「医療・介護問題を読み解く」 池上直巳 2014年 日経文庫

 薬学部で教えている私としては、日経文庫でこんな本がでているのでは、読まないわけにはいきません。しかも著者は、この分野の第一人者です。勉強になりました。ありがとう御座いました。 以下はこの本の要約と引用です。


《まえがき》

 医療と介護の一体改革が政策課題になりました。高齢化の影響は、介護の方が大きく、福祉政策や住宅政策とも整合性をもって対応する必要があります。

《1. 医療問題の構造》

 医療の特殊性は、平等に提供する、不測の事態に対応することが求められることです。日本では、国民皆保険によって実現されています。

 民間保険のがん保険では、広告費が保険料収入の6割以上になります。

 医療では市場メカニズムが成り立ちません。情報の非対称性があり、医師が情報を患者に提供し、患者が治療方法を選ぶインフォームド・コンセントも機能しません。セカンド・オピニオンも、ファースト・オピニオンの意思と比べて情報量が少ないので有効ではありません。また、選択は、癌などの時間の余裕がある場合に限られます。

新薬の開発過程
1)試験管レベルでの有効な化学物質の特定
2)動物実験で検証
3)健常者(フェイズ機法⊂数の患者(フェイズ供砲濃醉
4)ランダム化比較試験(フェーズ掘

 治験は実際の臨床現場とはかけ離れた条件下で実施されます。実際の臨床での効果とは別次元です。新薬の発売後に、臨床試験を行うこともありますが、メーカーからの支援で行われることが多く、中立性に問題があります。

 アウトカム評価のためにQOL尺度が開発されています。QOLの換算表は、一般人口を対象に「当該状態で10年生きることは、元気な状態で何年生きるのと同じ価値であると思いますか」の質問に対する回答に基づいて算出します。実際にそのQOLの状態にある患者の評価ではありません。イギリスでも、終末期に用いる抗癌剤は、生存年だけで評価されるようになりました。また、経済評価では把握できない価値観をヒアリングを集約して、国民に提供するかどうかを決めています。

 虚弱高齢者をケアするためには、幅広い全身の対応が必要です。医学部教授は専門分化した領域に特化しています。

 患者は治療効果(アウトカム)の評価を求めるでしょうが、アウトカム評価を体系的に行うことには医師は消極的です。医師の裁量権のために、医療では無駄の判断は難しいことです。

 治療成績は、日本では患者が在宅に退院した割合で、アメリカでは病院への再入院率によって評価する方法が導入されています。

 医療の支払い方式は三種類。出来高払い、病名などで患者をグループ分けた包括払い、医療機関に対する予算制。出来高払いでは過剰医療の抑制、予算制では診療意欲の低下が問題になります。

 包括払いでは過小医療を防ぐために、標準の医療を提供するクリニカル・パスが開発されました。また、包括払いでは、合併症などの患者では赤字になるため、高次の病院への紹介が増えます。短い入院期間で退院すれば、入院中の医療費は抑制できても、退院後の医療費を合算すれば高くなる可能性があります。アメリカでは、外来やナーシングホームなどの地用が増え、医療費は高騰し続けました。

 診療記録(カルテ)の電子化によって、クリニカル・パスは普及しました。しかし、ペーパーコンプライアンス(書類上だけの規定順守)の危険性は増しました。

 イギリスの人頭払いでは、医師の診療意欲が低く、診療が収入に反映されないために、病院への紹介が多すぎます。

 モラル・ハザードを抑制する方法として、公的保険でカバーする範囲を限定する方法と、患者の負担割合を高くする方法があります。両社とも外来診療には効果がありますが、入院するかどうかは医師が決めるため効果はありません。また、負担額の上限が設けられていて、医療費の抑制効果はありません(高額医療費制度)。

 費用を徴収する方法は、保険方式と税方式の2つ。保険方式では、低所得者からも徴収し、逆進性は大きくなります。

 患者・医療機関・地域のいずれの部分最適も、全体最適にはつながりません。

《2. 日本の医療》

 国民皆保険と高額医療費制度を可能としたのは、経済成長にともない税収が伸び、補填額を増額できたからです。

 保健と自費のサービスを同時に提供する混合診療が禁止されています。

 健保組合の保険料が上がるのは、高齢者の医療費を賄うための支援金・納付金が増えるからです。

 国保の場合、3000以上の保険者が存在すること自体が非効率です。

 国保は、年金生活者と非正規雇用者によって8割が構成されるようになりました。

 日本は「自由開業医制度」。医師であれば、どこでも自由に開業し、診療科も自由で、自分の裁量で診療できます。諸外国では、専門医でなければ、当該専門領域の診療を行ってはいけません。

