「マーケットデザイン」 坂井豊貴 2013年 ちくま新書
慶応の経済学者の市場設計の本。平易に市場設計技術を解説した良書です。講義の資料とさせて頂きました。ありがとうございます! 以下はこの本の要約と引用です。*はWEB検索の結果です。
■ はじめに
マーケットデザインは社会の仕組みを改良します。社会を住み良くしていきます。
■ 組合せの妙技 − アルゴリズム交換
腎臓移植などにおいて、血液型以外にも、患者の血液がドナーのリンパ球に対する抗体を持っていると移植できません(リンパ球クロスマッチ陽性)。
いまの社会で受け入れられる制度を作ることが大切です。臓器売買には拒否感を持つが、患者とドナーの組換えは許容できるという人は多いので、その可能性ならば追求できます。
2004年に論文「臓器交換」が発表されました。ロイド・シャプリーとハーバード・スカーフの「住宅市場モデル」に基づいています。
いまの部屋の満足していない学生は部屋を交換するために一堂に会する。誰も今より嫌な部屋に移らない(個人合理性)という条件を尊重する。
より優れた配分をパレート改善すると言います。これ以上パレート改善されることが無い配分をパレート効率的と言います。
相対での抜け駆け=ブロックが起こり得ない配分を強コア配分と言います。全員にバランス良く高い満足を与えているということです。
強コアは配分は存在する。強コア配分は一つしか存在しない。あるものが存在することと、それを見つける方法が存在するのは別のことです。その解法が、デイビット・ゲールによる「トップ・トレーディング・サイクル・アルゴリズム(TTCアルゴリズム)」。
TTCアルゴリズムが強コア配分を見つける手順。1)参加者は、自分にとって最も良いものを指差します。指差=矢印をつないでいくとサイクルが見出されます。2)繰り返します。
多数決のルールの下では正直の投票することが必ずしも得策ではありません。TTCアルゴリズムでは、虚偽の指差しにより得をすることはありません(耐戦略性)。
強コアルールは、耐戦略性、パレート効率、個人合理性を満たします。そして、強コアルールは3条件を満たす唯一のルールです。
空き部屋と新たな入居者が存在する拡張したモデルを腎移植魔チングに適用する。{患者、患者のドナー、献腎、ドナーを持たない患者}。献腎の数は少なく、たまに提供されます。
市場設計では、あるアルゴリズムをそのまま用いることはあまりありません。それぞれの事情を考慮に入れる必要があります。
適合する相手が少ない患者を救うためには、大きなサイズのサイクルを作ることが有効に働きます。
長いサイクルでは、医師や施設に限りがあるために、手術は逐次、順番に行われます。そこで問題になるのはドナーの「裏切り」です。裏切りのリスクはあるものの、長いサイクルを作ることが選択されました。非同時に手術を行っても、裏切りは起こりませんでした。
我が国における腎移植の状況は先進国としては特異なものです。献腎移植が極めて少ないのです。「欧米ではドナー交換腎移植を可能にする社会ステムを確立する動きが見られるが、日本においてはそのような気運は無い」加藤俊一東海大学医学部教授。
日本での腎移植は6等親以内の血族、配偶者と3等親以内の姻族に限定されています。
■ 両想いの実現 〜 マッチング
マッチングの安定性をめぐる問いは、常に組合せをめぐる議論の中心に存在してきました。研修医マッチングなどの現実問題で、マッチングを実用化する動きも盛んになっています。
個人1〜3を男性、4〜7を女性。「独りでいること」も許容され、ゼロで示します。
どのような抜け掛けも生じないマッチングを安定的と言います。ゲールとシャプリーによる受入保留方式で可能になります。
1)各男性は一番好きな女性にプロポーズする。女性はその中で一番好きな男性のプロポーズを「仮」受諾する。2)振られた男性は、これまで降られていない中で一番好きな女性にプロポーズする。女性はプロポーズした男性と仮受諾中の男性を比較して、一番好きな男性のプロポーズを受諾する。
