「スピンはめぐる」 朝永振一郎 2008年 みすず書房

 量子力学の歴史を辿る名著。なのですが、ハードルの高い本なので時間の余裕ができてから読もうと積んどいた本でした。読み進めると、やっぱり難しい。数式を理解することを半ば諦めて、歴史を追うのに精一杯でした。でも、面白かった〜〜。量子力学の?の中で、やっと解ったものもあり、感謝!です。 以下はこの本の概要です。


■ 夜明け前

 電子の波動性や光の偏光現象といった研究が、スピンの発見につながる下地となりました。

 1913年、ボーアは水素原子のスペクトルに理論を与えました。水素原子のスペクトル・タームは主量子数n、副量子数l、磁気量子数mによって定められました。nは電子軌道の大きさに、kはその形に関係します。

 新量子学では、軌道角運動量の大きさはl=k−1です。

■ 電子スピンとトーマス因子

 電子の相対論的質量変化が、S軌道、P軌道、D軌道、… でそれぞれ異なることが見出されました。

 量子数n、k、j、mの値を指定したとき、その量子数を持つ電子は原子内に1個より多く存在することはできない」(パウリの排他原理)。

 電子の静止系から見ると電場は回転しているから相対論によれば磁場が生じます。

 1927年には、ハイゼンベルクのマトリクス力学とシュレーディンガーの波動方程式が発表されていました。それらの新理論によれば、半整数の角運動量も許されました。

 電子が自転するという考えと、古典電子論の間には矛盾がありました。

 スピン軌道相互作用におけるトーマス因子(ローレンツ変換に基づく補正)の導入によって、観測結果と一致する理論が確立されました。

■ パウリのスピン理論とディラック理論

 ディラックは、マトリクス力学と波動方程式を状態ベクトルという概念によって統一しました。いろいろな物理量を1つの抽象的な線形空間に包括しました。物理量を値を求めることは、その線形作用素の固有値を求めることに帰着されます。連続無限個の座標軸の使用を可能にしました(このような考え方を数学者は嫌いますが)。

 ディラックは、スピンの導入と相対論的の方程式を導くことを一挙に解決しました。

 パウリが提案したスピン行列と、ディラックの相対論的電子理論の関係性により、スピンが量子力学と相対論を結びつける重要な概念であることが示されました。

■ スピン同士の相互作用

 磁気的な相互作用やエネルギー準位の分裂など、スピンの性質が現実の物理現象に影響を及ぼします。

 排他原理の由来は、シュレーディンガー関数の反対称性にあります。

 電子のスピンが見かけ上大きな相互作用を持ちます。

 鉄の強磁性には、シュレーディンガー関数の対称性と、電子がフェルミオンであることなどが関与していたのです。

■ パウリ-ワイスコップと湯川粒子

 クライン-ゴルドン方程式も量子力学の枠組みと矛盾せず、従ってスピン0の粒子も可能です。

 シュレーディンガーのψは確率振幅とも呼ばれる。ψで表される波動は抽象座標空間内のもので、我々三次元空間内の波ではありません。

 ところが、空間内に実在する物質波という概念が、空間内に実在する光の波と全く同様に妥当な概念として成立します。

 量子力学において、座標q、運動量p、エネルギーHもオブザーバブル(実験によって直接観測される量)です。しかし、Pは測定実験で直接得られる量ではありません。オブザーバブル測定で得られるデータの集積にかかわる量です。多くの物理学者は、ディラックの第二量子化に戸惑いを感じました。

 ディラックが行ったのは、ハミルトニアンを出発点として、多粒子系を記述するヒューリスティックな(発見論の)な考察でした。

 ディラックの発見論の考察は、粒子間に相互作用がある現実に対しては功を奏しません。

 1個の光子の確率振幅は見つけられない。相対論では空間内の確率振幅は存在しません。量子化すべき方程式は、場の方程式であって、確率振幅ではありません。

 クライン-ゴルドン場に付随して、質量m、スピン0のボソンが現われた。このボソンの電荷は±e、正負両方の値が可能でした。2mc^2より大きな光子が存在すると、それの吸収によって+eと−eとの粒子の一対が創生され、こういう一対があると2mc^2を放出して消滅することが解りました。

■ ベクトルでもテンソルでもない量

 ベクトルやテンソルは、空間座標の変換にたいする「共変量」として定義されます。演算の結果が共変量でないものは物理では役に立たないのです。共変形は、成分間の連立方程式の形に書いたときに、どの座標系でも同じ形のものが得られます。物理法則はどの系でも同じ形をしていることがわかりました。

 スピンが通常のベクトルやテンソルとは異なる特性を持ちます。スピンの数学的な表現(スピノル)やその性質が、量子力学の枠組みの中で定式化されていきます。

■ 素粒子のスピンと統計

 場のラグランジュ関数から出発し … 物質場と電磁場を一緒にした相互作用を決定されます。

 スピノル場ではエネルギー密度は正にもなれば負にもなります。

 スピン-統計定理を通じて、スピンが素粒子の振る舞いを決定づける基本要因であることが明らかになりました。

■ 発見の年 1932年

 1932年に、中性子と陽電子が発見されます。

 角運動量の合成法則と、陽子スピンが1/2であるから、中性子のスピンは半整数でなければならないこちになります。

 スピン0のボソン電子ともいうべき粒子という考えから、荷電スピン(アイソスピン)という概念が生れます。角運動量にスピンとは別物ですが、数学的にはスピンそっくりの性質を持ちます。

■ 核力と荷電スピン

 原子核が中性子と陽子からできていて、電子は構成要素ではありません。

 ハイゼンベルクは、中性子を陽子に変え、陽子を中性子に変える … 中性子と陽子を異なる素粒子と考えないで、同一の粒子(核子)の異なった状態だと考えました。

 荷電スピン(アイソスピン)を用いてエネルギー順位を関連づけます。基底状態はT=0、励起状態はT=1(Tζ=1、Tζ=0、Tζ=-1)。

 1939年には欧州で大戦の火蓋が切られました。

■ 再びトーマス因子について

 粒子のスピンも、独楽との類推で考えられます。独楽にトルクが無いなら、回転軸は一定の方向を向いている。独楽にトルクが働くと、独楽は首振り運動をします。粒子を磁場の中で回せば、磁場方向のまわりに首振りを始めます。

■ スピン、その後

 π中間子のアイソスピンは1で、ζ成分は1、0、-1である。