「未来の医療年表」 奥真也 2020年 講談社現代新書
とても楽観的な予想というか、ほんとうに医療研究者なの？と、疑うぐらい希望に満ちたＳＦにような本。参考になる部分もあるのですが、広報資料としてしか読めませんでした。 以下はこの本の要約と引用です。
《はじめに》
医療は完成期。人間が病気では死ななくなります。
�� 未来の医療のロードマップ
《1. 未来の病気年表》
紀元前2600年、古代エジプトの神官イムホテプが病気の診断方法と治療方法を記しました。紀元前420年に古代ギリシャのヒポクラテスが科学としての医療の基盤を築きました。
癌は遺伝子疾患。遺伝子に直接作法する「分子標的薬」が開発されました。癌細胞の生存に必須な分子を攻撃します。癌細胞は免疫細胞にブレーキをかけてきます。免疫チェックポイント阻害剤は、このブレーキを阻害する薬です。
ＨＩＶ感染症やエボラ出血熱のワクチンは今でも開発されていません。ワクチンは健康な人に投与するのが前提なので、安全性の要求度は高くなります。また、ワクチンは大量に作るので、工場のラインを用意したり、配布する方法を確立することも重要です。
乳房を切除した場合、お尻などの肉を使って乳房再建手術を行えます。
近年では、製薬大手各社がインフルエンザやエボラ出血熱の未承認薬をアフリカの最貧国などに無料で提供する「コンパッショネート使用（人道使用）」を行っています。ユニセフなどの国連機関は政治的です。公平性が担保できるとは思えません。
iPS細胞(人工多能性幹細胞)の将来性について、世界の研究者から疑問の声が上がるようになりました。期待されていた万能とは言えないなどの理由です。再生医療は壁にぶつかっています。
老朽化した臓器を交換することは夢物語ではありません。目や皮膚に関しては、人工臓器が天然臓器に代替できる目処がついてきました。
京都アニメーションの放火殺人事件の容疑者も全身の90％に火傷を負い、救命困難な状況に陥りました。容疑者自身の皮膚を培養した皮膚を移植する手術を繰り返すことで救命に成功しました。広範囲の火傷を患者さん自身の組織を培養して治療した世界初の事例となりました。３Ｄプリンターのにより、患者さんにフィットする人工皮膚を作成することも可能になっています。
世界保健機構ＷＨＯは「子宮頸癌ワクチンに関する安全性の問題は見つかっていない」と発表しています。日本で子宮頸癌ワクチンの積極的な勧奨が中止されていることについて「若い女性を癌の危機にさらしている」と非難する声明を出しています。
過去10年の認知症研究は失敗続きです。
《2. イノベーションが変える医療の体制》
医師は医学部で６年間の教育を受けた後、10年間の修業期間を経て一人前になります。コンピュータが診療行為を行うことは容易です。
大部分の薬は単独で飲んだ方が、薬効成分の吸収という点では有利です。薬の成分が胃の中で食べ物と混ざると、薬効成分が吸収されずに、食べ物と一緒に便として排泄されてしまいます。
安楽死は、オランダやスイスなどでは、終末期の患者の自己決定権として認められています。
欧米では、看護師、臨床心理士、介護士、心理カウンセラーなどの業務上の権限は日本と比べて強く、活躍しています。英米では、看護師が医療行為を行う資格があります。日本では、医師の強い権限を規定する医師法が、医療職の法改正を妨げています。医師法は社会に適応していません。医療現場では、医師よりも治療に精通している看護師が多いのです。
多くの医師は、エチケットを学ばないまま中年になってしまっています。社会人として成熟していません。
勤務医でも年収2000万円を超える人が多く、開業医では１億を超える人も多いのが医者の世界です。
医者の指示に従わず、無駄に処方されている死蔵薬は膨大な量になります。
ＡＩによる医療行為が実現しないのは、事故が起きた場合の責任の所在が不明確だからです。
病院という感染リスクの高い場所に、身体が弱っている人が行かなければならないのは矛盾しているという指摘がああります。現状のオンライン診療のシステムは、オンライン会議システムに医事会計を連動させた程度です。診察で必要なものが揃っていません。
患者個々の遺伝子異常を見つけ出し、個別化治療を行う「プレシジョン・メディシン」が対象とする病気の８割以上が癌です。
医学研究において、人間や動物を用いて行うものを「イン・ビボ（生体内）」、試験管内で行うものを「イン・ビトロ（試験管内）」、コンピュータ上で行うものを「イン・シリコ（シリコン内）」と呼びます。新型コロナウィルスの候補薬をイン・シリコでリストアップする作業が行われました。
