「デジタル化する新興国」 伊藤亜聖 2020年 中公新書

 日本はICTでは、東南アジアは勿論、アフリカ諸国などよりも遥かに遅れをとる後進国。日本が先進国だなんて幻想を抱いている人がいたら … まともな人間ではないよね。という訳で、新興国のデジタル化の様子や背景をきちんと理解しようと手に取りましたが … 意外に知らなかったことが少なかった。それは、この著者が勉強不足なのか、私の情報網が案外しっかりしていたからなのか?多分両方なんだろうな〜。この著者も、「先進国を超えるか、監視社会の到来か」の副題にあるように、単なる技術発展礼賛になってはいない。そこはとても評価できます。 以下はこの本の要約と引用です。*は私のメモです。


■ 想像を超える新興国

 中国では、保険会社が提供する「平安好医生」に代表されるオンライン診療サービスが普及している。レジの自動化も普及している。デジタル化の波は内陸地域にまで及んでいる。

 新型コロナウィルスの流行による新興国の経済・社会・政治の地殻変動が注目を集めている。

 売手と買手の仲立ちをする「プラットフォーム」の普及は、新興国に先進国以上の変化をもたらしている。多くの新興国の「信頼と透明性」問題を解消しつつある。通信販売や送金のリスクは大幅に削減された。銀行口座を飛び越えて(リープフロッグ)、モバイル決済が広がっている。また、フリーランス経済は新興国で先鋭的に形成される可能性がある。新興国で多くの試行錯誤が行われ、新興国に有力企業が登場し、そのアプローチが世界に提示されている。デジタルサービスの社会実装は、試行錯誤の回数こそが成功を決定する。

 デジタル化により、人々の権利が制限され、侵害されるリスクも同居している。また、デジタル経済の雇用創出効果は限定され、経済成長を牽引できるかは不透明である。選挙運動が実施される国々では、フェイクニュースによる分断が先鋭化する可能性もある。

■ デジタル化と新興国の現在

 通信インフラの整備とモバイル端末の普及により、ベンチャー企業が育つ環境が世界に広がっている。

 多くの国では、インターネットへのアクセスが制限されている。インドでもサービス提供者への規制許可の動きが顕在化している。プラットフォーム企業が影響力を拡大し、市場競争の公平性や、個人情報の安全性での危惧も表明されている。

 発展途上国の多くは植民地として開発された。特定一次産品の生産地として位置づけられた。工業化を図るために、国内市場を保護して輸入代替工業化を促した。

 アジア諸国の政治体制は、戦後の独立運動を推進した独裁政権によって担われていた。経済開発を第一義とした「開発独裁」が正当化された。

 中国経済の成長は、他の新興国にも成長効果をもたらした。一部の国では、中国市場への依存が強まった。先進国の指導力は低下した。

 デジタル技術による社会変革(DX)は、新興国の可能性と虚弱性をそれぞれ増幅するだろう。先進国よりもデジタル化は急速に進む。工業化は「平等化を伴う経済成長」だったが、デジタル化は所得格差を拡大させる可能性がある。

■ 課題解決の地殻変動

 取引相手の信用問題を解消する上で、プラットフォーム企業は有効な役割を果たしている。タクシー配車サービスのプラットフォーム企業は、GPSをもとに地図上に最短経路を示し、乗客の満足度を収集して運転手のサービス水準を評価している。

 新興国では、プラットフォーム企業がリスクの管理と信用の創出を行っている。先進国では重要性を持たない「取引が成立する」「安全に利用できる」ことは当たり前だっからだ。新興国では、取引相手の選択コストは大きい。

 通販において、「買手は商品が届くまでお金を払いたくない」「売手は代金が届くまで商品を発送したくない」。アリババは、買手がアリペイに代金を預け、届いた商品を確認したら、アリペイから売手に支払う。日本ではメルカリが採用しているこの「エスクローサービス」はデジタル経済で効果が発揮されている。

 ケニアのM-PESAが、銀行口座を持たない人々へのモバイルマネーサービスが広がっている。支払履歴を活用した信用評価や融資サービスも展開できる。

 オーストラリアのフリーランサードットコムには、世界中のフリーランサーが登録している。発注側も受注側も互いに評価し、高い評価を得なければ業務が受発注できなくなる。フリーランサーが最も多いのは南アジアである。インド・バングアディッシュ・パキスタンの男性も女性も活動している。

 クラウドサービスの「グーグル・ドキュメント」や「グーグル・スプレッドシート」は、新興国の人々のインフラの一つとなっている。

 農民・漁民・露天商がスマホを手にして、決済し、帳簿をつけ、広範囲の取引相手と連絡するようになった。デジタル経済による金融包摂、農村振興が広まっている。

 新興国では、機能とコストを削減した解決策が採用されている。電子商取引が普及すると、ボトルネックはラスト・ワンマイルの配送。そこで、ラスト・ワンマイルを顧客に撮りに来てもらう」という選択肢が普及する。返品処理の窓口にもなっている。

