「医療崩壊 真犯人は誰だ」鈴木亘 2021年 講談社現代新書
薬学部で教えている立場の人間ですから、このタイトルを付けられたら読まないわけにはいきませんよね。という訳で手に取りました。さすがに講談社現代新書です。キチンとした本でした。ありがとうございました。講義で使わせて貰います。 以下はこの本の要約と引用です。
《はじめに》
医療体制の拡充というやるべきことをやらず、国民に犠牲を強いる政府や医療界。補助金を得ながら、コロナ患者の受け入れを拒否する幽霊病床や、国が所管する病院の努力不足。医療界への批判と不信感が渦巻いています。
《1.世界一の病床大国で起きた医療崩壊》
医療逼迫が深刻な中でも確保病床数はあまり増えず、政府はワクチン接触の促進と、人流抑制策に頼った対策を取り続けました。
諸外国の感染状況に比べて、我が国は桁違いに感染者数が少ないのです。想像を絶する感染状況だったドイツやイギリスでも、医療崩壊は生じていません。桁違いに少ない感染者数にもかかわらず、我が国は医療逼迫を起しました。感染拡大が始まって2年経っても、医療逼迫の危機を繰り返しています。
我が国の病床数は、諸外国に比べて突出して多いのです。人工千人当たり病床数がOECD加盟国平均3.5に対して、日本は7.7です。
ごく一部の医療機関、ごく一部の病床が手一杯で頑張っているのに、コロナ患者を受け入れていない医療機関がたくさんあったのです。コロナ患者用に病床を確保するために補助金を受け取りながら、患者を受け入れない「幽霊病床」も存在します。
医療提供の総動員体制を作れない原因は何だったのでしょうか。
《2.少ない医療スタッフ》
日本全体の医療人材を活用する総動員体制を作れば、コロナ禍の医療スタッフ不足は解決可能な問題です。
日本の医師数は、2018年度で人口千人当たり2.5人。OECD加盟国平均の3.5人を下回っています。全国で30万人の医師の内、10万人が診療所の医師。開業医の平均年齢は60歳です。勤務医不足は、コロナ禍以前から問題となっていました。
新型コロナウィルスは「指定感染症」に指定されました。コロナ患者は原則、「感染症指定医療機関」の「感染症病棟」に入院させなければなりません。感染症指定医療機関は、全国に379機関、病床数は1891床でした。対応できるのは、感染症や呼吸器内科などの専門医と専門知識を持った看護師です。コロナ患者に治療と看護は、通常よりも多くのスタッフが必要です。一人の看護師が看ることができる患者数は1〜2人です。苛酷な現場です。離職者が相次ぎました。
コロナ受入病院を増やし、受け入れていない病院や診療所の医師・看護師を受入病院に派遣するなどの工夫が必要です。
問題は、一部の勤務医たちに想い負荷がかかっていることです。総動員体制が作れないことに問題の本質があります。
勤務医と開業医の収入格差は深刻です。2017年の勤務医の平均年収は1488万円、開業医は2748万円。勤務医の労働環境の苛酷さもあり、開業医志向は強くなります。病院の診療報酬を引き上げ、開業医の診療報酬を引き下げれば良いのです。中医協の主要メンバーである日本医師会の反発によって実現困難になっています。医師数を増やすことに対しても、医師数が増えると現在の医師一人当たりの収入が減るという理由で、日本医師会が反対しています。
《3.多すぎる民間病院》
非常時に民間病院に指示命令ができない現行法制に問題があります。
行政の指示命令で動く公立・公的病院が少なく、政府の要請に従わない民間病院が多い。OECD加盟国平均の公立・公的病院の比率は52.7%、日本は18.4%です。民間病院が多くても、米国のように、非常時には大統領や知事による緊急命令によって、病床確保を民間病院に命じられる法制度であれば問題はありません。我国の場合は、民間病院に対して行政命令を出す権限が、政府にも都道府県にもありません。
医師の応召義務はあるものの、患者を受け入れるかどうかは病院の権限。行政ができるのは「協力要請」だけです。行政命令が行使できないため、我国では利益誘導で行われます。
