「時間は存在しない」 ロベェッリ 2019年 ＮＨＫ出版
やっと訳されたロベェッリの時間論。しかも、一般向けに書かれた著書。嬉しい限りです。去年から時間の物理に取り組んでいますが、この本を読むと“既に結論は出ている”という感を強くしました。今後は、ロベェッリの十分の一の水準であるにしても物理学としての『時間』という『現象』を理解していければと考えています。という意味では、まだ道は遠いという感じです。
最近は、時間は実在しない、という結論には到達していました。あるのは「私の“今此処”」という意識です。そして今此処で起こった出来事の計測概念の一つが「時刻」です。この各点の「時刻」と「場所」を貼り合わせた多様体の時空座標間はローレンツ変換での変換されます。時空は歪んでいません。それは存在しないのですから。
物事の相互関係のネットワーク＜相関網＞＝＜場＞は、＜力＞によって構成されています。場が力によって励起すれば粒子になり、力が相関網を伝われば波動になります。
動物は「こうだったら → こうなることが多い」という、行動の決定に有効な「事象間の関係の認識」を発達させます。これが因果関係の認識であり、物理学の因果律の元になるものです。この因果関係から『時の流れ』という感覚が生まれます。心理学や認知論や神経科学を学んできたので、時間感覚の根本は理解していました。そのような因果認知を物理学の研究者がどのように考えるのかについても興味のあるところです。
また、この本を読んでいて懐かしかったことがあります。それは、ハイデガーの「存在と時間」です。高校時代、ハイデガーに傾倒し、「ハイデガー選集」を全巻購入して熟読していました。難解だからそこ面白がれるという、いかにも高校生っぽい惹かれかたたでした。若気の至りですね。筆者のアナクシマンドロスへの思い入れが、昔を思い出させてくれました。
さらに驚きなのは、私の座右の書である「ミリンダ王の問」（釈迦の教え≠仏教）が時間の本質を表現するものとして登場することです。ロベェッリの議論が私にす〜と入ってくるのは、その思想の背景がとても似ているからなのでしょう。
以下はこの本の要約と引用です。＊印は生禿の感想です。尚、文意により「時間」は「時刻」と書き換えています。また、空間(座標)を場所と書き換えた箇所もあります。
《最も大きな謎、それはおそらく時間》
踊るシヴァ、この神の踊り、宇宙の流れ支える踊りが時間の流れなのだ。時間の正体は人類に残された最大の謎なのだ。時間の謎は、私たち自身についての問題なのだから。
�� 時間の崩壊
《1. 所変われば時刻も変わる》
アナクシマンドロスは、地球がなんの支えもなしに宙に浮いていることを知っていた。
物理学の方程式のｔは、何を指しているのか。本物の「時間」は存在しない。場所の各点に異なる時刻がある。この世界は、互いに影響を及ぼし合う出来事のネットワークなのだ。これが、アインシュタインの一般相対性理論による時間の描写である。
《2. 時間には方向が無い》
原因が先で、結果が後。時間の矢が登場するのは、熱が絡んでいるときに限られる。熱は分子の振動である。そして、ぶつかったり押しあったり、全てが混じり合う。
熱やエントロピーや、過去のエントロピーの方が低いという見方は、事前を近似的、統計的に記述してはじめて生じる。
事物のミクロな状況を観察すると、過去と未来の違いは無い。原因と結果の区別はつかない。
《3. 現在の終わり》
「現在」という概念と関係があるのは自分の近くのものであって、遠くにあるものではない。数学者たちは、親子関係で確立されるタイプの順序を「半順序」と呼んでいる。半順序によっていくつかの要素の前後関係は確立されるが、全ての要素の関係が確立されるわけではない。
《4. 時間と物事は切り離せない》
生命体には時計がたくさん詰まっている。ニューロンの時計やホルモンの時計など、これらすべてがほかの時計と調和している。時刻の経過は、動きの痕跡でしかない。時刻は、事物の変化の様子を測る方法の一つである（アリストテレス）。ライプニッツによれば、時間は時刻経過は出来事の順序でしかない。「場所」はそれを囲んでいるもののことである（アリストテレス）。場所も物体の順序でしかない。 「何時」と「何処で」は“場”との関係で決まる