 新興国の中小製造業では、タブレット端末を作業者の近くに設置して作業指示を表示する。センサーが搭載されたラズベリーパイを活用して生産ラインの状況を把握することは、限られた予算でも可能である。

 デジタル経済では、創業から数年で10憶ドルの企業価値を持つユニコーン企業へと成長することもあり、ハイリスク・ハイリターンの投資形態である。企業支援の仕組が広がり、新興国での起業コストは低下を続けている。ベンチャーキャピタル、大学による創業支援、APIなどのエコステムが新興国でも拡大している。

 政府による個人認証などの基盤整備。インドでは、個人生体認証IDの発行と電子証明書発行。成人の95%がアダールIDを保有している。貧困層への補助金の直接給付で、不正排除に貢献している。社会保障給付金の受取だけでなく、銀行振込にも広がっている。

 「イノベーションを達成するには、試行回数を増やす以外に道は無い」坂村健。試行錯誤の回数を増やす仕組がベンチャー企業のエコシステムの役割である。技術実装では、新興国の可能性は大きい。新興国は「社会実装先進国」である。

*社会インフラの土木技術でも、過去に同様の経緯がありました。それが技術開発をした国に還流しました。

 デジタル化のリスクは、説明責任が欠如した情報統制、技能教育なき自動化と不平等の発生、競争の欠如による独占。

■ 飛び越え型発展の論理

 ウーバーは東南アジアから撤退した。ローカルな市場環境に適合したサービスを提供する現地のプラットフォーム企業が優位となった。マレーシアのグラブと、インドネシアのゴジェックは、東南アジアのシェアリング・エコノミーとデジタル経済を牽引する有力企業となった。中国だけでなく、インド・ブラジル・インドネシアからも複数のユニコーン企業が誕生した。

 中国のインターネット業界では、シリコンバレーモデルを模倣した企業が群出した。より急速に事業を成長させる後発性の利益があった。

 キャッシュレス化やシェアリング・エコノミーでは、先進国を追い越す(リープフロッグ)動きも見られる。先進国にも存在してこなかった総合スマートフォンアプリケーション(スーパーアプリ)。様々なサービスへのユーザーの導線として機能する。

 モバイル・インターネットの時代には、スマホ上のアプリの間で、ユーザーの囲い込み競争が生じている。その結果生まれたのがスーパーアプリである。中国のウィーチャット、アリペイ、東南アジアのゴジェック、グラブ、インドのペイティーエム。スーパーアプリは、社会インフラとなっている。

 スーパーアプリの誕生過程は、サービスを付け足していく試行錯誤の過程であった。新興国では関連サービス事業が未成熟だったため、関連サービスを取り込んでいくことが容易だった。豊富な人口を有する母国市場に根差した、川上から川下までのサービスの創出が生じた。

 グローバルプラットフォームと国家が対立している。国家ができることは「遮断」しかない。プラットフォーム側も国家に規制されることを一番のリスクと感じている。グーグルやアマゾンに対抗できるプラットフォームを持てたのは中国だけ。「グレート・ファイアーウォールの可能性」は影響力を持っている。中国では初期には米国企業と競争していた。輸入代替デジタル化も単純ではない。中国もオープンソースへのアクセスを制限したことはない。

 米国のソフト開発がインドの企業に外注され、それが米国企業の競争力を支えている。インドは国内に拠点が存在しなくても、電子商取引企業に課税できるようにした。インドは工業部門では閉鎖的だった。

 中国は開放的な工業化戦略を採用した。海外からの直接投資、技術や経営ノウハウの移転。生産効率改善には、実地での実践と指導が必要だった。デジタル部門では閉鎖市場を構築した。しかし、輸入代替デジタル化が有力なプラットフォーム企業の誕生を約束しない。

 2014年以降、中国ではベンチャー企業の創業ブームが訪れる。政府当局は、試行錯誤のアプローチが採られた。発生するリスクを見極めながら、新サービスの有効性を測る「規制のサンドボックス制度」。ルールが確定していない領域での民営企業の果敢な参入。グレーゾーンの断続的な発生があった。

 アフリカでは、国内市場を土壌としたベンチャーエコシステムを促すナイジェリア・エジプト・ケニア、教育水準と技術力を強みとする南アフリカ・チェニジア、政府による規制緩和と支援を強みとするルワンダ。国内の創業環境を整備し、デジタル経済を作ろうとしている。デジタル化は、新興国の万能薬ではないが、信用や決裁、煩雑な行政手続きを解決できる。

