「日本文化論」 梅原猛 1976年 講談社学術文庫

 本屋さんで見かけて、やっぱり読み直そう!梅原さんのご意見を受け入れている訳では無いが、これを言い切る人間がいたのはやっぱり貴重かな … でもその説は、あまりにも幼稚です。こんなに軽薄な本だっけ?!哲学者だもんね。以下はこの本の要約と引用です。

《まえがき》
 この講演のころ(昭和43年)は、私が最も仏教に熱中していた頃である。その後、古代学の研究に進んでいく。

《世界史の動向》
 トインビーは、16世紀から19世紀は、西洋が科学技術をもって世界を征服した時代。21世紀からは別の歴史が始まる。征服された各文明が反撃を開始する。西洋は精神原理を失った。この空白を埋める文明が生き返る。

《西洋への反撃》
 西洋の文明は生き返らなければ駄目だ。世界の文明は多元的なものだ。 宗教というのは、根強い力を持っているのです。西洋の哲学者の中では、東洋からな学べという考えが主流を占めています。

《日本文化の主体性の喪失》
 日本は西洋文明を進んで取り入れた。その成功のよって、植民地となることを免れた。
 日本は明治以前、2千年の間に、三回ほどしか対以外戦争をやっていない。
 日本文化の中に仏教は大きな影を投げています。

《文明を導く二つの原理》
 力の思想ではもやはやっていけないなってきた。ギリシャ文明もキリスト教も。力の文明、攻撃の文明です。ゼウスは怒りの神、エホヴァは復讐の神です。キリスト教は血だらけの宗教です。イエス自身も血だらけです。対して、釈迦は安らかに死んでいきます。西洋では聖人は殺されます。殺された人間を崇拝する西洋の文明は、攻撃の文明です。
 怒りの文明、力の文明は西欧。東南アジアは安らぎと慈悲の文明です。

《未来の課題》
 キリスト教社会では、神が戦争を認める以上、「正義の」戦争は正しい。平和の原理、慈悲の原理に立つ文明の建設が世界に課せられている。科学合理主義では辿り着けない世界を仏教は説いている。日本は新しい文明を想像する機会に恵まれている。

《補遺》
 キリストの死は復活によって永遠の命を示します。仏教では、人間は死ぬものであり、あらゆるものは移り変わります。
 現代文明は死を忘れた文明です。死を忘れた文明は平和を守ることはできません。仏教には生死に関する知恵があります。
 仏教では生きとし生けるものが全て人間と繋がっています。キリスト教にはエホヴァのエゴイズムが反映しています。キリスト教が「汝の敵を愛せ」と言いますが、仏教に敵はいません。
 「創造というものは、情緒・情操の中から中から生まれる」岡潔。