドロスもまた、磁力を生命的な力とする物活論に逃げ込んだ。
ギリシャ哲学の磁力に対する立場は二分される。一方には、デモクリトス・エピクロス・ルクレティウス原子論による説明、エンペドクレス・ディオゲネス・後期プラトン・プルタルコスの機械論的な説明。総じて還元主義からの近接作用論。他方には、タレス・初期プラトン・アリストテレスの霊的な見解、ガレノス・アレクサンドロスの生命的な磁力観。説明不可能な遠隔作用として受け入れる。
■ ローマ帝国の時代
「ローマ人は芸術形式を創案せず、哲学体系を独創せず、科学的発見をすることなく、道路を作り、法律を編み、軍隊を育てた」バートランド・ラッセル。ギリシャの哲学と科学の論理性や合理性が見失われた。
プリニウス(23年生)の「博物誌」。自然物には固有の力と働きは備わり、全ての自然は人間にとって独自の用途を有している。それ以上の思弁は無用である。
「博物誌」では、共感=自然の調和と反感=自然の嫌悪という二分法が適用される。共感と反感は、自然の調和と対立という場k然とした意味で語られる。
民衆の世界では、奇蹟を現出する磁力は魔力とみなされていた。磁力を説明する姿勢は失われた。
ローマ社会は、オリエント世界と融合し、エジプト文明に接するとともに、魔術的な伝承が知識階級まで共有されるに至った。
ローマ社会において、キリスト教中世の磁石そして自然理解の原型が形成された。磁石の働きに対する生命的、超自然的な想念。自然万物の間の共感と反感の網の目で自然の働きが成り立っているという自然観。中世の科学は、ローマの科学と近接性を有している。
■ 中世キリスト教世界
キリスト教は、313年にコンスタンティヌス帝の時代に公認され、380年にローマの国教となった。末期のローマ帝国はキリスト教に救いを求めた。
アウグスティヌス(354年生)は、プラトンのイデア界と神の国を同一視した。奇蹟や自然の不思議は神の啓示であり、人間が解き明かすことではない。むしろ自然研究は信仰に反するものとなる。医療も反キリスト教的であるとみなされた。
磁石は婦人の不貞を見破り、黒石(石炭)は処女を見分けるという言説は、は千年以上も信じられてきた。
キリスト教には自然科学理論がなく、旧来の科学を無視することはできなかった。
キリスト教が「カソリック(唯一普遍)」を標榜しようとも、大衆の生活には土着宗教の影響が残された。
磁力を持つ石には霊性が宿り、宝石には魔力が秘められていると信じられた。魔術の探求の一環である。
ヨーロッパ中世において文書に残されたものはキリスト教知識人の世界のもの。文字を持たない大衆は魔術的自然観が色濃く見られたであろう。
薬草にまつわる記述は、古代ゲルマンないしドルイド系の信仰に淵源している。医療は、土着的で呪術的な性格をおびていた。
■ 中世社会の転換と磁石の志向性の発見
航海用コンパス(磁気羅針儀)の使用が始まり、磁石の性質の一部が明らかにされた。
10世紀から13世紀にかけて、農業生産性が向上した。都市化が進んだ。
12世紀には、高等教育機関が教会から大学へ移行していった。
経済的にも文化的にもキリスト教諸国を凌駕していたイスラーム社会に欧州人が接触し、古代ギリシャの哲学と科学、とりわけアリストテレスの書著作が発見された。それは、イベリア半島とシチリア島の再征服を期に本格化する。シチリア全島を制圧したのは1091年、十字軍の始まる5年前である。
シチリアでは、ラテン語・ギリシャ語・アラビア語が公用語に使われ、ローマ法とコーランとノルマンの習慣法が同時に尊重されていた。統治機構の要職にはイスラム教徒も登用された。強力な王権の統治には、アラブ人を必要とした。
磁石で擦られた針と磁石は別のものである。鉄は金属であり、磁石は石だった。
欧州の自然観はアリストテレス哲学の発見によって転換を迎える。
