「マネーロンダリング入門」 橘玲 2006年 幻冬舎新書
お金とは無縁の私にはマネロンは似合いません。この本を手にとった理由は、世界を揺るがす事件の裏にはマネロンありだからです。 読んでみるとやっぱりです。ヨハネ･パウロ�祇い�らオサマ･ビンラディンまで様々な意味で「正義の人」は、深くマネロンと関わって英雄となり、あるいは戦って敗れた聖者となりました。 と言う訳で、これらのエピソードを中心に、本書の内容をまとめてみました。
《はじめに》
マネーロンダリング
資金洗浄。違法な手段で得た収益を隠匿する行為。広義には、脱税などに関わる裏金の取引を総称する。
オフシェア
国内金融機関から隔離され、税制などの優遇措置を与えられた国際金融機関の総称。狭義にはタックスヘイブンを指す。
マルタ騎士団
十字軍に起源を持つカトリックの騎士修道会。
《2. プライベートバンクの憂鬱》
プライベートバンクは、個人所有の銀行。１８世紀に設立され、王侯貴族などヨーロッパの富裕層の財産管理を行ってきた。現在は、富裕層向け営業部門を指すようになった。
スイス系の金融機関の優位性は、高い守秘性にある。匿名口座は、ナチスから逃れたユダヤ人富裕層の資産を守るためだった。しかし、過度の守秘性は犯罪の温床ともなった。テロとの戦いが国際社会の大義となった。現在は、マネーロンダリング防止法により、スイスの匿名口座は廃止された。
スイスにおいては、脱税は２種類ある。無人国や申告漏れと、書類の偽造などを伴うもの。刑法上の犯罪になるのは後者のみだ。スイスがＥＵに加盟しないのは、租税情報を他国と交換するようになれば、金融立国の基盤が崩壊するからだ。
プライベートバンクは様々な神話を身にまとっている。魔法のように資産を増やしてくれる、もその一つ。現実には、富裕層だけの特別な金融商品などというものは存在しない。数億円の資金しか持たない顧客が、機関投資家以上に優遇されるというのは幻想だ。
プライベートバンクに口座を開設し、日本市場で株式を売買すれば、取引主体は日本側ではわからない。仕手株などの投資には有効だ。日本企業の大株主に、カタカナ名のペーパーカンパニーが名前を連ねるようになった。経済誌は「外国人投資家」と呼ぶが、その多くは日本人である。
金融機関は個人の成績が重視される。集団での意思決定が機能せず、個人や一部門の暴走が止められないことがある。プライベートバンクでは、秘密保持のために、同僚との顧客情報の交換が禁じられており、この傾向が顕著になる。
ＵＢＳやクレディ･スイスが投資銀行と合併したのは、個人投資家と機関投資家の垣根がなくなったからである。プライベートバンクは、法人や機関投資家などあらゆる顧客にサービスを提供する。
マネーはグローバルな金融市場を行き来する。日本人が海外の金融機関を利用する場合、日本の居住者に対しては所得への課税権が残るものの、海外の銀行や証券会社には日本国の司法･行政権は及ばない。
《3. 北朝鮮はなぜ核兵器が必要なのか》
米ドルを扱う日本の銀行は、アメリカの銀行にコレスポンデント口座を持っている。日本の銀行は直接ドル預金を受け入れることはできない。コルレス口座にドルは移る。コレスポンデントは、「中継点」の意味である。金融の国際化とは、資金が移動することではなく、金融データが国境を跨いで処理されること。日本円のコルレス口座は、三菱東京ＵＦＪがほとんど独占している。
コルレス銀行は、国内取引とコルレス取引に境界線を引いている。同じ銀行内でも、国内口座とコルレス口座とのやりとりは「国際送金」として処理される。コルレス口座は、日本の銀行内にあっても、口座名義人である銀行の所在地国の法律が適用される「治外法権」となる。コルレス口座の治外法権は、国際金融の基礎をなる。
テロ資金の追求を最優先とするアメリカ政府は、愛国者法によって、不正に使用されているコルレス口座に介入する方途を得た。
