「決定版 一億人の俳句入門」 長谷川櫂 2009年 講談社現代新書

 再読です。ここのところ句が不調なので ← ず〜〜〜とだろう!でもなんです、この著者は考え方が … 日本国に日本人が現存するなどという、空前絶後な非科学の塊なんです。朝鮮からやってきた大和魂を大切にする右翼なんです。失敗しちゃった〜〜〜。 という訳ですが、以下はこの本の要約と引用です。*印は、私の見解です。

《1.俳句の音楽》
 大和言葉は、二音と三音の単語を基本にしている。俳句の定型は音数ではなく、拍数である。
 大和言葉は一音の単語を「ひイ、ふウ、みイ」と二音で発音した。関西では「手エ貸して」と言う。

《2.一物仕立てと取り合わせ》
 自由律俳句の多くは一物仕立て。
 分け入っても分け入っても青い山   種田山頭火
 咳をしても一人           尾崎放哉

《3.切れと切字》
 切れは「間」を出現させる。
 切字「や」は、激しい心の動きを、「けり」は、起こったことに気づいたことを、表す言葉だった。「かな」は心の世界の出来事をふわりと伝える。

《5.一物仕立てと取り合わせの詠み方》
 文を書く人は、言葉は通じないものだ、わかってもらえないものだということを、肝に銘じなければならない。
 句の中に、説明や理屈を持ち込まない。

《6.季語と季題》
 季語は、現実とは別のもの。季語の本意は現実に対する規範となる。春雨が春雨らしく降らないのは、雨が春雨の降り方を知らないからだ。
 季語は歌枕と似ている。貴人は都で一生を終える。和歌に詠まれた名所を訪ねることはない。想像力によって築かれた「吉野山」こそ重要なのであって、実際の吉野山はどうでもいいのである。謡曲「隅田川」の北白川の女は、現実の隅田川ではなく、在原業平の「隅田川」のほとりにいる。だから、白い鳥は現実には千鳥であろうとも、「都鳥」でなくてはならないのだった。
 *著者は、古臭い考え方では、日本文学は「お約束」を暗記した上で、それを捏ね回して出てくる「第二芸術」を肯定しております。

《7.無季と季重ね》
 「古今集」は春夏秋冬、季節の歌から始まる。連歌の発句は「季の詞」を詠む決まりになった。

《8.循環する時間》
・三つの暦
 一月一日は、現在の太陽暦の正月元旦。二月の初めは、太陰太陽暦の旧正月。一月十五日は、太陰暦の小正月。旧正月は旧暦一月の新月の日。小正月は旧暦時代には、旧正月の半月後の満月の日だった。お盆や中秋の名月のように満月に因む行事は、太古の月の初めを祝う祭り(満月祭)の名残。旧暦時代、旧七月十五日のお盆は必ず満月、「盆の月」だった。その一か月後が中秋の名月。主食だった芋の収穫を祝った。
 明治6年に太陽暦が採用され、一年の始まりが旧暦よりひと月早まった。歳時記は「新年」という部を新たに立てた。七夕とお盆は、地方によって行う日が分かれる。
 日本人は季節に敏感というのは、旧暦時代のこと。太陽暦に変わると、季節を二十四節季に頼らなくなった。

《9.日本語の構造》
 文語体と口語体は書き言葉の文体の区分、旧仮名遣いと新仮名遣いは仮名の表記の区分。江戸時代以前、話し言葉と書き言葉が異なっていた。明治以降の新たな書き言葉が口語体。古い言葉を文語体と言う。
 新仮名遣いは「発音記号」。「づ」も「ず」と表記する。
 ・漢字の使い方
 1) 漢字の音をそのまま大和言葉に当てる(万葉仮名)
 2) 漢字の意味をとって大和言葉に当てる 例:「はな」を「花」、「て」を「手」
 3) 音も意味もそのまま漢字を日本語として使う
 第三の用法を除けば、漢字は全て当て字である。ホトトギスを漢字で、不如帰、時鳥、杜鵑、子規などいくつもあるのはそのためである。「鴈」を「かり」とも「かりがね」とも読むのは、漢字を複数の大和言葉に当てたからである。
 俳句に使ってはならない言葉は無い。
 句会の「兼題」は、かねて出してあるという意味。江戸時代までの俳人には、姓のわからない人が多い。俳句を詠むときは、出自や身分を捨てたからである。武士も町人も百姓もみな平等な一連中だった。