フリードリッヒ2世は、十字軍への派兵を拒否して破門される。しかし、自ら組織した十字軍で戦闘を交えずにエルサレムを手に入れた。中世キリスト教世界の思考様式を超越した人物だった。宮殿に、ピサのレオナルド(フィボナッチ)など各国の学者を呼び寄せた。
トマス・アクィナス(1225年生)は、キリスト教神学にアリストテレス哲学を取り込んだ。キリスト教の教義に反しないように手の込んだ論証を編み出したと言うべきだろう。可能態と現実態という因果の図式が援用された。
磁力は天の物体による働きによるという見方は、北極星を指す磁石の志向性を知ったことの結果である。
十字軍運動は挫折し、イスラーム世界の技術力と経済力を思い知らされた。キリスト教スコラ神学は無力だった。
ロバート・グロステスト(1168年生)とロジャー・ベーコン(1210年生)は、磁力に新しい解釈を与えた。
グロステストの「光」は、可感な光ではなく、全ての物体に先立って存在する。大きさを欠いた第一質量。可能態としての物体が現実態としての物体に変化するというアリストテレスの図式にのっとり、動力因(作用因)として「光」を置いた。
はじめに「光」の無限大の広がりとして天球が作られる。「神は『光あれ』と言った」という創世記を踏まえたものである。全ての自然現象が「光」の規定性に置かれている。作用の球面状の伝播は、ベーコンの磁気作用の空間伝播のモデルとなった。
グロステストは、虹が水滴による太陽光の屈折によるものであることを指摘した。
グロステストの理論は、「自然というものは数学の言葉で書かれており、その文字は三角形・円・その他の幾何学図形である」というガリレイの言葉を先取りしていた。
自然界の全ての作用を、作用者と受けての対によってではなく、両者の媒介項として「力能」すなわり「形象」を加えた三項で捉えた。そして、この形而上学的な理論をより自然学的なものにしたのが、ベーコンだった。
ベーコンは、物理の作用も霊的な作用も、全ての作用が「形象の増殖」によって伝搬すると考える。作用の伝播を近接作用と捉えている。作用者は直接接しているものにしか作用することができない。離れている作用者と受け手の間には媒質が必要とされる。光も磁力も空気を媒質として伝搬する。
アリストテレス主義者にとっては「場所は力」を有している。物体に対して力を及ぼしているのは絶対的な場所である。作用の結果としての物質の変化も「可能態」から「現実態」への転換というアリストテレスの因果性図式で捉えている。全ての物体が燃えるわけではない。可能態として火の本質を有している物体であれば、現実態としての火になる。
■ ペトロス・ペレグリヌス
ペトロス・ペレグリヌスは、磁石が二極をもつだけでなく、それらを切り離せないことを主張した。現代用語で言えば、磁気双極子として存在する。
ペレグリヌスは、北極どうし南極どうしは反発しあう、北極と南極は引き合うという法則を発見した。
磁針が差しているのは、北極星ではなく「天の極」とされる。天動説の立場では、天球の極は天球の回転中心という特別な点である。
南北の極を軸受けで支えて子午線にそってその軸を水平に保った球形磁石を軸の周りに自由に回転できるようにすれば、1日1回転する、と述べている。
ペレグリヌスの実験は、十分に近代的である。彼の実験思想は先駆的だった。
この時代の欧州のエネルギー使用は増大している。11世紀以降に多くの水車が新設され、エネルギー使用量が増大した。技術革新の担い手である技術者が産み出されていた。
磁石は、潜在的な磁性を現実化する能動作用者であるという「アリストテレスの因果関係」に基づいて理論化したのが、サンタマンのジャンだった。「類似のものは類似のものに引かれる」というテーゼはアリストテレスの図式で根拠づけられる。ジャンは引力しか説明できなかった。