 デジタル新興国は、巨大な実験場として機能している。

■ 新興国リスクの虚実

 半導体、通信、データセンター。基幹技術やインフラは先進国企業によって開発整備されてきた。新興国の強みはユーザーとの接点、アプリケーションにある。

 インフラのIaaSとアプリのSaaS。IaaS4社のシェアは高まっている。新興国のプログラマーの人口比率は低い。

 デジタル化により作り出されるのは、労働契約が不完全で社会保障の対象外に置かれる「インフォーマル」な職種である。労働市場の流動化は、社会保障制度の問題でもある。企業との雇用関係と結びついて設計された社会保障制度が揺らいでしまう。基礎給付(ベーシックインカム)の必要性が主張されてもいる。

 社会保障が公務員にのみ提供されるラオス・カンボジア・ミャンマー。民間雇用者も保障されるベトナム・フィリピン・インドネシア。自営者や農業者、そして全国民が対象となる。

 新興国でもともと大きかった無保障雇用がそのままデジタル雇用へと横滑りしていく。労働者の反発も少ない。

 新興国では、プラットフォーム企業の市場支配力の濫用も少なくない。中国当局は、アリババを独占禁止法の違反があると警告した。

 新興国では、他業種にわたって事業を展開する財閥の存在が大きい。政治権力者との距離も近い。財閥がデジタル分野に参入している。

 アフリカでは、通信事業者がプラットフォーム企業となりつつある。これらのゲートキーパー企業との協業が成功の鍵となっている。

■ デジタル権威主義とポスト・トゥルース

 アラブの春以降、権力側はデジタル技術を活用して、管理・統制を強めている。中国の監視や検閲を通じての統治は「デジタル権威主義」と呼ばれる。今や、国民がインターネット経由でアクセスできる情報が制約されることが一般化している。世界の7割の人々は、インターネット上の投稿によって拘束されるリスクのある国に住んでいる。

 政治の自由が無い国でも、オンライン決済は普及する。権力者にとっては、国民の個人情報を収集する機会だからだ。プラットフォーム企業を優遇したり弾圧したりしながら、デジタル化を進めている。

 中国全土の監視カメラ数は6億台。新疆ウイグル自治区の少数民族監視のために、位置情報を捕捉する監視用のスマートフォン・アプリが導入されている。アリババの社会信用スコア=セサミ・クレジットでは、お見合いサイトのマッチングにも利用されている。政府が公開している「失言被執行人リスト」も活用されている。「道徳的な信用スコア」は政府が望ましい行動に対してポイントを付与し、望ましくない行動では原点する。

 政治制度に関わらず、権力側には人々を監視しようという誘因が常にある。個人情報と利便性が交換されている。

 世論の形成に際して、事実よりも感情が重視される(ポスト・トゥルース)。トランプ陣営の選挙運動のように、デジタル化は民主主義国家でも、フェイクニュースや虚偽情報、個人の特性に応じた説得活動が行われる。イスラエル国防軍は高度な技術を持った報道部隊を編成している。

 特定の政治権力からの指示が無くても、広告収入を目当てにフェイクニュースを作る人が登場する。

 中国と米国の5Gを巡る対立。新興国の多くはリーズナブルなコストのファーウェイを歓迎している。

 一帯一路は通信網などのデジタルインフラの整備も含まれる。アリババは、ロシアや東南アジアで多くのユーザーを獲得し、中国製品を購買する経路となっている。中国のIT企業は、新興国のユニコーン企業に対しても投資を拡大している。中国は、18ヶ国に対して、高度な監視システムを輸出している。新興国には犯罪を減らしたいというニーズが強い。道路建設では中国以外の選択肢はあるが、5G基地局や決裁システムでは選択肢は限られる。デジタル領域での中国の影響力は大きい。

 崩壊国家でもデジタルサービスは普及している。アフガンスタン・シリア・ソマリア・ナイジェリア・エチオピア。決済手段は市民生活を防衛する手段となっている。ベネズエラでは、法定通貨の信用は失墜し、デジタル決済システムを通じたドル決済が広がっている。

 「ビットには匂いも無い、倫理も無い」ニコラス・ネグロポンテ。

■ 共創パートナーとしての日本へ

 デジタル化の推進には、IT人材の育成、通信インフラの構築、個人認証制度の整備、ベンチャー企業の支援、試行錯誤を促進するサンドボックス制度などの取組みが求められる。

 新型コロナウィルスの接触確認アプリは、60ヶ国以上で導入・検討されている。コロナ危機の中で個人情報を巡る軋轢は、欧州の一部では情報活用の方向に進んだ。中国では、通信基地局情報・交通機関の利用情報・決済情報が実名情報とともに利用された。これに対して、国内からも批判の声が上がった。

 インド政府は、中国製のスマホアプリの利用を禁止した。デジタル技術を国家の安全保障の問題と捉える動きが強まっている。

 新興国に学び、日本国内に還流させる。インドの生体認証IDアダールのシステムはNECが提供している。グラブにはソフトバンクや豊田自動車も出資している。新興国のデジタル化の現場には少なくない日本人が居る。