「時間の歴史―物理学を貫くもの」 渡辺慧 1987年 東京図書

 古い本ですが名著だというので手に入れました。物理の本で原価より高い古本はこれで4冊目です。でも、こういう本は「外れ」はありません。特に、熱力学の第二法則についての筋の通った議論は「目からウロコ」でした。ほかの本でも結論は述べてあるのですが、それを数式でも文章でもきちんと説明してあるのには感動しました。ありがとうございました。以下はこの本の要約と引用です。


《1. 科学史の方法》

 自然科学の法則は、その通用する範囲があります。望遠鏡や顕微鏡など、経験の範囲が限定されます。特定の分野の切り口にはそれだけに都合の良い概念があります。概念は人間の用いる道具=主観です。科学は自然の一部を描く絵画です。それは我々の創造です。

 力はポテンシャル勢力(エネルギー)から導かれます。力学ポテンシャル以外の力、熱(内部勢力)と電磁気勢力、そして質量。質量と運動勢力の和は恒存します。

《2. 時間の聡明》

 幼児には過去にあった出来事の前後という考えはなく、過去が現在に同居しているように見えます。体験に前後の関係が付けられ=出来事の順序が記憶されるようになり、過去と未来が異なると認識されて、時間が成立します。

 大犬座のシリウス星が日の出の直線に東の空に現れる頃に、ナイル川の洪水が起きます。そしてエジプトの人々は、この日を一年の初めとしたのです。こう定めた一年が365日であることにも気づきました。暦が作られるようになりおました。

 日の出と日没までの間にあるものが「時間」です。日時計が生まれます。仏教関係の古い日本語では食事のことを斎(とき)と言います。物理概念としての時間が成立するのは、振り子の等時性を発見したガリレイ以降です。但し、バビロニア人は、伸縮しない時間を用いたそうです。赤道に近いエジプトでは昼と夜の長さは大きくは変わりませんが、北方へ行けば違いが目立ちます。

《3. 物理時間の成立》

 ガリレオは、振子の周期の二乗と振子の長さが比例する。物体の落下距離は、落下時間の二乗に比例する、ことを発見しました。抵抗を無視すれば、エントロピーの増減が無く時間に向きがなくなります。

 ガリレオは法則なるものが成立することを示しました。それは数式でまとめられます。ギリシャの自然の理解は静止した幾何学でした。ガリレイは動くものを捉えて表式しました。

 物理現象は時間を要すること、物理学時間の基礎が確立しました。時間が量として扱われ、他の量との関数関係の中に導入されました。後に、質は量において再び発見されます。

《4. 力学の時間》

 同一の物理過程は同一の時間過程に対応するということが、時計の原理です。運動または変化が、時間を時間たらしめる要因です。

 ガリレオとニュートンの相違は、tを有限のままにしておくか、限りなく小さくするかの違いです。ガリレオは完了した運動を全体として見ているのにたいして、ニュートンは運動をその生成において見ています。

 微分を一回する毎に定数が一つづつ落ちていきます。最初の時刻の条件は、初期条件。初期条件は任意です。微分方程式で表される法則は、時間発展の決定性があります。ニュートン力学では、初期条件が何故実現されたかは説明できません。

 変化(運動)の真の意味は、無限小の時間dtで初めて捕らえられるものです。運動が時間と空間に投射されます。運動は一つの瞬間から次の瞬間へ伝えられます。

 ニュートンの時間は絶対時間であり、可逆的時間です。可逆的という意味は二回微分なので時間の符号を逆(マイナス)にしても敷が変わらということです。

《5. 可逆性の法則化》

 カルノーの原理「可逆循環による熱機関より能率の良い熱機関を作ることはできない」。熱量は高温より低温へ流れ、その逆は不可能だということです(熱力学の第二法則)。

 エントロピーは加性の量です。二つの系のエントロピーの和が新しい系のエントロピーになります。外部の無い系ではエントロピーは減少しません。この向きは相対ではなく絶対です。

《6. 可逆性と不可逆性の相剋》

 「いくつ」は数(離散量)、「いくら」は量(連続量)。ギリシャにおいても、物質の粒子性を主張するレウキポスやデモクリトスと、連続性を基本原理とするアリストテレスの対立が見られます。現在の量子論では、粒子でも連続体の波動でもなく、粒子とか波動とかは一つの抽象として、原子の持つ機能の現れと理解されます。