今回のコロナ禍でも、どさくさ紛れの大盤振舞いが批判を浴びました。コロナ患者受け入れを前提とした病床確保に対する補助金目当ての「幽霊病棟」。病院が食い逃げできる隙があったからです。国民の血税が食い物にされ続けています。
《4.小規模の病院》
厚生労働省は、医療資源の集約化を進めず、政策的に放置してきました。
コロナ患者に対応するには、専門医と訓練された看護師、医療機器、隔離用の病室が必要です。大規模な病院に限られます。感染症患者の受入には大きな固定費が発生します。
「病院経営は病床を埋めてナンボ」。我国の病因は、回復期・慢性期の患者の長期入院によって、収益を上げるビジネスモデルになっています。
日本の病因規模の小ささは際立っています。民間病院が多いから、中小病院が多いのです。
100床未満の病因のコロナ患者の受入割合は20%。8割の病院がコロナ患者を受け入れていません。
日本全体のコロナ病床数を増やすには、大病院にコロナ患者を集約し、コロナ患者以外を中小病院に転院させることです。軽症や中等症の患者は中小病院にも受入てもらう必要があります。先進国ではそのように行われています。
《5.フル稼働できない大病院》
背景にあるのは、1)大病院なのに医療資源が充分でない、2)国が管轄している大学病院や国立病院(国立病院機構)、旧社保庁(地域医療機能推進機構)などの意識の低さです。社会的使命を果たしていないと言わざるをえません。
4割以上の公立・公的病院がコロナ患者を受入ていません。重症者を受け入れた大病院は、22.7%に過ぎません。しかも、その8割以上が1〜4人しか受入ていません。医療スタッフや設備などの医療資源が充分に集約化されていないことも要因です。
日本には、病院間で重症病床や医療スタッフを融通する仕組みが機能していません。
国が所管している国立大学病院に強い要請を出すことは、国と地方の力関係から考えて、遠慮しがち。国と地方の役割分担の曖昧さの狭間で、能力に見合う役割を免れたのです。本来は、厚生労働大臣が病床を増やすよう指示すべきですが、行われていません。病床確保に努力している都道府県はそれを見ているのです。
《6.病院間の不連携・非協力体制》
感染拡大期には、大病院に重症患者を集約化し、中小病院に軽症者や中等症患者を受け入れてもらい、「上り」と「下り」の患者の受け渡しを円滑に行う必要があります。地域にある医療機関間の役割分担、連携・協力が必要です。自由過ぎるフリーアクセスが災いして、連携が不足しています。
大病院への患者集約化には、中小病院との連携が不可欠です。コロナ患者を受け入れる体制を持つ大病院を「重点医療機関」に指定しましたが、その重点医療機関の多くは、完治するまで看る自己完結主義から抜け出ていません。すぐに満床になるのは当然です。
重症患者の入院調整は、保健所が行うことになっています。しかし、「下り」の転院は保健所は行ってくれません。
医療逼迫に拍車をかけたのが、保健所の業務崩壊です。保健所には感染爆発によって様々な対応業務が集中しました。帰国者・接触者相談センターの設置、PCR検査、感染者の行動調査、接触者の確認、健康観察、自粛要請、入院患者や自宅療養者の病状把握、医療機関間の連絡調整と入院調整。
保健所の入院調整業務を支える情報インフラの粗末さは目に余るものがあります。厚生労働省が作成したシステムは全く役に立ちません。
厚生労働省は口先だけの指示を出すのみで、何もしていません。実際に施策を実施するのは基礎自治体です。
医療機関間の連携はコロナ前から課題とされてきたものです。背景には、我国独特のフリーアクセスの医療提供体制にあります。病院間は競争関係で、自己完結型の医療が前提です。アクセスコントロールが必要ですが、日本医師会は断固として反対しています。
《7.地域医療構想の呪縛》