全世界のドル建て外貨準備高は約400兆円と言われる。この金もニューヨークのコルレス銀行に預けられている。
ＳＷＩＦＴはベルギーのブリュッセルに本拠を置く金融業界の協同組合で、全世界7800の金融機関が加盟し、国際金融取引を動かしている。ＳＷＩＦＴは仲介した送金情報を保管している。同時多発テロの直後、ホワイトハウスは、緊急かつ一時的な措置として、ＳＷＩＦＴに情報提供を申し入れた。そして、テロ資金の解明に威力を発揮した。データ提供は、続いている。
コルレス銀行に対する制裁が発動されると、その口座にあるすべてのドル資金が凍結されてしまう。誰も預金が凍結される通貨を持とうとはしない。制裁は、ドルの崩壊という代償を伴う。
アメリカは北朝鮮をテロ国家に認定している。金融制裁によって北朝鮮経済を破綻に追い込むことができる。だからこそ、北朝鮮は米本土を攻撃する弾道ミサイルが必要なのだ。
《4. 世界で一番短いマネロンの歴史》
・バチカン銀行
1978年、ローマ教皇ヨハネ･パウロ１世(アルビーノ･ルチアーノ)が死亡。教皇就任後わずか33日目のことだった。遺体は解剖も行われぬままあわただしく埋葬された。
1982年、ロンドンのテムズ川で奇妙な首吊り死体が発見された。ロンドン警察は、死亡したのはロベルト･カルビと発表し、事件は自殺として処理された。
1986年、イタリアの重屏禁刑務所で、ミケーレ･シンドナが死亡した。シンドナが飲んだコーヒーからは青酸カリが検出された。
1979年、イタリアはテロの恐怖に震えた。シンドナとカルビの犯罪を追求しようとする者は、片っ端から殺されていった。その背後には、リーチョ･ジェッリが創設したＰ２(プロパガンダ２)と呼ばれる秘密結社の存在があった。
ジェッリは、フリーメーソン第三位会員として、有力者のサークルを作るよう命ぜられた。プロパガンダは、１９世紀の有名なフリーメイソンの支部で、Ｐ２はプロパガンダ再建を目指した。
６０年代のイタリアは左翼政党が勢力を伸ばし、共産主義政権誕生の危機に晒されていた。ジェッリは、軍の上層部に食い込み、極右勢力の団結を旗印に組織を拡大した。ＮＡＴＯの一員であるイタリアの共産化に備え、軍部によるクーデターを準備していたＣＩＡからの支援があった。Ｐ２の会員には、イタリアの有力者のほとんどが名を連ねていた。
フリーメーソンは、理神論と啓蒙主義を奉ずる団体であり、カトリック教会では異端とされてきた。にもかかわらず、バチカン内に多数のＰ２会員がいた。教皇が死んだのは、バチカンからフリーメーソンを一掃する決意をした数日後だった。
1929年、バチカンはムッソリーニにとの間でラテラノ条約を結び、主権国家としての地位と、イタリアに対する免税特権を手に入れた。また、バチカン市国以外の領地を放棄する代償として１千億円を支払うことになった。この保証金が「バチカン株式会社」の資本金となった。財産管理局が新設され、ベルナリディノ･ノガーラというカトリックに改宗したユダヤ人が管理を任された。ノガーラの投資家としての手腕は目を見張るものがあり、戦後は世界市場に投資し、ゼネラル･モーターズ、シェル、ガルフ石油、ＩＢＭなどの大株主となった。
1942年、バチカンは修道会信用金庫(バチカン銀行)を組織する。イタリア政府が課税免除を廃止すると通告。バチカンは、イタリアの金融市場から撤退し、ポール･マーチンクス司教にバチカン銀行の経営を任せた。シンドナは、バチカンの保有株を引き取って教皇庁幹部から信頼を得た。シンドナはニューヨークのマフィア=ガンビーノ家のために麻薬資金の洗浄を行っていた。この資金洗浄は、ジェッリがコカインに生産地である中南米にネットワークを広げるにつれてより大規模なものになる。ジェッリは、軍事政権や反共組織のために武器調達を請け負う死の商人であった。74年にミラノ証券市場が暴落し、シンドナの金融帝国は崩壊する。