 大学は卒業生の就職先を、病院は専門性の高い医師を必要としたので、両者の利害は一致し「医局制度」が誕生しました。新人医師が入局すると、大学病院と関連病院をローテーションして研究し、研修終了後も関連病院に勤務する制度です。医局の格、医療機関は設備によってヒエラルキーが形成されました。

 診療所では総合診療医として診療する必要があり、医療教育と実際の場面で求められる技能は乖離しています。

 診療所の医師は、日本医師会にまとまっていて強く結束しています。

 2004年に開始された初期研修により、医学部卒業生の7割が大学病院で研修を受けていたのが、過半数が市中の病院で受けるようになりました。

 2003年に病院の機能を明確にするため、病床を一般病床と療養病床に分けました。

 民間病院は、不採算になる僻地医療と高度治療への対応は限られたものになります。

 国は医療費を抑制するために、ベッドを増やすことを認めません。

 欧米の病院は、救貧施設より発達したので、患者のケアは当初から施設の責任で行われていました。

 日本国は、医師・医療機関に対して、診療分野や地域配置を命令しません。その代わり、医療報酬によって、サービスの配分を制御しています。

 医療機関は診療報酬明細書(レセプト)を作成します。レセプトは診療報酬の要件を順守しているかが審査されます。不適切な請求を抑制するために、行政と地域の医師会による共同指導が行われます。診療報酬の要件は、順守を監査する体制が整備されているからこそ実効があります。

 診療報酬による調整が可能なのは、全てのレセプトデータを網羅したナショナルデータセットによって、診療行為と薬の量が把握されているからです。

 薬価調査をを実施し、銘柄ごとの販売の量と価格を明らかにします。薬価調査によって薬価は引き下げられます。

 日本は後発品への割合が低く、価格もアメリカのように1割に下がるというようなことはありません。

 日本の治験が時間と費用が高いのは、一つの医療機関の症例数を増やす必要がありますが、機能分化が進んでいない日本の医療構造を変えるのは困難です。

 薬価決定のプロセスは明らかにされません。アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスの平均価格の1.25倍以内になるよう調整されます。

 包括払いでは病院固有の調整係数(DPC)が導入され、一般病床の過半数がDPCによって支払われるようになりました。DPC導入後は、入院中に行っていた検査や投薬を外来にシフトし、その分を出来高で請求しています。

 医療関係の人件費の引き下げは難しく、技術の進歩による高額化するので、医療費の増加を止めることはできません。

 専門志向の医師の給与は大病院では低く、郡部では高くなります。医師以外の職種では逆です。

 診療報酬は、開業医の報酬のためにデザインされたので、開業医が提供するサービスに高い点数がついています。日本医師会の中医協に対する圧力が強いためでもあります。

《3. 医療改革の課題》

 医療における財源問題の第一は、医療費の四分の一が国の一般会計によって賄われていることです。保険負担部分は、保険料率を上げて収支を均衡させますが、税負担部分は税率が据え置かれ、赤字国債の発行によって賄われてきました。

 社会保障は、自助を基本に、公的保険による共助、生活保護などの公助が順に対処する仕組みです。

 被用者保険と国保を都道府県単位に統合すべきです。保険料は消費税よりも逆進的。派遣会社の健保組合の保険料率の方が、派遣先の会社よりも高いので、所得格差はいっそう大きくなります。都道府県によって医療の体制は異なります。全国単位で統合すると医療の格差が温存され、医療費の低い地域から高い地域に富が移転することになります。高齢者を特別視しない制度を確立するためにも必要です。

 「在宅」は、自宅以外の高齢者向け住宅が中心になります。臨死期において本人が意向を表明できることはまれであり、予め代弁者を決める必要があります。

 高度医療の診療報酬が改定され、採算性が改善し、提供する民間病院も増えました。そして、民間病院の多くは、介護事業を展開しています。

 自宅兼用の診療所が減少し、都市部のビル診療所が増えた結果、夜間や総合診療医としての対応が難しくなっています。

 2006年に導入された患者7人に対して看護職者1人以上という7対1看護が普及し、看護師の不足が課題となっています。

 病院の受診は総合診療医からの紹介に基づいて行うのが原則となり、現在のフリーアクセスは徐々に制限されます。

 中学校区ごとの医療と介護の「地域包括ケアシステム」構想には無理があります。ビル疹では総合診療医となりことは難しく、フリーアクセスを制限することも困難です。多くの国民は、在宅で死ぬことを望んではいません。