「場」は、世界の現実の編み地を構成している。時空は重力場である。重力場は伸びたり縮んだりできる。曲がると重力が生じる。
《5. 時間の最小単位》
無数の固有時に量子を織り込むと量子重力になる。量子力学は、変数が粒状であることと（粒状性）、揺らぎと重ねあわせにより不確定であること（不確定性）、他との関係に依存すること（関係性）を持つ。時計で測る時刻は粒状（離散）である（プランク時間）。
揺らぎがあるからといって、定まらない訳ではない。その量がほかの何かと相互作用することによって、不確かさが解消される。この相互作用を「観測」とすると誤解を招く。相互作用によって具体的な存在になる。電子がスクリーンに衝突したり、粒子検知器に捕まったり、光子と衝突したりして、具体的な位置を得る。電子は、相互作用をしている物理的な対象に対してのみ具体的な存在になる（物理状態が確定するのは、人間による観測だけではない）。相互作用が起きると接続時間は粒状になり、相互作用した相手との関わりにおいてにみその値が決まる。時間は関係のネットワーク（関係網）の中に溶け去る。
＊この世界に実在するのは「場」だけ。相互作用によって痕跡を残し物理現象として認識される。ということだと理解されます。
�� 時間の無い世界
《6. この世界は、物ではなく出来事でできている》
この世界が出来事の「相関網」であるという事実に揺らぎはない。事物は所在しない。事物は「起きる」のだ。基本方程式には、時間という変数は含まないが、互いに対して変化する変数を含んでいる。時間はその変化を計測したものなのだ。
この世界は、出来事＝出現する何かの集まりによって構成されている。この世界は石ではなく、波で出来ている。素粒子は束の間の場の揺らぎでしかない。この世界を出来事の相関網と考えるとうまく説明できる。物理学は、物の変化を記述している。出来事に関する記述なのだ。
時間がないからといって、全てが凍りついて動かなくなるわけではない。もしも「時間」が発生自体を意味するなら、あらゆるものが「時間」である。
《7. 語法がうまく合っていない》
哲学者たちは、現在だけが現実だとする見方を「現在主義」と呼んでいる。「現在」は、自分たちの近くでのみ近似的に定められる。
この世界には変化があり、出来事同士の関係には順序の構造があって、それらの出来事は断じて幻ではない。
アインシュタインは、ご託宣としか思えない言葉を多く残していている。互いに矛盾する誤った言葉がたくさん残っている。← わが宿敵アインシュタインは、時代の子。時代受けする言説を嗅ぎ分ける名人でもありました。
≪8. 関係としての力学≫
時間の実在しない世界の記述はどのようなものになるのか。物同士が、互いに対してどのように変化するかが解りさえすればよい。変数の間にどんな関係が存在し得るのかが解ればよいのだ。量子重力の方程式はこのようにして作られた。プライス･ドウィットとジョン･ホイーラーのホイーラー=ドウィット方程式だ。量子重力の基本式に時間が含まれていなくとも不思議はない。物事が互いに対してどう変化するか、この世界の事柄が互いの関係においてどのように生じるかを記述する。起こり得る出来事とそれらの関係だけを記述する。
ループ量子力学の方程式は、現代版のホイーラー=ドウィット理論である。この理論の変数は、様々な場をすべて同じ水準で記述する。作用素の固有状態は、ある場所の量子とそれらの間の遷移確率を記述する。
場は、素粒子や重力量子(空間量子)といった具合に粒のような形で現れる。これら空間量子が「空間」を形作っている。いやむしろ、これらの相互作用の網がこの世界の空間を生み出している。(場は)その間断ない相互作用にによってのみ存在する。その相互作用こそが世界における出来事の発生であり、時間の基本形態なのだ。量子は、相互作用の相手との関係に限って姿を現す。
これらの相互作用の力学は確率的だ．この世界は互いに関連し合う視点の集まりのようなもので、「外側から見た世界」について語るのは無意味なのだ。なぜならこの世界には「外側」が無いのだから。
