「ベンチャー企業 第三版」 松田修一 2005年 日経文庫

 著者は、早稲田大学ビジネススクール教授。大学発のベンチャーキャピタル「ウエルインベストメント」を設立した、起業論の専門化です。大学の講義のための再読です。内容は古いけれど、類書が少ないので、参考になります。 以下はこの本の要約と引用です。


■ ベンチャー企業とは

大学の知的所有権を民間に移転するための「技術移転機構(TLO)」

 新興企業の登竜門は、「ジャスダック」、1999年開設の東京証券取引所「マザース」、2000年開設の大阪証券取引所の「ヘラクルス」。赤字でも設立1年でも、将来の成長があれば上場可能。

 起業家の育った環境。親の職業で多いのは、経営者と自営者。勤務者としてのワーカーや公務員は少ない。

 他の先進国では、大学院進学者の企業は3割前後。米国では。理工系の大学を卒業して就職し、3〜4年後に経営管理修士(MBA)で企業スキルを身につけ、起業したいと考える業種の中小企業にマネージャーで就職し、3社転職して幅広い経験を積みます。

 インキュベーターとは、企業に必要な施設・器材・機構を備えたスタートアップ総合支援の「孵化器」です。一定期間入所し、一人前の起業家に育てます。欧米や中国の大学には必ずあります。

 優秀な人材を集め、ベンチャーを支援する個人投資家(エンジェル)から出資を仰ぐには、志を伝える事業計画書が不可欠です。

 ベンチャー企業が、拡大期に崩壊するのは、社内コミュニケーションが希薄になるからです。日本の起業家の多くは、企業は自分のものという意識が強く、バランス感覚に欠けています。

■ ベンチャー企業の成長マネジメント

 ベンチャー企業が成長する過程は、起業家自身の脱皮の連続です。特に日本では、起業家のレベルが低く、成長に時間がかかります。

 技術開発型ベンチャーは、開発コストがかさみ、資金が尽きて倒産の危機「死の谷」を迎えます。どの市場のどんな顧客をターゲットにするかを、明確に絞り込まなければなりません。日本の場合、債務超過に陥ったベンチャー企業に対して、第三者からの資金提供はありません。考えられうる危険を計算した上で、危険に挑戦します。

 ベンチャー企業が成長するためには、外部経営資源をいかに活用するかが重要です。外部への依存は、危険も伴います。

 起業家の実務体験や人間関係によって起業スタイルが異なります。自己の体験した事業が、最も危険が少ない筈です。

 製品の開発から資金の回収までの期間を予想し、資金を集め、不足する人材を補うかを、事業計画によって明確にします。欧米のベンチャー起業家は、必ず財務責任者を企業の中枢に採用します。過大な資金調達が、放漫経営を招くこともあります。

 経営陣の一枚岩体制を維持するために、創業時の取締役を解任することも、トップの任務です。経営チームの中の意見の不一致はベンチャー企業の崩壊につながります。経営チームの平均年齢が40歳を超えると、新成長期に移行することは不可能です。

 起業家がそれまで温めていた製品を世に問うのですから、その製品がヒットするのは当然です。ヒットすればするほど、類似製品が出てきます。

 ベンチャー企業の組織モデルに影響を及ぼしたのが、純粋元株会社の設立解禁や株式交換などを利用したM&Aの活発化です。

 持ち株会社は、グループ全体のバックオフィス機能を持ち、グループ全体の戦略立案、事業計画などを分担します。

 IBMなどの米国を代表する企業は、一社上場のみで子会社の上場はしません。企業グループを統一意思で統括するコーポレート・ガバナンスを重視しているからです。株式の上場は、独立した経営をする必要があります。親会社のコントロール機能を低下させます。

■ 資金調達とリスクの回避

 ベンチャー企業が成長するには、資金調達が不可欠です。リスクは資本コストを意味しています。

 担保が不要な開業資金として活用される、国民生活金融公庫・商工組合中央金庫・中小企業金融公庫・地方自治体の新産業育成基金。保証協会による保証は融資間接支援です。知的財産ん権担保融資は、将来に特許などが認可された場合に、これを担保にすることを前提に日本政策投資銀行が行います。

 エクイティファイナンスは、新株発行を伴う資金調達です。エンジェルは、起業家が後進を育てるために資金の提供と助言を行います。

 安定株主を確保するために、創業者に新株予約権を付与する。事業アライアンス先を安定株主とする、などを工夫します。株式上場(IPO)は、目的ではなく、飛躍のための手段です。

 米国の新産業はベンチャー企業が担い手。600社が上場し、同数が消滅する多産多死構造で成り立っています。

 総販売代理店を採用すると、実質的に販売権が喪失する可能性があります。

 単体の特許権にみで製品を開発することは困難です。応用技術の開発、試作品の製作など支出が必要です。

 急成長期には、ファブレス生産やOEM生産、委託販売、共同開発などの事業アライアンス。既存の大企業とWin-Winの関係を結ぶ能力が必要です。特許権の管理やトラブル回避も必要になります。

■ ベンチャーキャピタルと支援インフラ

 米国は1946年、このままでは米国経済が衰退すると懸念した政府が、ベンチャーキャピタル(VC)のアメリカン・リサーチ・デベロップメントを設立しました。日本のVCの歴史は、米国の後追いです。

 日本でもVCが、社会取締役・監査役を送り込んだり、取締役に出席したりして、経営支援を行うことが多くなりました。但し、上場申請を決議する取締役会で、インサイダー取引に問われる危険を回避するために、社外取締役を解任するのが通常です。

 世界のVCはキャピタリストによるパートナー制(共同経営)を採用していますが、日本では投資銀行に過ぎません。

 VCの多くは株式会社。キャピタルゲインに対する二重課税が生じます。キャピタルの利益と株主の配当に対する二重課税です。これを解決するのが投資組合です。

 米国のエンジェルは、成功した起業家や専門性の高いビジネス経験者。スタートアップに至るまでベンチャーを支援します。

 大学の研究を特許化し、民間に技術を移転し、ベンチャー輩出の拠点となっています。米国で技術移転機構(TLO)を持っている大学は250校。大学の教授は、企業志望の学生に技術移転を指導し、事業を立ち上げるためのエンジェルや経営人材を紹介するメンター機能も果たします。MBA卒業生の多くが起業します。

 日本では、戦後の経済成長が、年功序列・終身雇用の幻想を生み、ビジネスマンに複数の企業への勤務や企業経験がありません。

 大学にも、TLOやインキュベーションなど、ベンチャー支援の動きは広がっています。TOL・インキュベーション・テクニカルセンター・VCが一体となって運営される組織を大学だけで運営するのは不可能です。東北大学・東京大学・京都大学・大阪大学は、産業界との連携を深め、総合支援スキームを実現しようとしています。

■ ベンチャーにかかわる法律問題

 自己株式は、会社名義の株式ですので、配当請求やその他の自益権を認めません。

 製品化に必要な周辺特許を取得することは膨大な研究開発コストを要します。研究開発型ベンチャーにとって、特許は成功への最短コースではない場合もあります。特許に関する訴訟費用は大きく、泣き寝入りをすることもあります。