 医療法人は、余剰金の配当を禁じられています。持分の売買による病院のチェーン化は進んでいます。

 高齢化社会になっても、健康寿命が延び、働き続けることができれば生活の質は向上し、医療介護費も節約できます。

 健康診断や健康指導は、病気で受診した際に対応した方が効果的ですが、日本ではついでに健診や予防接種を行うことは禁止されています。60歳以上になると通院率は過半に達し、医療と予防の分断は無駄です。通院していて特定健診を受ける必要が無いのに受けることも無駄です。

 新薬のコストの9割は研究開発費。米英では特許が切れると薬の価格は1割になります。

《4. 介護保険の概要と改革の課題》

 介護保険がカバーするのは要介護状態に応じて設定された「給付限度額」までであり、限度額を超えるサービスは全額自己負担となります。そして、介護はサービスを定型化し易く、人件費も低く抑えられます。

 介護保険で言う「施設」は、特別養護老人ホームと介護老人保健施設と介護療養医療施設に限定されます。グループホームや有料老人ホームは「居宅」に分類されます。居宅は、住まいという意味で「自宅」に限られません。居宅のホテルコストは個人の負担になります。居宅では連携はおろか、コミュニケーションも難しいのが実態です。

 欧米では福祉は、お金がない・仕事が無い・家が無いの三無いの者に対する施設から出発しました。老人福祉法によって、三無いの高齢者を対象とした養老院が、養護老人ホームに変わりました。定食者でなくとも入所できる特別養護老人ホームが設置されました。

 訪問看護は1992年に診療報酬に収載されましたが、主目的は寝たきり老人のケアでした。

 介護保険のサービスは、要介護の程度(重度)を評価し給付限度額を決めたら、本人と家族の意向でサービス事業所を選びます。サービスの料金は「介護報酬」によって規定されています。

 「施設」と「居宅」の割合が逆転し、「居宅」の割合が増えたのは、「施設」の開設が規制されたからです。

 介護費の増加を抑制する抜本策はありません。グループホームを含めた施設全体が介護費に占める割合は5割。これらの施設では給付限度額の全額が使われます。施設の開設は介護費に大きな影響を与えます。介護保険で支払われるお金の殆どは、人件費と建物の減価償却費です。介護保険では、事業所や介護職員の裁量権はほとんどありません。

 厚生労働省は診療報酬と同じように細かい改定を介護報酬についても行い、介護報酬の請求事務が煩雑になり、サービスの使い勝手は悪くなっています。

 居宅サービスが整備されれば、施設に対する需要は減ると行政は予測しました。実際には施設に対する需要は増え続けています。要介護1以上で「施設」に入所できます。

 特別養護老人ホームの人気が高いのは、療養環境が最も優れ、家族に介護負担が無く、本人の自己負担も低いからです。特別養護老人ホームの開設は公費で補助されているので、財源不足で開設が少なくなっています。入所待ちの介護サービスを使いながら待ちます。介護サービスを多く使っている者を優先して入所させる制度になっているからです。

 高齢者専用賃貸住宅やサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などの「住宅」も増えました。サ高住には、状況把握・生活相談サービスの提供が要件として加わりました。サ高住の賃貸料は、同じ広さのワンルームマンションの2倍。相応の付加価値が求められます。重度では居宅の限度額の方が高いので、介護費は増える可能性があります。

 介護職員の募集は常に求人を上回っています。給与等の条件が悪いからです。

 病院から退院を指示され、家族は在宅で対応しなければならなくなります。受け皿が不十分なので、救急車の利用が増加します。

 2012年に提示された中学校区ごとに構築する「地域包括ケアシステム」。訪問看護は対応できておらず、ケアマネージャーは連携の中心にはなれない。絵空事になっています。

 ケアマネージャーの業務の大半は、ケアプランの作成ではなく、ケアプランに沿ってサービスが提供されたかどうかを確認する「給付管理」です。ケアマネージャーは看護職よりも地位が低く、連携の中心となることも困難です。

 生活保護の人口当たり支給率は、都道府県間に10倍の格差があります。

 介護職員の労働市場は、訪問介護従事する非常勤者と施設の常勤者に分かれます。

《エピローグ》

 改定を重ねるたびに制度は複雑になります。行政の過去の法令には誤りが無かったという「無謬性」があるからです。妥協しなければ何も改革できません。