＊この世界には（通常は近傍とか近接とか言われる）「内界」しか「無い」＝「見えない」。
空間の量子は「近い」という関係によって結び合わされ「網」になる。スピンネットワークの輪っかはループと呼ばれており、これが「ループ理論」の名前の由来になっている。
�� 時間の源へ
≪9. 時とは無知なリ≫
宇宙が回っているのは「幻」ではない。宇宙の動きは、宇宙と自分との関係から「生じている」。時間は、世界に「生じる」のである。
分子が混じり合うとき、変わり得る変数は変わる。変わらないのは、孤立系のエネルギー(力量)の総量である。エネルギーと時間には密接なつながりがある。この二つは、物理学者が「共役」と呼ぶ量の対を形作っている。位置と運動量、方角と角運動量も共役である。ある系の力量を知ること、その系がほかの変数とどのようにつながっているかを知ることは、時間の流れ方を知ることに等しい。なぜなら、時間のなかでの進展の方程式はその力量の式に従うからだ。
マクロな状態を観察すると、この世界のぼやけた像が得られるが、それを力量を保存するような混ぜ合わせ解釈することができて、そこから時間が生まれる。ハミルトニアン［Ｈ＝−ｋＴln[p]］を定め、状態ｐから始まる「熱」時間が決まる。マクロな状態によって定められた時間を「熱時間」と呼ぶ。
基本的な量子遷移における時間の最初の萌芽は。物事の相互作用のが順序づけられているという事実の中に潜んでいる。物理的な定数の非可換性ゆえに、系に含まれる物理変数全体が「非可換フォン･ノイマン環」という数学的な構造を定義する。マクロな状態によって定められた時間と、量子の非可換性によって定められた時間は同じである。私という存在「丸ごと」を経験するという粗さ(粒度)が時間を成立させる。
≪10. 視点≫
過去と未来の違いは、かつてこの世界のエントロピーが低かったという事実に起因している。
私たちに与えられたこの世界は、外側からではなく、内側から見た世界である。私たちがこの世界で見るものは、自分たちの視点が果たす役割を考えに入れてはじめて理解可能になる。
≪11. 特殊性から生じるもの≫
この世界が前に進むのに欠かせないのは、力量ではなく低いエントロピー（均質度）なのだ。全ての力量は熱に形を変えて冷たいものの中に入る。世界を動かしているのは、低いエントロピーの資源なのだ。この世界が熱平衡状態になれば、何も起こらなくなる。
エントロピーの増大は一様ではない。生命はエントロピーを増大させるための様々な過程のネットワークなのだ。
熱が存在しなければ、分子の運動がなければ、石はいつまでも弾み続け地面に落ちて止まりはしない。宇宙が存在すること自体が、無秩序化の過程＝シヴァの踊りなのだ。熱平衡の状態にある系では、因果によって識別される時間の方向は存在しない。
《12. マドレーヌの香り》
この世界は実在するものではなく、互いに結び合わさった出来事によって構成されている。「ミリンダ王の問」の中に、「馬車とは車輪なのか、車軸なのか、それとも枠組みか、馬車は部分の集まりか」という問がある。「一体となって機能することを馬車と呼んでいるのであって、これらの関係や出来事とは別に馬車が実在する訳ではない」。私たちも、過程であり出来事（物語）なのだ。
過去の痕跡を見ることと、時間の流れを感じることは別物だ。時間の流れは、音楽経験で説明できる。一つの音の意味は、その前後の音によって与えられる。歌は、時間と呼ばれるものによってまとめられ、私たちの心に届けられる。これが時間なのだ。
《13. 時の起源》
私たちの近くには「今」がある。今は局所的なものだ。巨視的な熱時間は、時間と呼ばれるものになる。
《眠りの姉 − 私たちにとっての世界》
《日本語版解説》
ループ量子重力理論における時空間は、ループという根源的な要素から組み立てられた二次的なものである。
アナクシマンドロスは、変化する現象や出来事があるのみで、時間は後から付いてくるという考え方をとる。
著者は、自然哲学者として時間を論じている。ロヴェッリは、「私は物理学に取り組む際に、感情を退けず、むしろ解放する」と述べている。