人と物を組み合わせる問題では、強コア配分は一つしかありませんでした。人と人を組み合わせる問題では、安定マッチングは一つとは限りません。
男性をプロポーズ側にして得られた安定マッチングは、全ての男性にとって好ましい結果となっています。女性をプロポーズ側にすると女性によって好ましい結果になります。女性にとって、男性最適安定マッチングは、安定マッチングの中で最も好ましくありません。
男性がプロポーズ側の受入保留方式は、男性にとって正直な選好を申告するのが最適になっていまが、女性にとってはそうとは限りません(片側耐戦略性)。完璧なマッチングは存在しません。
両サイドの内一方が複数の相手を受け入れる「一対多マッチング」。研修医を1〜6、病院をAとB。両病院とも定員は2名。ゼロは、研修医にとっては「無職」を、病院にとっては「採用せず」を表します。
一対多マッチングにおいても、受入保留方式はプロポーズした側にとって最適な安定マッチングを導きます。
一対多マッチングにおいては、一側(研修医)がプロポーズする場合は片側耐戦略性が成り立ちますが、多側がプロポーズうる場合はなり立ちません。
アメリカには研修医マッチング機構という国家規模の仕組があります。カップルが同じ地域に勤務するなどの修正が加えられています。
日本でも2004年から、受入保留方式に基づく研修医マッチング制度が導入されました。研修医マッチングにより、研修医は僻地を避けられるようになりました。厚生労働省は、給料の上限を設けることで、僻地派遣の研修医に高い給料で報いることを禁じています。厚労省は公平性の実現を妨害しています。
*現在、厚生労働省は、研修医の給与については、直接的な上限設定を行っていません。しかし、様々な要因が複合的に働き、研修医に高い給料で報いることが困難な状況にあると言えます。
日本の研修医マッチングでは、2009年に受入保留方式を、都道府県別の地域定員を設けて修正して使うことになりました。この修正が上手くできていません。
*2009年に導入された受入保留方式の修正は、都道府県別の地域定員を設けることで、医師不足が深刻な地域への医師の配分を促進することを目的としていました。しかし、この制度には当初からいくつかの課題が指摘されており、現在もその有効性について議論が続いています。
学校選択マッチングを受入保留方式で行う場あい、学生は正直に生きたい通りに選好を申告することが最適になっています。そして、受入保留方式は安定マッチングを実現します。公立学校は選好を持っているわけではありません。
学校選択マッチングではTTCアルゴリズムも適用されます。自分の学区の嫌な学校には割り当てられないという個人合理性の条件も満たします。
安定性を選ぶなら受入保留方式、効率性を優先させるならTTC方式になります。学校間で競争させることに懸念もあります。
不出来なマッチング方式は、それ自体が手続きへの不満を生み出します。学校選択性はそれ自体が賛否の対象でもあります。
■ 競り落としの工夫 〜 オークション
オークションは「市場」の一形態です。
オークションで物を売るならば、自分で値段を決める必要はありません。決めるのではなく、定まります。
オークション研究が盛んになったきっかけは、周波数オークションの成功でした。周波数免許は、日本を除く全てのOECD諸国では、政府主催のオークションで売買されています。周波数免許は帯域や地域により様々な種類があります。
オークションの参加者(買い手)の、財に対して「最大でこの金額まで払ってよい」金額を「評価額」と言います。評価額は別の買い手や、売り手には分かりません。
事業免許の場合、社会で最も有効活用して利益を上げられる企業が、一番高い評価額を持つと考えられます。一番高い評価額の買い手に売るのが効率的です。
オークションには、公開型と封印型があります。公開型の代表例は「競り上げ式オークション」です。封入型は、公共財の入札など、一番安い金額を書いた者が勝者になります。
第一価格オークションでは、一番高い入札額を支払います。第二価格オークションは、勝者が、入札額の中で二場目に高い金額を支払います。