血液や尿や唾液などの体液に存在する疾患由来成分を分析することで、癌関連遺伝子を同時に調べることができる「リキッド・バイオプシー」。患者に負担をかけない検査で、癌遺伝子診断や治療効果予測を行えます。
微生物叢（マイクロバイオーム）は、人間の身体に生息する細菌やウィルスなど微生物の集団。人間の腸には1000種類、100兆個の細菌が生息し、生態系を築いています（腸内細菌叢｜腸内フローラ）。欧米を中心に、健康な人の便に含まれる腸内細菌叢を病気の人に移植する治療法が行われています。
健康情報は究極の個人情報です。健康情報を取得するウェアラブル端末は「一人一台」にすべきです。
�� 病と健康をめぐる常識/非常識
《3. 本当の健康って何？》
保健会社は、加入者が病気にならない方が保険金の支払いが少なくなります。疾病リスクを低減させる予防サービス（ディジーズ・マネジメント）を行い、予防に努めなかった人を保険の適用を制限するなど差別します。
「治る」という言葉の医療者と一般人の理解の隔絶を、医学界が放置してきました。
筋肉をつけておくことは重要です。筋肉が衰えることは、老後の生活の質を低下させます。
50代迄は内臓脂肪がつかないように心掛け、60歳以降は筋肉を落とさず、体重を維持することを目標にすべきです。
臓器の役割には最近になって判明したものが少なくありません。現在では急性虫垂炎でも、なるべく盲腸を切除せず、薬で炎症を抑える治療が標準になっています。現代の医学では、体内にある臓器は何らかの理由があってそこにあるのだから、むやみに切除しないという方向に変わっています。
《4. 日本人の貧しい医療リテラシー》
旧厚生省は「１日30品目食べれば健康を維持できる」とした時期がありました。しかし、これはカロリー過多であると批判され、主張しなくなりました。
プラークチェッカー（歯垢染色液）は、磨き残した箇所が赤く染まります。
医師免許に更新制度がありません。知識をアップデートする機会を提供すべきです。専門医資格には更新制度があります。
�� ガラパゴスな日本の医療と世界のスタンダード
《5. ガラパゴスな日本の医療》
日本の医療の特徴は、国民皆保険制度とフリーアクセス。国内にあるどの医療機関でも自由に選んで治療を受けられます。医師の「応酬義務」の根拠は医師法です。
米国では診療医(ＧＰ)が診て、高度な診療を受ける必要があれば紹介状を書きます。英国ではＧＰも予約しなければ受信できません。諸外国が医療のアクセスに制限をかけているのは、社会全体の診療の経済効率に配慮しているからです。フリーアクセスは、医療保険財政を圧迫しています。
医療用医薬品とＯＣＴ(over-the-counter)医薬品。スイッチＯＴＣ医薬品が増えると、医師に処方してもらわなくても薬が手に入るようになります。スイッチＯＴＣへの誘導のため「セルフメディケーション税制」を始めました。
日本には死を定義する法律が存在しません。
安楽死は、死に至る薬物などを投与します。尊厳死は、延命治療を控えるものです。
米国で高齢者向け医療保険制度を受けている患者を調べたところ、女性医師の治療を受けた患者は死亡率が若干低くなっていました。患者の身体に触れることが避けられないため、女性患者は女性医師に診てもらいたいという望んでいます。女性の医療職が優れている点は多くあります。
上位の成績者の多くが医学部に進学する状況が続いています。日本における研究者の地位や待遇が低いことが影響しています。医師以外の仕事の魅力が低いために、日本の人材の無駄遣いが生じています。
《6. これが医療の世界標準》
ダビンチは、アメリカ陸軍が戦場の負傷者に対して遠隔操作で手術を行うために開発した技術を転倒したものでした。
日本は大国ではないという前提から出発しないと、進むべき方向を見誤ってしまいます。
イギリスの無料の国民医療サービス(ＮＨＳ)がカバーするのは、緊急性や必要度を考慮に入れたもので、最小限の医療サービスです。薬は患者負担ですが、値段は一律です。英国では、軽微な症状では医師に診てもらうまでもなく、調剤薬局で市販薬を買うことが一般的です。経済的に余裕がある人はＮＨＳに加えて民間の医療保険にも加入しています。
ＮＨＳでは、ＡＩを搭載したチャットボットに症状を伝えると診断を行うスマートフォンアプリが提供されています。
2017年に医療情報をクラウド上で運用することが法的に可能になりました。