バチカンとのビジネスは、カルビのアンボロシアーノ銀行に引き継がれる。カルビは、カリブ海のタックスヘイブン=ナッソーにアンボロシアーノ･オーバーシーズ社を設置し、その経営陣にマーチンクス司教を迎えた。バチカン銀行は、ジェッリ、シンドナ、カルビらＰ２のネットワークに侵食されていた。アルビーノ･ルチアーノが教皇に選出されたのはこの頃である。ヨハネ･パウロ１世となったルチアーノのが目にしたのは、キリストの理想とはほど遠いバチカンの姿だった。
中南米の軍事政権に人脈を築いたジェッリは、麻薬資金を洗浄する大規模な装置＝バチカン銀行を必要としていた。どれほど汚い金でも、バチカン銀行を通せばきれいな金となって出てくる。シンドナとカルビは、この資金洗浄装置を動かすためにバチカンに送り込まれた。
当時、カトリック教会の最大の敵は共産主義であり、イタリアでも共産化の脅威に晒されていた。資金洗浄で得た資金で、バチカンは秘密裏に反共組織や反共団体を支援していた。
軍事政権に苦しむ中南米のカトリック神父が反政府運動を展開した。バチカンはこうした運動を否定し、軍事政権に武器の購入資金を与えた。バチカンはＣＩＡやマフィアと、反共の理念で一致していた。
ルチアーノの跡を継いだカルロ･ウォイティワは、ヨハネ･パウロ２世を襲名した。ポーランド出身の教皇は、ポーランドの民主化運動「連帯」に多額の援助が行われていることを知り、マーチンクス司教を司直の手から守った。
・ＢＣＣＩ
アガ･ハサン･アベディは、パキスタンで、イスラム社会に貢献する第三世界のための国際銀行を夢見ていた。アベディが設立したＢＣＣＩは、世界各国に支店網を展開する国際銀行へと成長する。アベディの理想を体現したＢＣＣＩは犯罪銀行と呼ばれるようになった。
アブダビのザイド首長がアラブ首長国連邦の初代大統領となった。ザイドと旧知の間柄だったアベディは、オイルマネーで潤う湾岸の新興国の財務顧問となり、サウジアラビアなどにも首長に人脈を広げていく。アベディの「イスラムのためのイスラムによる銀行」は欧米の銀行に不信感を持つ彼らの賛同を得た。
ＢＣＣＩの登記地はルクセンブルグだが、どこの国の中央銀行からも監視されない世界初の「多国籍オフシェアバンク」が誕生した。アベディは、自分は神から使命を与えられたと信じていた。アベディは、採算を度外視して貧しい国々に支店を開設して融資を行い、ＢＣＣＩ財団を設立して発展途上国に多額の寄付をした。アベディは「人間の姿をした天使」と呼ばれるようになる。
ＢＣＣＩは顧客サービスを社是とし、遵法精神は無かった。ダーティーマネーを受け入れれば預金はいくらでも集まった。タックスヘイブンに次々に支店を開設し、独裁者や汚職政治家、マフィア、武器商人など、あらゆる顧客に対応できる体制を整えた。ＢＣＣＩのマネロン･サービスは巧緻を極めており、銀行の破綻がなければ永久に表に出ることはなかっただろう。
アベディはワシントンの大物弁護士クラーク･クリフォードの知己を得て、ファースト･アメリカン･バンクを手に入れた。アメリカに進出したＢＣＣＩは、大規模な麻薬の資金洗浄を行った。中南米から密輸された麻薬で得たマフィアの資金をアメリカの銀行で受け入れ、オフシェアの金融機関を通じて洗浄した。83年にはコロンビアの銀行を買収し、コカイン･カルテルの本拠地メデジンとカリでビジネスを始めた。
イランのイスラム革命は中東のパワーバランスは複雑化した。ソ連のアフガニスタン侵攻では、イスラム諸国はムジャヒディン(イスラム戦士)の支援で結束し、それをアメリカが援助した。ペシャワールにＣＩＡは武器弾薬を運び込んだ。ＢＣＣＩはこの秘密取引を独占し、武器の運搬にまで関わるようになる。ＢＣＣＩは、世界最大の武器商社となった。