厚生労働省の医療政策の失敗の結果、中小病院の急性期病床が爆発的に増え、その是正を図るのが地域医療構想。地域医療構想は、機能別の病床管理制度です。コロナ禍で医療逼迫を起した原因は、過去の医療政策の失敗にあります。
日本医師会は医療政策を左右する圧力団体です。いかなる正論も沈黙せざるをえない状況が続いています。日本医師会が掲げたプロフェッショナル・フリーダムは、開業医のいいなりの医療行政を意味します。
我国の診療報酬は、何ら医療行為が行われなくとも、入院しているだけで請求できる報酬部分が大きいという特徴があります。病床が増えるのは当然です。
厚生労働省は、急性期の高度医療を担うと称しながら、「なんちゃって急性期」を激増させました。急性期病床だ(7対1病床)と名乗りさえすれば、高い報酬を享受できるからです。
厚生労働省の過ちというよりは、診療報酬制度を決める中医協の仕組みの問題です。日本医師会にとってとって、急性期病床の診療報酬は既得権です。
《8.政府のガバナンス不足》
国と地方の役割分担の曖昧さ。政府行動計画を具体化するための準備不足。医療崩壊を生み出したのは、政府のガバナンスの混乱です。
政府のコロナ対策を巡る失敗、不手際、頼り無さ、ドタバタ観、泥縄感の背景には、政府のガバナンス問題がつきまといます。大災害が起きているのに、災害対策本部が司令塔として機能せず、現場が効率的に動けず、それぞれが勝手に動いて混乱しています。その混乱状況が生み出した「二次災害」が医療逼迫です。
感染症対策や病床確保は、医療法や感染症法によって都道府県が担うものと規定されており、厚生労働省は対策を丸投げしています。厚生労働省は「安全地帯」から事務連絡を出しているだけ。責任を押し付け合って対策は進みません。
保健所は、国に帰属しているのか地方に帰属しているのか曖昧です。形式的な設置主体は地方自治体ですが、業務は厚生労働省からの指示で行われます。厚生労働省は保健所の実態を無視して膨大な指示を出し続けました。
医療機関の立場から考えると、多くの指示は直接厚生労働省から来ます。都道府県の指示に従えと言われても違和感があります。さらに、国も非常時ですら医療機関に指示を出す権限を持っていません。
政府は、感染爆発に対応する「想定シナリオ」を持っていました。ですが、事前の準備と具体化がなされませんでした。想定通りの準備がなされていれば、医療逼迫など絶対に起こり得ませんでした。
《9.医療体制改革の好機を逃すな》
入院できずに自宅で亡くなる患者が続出。不必要に繰り返された緊急事態宣言や蔓延防止重点措置に、飲食業や観光業をはじめとした多くの人々が犠牲を強いられました。景気悪化に対する経済政策には、国民が負う税金と借金がつぎ込まれました。
地域全体があたかも一つの病院として機能する病院間の役割分担と連携・協力=地域包括医療体制に移行することが必要です。
厚生労働省は、指示と金の用意だけで、何もしません。地方も病院も主体的に解決しようとはしませんでした。
危機を乗り越えた地方自治体の共通点があります。地位方行政と地域内の医療機関同士が顔を合わせて話し合う会議体を作る。会議体の構築にはコロナ禍以前からの人的ネットワークが生かされている。会議体の中に決断と調整を行えるリーダーがいる。会議体では情報を隠さず見える化している。公立病院に最後の受け皿を用意させるなど、最後の責任は行政がとる覚悟を示している。
非常時の国・都道府県・基礎自治体間の役割分担と連携・協力関係不足こそが大問題。コロナ禍の教訓を生かして、詳細な計画を立てるべきです。最悪なのは、予算と権限・責任が、国と地方の間で乖離していることです。地方が施策の責任を持つのであれば、権限と予算を地方に渡すべきです。
大学病院や公立・公的病院は、感染症拡大時の病床確保、病床集約化を担わせる代わりに、病床数の余裕を認める再調整が必要です。
保健所についても、非常時における重要性が見直されました。
《おわりに》
医療逼迫は、医療政策の失敗に起因します。歪んだ医療提供体制を正さなければなりません。