 ボルツマンの熱力学では、分子の速度分布が基礎となる量となります。ボルツマンのH定理は、可逆的な力学から不可逆的なものを導き出しました。ボルツマンは、常に分子は同一の分布をしていると仮定しています(混沌仮定)。このカオスがボルツマンの不可逆性の源泉です。混沌仮説は証明されないとしても、最も確からしい統計的な考え方です。多くの場合を同時に考えれば平均においては一様に分布すると考えるべきです。混沌仮説によって可逆的な力学から、不可逆な結論が導かれました。

 H定理は時間の向きを定めるのではなく、我々の認識の順を表示するものです。H定理は時間について不可逆的ではありますが、時間について対称性を保っているのです。

 既知のHに対応する粗視状態は、それを可能にする微視状態が、少なくとも原理的には、全部尽くされているのでなければなりません。

 H定理は、時間の絶対的な向きを定めているのではなく、人間の認識の向きを表現しているのです。認識は、人間の側だけでできるものでもなく、人間のいない自然にあるものでもありません。人間と外界との相互作用によって生まれるのです。

 ウィラード・ギブスは、初めから集団という観念から出発してH定義を基礎づけました。統計集団が定義されるためには、要素の場合分け明確にできることが条件になります。場合または微視状態は離散数=数えられます。その一つの微視状態を一つの量子状態と呼びます。ギブスの先験確率の仮定によれば、先験確率は位相空間の体積に比例します。

 結局、集団の点は、同一勢力(エネルギー)に属するあらゆる部分にゆきわたります。Hの値は漸次ミクロカノニカル集団のHの値に近づきます。どの点から出発しても、等勢力面の唯一つの道筋を辿ることになります(エルゴード仮定が成立します)。エルゴード性によるH定理の見直しは、H定理が時間の前後について対称であることを示しています。

 H定理は、エントロピーは値が増大する確率が極めて大きいということです。確率は既定のことから未定のことを推定する時に意味を持ちます。それ故、エントロピーの増大は現在から未来への向きに向かって適用されるべきものです。

 過去と未来の区別は観測者が既に知っています。従ってH定理の定める時間の向きというのは観測者に相対的な向きなのです。観測者は、互いに情報を交換し得る観測者の全体を考えたものです。連絡のとれない観測者の向きを比較しても意味はありません。

《7. 電磁気時間の導入》

 電磁気の歴史は、1800年にヴォルタによる定常電流の発生で新しい幕が開かれます。

 ファラデーは、力を一つの形から別の形に変える変えることに成功し、勢力保存則の門口まで来ていました。また、力学現象においては、力は何らかの仲立によって伝えられます(ファラデーの自然哲学)。あらゆる現象を近接作用で説明するのを近接作用の原理と呼びます。

 ある位置に固定された電荷があります。そこに別の電荷(試験体)があれば力が働きます。この力は試験体の在る位置で定まっていますから、空間の各点に定まった固有の性質と考えられます。力はベクトルですから、空間の各点にそういうベクトルが結びついた空間を「場」と言います。場のベクトルは、場所から場所へと連続して変わっていきます。空間の曲線を考えて、その接線をベクトル(力線)の向きとします。

 力線は方向を与えます。強さは、力線の数で表します。電荷の密度に比例するように、力線の数の密度を定めます。rからなる距離に一つの球面を考えれば、その球面積はその距離の二乗に比例します。力線の密度はrの二乗に逆比例することになります。力線の向きと強さは、ベクトルの和(重畳の原理)になります。力線という概念で近接作用を具体化することができました。

 「ファラデーは、数学者が遠距離で引き合う力の中心を見たところに、心眼をもって空間を横切る力線を見たのである」(マクスウェル)。

《8. 特殊相対性理論における時間》

 時空間間隔一定の原理は、時間と空間の融合、空間における距離の概念の拡張と考えられます。

 動力学や電磁気学では、動く物の長さを測るには、両端の位置を同時に測ることが必要です。

 一般相対性理論の用いる座標には加速度があります。共変原理は、自然法則が一般化した計量(テンソル)を用いれば同じ形に書けることです。

《9. 量子論における時間》

 1870年、ドイツはアルザス・ロレーヌの鉄鋼を基礎として、重工業を発展させていました。プランクの定数は、炉内の勢力を解析する中で発見されました。

 アインシュタインの式[E=hv]光子の勢力は、光の波動の振動(v:振動数)であることを示しています。ドブロイの式[p=h/λ=h/k]運動量pが波長λや波数kの関数であることを示しています。波とか粒子とかという形容詞は、我々のマクロな観測から得られた観念です。

 量子論の観測結果は未来の予測には役立ちますが、過去を推定するには役立ちません。確率による予言は不可逆です。