財に高い評価を持つ人が勝てないのは、オークション後にその人が勝者から財を買い取る可能性があることを意味します。転売の余地を残すオークションは、それ自体で失敗しています。
第一価格オークションの下では結果が相互の予測に依存してしまい。公正なルールとは言えません。第二価格オークションでは、各参加者は自分の評価額をそのまま入札するのが支配戦略になっています。第二価格オークションは、耐戦略性を満たします。
多くの人にとっては、第一価格オークションの方が馴染むものでしょう。しかし、直感に馴染むこおてゃ、優れたオークションの方式であることを意味しません。
公開型の競り上げ式オークションでも二番目に高い評価額を支払えば、第二価格オークションと同じになります。
競り下げ式オークションは、第一価格オークションは同じ結果になります。
第二価格オークションを選択すると、ギャンブル性が減って効率的な配分が実現します。耐戦略性を満たすオークション方式の内、公平性条件を満たすのは第二価格オークションだけです。
一人の入札者が二つ以上の財を得るようなオークションでは、収益同一性は一般には成り立ちません。期待収益を最大化するには、オークションの参加者を増やすのが有効です。
競り上げ式では互いの行動が観察できます。約束を裏切りにくい=談合が成立し易くなります。第二価格オークションは、封印型なので談合が壊れ易い。但し、どの方式をとっても、談合の可能性を排除することはできません。どの方式を用いるにせよ、多数の買い手を集め、新規参入者を広く迎えて競争を活発化させます。
オークションには価格の参照点を与える、つまり「相場」を作る機能もあります。
日本を含む多くの国では、国債の一部をオークションで販売しています。国際は同じ財をたくさん売ります(同質財オークション)。ヴィックリーオークションという方式が、耐戦略性を満たします。公開型の方が望ましいという場合は、オーズベルオークション方式が候補となります。
日本の国債オークションでは、ビッド支払オークションが用いられています。日本の国債への需要は高く、どの方式を用いても結果はほとんど変わりません。
*市場環境により、状況は変化しています。長期にわたる超低金利環境が続き、投資家のリスク選好度が変化し、より高い利回りを求める傾向が強まっています。米国をはじめとする主要国の金融政策の変更や、地政学リスクの高まりなど、グローバルな金融市場の変動が日本の国債市場にも影響を与えています。従来のビッド支払オークションに加え、単一価格オークションが導入されるケースが増えています。単一価格オークションでは、全ての落札者が同一価格で落札するため、市場参加者の行動に変化をもたらす可能性があります。
高頻度取引業者や海外投資家の参入がさらに進む可能性があります。ブロックチェーン技術などの活用により、オークションの効率化や透明性の向上を図る取り組みが進むことが期待されます。
周波数オークションで、ポール・ミルグロムが辿り着いたデザインが、同時競り上げ式でした。開始時間は同じ。全てのオークションが終わるまでどのオークションも終わらないというルールを設定しました。こうすることで、事業者はある免許の値段が高くなってきたときに、よく似た他の免許に乗り換えることができます。これにより、似た免許には似た価格が付く、いわば一物一価が実現することになります。
オークションは、ある財の「真の経済価値」を見つけ出す仕組みです。オークションは、どのような結果になるか分かりません。結果が分からないからこそオークションをするのです。
フリードリッヒ・フォン・ハイエクは、競争を「発見の手段」と表現しました。ルールを作るのがマーケットデザイン。計画経済のように、結果を決めるのではありません。
18世紀にアダム・スミスが考察した自由市場の機能と、19世紀にレオン・ワルラスが重視した技術としての経済学、そして20世紀にフリードリッヒ・フォン・ハイエクが「発見の手段」と評した競争の考え方。市場設計は、それらの知見を21世紀に結実させた知識の結晶です。
■ おわりに
市場設計は、「生兵法は大怪我のもと」が起こりやすいものです。