アフガンゲリラは阿片の原料となるケシを栽培し、その資金で武器を購入していた。ホワイトハウスはその麻薬が持ち込まれることすらも黙認していた。ＣＩＡの指導によってソビエト軍と戦ったムジャヒディンの一人が若き日のオサマ･ビンラディンである。
欧米をはじめ世界中の国々がこの犯罪銀行を必要としていた。レーガン政権は、ニカラグアの反共ゲリラ･コントラを支援するためにイランに武器を売却し、その資金を転用した。イラン･コントラ事件にもＢＣＣＩは関わっていた。さらに、北朝鮮のスカッドＢミサイルをシリアに移送し、中国のシルクワーム･ミサイルをサウジアラビアに売却する取引も仕切った。
1991年アメリカで起訴され、世界各国の金融当局がＢＣＣＩの営業停止に踏み切った。アフリカなどの第三世界の中央銀行の外貨準備を含め、預金の大半が失われた。アベディはパキスタンでは今も英雄であり、カラチで余生を送った。
・アルカイダ
2002年、ダニエル･パールはパキスタンのイスラム過激派に首を切断された。パキスタンの裁判所は、オマル･シェイクを事件の首謀者として認定した。
イギリスで続発するテロの背景として、イスラム移民への差別が挙げられる。サラエボで、内戦で家を失ったイスラム教手へのボランティアに関わったオマルは、イスラム戦士に変わった。イギリスのパスポートを持ち、ヨーロッパ最高の大学で経済学を学んだオマルは、アルカイダにとって貴重なメンバーとなった。
アフガニスタンに集ったムジャヒディンのネットワークを維持拡大すべく、ビンラディンはアルカイダを結成した。フセインのイラクがクウェートに侵攻すると、ビンラディンは聖戦を唱えた。しかしサウジアラビアはこれをこれを拒否したばかりか、メッカの聖なる土地に米軍を駐留させた。このときから、ビンラディンの敵は、アメリカ＝イスラエルとサウジアラビア王室となった。
ビンラディンはソ連に勝利した直後は英雄として迎えられたが、第一次湾岸戦争が始まると危険分子として国外に追放されてしまう。ビンラディンはオサマ家の息子ではあるが、奴隷の子と言われている。アフガニスタンのタリバンは彼を受け入れた。
2001年、同時多発テロが起きるとパキスタンのムシャラフ政権はアメリカ側につく。アフガニスタンのタリバン政権は崩壊する。
タリバンとアルカイダの資金は、麻薬ルートを利用してカラチに運ばれ、ドバイからアフリカに向かったとされる。ダニエルがその手がかりを掴んだとしたら、アルカイダはいかなる犠牲を払っても資金を守ろうとしただろう。
リベリアは米国の開放奴隷によって建国された国。アメリカから帰国したチャールズ･テーラーが実験を握ると腐敗した国となった。冷戦が集結するとロシアから武器を密輸し、アフリカ諸国の政権や反乱軍に販売した。その共犯者が、ビクター･バウトである。彼は航空会社を設立し、旧ソ連軍のパイロットがどこへでも届けた。タリバンとアルカイダのためにも大量の武器を運んだ。2002年にはインターポールから逮捕状が出されたが、バウトは追求されなかった。アメリカが、アフガニスタンで物資を輸送できる航空機はバウトしか持っていなかったからだ。
アルカイダは銀行システムを使った送金に危険が伴うことに気づき、ダイヤモンドを使うようになる。ダイヤならば、宝石商で現金に換えられる。アルカイダは、世界規模の資金洗浄のシステムを作り上げた。
《5. 誰にでもできるマネロン》
マネロンの王様は、現金のハンドキャリーである。スイスでは、貨幣の移送は自由に行える。
海外との送金を扱う「地下銀行」。依頼人から現金を受け取ると、現地の代理店に連絡を入れる。受取人が代理店を訪ねると、現地通貨が渡される。両国間の送金額が同じでないと、一方の資金が枯渇してしまう。私設送金システムは、外国人労働者のいるところではどこにでもある。アメリカでは、私設送金業者は合法である。
